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    <title>プログラマ稼業撃退塾@WIKI</title>
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    <description>プログラマ稼業撃退塾@WIKI</description>

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    <title>第0E戒「汝、汝のケツは汝で拭け」</title>
    <link>http://www20.atwiki.jp/pgekitai/pages/33.html</link>
    <description>
      この講義のテーマは、「企業情報システム開発」のような、得体の知れない、意義があるのかないのか一概には測りがたい、火事ばっかり発生している現場に三行半を叩きつけ、プログラマとしての本当の人生を見つけようではないかということなのだが、我輩自身、準備万端「企業情報システム開発」に三行半を叩きつけてやる前に、向こうから「あんたいらん」と三行半を叩きつけられてしまい、プライドと自信を一気に喪失し、オマケに収入も喪失し、家の中が悲惨な状態になってしまったのだ。

「ちょいとお前さん、いつになったら次の仕事が決まるのさ？一体どうすんだい？私がこうしてやっている針仕事だけじゃ、生活していけないんだからね」

「わかってらぁなそんさこと。どうするもこうするも、おめえにそうやって、のべつまくなし、どうすんだい？どうすんだい？と言われ続けたら、まとまるかんげえもまとまらねえじゃねえか。このスットコドッコイ！」

「ちょいと！スットコドッコイってどういうことさ？！このヒョーロクダマ！ウスラトンカチ！甲斐性なし！大体お前さんの顔が辛気臭いから面接に落っこちるのさ」

「辛気臭せえ顔にしてるのはだれだてぇン？おめえが、口を開けば金がねえ金がねえとぬかしゃあがるからだろが！？」

「本当におアシがないんだから仕方ないじゃないか！」

「金なら去年の大晦日に、十万とび六千円渡してあるだろうが！？」

「そんなモン、いつまであると思ってんのさ！？」

「ぴぎゃぁぁぁー（腹を減らした子供の泣き声）」

とまあ、家の中がこういう状況なので、とても講義を開催できる精神状態ではなくなってしまったのである。

この講義では、永遠不滅の真理を諸兄にお伝えしているつもりなので、地殻変動ともいえる未曾有のＩＴ不況の中にあっても、状況に内容が左右されることがあってはならんのだが、我輩も人の子であるからしてなあ。

実を言うと、「0E戒」は当初「汝、ばんばん副業すべし」というのを予定していたのだ。しかし、急遽「汝、汝のケツは汝で拭け」に変更させていただいたのである。

「汝、ばんばん副業すべし」も、不変の真理であることは間違いないのだが、世間では、「副業せよってあんた。副業せよってあんた。私には今本業すらないんです。誰か仕事ください」という状況に陥っている技術者がゴロゴロいるのである。

そういう状況下において、そのような戒律を打ち出してなんの意味があるのだろうかという話になってくる。

しかしながらよくよく考えてみると、正社員、契約社員、派遣社員、パート・アルバイト、個人事業主如何にかかわらず、こういう状況になってしまったからこそ、以前より副業を軌道に乗せておき、インカム（収入）を複数ルートにしておけばよかったのになあと言えなくもない。
　
ＩＴ業界の場合、個人事業主といえども、客先常駐型請負開発に従事している者が多数を占めており、掛け持ちが難しいから、いきおい「一社から一案件のみ」の取引となってしまうので、派遣社員やパート・アルバイトなどの非正規労働者となんら変わらない立場なのだ。「個人事業主の皮を被った派遣社員」なのである。

それでも、契約している案件仲介業者が勝手に仕事を探してくれていたから、自ら営業して仕事を探すということをしてこなかった。その案件仲介業者の営業が蒼い顔をして走り回るだけで、全く当てにならない状況となれば、どのような結果になるかは簡単に推測できるし、実際その通りの結果になり、かくして今回のＩＴ不況で、契約社員から自営業者まで、まんべんなく大量に技術者が余ってしまったというわけである。

