※
二回目のメールです。返信ずっと待っていました。一方的にメールしたのに、
待っているなんて変ですよね。こうしてメールを送ることを、眠れぬ夜の区切りに
している私を許してくださいね。今日は月が奇麗です。あなたも眺めてくれたら
嬉しいです。また、メールさせてください。おやすみなさい。
           ※

新年度が始まると、僕は、宣言通り、クラスの生徒・保護者に自身の携帯電話のメールアドレスを
公開した。
 ninomiya.tukareta@keitai.ne.jp
 『ニノミヤ.(ドット)ツカレタ@』。教育にはユーモアが必要不可欠だ。生徒や親が苦しいときに
このアドレスで笑ってくれたら、そんな思いで新たに作ったメールアドレスを僕はとても気に入っていた。
 はじめのうちは、連日のように、生徒や保護者からのメールが入った。その数は最高で一日三十通にも
上ったが、対応する必要のないメールをスルーしていくうちに、一日数件落ち着くようになった。
しかし、たとえ数件でもそれは効果絶大だった。まともに口をきいてくれなかった生徒も、メールでなら
素直な思いを打ち明けてくれるし、「お前の担任になれて良かった」「お子さんを僕は心から信じています」
なんていうクサイ言葉も、メールなら照れずに伝えてやれる。
 近年、問題になっているネットイジメに対しても、生徒たちと携帯で繋がっていることは有効な対策と
なる。入学式の後の最初のホームルーム。僕は自分のアドレスを黒板に書いたあと、これから苦楽を共に
する生徒たちに言った。「ネットの掲示板に、匿名で悪質な書き込みをして特定の個人を攻撃するイジメが
あります。いわゆるネットイジメ。それは最も卑怯な、僕が一番許せない行為です。言いたいことがあるなら
直接言えばいい。もし、そういうサイトを発見したら、また、ネットで中傷されたら、すぐ僕にそのサイトの
URLを教えてほしい。実は、知っている人もいると思うけど、たとえ匿名の書き込みでも、アカウント、
まあ、ネット上に残されるそれぞれの足跡みたいなものなんだけど、それを調べれば、どの携帯から書き込まれた
ものなのかわかってしまうんだ。発券したり、被害にあったら、すぐに知らせるんだ。わかったね」
宣言しているのと、そうでないのとでは違う。大抵の被害者は中傷されたらすぐに僕に連絡をくれる。
ひたすら耐え続けるにはあまりにも辛いからだ。
 ネットイジメの連絡を受けたら、すぐにそのURLにアクセスし、僕自らがその掲示板に書き込みをする。
「ダサイ奴。こんな卑劣な書き込みをしなきゃ、自分を表現できないの?○○ちゃん、気にしないで。
馬鹿は放っておこう」「これを書いている奴、実はだいたいわかってるんだ。○○ちゃん、別のサイトを
立ち上げて、仕返ししてやろうか?」。
こんな文言を何度か書き込めば、中傷はピタリと止む。それでも止まない場合は複数犯。教室での人間関係を
注意深く観察すれば、たいてい犯人グループの察しはつく。子供たちの悪事など、大人が本気になれば
ほとんどが明らかになり、大人が真剣に迫ればほとんどの場合、反省してくれる。評論家が嘆くほど、子供たちは
腐ってなんかいないのだ。
 そしてこのユーモアたっぷりのメールアドレスは、思いもかけず、私生活でも威力を発揮してくれている。
気に入った女性とメール交換をするときなんかこのアドレスのおかげで、つかみはOK。研修会や飲み会で
何人もの女の子のメールアドレスをゲットした。先日、真夜中に入った明らかに僕に好意を寄せているような
メールも、前にアドレスを教えた女の子だろう。
 忙しい二宮にとって、タイムラグが多少あっても対応できるメールはあらゆる意味で武器となった。

