AR永平田 A列車で行こうDS wiki
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A列車で行こう物語 三崎支社編 №01


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プロローグ

 こんにちは。AR永平田の開発を、小説にしたいと思います。
 どんどん書いていくので、読んでいってください。
 開発記のほうでは見られない開発裏話を、ご覧下さい。

三崎支社開発記 プロローグ

 三崎支社開発記は、三崎電鉄と一緒になって開発します。
 そんな街の案内をいたします。

 三崎市は、マグニチュード6,9で、最大震度は三崎町中心部で震度7、地震発生箇所は、三崎市南部の三崎海溝、
死者は334人、捜索中が6人、8212人が怪我などで治療などを行っています(怪我をしているが、治療をしてない人を含む)。
 1兆9千億円もの被害がでております。
 倒れた建物や瓦礫等の処理、仮設住宅の設置などは、政府自治体や自衛隊で行われております。販売業者も、三崎市議会で手配してくれております。
 しかし、街に残った人々も、皆三崎市内の企業に働いていた社員であり、その企業はなくなっており、現在は無職でいる人が多いです。
 そんな街を、元通りにする計画で進みます。

三崎支社開発記 第一話

 AR永平田は、震災が起こった三崎市へやってきた。
 この街は、震災前は、三崎電鉄が走っていた街だが、震災後、三崎電鉄は、社員、社長ともに、震災後の復興にかける途中、さびて折れそうな電信柱やレンガ、家の瓦礫などにはさまれ、徐々に死亡していき、三崎電鉄は、消滅・崩壊したのである。
 AR永平田がこの街の復興にかけるまでは、政府自治体や自衛隊で行われました。
 現在も復興活動を進めていますが、路線復旧は我が社に押してきたのです。これには、困りました。でも、三崎電鉄からの心の声が聞こえ、期待に応えるため、OKを出した。少しでも早めの復興が大事だと考えるからだ。
 そして、市長から、復興開始の合図になる手紙が届いた。手紙には、
     永平田旅客鉄道株式会社
        代表取締役社長・股尾前科
AR永平田の皆さん、こんにちは。三崎市長です。
今回、三崎大地震で、三崎市はほぼ崩壊状態になり、市役所も仮テントで済ましているという状況です。
また、非常時の食料や毛布、テントなどは、市役所の地下に備蓄しているため、無事ではありました。
AR永平田も、支社ビルが崩壊し、会議場所もないと思います。
もしそのような場合には、会議向けのテントをお貸しいたしますので、いつでもお声掛け下さい。
また、三崎市は、自衛隊の支援も加わって復興作業を行うと思います。
また、復興の中心をAR永平田三崎支社が担当し、自衛隊や自治体、県からの作業補助金がもらえると思います。
災害で、家を失った人もいる中で、その人らも暮らせる、安心した街づくりができるよう、期待しています。
それでは一緒に、三崎市の復興をお願いします。
          2199年2月吉日      三崎市長
                          荒本幸平
 と、このように届いた。三崎市は、何を考えてるんだと思いつつ、確かに重要だとも思っている。
 そして、開発を進めるべく、名屋村に仮テントを張り、緊急会議を行い、会議を始めたのである。

三崎支社開発記 第二話

 市は実は、隣の市に非難して市を見守っているそうである。AR永平田は、三崎市だけいい思いしてずるいと思いながら、開発を始めた。
 まず、隣の市まで列車で行き、復興補助金支援を頼みに行った。そして、そのついでに三崎市長に会いに行き、復興内容決定をしに行った。目標がないと、復興しようにも出来ませんからね。
 AR永平田としては、黒字経営で安定させることを目標に頑張ることを決めた。黒字経営で安定させないと、例え街を復旧させるにしろ、お金がないと何も始まらない、つまり、株式公開をして、資金が溜まった所で開始すると決めた。具体的な目標が提出されるまでの臨時の目標であり、期限は十年ぐらいにして欲しいとお願いした。そしてそのつもりで会社中の人に言い、開発を開始したのである。
 そして、開発開始の祝いとして、飲み会を開いた。当然だが、経費削減の為に自腹で参加するように呼びかけた。それは、今後の三崎市の開発に大きく関係するので、そうお願いした。また、市庁舎はしばらく、名屋村に仮に置く予定で、三崎市中心地まで開発が出来次第元の場所に戻すそうだ。
 そんな中で、開発の始まった三崎支社。明日には目標が届くらしい。その目標を読もうと計画しているのであります。