個人事業主から契約社員まで、非正規雇用者はリスクヘッジという意味で、当然ダブルインカム、トリプルインカムを考えておくべきだ。

企業であっても「この道一筋」でやっているところは有事になると、存亡の危機に陥ってしまう。牛丼一筋の吉野家が、狂牛病のおかげでどのようなことになってしまったか、記憶に新しいところだ。であるから、企業であれば普通、リスクヘッジを考えて二本立て、三本立てで事業を展開している。

非正規雇用者ならば、インカムを得る道がたった一箇所ということが、どれだけリスキーなことであるか、今回のＩＴ不況で、身にしみて実感されたのではないだろうか。

正規雇用者でも、このような時代であるから同様のことがいえる。

正規雇用者として企業に雇用されている立場であれば、副業は禁止されている場合が多いだろうと思うけれども、二箇所から同時に雇用されることを禁じているのみであって、中小規模の企業であれば、事業主として活動する分には大目に見るところが多くなっていることは事実だ。

中には起業を積極的に推奨しているところもあったぞ。これは裏を返せば「どうにもあれです。申し訳ないようなことですけれども、十分なお給金を差し上げられないもんですから、後は自分の力でどうかひとつ、しゃわわせになっていただきたいと、まあこのように考える次第です」ということなのかもしれん。
　
正規雇用者として企業に所属している諸兄も、昨今では賞与ゼロとか、減給などという状態になってきたのではなかろうか。かといって、経営陣を責めるのは筋違いだ。会社だって、諸兄をクビにしたくない一心で懸命にこの窮状を凌ごうとがんばってくれている。
　
「給料が減っちゃって、これじゃあ生活が成り立たないよ。なんとかしろ！」という文句は、会社ではなく自分に対して言わなければならない時代になってきた。

「自分のケツは自分で拭く」時代になってきたのである。

我輩がかつてより懇意にさせていただいている会社、というとまあ小規模なところが多いわけだが、どことも雇用調整助成金のお世話になっていないところはないという現状である。
　
 雇用調整助成金：
 景気の変動、産業構造の変化その他の経済上の理由により、事業活動の縮小
 を余儀なくされた事業主が、その雇用する労働者を一時的に休業等（休業及
 び教育訓練）又は出向をさせた場合に、休業、教育訓練又は出向に係る手当
 若しくは賃金等の一部を助成する。

ただ、この雇用調整助成金は、永遠に支給されるわけではなく、3年間で300日という支給限度が決まっている。

もし貴君が会社の中で、ノーアサイン状態すなわち社内失業者として君臨（妙な表現だが）し続けた場合、いつしか貴君の人件費は全額赤字となって会社にのしかかっていく。

そうなると、どうなるかは簡単に想像がつくであろう。
　
我輩は勿論、「ではそのような会社は見限って退職し、比較的堅調な経営をしているところを探したまえ」と言いたいわけではない。

貴君を失業者にしてなるものかと頑張ってくれている会社の恩義に報いるためにも、会社側が「もうだめだ。ごめんなさい」とギブアップするまでは付き合っていただいて、幸運にも仕事が見つかった場合は、 1銭でもたくさん外貨を獲得するべく勤めていただきたいのだ。

しかし、最悪の事態となった場合を想定して、なんとか「自分のケツは自分で拭ける」準備をしておこう。

「何をどうすればよいかわかりません」

残念ながら、我輩はその質問に対する答えを持ち合わせておらん。諸兄ら一人一人、自ら考えるほかはないのである。

今はそういう時代なのだから。

また、もしかするとまた以前のように景気が回復して、真っ青な顔をして仕事を探し回る必要がなくなるかもしれない。我輩だって、そうなってくれることを切に望む次第ではある。

しかしながら、そうなると「喉元過ぎれば熱さ忘れる」というやつで、またぞろのほほんとした日常に逆戻りということになるかもしれないが、一時的に景気が回復したとしても、再度同様な落ち込みが襲わないという保証はない。