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 「今日の放課後、クラスの刑事物を作りたいんだけど、残って作業してくれる人はいないかな」
 僕は昔から運が強い。というか、ものすごく引きが強い。子供の頃から、ババ抜きでは負けたことがなかったし、
クラスの席替えではほとんど窓側の席を引き当ててた。これまで本気で願って引き当てられなかったのは
奥さんくらいだ。今年、受け持ったC組もバランスがいい。受け持ちのクラスは、成績、人間関係等を考慮しながら
学年を五つのブロックに分け、五人の担任候補がクジを引いて決める。この学年の生徒は、一年生の時、
授業を持っていたからよく知っている。少なくとも、僕の引き当てたクラスは、五つのブロックの中では一番、
僕との相性がいいクラスだと思う。この日も、僕が呼びかけると、一部の生徒たちがすぐに引き受けてくれる。
ああ、はじめからキャッチボールができるクラス。このクラスの担任でよかった。
 「先生、先生って独身でしょ?別にいけてないわけじゃないのに、どうして結婚できないの?」
 ひょうきんで、誰が相手でも物怖じせずにはっきりと意見を口にする、クラス委員長のオリエは教室に
差し込む西日に照らされながら、眩しそうな顔でおもむろに僕に問いかけた。
 「うーん、どうしてたろうな。何人かと付き合ったんだけど、結婚とかって、タイミングもあるからなあ」
 「とか何とか言って、本当は変な趣味があって、それがバレて破局して来たんじゃないの?頼む、
僕をぶって、ぶって、お願い」
 お調子者のトオルがおどけてみせる。アキラとダイチも「マジ、そういう趣味?」なんて大喜び。
 「ほんと男子はエロイ。そんんあことしか考えられないの?」
 サヨコは悪乗りするトオルたちをたしなめ、まじめな顔でつぶやく。
 「でも、世の中って、三十代後半なら結婚しているのが普通、みたいに決め付けるよね。
たとえば、中学生ならこれが当たり前とか。私たちは今、中学という場所に所属しているけど、あくまでも私は私。
中学生なんていう存在じゃない。同じ人間なんて二人といないし、普通とか、みんなとか、本当はそんなの
どこにもないのにね」
「そんなのどこにもねー!そんなの関係ねー!」
 トオルたちは一斉に拳を床に叩きつける素振りで、流行りのお笑い芸人のモノマネをしてはしゃぐ。
 そんな様子を、一言も離さずに、ヨウコは黙って見守っている。ヨウコは一年生の時はイジメに遭い、不登校だった。
僕のクラスの注意深く見守らねばならない生徒の筆頭だった。でも、ヨウコは僕のクラスになってから一度も学校を
休んでいないあ。僕が頼りになるというより、このクラスの囲心地がいいのだろう。事実、今日も自分の意思で
放課後、教室に残っている。
 「馬鹿だよねー、あいつら。ヨウコちゃん、言ってやりなよ」
 委員長のオリエがヨウコの肩をポンと叩く。ヨウコは伏し目がちに小さく笑った。
 明るくて、しっかりしていて、いいクラスだ。これから、このクラスでどんな楽しい思い出が作られていくんだろう。
僕は、僕自身の引きの強さに心から感謝した。

                    ※

 先生…もう楽になりたいよ。死んでしまいたい先生、助けて。

 菊池佐代子からのメールが入ったのは、日曜日の真夜中だった。ギリギリまで追い詰められた生徒からのSOSが
寄せられるのは、大抵、日曜の深夜だ。
 よく、不登校は月曜日から始まる、と言われるが、正確にはそうじゃない。それがはじまるのは日曜日の深夜なのだ。
 サザエさんの後の憂鬱に身に覚えがないだろうか?一週間を必死に戦い、やっと訪れた休日、心身ともにリラックス
する。しかし、日曜日の夜、サザエさんのエンディングテーマの終わりの鐘が「カーン」と鳴った途端、心は
月曜日へとジャンプする。学校や職場で問題があるときなんか、特にブルーな気持ちになるもの。
僕自身、昔からそうだったし、今だってそうだ。だから、日曜日の深夜、僕は携帯電話を離さない。
震えている夜に、少しの温もりを与えてあげられたなら、また一歩を踏み出す小さな力になるかも知れないからだ。