三崎支社開発記 第三話

 社長は、今日も朝から市からの連絡を、朝飯も食べずに(拒否して)待っていた。しかし、それが当たったのか、ついに市からの連絡が来た。しかし、面白いことに隣の市からの手紙になっている。
     永平田旅客鉄道株式会社
        代表取締役社長・股尾前科
 AR永平田の皆さん、こんにちは。三崎市長です。
 ついに、目標(復旧目標)が決定いたしますので、ご報告いたします。
 まず、AR永平田がお願いしていた目標についてですが、まず、目標期限は6年間でお願いしたいと考えています。6年でも、社長の仰ってました株式公開しての復興も不可能ではないと思います。ただ、最初に思っていた期限より短いことでプレッシャーになりますが、市長としていられるのが8年間で、丁度最近選挙をして当選いたしましたから、8年で行ってもらわないと、私の選挙告知で困ってしまいます。
 続いて、目標に関することですが、1つ目は、地震発生前の人口は2万人いたと残っており、その当時の人口まで復興してもらいたいと思います。その人口まで持っていかないと、補助金を出した後の財政状態が厳しくなり、出せなくなる可能性がでてきます。
 続いても目標に関することですが、鉄道の総延長距離100kmをお願いします。路線を延ばして、人々の移動を活発にし、人口増加や町の活性化を図りたいと思います。
 それでは、どうぞよろしくお願いします。
          2199年3月29日      三崎市長
                            荒本幸平
 と、このような内容で届いた。社長は期限が短くなるわ目標が変わってるわとイライラし始めてはいるが、気合を入れて取り組む様子が伺えた。
 これから、会社起業式の準備をし出した。ついに、会社も経営を再開し、震災復興へ掛けるのである。

三崎支社開発記 第四話

 以外に期限が短かったことにがた落ちした社長。しかし、社長の脳内には、既に復興予定がギッシリと詰まっていた。あとはそれをどうこなすかがポイントである。
 社長は、情報部と業務部を呼んで、話を始めた。社長は、路線を復旧させた後、沿線開発を行う件で、協力が要ることを言った。情報部はテレビやラジオで伝える原稿を発行しなければならず、業務部は子会社を建てるという、沿線開発をする上で一番重要な役目になる。工事部も一応大事だが、業務部から繋がればいいということであえて呼ばなかった。その他の部も同じ理由だ。
 次に社長は、高橋部長のいる証券部の部屋に駆け込んだ。高橋部長はその部屋で高橋証券の管理もしているらしい。そこで、『大日村証券』『超合体銀行』『新貝殻石油』『世界自動車』『大突貫建設』『三々住不動産』『東西京鉄道』『鳥猫運輸』『大江戸海運』『全部電力』『マイクロ警備』の11の株を買った。そしてその後、車両部を呼び、開業予定順番の表を渡した。その順にするんだそうだ。
 次に、社長はちょっと隣の市に出かけた。そう、列車の見学に行くのだ。その中から合う車両を見つけて購入するんだそうだ。
 社長が隣町から帰った直後、証券会社から、メールが送られてきた。すぐに開くと、株式のご利用明細が出てきた。会社を成り立たせる上ではとても嬉しいプレゼントであった。
 そして、社長は期限が短い復興期限を、うまくする為に、ベッドタウンとなる地区を創設する考えを示した。そのベッドタウンは、社長の考えによると、スーパーなどがあり、マンションも多数、駅もバス停も設置してある、いわゆるゲーデットタウンを作る方針だそうだ。
 ゲーデットタウンは、ベッドタウンの象徴的特徴で、人口を増やすにはとても有効である。
 社長はそういうことで、会社を始動し始めた。

コメント置き場

皆さんの感想を、どうぞお待ちしております。

  • ニコニコの復興記を盗作するのはやめたほうがいいかとwww -- (七誌) 2010-08-06 09:14:06
  • パクリではないというのをいっておきます。
    あ、僕が入ろうとしてたニコ鉄では、パクリなんてしょっちゅうしてましたし。
    あ、何の言い訳にもなってないか。 -- (股尾前科) 2010-08-10 16:53:07
  • みんながパクッているからってパクッていいものではないかとwww -- (hurannkenn) 2010-08-18 09:44:51
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