そのときのために、ケツを拭くトイレットペーパーを準備しておくのは、大変に意義があることといえるだろうさ。

----    </description>
    <dc:date>2009-11-09T19:19:13+09:00</dc:date>
  </item>
    <item rdf:about="http://www20.atwiki.jp/pgekitai/pages/34.html">
    <title>第0F戒「汝、こんなおっさんの言うことを真に受けるべからず」</title>
    <link>http://www20.atwiki.jp/pgekitai/pages/34.html</link>
    <description>
      「実装者のプログラマ0F戒」の記念すべき最後の戒律は、

「汝、こんなおっさんの言うことを真に受けるべからず」

ということなのである。

「いままで我輩がしゃべくってきたことなんて、いちいち真に受けてちゃダメだぜ。そこのところ、よろしゅう頼みまっせ」ということなのだ。

本講義と、出張講演（S-OPEN殿主催の寄り合いにて、我輩の実物がしゃべったもの）を含めて、「非常にネガティブな考え方」と評する人々がいるのは確かなのである。

本人はみちゃみちゃポジティブな考え方のつもりなのだが、我輩の風貌及び文体が、心ある人々に対してネガティブな印象を与えるのかもしれない。

多分そうだ。

我輩がこの講義で諸兄にお伝えしたかったことは非常にシンプルだ。

「企業情報システム開発」はプログラミング技術を利用してできる多くのことの中のひとつに過ぎない。

であるから、「企業情報システム開発」の仕事に対して情熱を失ったからといって、プログラミングに対して情熱を失わないでほしい。

なぜならもったいないからである。

というわけで、「企業情報システム開発」の仕事に見切りをつけたとき、身につけたプログラミング技術を活用してできることをちゃんと探しておこうじゃないか。

ということなのであった。要約すればたったそれだけのことを、 1年半もかけて話してきたのである。これは、正規雇用者、非正規雇用者に関係なく心がけていただきたいことだ。

いかがかな？ぜんぜんネガティブじゃないあろうが。ネガティブですか？え？

「ネガティブだと思います」

あ、さようでございますか。

もし、我輩の考えがネガティブな印象を与えるとすれば、おそらく次の部分であろう。

「誰しも、企業情報システム開発という仕事に嫌気がさすことを前提とし、そのためにいつしか自分が所属している組織に対して、多くを期待しない状態となるということを出発点として、論理が展開されている」

だってしょうがないではないか。

一度たりとも「もう嫌だ。こんな仕事。自分のやりたいことはこんなことではなかった。こんな会社辞めてやる。ついでにプログラマも辞めてやる」と、考えたことがない技術者がいったいこの世に何人存在するというのであろうか。

もしいたとしたら、その人はよっぽど幸せなお方だ。皆さん大なり小なり疑念と不満を持ちつつ、騙し騙し日々を送っているのである。

それはなぜかというと、「会社を辞めたら生活していけなくなる」からだ。仕事というものは基本的に生活の糧を得るための行為であって、多くの人は「仕事は仕事、趣味は趣味」と割り切ってシンプルに生きているわけだが、プログラマのように、仕事と己の趣味趣向哲学がある程度オーバーラップする職業である場合、物事は一気に深刻になってくるというわけだ。

しかし、それぞれにおかれている立場には差があり、性格も違うから、全部が全部我輩のような考え方で動くはずもないし、また、動くと大変なことになろう。そこらじゅうのい会社があっという間に空中分解してしまう。

「企業情報システム開発の仕事が嫌になってきたので、なんとかそこから抜け出しつつも、好きなプログラミングだけは続けたいな。何かよい方法はないものか」と考える技術者なら沢山いるはずで、我輩などはさしずめそういった技術者が、いびつに進化した奇形なのかもしれん。

奇形というとあまりに我輩がかわいそうなので、「ケース・マイノリティー」とでも呼んでやるか。

ケース・マイノリティーおっさんが言うことであるから、それをそのまま鵜呑みにすることなく、貴兄らが、それぞれ将来に対するビジョンとして思い描いていることと、我輩の考えをマッチングして、自分に合わないところは捨て、参考になりそうなところは取り入れていただければよいと思っているのである。