 >なにかあったのか?サヨコ
 >もう、頑張れないよ先生。
 >それじゃわかんないよ。何があったんだ?
 >なんだか、何もかも嫌になってしまったの。もう死にたい。
 >何もかもってなんだよ。話してくれなきゃわからないだろう?
  前にもみんなに話したけど、生まれることと、死ぬことは選べないんだ。
  僕たち人間が選べるのは、いかに生きるか、それだけなんだよ。
 >でも、もう楽になりたいの。許して先生。
 >大丈夫、なにがあったかわからないけど、僕がついてる。明日、学校で話そう。
  先生は絶対に裏切ったりしないから。
 >本当に?信用してもいいの?
 >当たり前だよ。放課後、時間空けとくから。
 >わかった。明日、全部話す。先生、ありがとう…。

 メールの主、サヨコはクラスの中心メンバー。友人も多く、クラスの信頼も厚かった。
両親も積極的に学校行事にかかわってくれるし、金曜日の放課後も、テニス部の練習に元気に汗を流している
姿を見かけた。この週末、いったい彼女に何があったのだろう。皆目、見当もつかない。
ただ一つ気がかりなことがあるとすれば、ゴールデンウィーク明けからサヨコが交際している大宮明との
関係だ。クラスの人気者のアキラだが、最近、ボーッとしたり、かと思えば突拍子もなくハイテンションになったりと
不安定。家は母子家庭で、母親は水商売をしている。そういえば、先日、アキラの母親が、「最近、反抗期で
手に負えない。死別した夫でもいてくれたら」と相談のメールをくれた。その時は、「男の子にとって
反抗は一種の通過儀礼みたいなものだから少し様子を見ましょう、大丈夫、あいつは本当にいい奴だから」、と
返信した記憶がある。サヨコの悩みとアキラ、何か関係があるのだろうか。いや、考えても仕方がない。
とにかく明日だ。ざわつく心を麻痺させるために、バーボンのストレートをあおって瞳を閉じた。

 ピピピピ
 目覚まし時計の音で目を覚ますと、ひどい頭痛が襲ってきた。それもそのはず、結局、昨夜はサヨコのメールが
気になってなかなか寝付けず、きがつけば決行飲んでしまったように思う。机の上のIWハーパーは、ほとんど
空になっていた。
 「繊細な人間は教師には向いていない」大学の教職関連科目・特別活動の理論と実践という講義を担当し、
定年まで中学校で教鞭を執っていたという非常勤講師は、僕らに向かってそう断言した。
「市えとが起こす問題や悩みにすべて向き合ったら教師はもちません。マラソンをしていると思わないとダメなのです。
生徒との間で一定の距離を取り、すべてを理解しようとしない。すべてを明らかにする必要はないんです。
ノイローゼになったり、潰れてしまう教師は、総じて原理主義者です。生徒のすべてを理解しようと青臭い理念を
貫き通す。でもそれは逆に子供たちに対して罪なことです。あなたたちも、これまで先生にバレなかった悪事の
一つや二つ、あったでしょう?知らない方がいいことだってあるのです。無視した方がいいことだってあるのです。
その意味では、鈍感力、これは教師に必要な資質だと私は思います」
 僕はこの元教師が大嫌いだった。教育とは、新しい自我の誕生を促すものであり、あいつが言うようにコンドーム
を被せてポコチンを鈍感にしたら、早漏は直せても、誕生はありえない。自らの保身のために、誕生を放棄する。
そんな教師にだけはなるものか。学生時代、仲間と教育談義に花を咲かせたとき、僕はあいつを批判しながらそんな
演説をぶった。それから、奴のあだ名はコンドームになった。苗字が何だったのかさえもう覚えていない。
よく仲間たちと、奴にわざと聞こえるように、「なあ、こんどオオム買ってきてくれよ」なんて大声で叫んで
笑い転げたものだ。鈍感を肯定するあいつは、きっと自分が僕たちからそんなあだ名で呼ばれ馬鹿にされている
ことに気付かなかったことだろう。めでたい奴だ。
 僕は敏感でありたい。それで潰れるなら本望だ。僕は僕の信じる教育を重ねるだけ。
それ以上でも、それ以下でもない。
 朝っぱらから嫌な奴のことを思い出してしまった。とりあえずシャワーを浴びて、気分転換だ。
給湯器の設定温度を四十三度まで上げて、風呂場へと向かった。

