原紗央莉(はらさおり)(旧:七海まい) 原さおり
→ザ・ヌード!!原紗央莉写真集2,625 円
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
- 現在の事務所に移籍して、七海まいから改名している[1]。
- 祖父がドイツ人でいわゆるクォーター。
- 2008年11月に自身が連載している雑誌『sabra』[2]と公式ブログ[3]にて、2009年1月22日にソフト・オン・デマンドからAVデビューすることを公表した。
名 前:原紗央莉
出身地:広島県
生年月日:1988年1月1日
趣 味:ホットヨガ・ゴルフ・ゲーム
特 技:バリ舞踊・ダンス
血液型:O型
◎テレビ出演
2009/01/17 TBS:「ランク王国」出演
2009/01/03 テレビ朝日:「特命係長 只野仁 シーズン4 ゴールデン突入スペシャル」出演
2008/12/02 かつしかFM:「葛飾ナイト」出演
2008/07/06 ラジオ関西:「紗央莉と未来の乙女チックナイト」レギュラー出演
◎雑誌出演
2009/01/28 「NO NUDE by KISHIN 1 20XX TOKYO」撮影:篠山紀信(朝日新聞出版)
2009/01/26 「週刊プレイボーイ No.6」インタビュー掲載
2009/01/19 「週刊プレイボーイ No.5」グラビア掲載
2009/01/17 「サイゾー 2月号」 原紗央莉インタビュー掲載
2009/01/11 「スポーツニッポン」 原紗央莉恥じらい白書 連載コラムスタート
2009/01/05 「週刊アサヒ芸能 1/15号」(徳間書店)グラビア
2009/01/05 「ヤングマガジン No.6・7日合併号」(講談社)グラビア
2008/12/24 「週刊大衆 1月5・12日合併号」(双葉社)グラビア
2008/12/19 「アサヒカメラ 1月号」(朝日新聞出版)表紙・グラビア
2008/12/16 「FLASH 12月30日号」(光文社)グラビア
2008/12/15 「EX大衆 1月号」(双葉社)グラビア
2008/12/08 「週刊プレイボーイ 51.52 超特大合併号」(集英社)グラビア
2008/11/25 「sabra 1月号」(小学館)グラビア
2008/11/15 「EX大衆 12月号」(双葉社)グラビア
2008/10/25 「sabra 12月号」(小学館)グラビア
2008/07/25 「sabra 9月号」(小学館)グラビア&連載コラムスタート
2008/07/01 「TRAN Scooter 8月号」(ニューズ出版)表紙
2008/06/24 「バイキチ 8月号」(フィールド出版)グラビアアイドルが水着で洗車コーナー
2008/05/27 「月刊アームズマガジン 7月号」(ホビージャパン) 表紙・グラビア
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AVデビュー
2008年11月25日、この日発売の雑誌『sabra』[3]内で当時自身が連載していたコラム「SAORIチューBE」、および同日付の自身の公式ブログ[4]にて、2009年1月22日にソフト・オン・デマンドからAVデビューすることを公表した。
また『sabra』では、前述の「SAORIチューBE」での告白に加え、初のヌードグラビアを掲載。ただ、バストトップとアンダーヘアは星のマークで隠されていた。その後、同年12月4日発売の初ヌード写真集「サブラDVDムック ザ・ヌード!! 原紗央莉写真集」ではバストトップとアンダーヘアも披露された。
同じ日、ソフト・オン・デマンドのサイト内に、原紗央莉特設サイト[5]が開設。原自身がキャスターとしてニュースを伝えるという設定で、不定期にイベントの告知やイメージ映像などが更新されている。
2008年11月29日、ソフト・オン・デマンドが推進している「STOP STD」キャンペーンの啓蒙広告のモデルとして、東京・渋谷の109近くに巨大広告が掲示された[6]。
2008年12月7日、同月4日に初ヌード写真集「サブラDVDムック ザ・ヌード!! 原紗央莉写真集」が発売されたのを記念して、東京・秋葉原の書泉ブックタワーにて握手会を開催した。その際、「最初は抵抗感と罪悪感があったが、やっているうちに楽しくなった」や、「西麻布の交差点で、コートの下は全裸という状態で、ゲリラ的に撮影を決行した」など、撮影に臨む心境の変化や撮影時のエピソードを披露した。また、もっとも気に入っている写真は「テープで口をふさがれているカット」とのこと。これら一連の発言からMの気があることがうかがえるが、本人も前述のお気に入りの写真についての話の中で、「私はMなので、この写真が気に入っている」と、自らMであることを認めている[7][8][9]。
AVデビューを公表して以来、AV出演に関しての質問が多数寄せられているとのことだが、これらに対して原は2008年12月2日付の自身の公式ブログ[10]の中で、「2009年1月22日のデビューに向け、そしてデビュー以降も、さまざまな雑誌・メディアで話すつもりなので、ブログでのコメントは差し控える」旨のスタンスをとっている。また、「雑誌の発売日などについてはこまめに告知する」ともしている。その一方で、「(ブログを)チェックしていただけたら、今後ちゃんとお話できると思う」といった含みのある発言もしている。にも関わらず、AV出演に関しての質問は引き続き多数寄せられているようで、2008 年12月15日付の自身の公式ブログ[11]の中で、再び前述のコメントを繰り返している。
上記のスタンスにより、AV出演に関する発言がほとんどない中、『sabra』での告白の中でAV撮影時のエピソードがわずかながら紹介されており、それによると男性経験が少ないこともあって、あらゆることが初めて尽くしで、特に初めて潮吹きを経験するに至っては驚きのあまり号泣したという。
前述の男性経験については、「ザ・ヌード!! 原紗央莉写真集」内にて本人が2人の男性との経験談を綴っている。
初体験は高校3年の夏。相手は同級生で、場所はその同級生の家。同級生はそれなりに女性経験はあったものの、挿入後1~2回腰を動かしただけで果ててしまったという。しかし何も知らなかった原は、セックスとはこういうものだと納得し、喜びのあまり友人に電話をかけまくったという。その同級生とは程なくして別れた。
もうひとりはフリーター時代に、バイト先のバーに客として訪れた10歳年上の男性。年の功ということもあり、原に前戯やさまざまな体位を施してくれたという。原がもっとも好きだったという体位は立ちバックで、キッチンで調理中に不意に背後から迫られるサプライズに弱かったという。また、シャワールームにいたときに背後から迫られて事に及んだ際、初めてイクことを知ったという。このように交際は順調で、相手から求婚されるまでに発展したが、19歳の冬に交際を解消。芸能界への再デビューを目前に控えていたことが主な理由であった。
芸能界再デビューからAV出演への決意に至る経過について、『sabra』および公式ブログの記述を総合すると、2年にもおよぶフリーター生活に訣別しようと決意したのは2008年1月の自身の成人式であった。大学や専門学校で勉強していたり、社会人として定職に就いていたり、家庭を持っていたりする周りの同級生たちに刺激を受けて、再デビューを決意。一方、同時期に現在の事務所から、AV出演を前提に声をかけられ、大いに悩んだものの、熟慮に熟慮を重ねて、納得のうえで現在の事務所に所属することを決断したという。それは2008年春頃のことであった。
AVデビュー前では異例の『特命係長・只野仁』に出演した。
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