さらに貴方が、経営者側に位置する人間であった場合は、世の中には我輩のように、極端な考え方をする怪物が実際に存在するのだということで、今後の人事業務の参考にしていただきたいと思うわけだ。

前回の講義でも申し上げたとおり、自分のケツは自分で拭かなければならないご時勢となっている。悲しいことだが自分の所属している会社など、屁のツッパリにもならない激変が今後襲ってくる可能性もある。

正規雇用者でさえそのような状況に陥るわけだから、契約社員以下、派遣社員、パート・アルバイト、個人事業主の場合どのような悲惨なこととになるかなど、想像だにしたくもないというやつだ。

どうか諸君、そうなっても慌てず騒がず、一時の感情に流されドサクサ紛れの行動に出ぬようにな。

そのためには、なんとか自分の仕事が回っているうちに準備万端整えておくことが肝要だ。もし幸運なことに、このまま景気が上向きだしたとしても、その準備は諸兄にとって無駄なことにはならないはずだからな。

ごく普通の事務方サラリーマンならば、そんな勤めてる会社が吹っ飛んだときの準備といわれたって、何をしていいかわからん。ということになってしまうかもしれないが、プログラマ諸兄であればそんなことはあるまい。プログラミング技術を活用してできることは、本当に山ほどあるはずだからだ。

それでは諸兄、頑張ってIT不況の時代を乗り切ろうぞ。そして、首尾よく乗り切って、精神的にも経済的にも余裕が出てきたら、どうか諸兄よ。我輩の記した本をたんと買ってくれたまえ。うわははははははは。

　　　　　　　　　　　　　　　＜＜ プログラマ稼業撃退塾　完 ＞＞

----    </description>
    <dc:date>2009-11-09T19:18:32+09:00</dc:date>
  </item>
    <item rdf:about="http://www20.atwiki.jp/pgekitai/pages/2.html">
    <title>メニュー</title>
    <link>http://www20.atwiki.jp/pgekitai/pages/2.html</link>
    <description>
      **メニュー
-[[トップページ]]

-[[開講の言葉]]

-第00戒「汝、プログラマの道を選びしことを神に感謝せよ」
--[[第00戒-1]]
--[[第00戒-2]]

-[[第01戒「汝、隣人を愛せよ」]]

-第02戒「汝、向いてないと思えば即辞めよ」
--[[第02戒-1]]
--[[第02戒-2]]

-[[第03戒「汝、先輩を敬え」]]

-[[第04戒「汝、二神に仕えることなかれ」]]

-[[第05戒「汝、偶像を崇拝するなかれ」]]

-[[第06戒「汝、気の向かない現場に赴いてもクサることなかれ」]]

-第07戒「汝、転職するなかれ」
--[[第07戒-1]]
--[[第07戒-2]]
--[[第07戒-3]]

-[[第08戒「汝、もうバンバン姦淫すべし」]]

-[[第09戒「汝、人材となるな、人間となれ」]]

-[[第0A戒「汝、酒精の囁きに惑うべからず」]]

-[[第0B戒「汝、安息日を聖とせよ]]

-第0C戒「汝、停滞することなかれ」
--[[第0C戒-1]]
--[[第0C戒-2]]

-[[第OD戒「汝、猿が如く継続すべし」]]

-[[第0E戒「汝、汝のケツは汝で拭け」]]

-[[第0F戒「汝、こんなおっさんの言うことを真に受けるべからず」]]
----

**リンク


//**更新履歴
//#recent(20)

&amp;link_editmenu(text=ここを編集)    </description>
    <dc:date>2009-11-09T19:15:47+09:00</dc:date>
  </item>
    <item rdf:about="http://www20.atwiki.jp/pgekitai/pages/32.html">
    <title>第OD戒「汝、猿が如く継続すべし」</title>
    <link>http://www20.atwiki.jp/pgekitai/pages/32.html</link>
    <description>
      今回の戒律は、「汝、猿が如く継続すべし」ということなのだ。