              ※

 教師としての一日、僕は校門に立って登校してくる生徒一人ひとりに声をかけることから始める。
これは別にしなければならない、いわゆる義務ではない。中学校は、小学校と違って部活の朝練もあり、
教師が朝から一律に業務を分け合うことは不可能だ。部活に精を出す教師もいれば、時間ギリギリに登校する
教師、早めに来て職員室で当日の授業準備をする教師と、各人によってまちまちだ。
僕も吹奏楽部の顧問をしているが、朝練はしない。住宅街の真ん中にあるこの中学で、朝からホルンやら、
サックスやら、ピアノなどの音が鳴り響いたら、それこそ、近所迷惑になる。
 朝という漢字は、『十月十日』(とつきとおか)と書く。生命の種が母親の子宮の中に芽生えてから、
この世に誕生するまでの十ヶ月と十日。誕生後の人生をある程度決定づけてしまう大切なとき。
赤ん坊と母親がへその緒でつながりながら、すべてを分かち合うとき。先人たちは朝とはそういう
時間であるべきだという教育的思いをこめて、朝という漢字を刻んだのではないだろうか。
 僕は、朝の時間は雑務には充てない。こうして毎日校門に立ち、登校してくる生徒一人ひとりと挨拶を
かわしながら彼らの心の声に耳を澄ます。朝、苦しんでいる人間は必ず苦しい顔をしている。
不安な人間は必ず不安な顔をしている。教室でイジメられているのに、天真爛漫で登校してくる生徒なんて
どこにもいないのだ。それをキャッチしてあげることが、いや、たとえ気付かなくても、キャッチする努力を
怠らないことが、教師として一日の最初の仕事だと僕は思っている。
 自分の子供がリストカットを繰り返しているのに気がつかない。そんな親は、朝の時間を大切にしていない
証拠だ。就寝中は、誰もが一日のうちでもっとも薄着となる時間。真冬でもコートを着て寝る奴なんかいない
だろう。もしも朝、丁寧にわが子と向き合えていたなら、手首の傷に気付かないわかはない。
しかし、現実は忙しさの中、「早く起きなさい、食べなさい、行きなさい」とあわただしく時が流れていく。
それは、十分な成長を遂げていない赤ん坊を無理やりこの世界に誕生させてしまうのと同じことであり、
現在、多くの子供たちの目から輝きが失われていることと無関係ではないだろう。
 だから僕は今日も校門に立っている。心の声に耳を澄まして校門に立っている。
 「おはよう!なんか眠そうだなぁ。昨日、何時に寝たんだ?」
 「おはよう!ちゃんと朝飯、食ってきたか?」
 「おはよう!忘れ物はないか?」
 いつもと同じ朝。いつもと同じ風景。
それがこの先もずっと続いていくんだと信じて疑わなかった僕は、コンドームが言っていたように、原理主義者
だったのかもしれない。