ひとぉつ尋ねさせていただくが、諸兄は、『成功本』なるジャンルの書物を紐解かれたことがおありか？もう山ほど出版ておるからな。著者の中には、著名人とか、大企業の創業者とか、それはもう世間一般に『成功者』と認識されている人物から、『成功本』を出版することによって成功したというわけのわからない人物もいて、百花繚乱の様相を呈しておる。

最近では『メタ成功本』というのも出ているぞ。これは、成功本によく書かれていることに対してまずアンチテーゼを叩きつけ、対象の事項を分解吟味検討することによって、そこからまた別の成功法則を導き出すという、非常にまわりくどい『成功本』だ。

何？大好きでコレクションしているとな？そのようなもの、コレクションしてどうするのだ？

ああいったものは貴君、一番自分にフィットしたものを除き、ブックオフに叩き売るとよろしい。どうせ、突き詰めればみな同じ事が書いてあるのだから。

ただし、まっかっかになるほど赤鉛筆またはボールペンで書き込みしたり、カラフルな蛍光ペンを塗ったくったようなやつは買い取ってくれんぞ。

ブックオフは美本しか買い取ってくれないのだ。さらに注意が必要なのは、例えば貴方がその成功先生の講演会なんぞへ出向いて、サイン入り本を購入するか、出口で待ち伏せしてサインを貰ったとする。恐るべき新古書チェーンであるブックオフにとって、著者のサインであろうがなんであろうが、それは単なる本の汚れなに過ぎないのだ。であるから、買い取り価格がぐーんと下がってしまう可能性があるぞ。その辺をよく肝に銘じておくようにな。

さらに付け加えておけば、ブックオフの買取金額上限は定価の 10%と決まっている。

いくら稀覯本であって、まんだらけに持っていけば高額査定してくれる本でも、定価の10%なのだ。

ブックオフは、10%で買い取った本に定価の50%の売価をつけて店頭に置く。それが何ヶ月かの間売れずに残っていたら、段階的に売価を下げていく。そして最期は1冊105円になるわけだ。これがブックオフビジネスの正体である。

ま、そんなことはどうでもよろしい。この講義は、ブックオフ高価買取戦術を指南するためのものではないのでな。

で、いかがであったか？成功した？成功しないまでも、それらの本に書いてあることを実行してみたかね？

ああいった類のものは、昔の東映ヤクザ映画とか、カンフー映画と同じでな。読んでいる間は『んなぁるほどぉ♪こいつぁー勉強になるズラ』などと非常に興奮し、調子乗りの人間ならば、感銘を受けた部分に線を引きまくって、結局どこが大事なのかわからなくなったり、帳面や手近な反故紙に文章を書き写したりして、その時点ではもうすっかり成功者になってしまうのである。

そして、一晩ぐっすり眠ると、普通の人に戻ってしまうわけだ。本に書いてあることなど、実行できるものかは。という状態になってしまう。

別に、我輩はそのことについてどうこう言うつもりは毛頭ない。それがまあ普通だし、実際のところ我輩もそうであったから。

ところで、我輩がなぜそのような『成功本』系に興味を持ったかというのは、先日分不相応にもやらせていただいた講演の台本に書いてあり、ここでお話しすると重複してしまうし、我輩の恥ずかしい過去に絡むことなので、何度も書きたくないのだ。

申し訳ないが、興味のある方は、そちらを参照していただきたいと思う。

[[http://www.s-open.net/hot/hs0031/SP2.pdf&gt;http://www.s-open.net/hot/hs0031/SP2.pdf]]