                    ※

 浅野寛二、稲川秀太、井上洋介、大野保、大宮明…あれ、アキラはどうした?トイレでも行ってるのか?
 「そういえば、ゲリPだとか言ってたよ?」
小学校時代からアキラとつるんでいる棚橋徹は、椅子の上に立ち上がり、鼻をつまみながら突き出したお尻に
手を当てた。教室が爆笑に包まれた。トオルはクラスのムードメーカーでアキラの悪友。いつも馬鹿げた
冗談でクラスを和ませる。いつもなら、僕も教室の笑いの輪に加わっただろうが、今日はそんな気持ちには
なれなかった。サヨコと付き合っているアキラ、生きていることに疲れたという昨夜のサヨコからのメール
…やはり何らかの関係があるのかも知れない。窓側の後ろから二番目、席に座っているサヨコを見た。
なおも続いているトオルのパフォーマンスを眺めながら腹を抱えて笑い転げている。
 はい、もう静かに。気を取り直して出席をとり続け、二時間目の理科の授業が第二視聴覚室に変わっている
旨を伝達し、職員室に戻った。
 「二宮先生、大宮明ってどんな生徒ですか?」
 生徒指導主任の守屋が少し訝し気な顔をして声をかけてきた。
 「最近、ちょっと落ち着きがなくて、今日も遅刻していますが、アキラ、なんかしたんですか?」
 「いや、少し、気になったのですが、先週の金曜、生指連で恒例の深夜パトロールがあったんですが、
ゲームセンターでたむろしていた西中の生徒を補導したんです。そしたら、あいつら居直りましてね。
まあ、反抗期です。かなり厳しく締め上げたもんですから。そのとき私が楠木中の教師だとわかったら、
変なことをいうんです」
 「変なこと?」
 「ええ、俺らのことなんかかまってる暇があったら、大宮を指導した方がいいんじゃないかってね。
なんのことだって問い詰めたら、笑って誤魔化すんですよ。もっと突っ込んで聞こうとしたんですが、
西中の大見先生が連れて行ってしまったものですから。なんだか気になって、今朝、学校に来て
調べてみたら、うちの中学には大宮という生徒が二人いまして、一人が三Aの大宮聡史、そして
もう一人が先生のところの大宮明です。聡のほうは去年、授業を受け持っていたので知っているんですが、
他校生にまで名前が売れているような生徒ではなく、むしろおとなしい生徒です。
大宮明はよくわかりませんが、とりあえず、情報だけでも、と思いまして」
 生指連とは、生徒指導連合会の略、各中学校の生徒指導の教師が作る連合会で、各校の情報交換や、
共同での深夜パトロールなどを行っている。
 「大宮明ですが、僕も最近、気になっていたんです。すごくハイテンションだったり、どんよりと
落ち込んでいたり。ありがとうございます。少し、当たってみます」
 「まぁ、今の子どもたちは適当なことをいって、自分の問題を煙に巻きますから。なんか、
わかったら私も動きますので教えてください」
 サヨコからのメール、アキラの遅刻、西中の不良グループ…胸騒ぎが止まらなかった。

 ピンポンパンポーン。二年C組、棚橋徹くん、職員室、二宮の所に来てください。
 昼休みになってもアキラは登校していなかった。母親に聞いてある携帯にかけても繋がらない。
いたたまれずに僕はアキラの小学校時代からの親友、トオルを呼び出した。中庭で仲間とたむろしていた
トオルは、「んだよー貴重な昼休みなのに。みんなに、なにかやらかしたのかってバカにされたよ」と
不機嫌そうに愚痴をこぼしながらやってきた。
 「悪い、悪い。いや、アキラがまだ来ていないから、何か、心配でさ。親にも連絡つかないし」
 「あの親は終わってるよ。なんか男いるみたいだし。今頃、どっかに男といるんじゃない?」
 「アキラが言ってたのか?」
 「いや、あいつはマザコンだから。言ってたのは俺のカアチャン。夜は仕事でいないし、サッカー部で
知り合ったとかいってた西中の連中も夜、あいつの家にたむろしてるよ。なんか最近、俺もついていけない
んだよね」
 「ついていけないって、どういうことだ?」
 「最近、よくわかんねーんだ。いきなりキレたりするし」
 「家庭環境の問題なのかなあ…」
 「しらねーよ。あいつに直接聞けばいいじゃん」
 「なんか、お前、冷たいよ。昔っからの友達だろ?」
 「先生、古いんだよ。俺たちの世界には、昔の青春ドラマみたいな友情なんてないよ。ドライなもんだよ。
 ベタベタとなれ合ったりしないし」
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
 「あーあ、昼休み、終わっちゃったよ」
 「ちょっと待てよ」と引き止める僕の声を無視して、トオルは職員室を後にした。明らかにクラスで何かが
怒っている。悪い予感が重く僕にのしかかった。
 アキラが自殺したというニュースが母親から僕に入ったのは、それから数分後のことだった。

                  ※

 返信がないのに、またメールをしちゃってごめんなさい。今日は、ほんの少しだけ、いいことがあったの。
だから、それを少しでも分けてあげたくて…。あなたは、今、何をしていますか?また、メールします。

 三度目の着信となる、携帯に登録されていないメール。きっと、以前にアドレスを教えた僕に好意を抱いて
くれている誰かからのメール。「いいこと」がなんなのか、知りたかったが、返信はしなかった。
このアドレスを『あいあい』という名前で新規登録した。理由は特にない。

                           (後編へつづく)

 

 


 

最終更新:2008年03月30日 11:03