これの、「時間を取り戻そう」という項にそのことが書いてある。

実は、あんなもの数を読んでも仕方がない。あれら成功本には、煎じ詰めればたったひとつのことしか書かれていないのだから。

それは、

『達成したい目標があれば、達成できるまでやんなさい』

ということだ。

目標を達成できるまで諦めずに挑戦し続ければ、必ずや目標は達成できるのである。何やら言葉遊びのようだが、これは絶対なる真実なのである。

なぜ多くの人が夢破れてしまうのか。それは途中で諦めてしまうからだ。

しかし、いきなり目標に向かって遮二無二頑張りなさいといわれても、何をどうしたらよいのかさっぱりわからない。
そこで、目標を達成できそうなルートを幾つか考え、それをさらに小さなステップに細分化して小目標にする。小目標といったって、1日とか1時間単位で細かくスケジューリングする必要はないぞ。1ヶ月とか3ヶ月とか、それぐらいのレベルでよろしい。

ステップを幾つかまとめて中期目標として、これは大体2年から3年みておけばよい。そして、焦らず飽きず腐らずにそれらのステップを順番にクリアーしていくわけだ。

中期目標が2、3年で達成できない場合は、すっぱりと諦めて別のルートに軌道修正する。最終目標地点はひとつだとしても、それに至る道は無数に存在するから、ひとつくらい駄目になったとしても諦めてはならんぞ。

例えば、貴方が素晴らしいコンピューターゲームのアイディアを持って、是非それを作り上げて世に問うてみたいとする。実際に色んなルートが考えられるであろう？

1.仕事の合間に趣味として自分ひとり、又は、なまかを募ってシコシコと作成する。
2.ゲーム会社に就職して、プロデューサーまで登り詰め、満を持してゲームを開発する。
3.ゲーム会社に企画を送りつけて作ってもらう。
4.ゲーム制作会社を自分で設立する。
5.ゲーム制作会社に製作を発注する。

いかがかな。他人と一味違う発想がああれば企画を送りつける方法でよいし、平凡なアイディアしか思いつかなくても、技術力さえあれば後は時間をかければよいだけだし、アイディアも十人並みで技術力がなければお金があればよいのである。

何も始めないうちは、全く視界ゼロの状態かもしれないが、ステップを幾つかクリアしていくことによって、それが思わぬところで次のルートを切り拓く武器になるかもしれないのだ。

いずれにせよ、どんな小さなことでも、やり遂げるにはそれなりに時間がかかるぞ。

自分の思う通りに物事が運ばないことも山ほどあるし、享楽に流れてしまうこともあろう。本来目標達成に使うべき時間に、ついついゲームをしてしまったり、酒を飲んでしまったり。

そもそも、いくら自分の気持ちの中で達成したい夢であっても、ふと現実に立ち戻ってみれば、別に達成しなくても死にはしないのだ。もう既に仕事を持っているわけだからね。

一度怠けると、なし崩しに『もうどうでもいいわい』ということになってしまう恐れがある。

この『生きるためにちゃんとやるべきことはやっているんだから、別にいいではないか』というのが、目標達成の最大の障害となるかもしれんな。

そういう時は諸君。是非我輩のことを思い起こしていただきたい。

我輩など、もう何百回『もうどうでもいいわい』と諦めて目標を放り投げたかわからんぞ。その結果、現在ただ今危機的状況に陥って、お尻から煙を上げながら疾走せざるを得なくなっているのだ。

未来ある若き者たちよ。我輩のようになりたくなければ、今頑張るとよい。

----    </description>
    <dc:date>2009-11-09T19:09:00+09:00</dc:date>
  </item>
    <item rdf:about="http://www20.atwiki.jp/pgekitai/pages/31.html">
    <title>第0C戒-2</title>
    <link>http://www20.atwiki.jp/pgekitai/pages/31.html</link>
    <description>
      これは、まあ厳密には失敗談ともいえない。後悔談？それとも違う。臨死体験談？

そんなわけはない。では痛快な体験？別に我輩自身、ひとっつも痛快ではない。

まあとにかく、これからお話をさせていただくから、各自心の中で○○談の○○を埋めてくれたまえ。

ますます混迷の度合いを深める昨今の経済状態であって、もう我輩など青息吐息なのだが、受講者諸兄の中にも、現在失職中であるとか、失職とは行かないまでも、周辺がなにやらきな臭い状態になっている方もおられような。くるっと周りを見渡せば、あちらこちらでブスブスと煙が立ち昇っているという状況ではなかろうか。

貴方の会社でも、経営陣が真っ青な顔をして走り回り、営業マンのお尻をゲーンと蹴っ飛ばしたりしていないかね？ん？ん？

なに？『社長が三日前より行方不明になっています。ぼかぁ非常に不安です。こんな講義を聴講している暇はないのかも知れません。今すぐにでも仕事を捜さないといけないかも…』

うーむ。さようか。しかし慌てても仕方がないぞ。どうせ仕事はないのだから。んはは。

とまあ、未曾有の不景気に見舞われる『企業情報システム開発業界』なのであるが、ふと町内を見やってみると、えらく元気なご近所さんがあるのだ。

その元気なご近所さんとは？

『WEBシステム開発業界』なのである。

『 WEBシステム開発』というと、あまりに漠然としているので、この講義で我輩が言う『 WEBシステム』とは、諸兄が平素インターネットでご覧になっている対顧客向けの企業サイト、BTCサイト構築と定義したいのである。

ここしばらく、ワールド・ワイド・ウェッブのIT系求人案内を見ても、もう 9割がたがこのWEBシステム開発会社なのであるよ諸君。

従来型の企業情報システム開発会社の求人など、大量の WEBシステム開発会社の求人の間に、ポツポツと散見される程度となってしまっているのだ。

これが何を意味しているかというと、もう話は簡単、あれこれ推測するまでもなく『企業情報システム業界は仕事が少ないが、 WEBシステム開発業界は仕事がたくさんあって人手が足らん』ということを意味するのだ。

企業情報システムというのは基本的に企業内部の事務処理を効率よくするために開発されるものだ。逆にWEBシステムというのは、B2C即ち対顧客に向けてサービスを提供するフロントエンド、または販売促進のために開発される。

多くの企業で、長引く不況のために消費が落ち込んで売り上げが軒並み前年割れしている現状を打開するために何をすべきかを考えると、 WEBシステム開発業界が今活況を呈しているのも頷けるのではないだろうか。

WEBシステムというのは、開発期間も企業情報システムよりは短期間であるし、規模が小さいから作成費用が低くおさえられ、かつ直接エンドユーザーを相手にするわけだから、結果が見えやすいなどの特長がある。

要するに企業情報システムと比較して、総じて費用対効果が高いわけだね。

であれば、いつできるのかわからない、できたところでまともに動くかわからない、まともに動いたところで、会社の業績が向上するかわからない『企業情報システム』開発に金をかけるより、まずは Webシステム開発を優先的にやれよ。もう一歩進んで、現状を打破するためにはそれしかねえんだよということになるわけだ。

先月中頃であったか、藁をも掴む思いで知り合いのツテで面談に行ったところ、はっと気づけば渋谷のWEB開発会社だったのである。
担当氏曰く、とにかく仕事の引き合いが毎日のように舞い込んできて、まったくまわらない状況であるらしい。まあ引き合いが毎日舞い込むというのはフカシかもしれないが、実際に技術者を募集しているわけだから、人手不足なのは事実なのだ。だから技術者を募集しているのである。

我輩が一番驚いたのは、『企業情報システム開発』と同等な単金を準備できるということなのだ。

我輩など、 WEBシステム開発というものは、短納期低単価なものだと認識していて、いくらなんでも『企業情報システム開発』と同等な単価を提示されるとは夢にも思ってもいなかったのだ。時代は変わったものである。

そこで我輩は思ったのだ。

『このご時世に、えらい儲かっとるんやのうぃー。あんたら』と。

さて、面談の場で我輩は、自分より二十は若そうな取締役兼システム部長殿に『PHPできますかぁ？』などと聞かれたのだ。これはまあ当然至極なことだね。

どこかでお話したと思うが、我輩の場合、無意識のうちに手先が動いて、ハッと気づくと実装が終わっているレベルとまではいかなくとも、 PHPは一応出来るのである。

なぜならば以前在宅アルバイトでやったことがあるからだ。だか残念なことに、表の経歴書には記載されていない。作業期間が重なってしまうからね。そんな二股かけるような輩は信用できんと思われるのがオチなのである。

ただ今回の場合、営業担当者が気を利かせて、さも PHPを経験しているがごとく経歴書を改ざんしてくれたようだが、プロジェクトの内容とあまり合致していなかったので、おそらくバレバレであったろう。

イントラシステム構築に普通 PHPは使わんのである。イントラシステムに PHPが登場するのは、システム開発会社自身の社内システムぐらいではないかな。

したがって我輩は、先ほどの取締役兼システム部長殿の質問に対して、『まあそれありに…』とお茶を濁したのである。

そんなもん、技術者面談で『うちは、プログラミング言語○○で開発やってるんですけど、得意ですか○○？ん？ん？』と聞かれて、『まあそれなりに…』などと答える馬鹿は普通いないのであって、ちょっとばかし自信がなくても、ハッタリをかまして『もう、得意中の得意であります』と胸を張って答えねばならない。

しかし我輩はそうしなかった。それはなぜか？もう面談が始まった時点、というか話が来た時点で『こりゃあかん』と諦めていたからである。それは、

『WEB開発業界に年寄りは無用』

だからである。これには様々な理由があるぞ。

&amp;bold(){1.40歳を超える技術者の場合、通常WEBシステムの実装経験はない。}
彼らがバリバリと実装していた頃には、 WEBシステム構築の仕事自体存在しなかったのである。であるから世間一般の認識として、40歳を超える技術者がWEBシステム開発、特に実装を経験しているはずがないというのがあるのだ。

&amp;bold(){2.企業情報システム開発とWEB開発とでは、方法論が違う。}
プログラミング言語を使用して、なんらかのシステムを構築するという作業であるから、大きなところでは共通点があるわけだが、個別の作業単位で見てみると、ユーザーの打ち合わせから設計、製造、テスト、導入、保守、全てのステップで違いがあるのだ。であるから、仮に企業情報システム開発のベテランでも、 WEBシステム開発でいきなり手腕を発揮できるのかというと、少しばかり難しいものがあるわけだ。

&amp;bold(){3.感覚的にWEBシステム開発現場に年寄りは似つかわしくない。}WEBシステムというのは、ある意味企業の顔、あるいは名刺みたいなものであるから、センスが求められる。そのため、 WEBシステム開発会社にはデザイン部門があり、お洒落な若いデザイナーがうろちょろしとるわけだ。
そこに我輩のような、後ろ頭が薄く、コーディネートセンスの全くない格好をして、疲れ果てた顔をした初老のプログラマが混ざりこんでみよ。そりゃあもう場違いも甚だしいぞ。最悪、若い人たちの士気にも影響を及ぼすかもしれん。
可哀想に、若くて将来性あるデザイナー氏が『最近、どうもデザインが野暮ったくなりましたね』などと、ディレクターにネチネチ注意されるかもしれないぞ。
『申し訳ありません。最近、野暮ったい波動を常に受けているものですから、なんとなく体が重くて、気持ちもふさぎ気味になることが多いんです』
てなもんだ。

とまあ、上記のような理由で『 WEBシステム開発業界に年寄りは無用』ということになるわけだが、実は何を隠そう我輩は、そうさな、 5年ほど前になるかと思うが、『企業情報システム開発業界』から、『 WEBシステム開発業界』への転身を画策したことがあるのだ。

5年前といっても45歳だから全然若くない。若い人から見れば、現在もその頃も、同じく『爺さん』で片付けられてしまう年齢だな。

なぜそんな年寄りが WEBシステム開発業界に転身を画策した理由及び、今から考えるともう笑うしかない事の次第は次の通りだ。
我輩の専門は「企業情報システム開発」なのだが、どうにもこれがつまらなくてな。「こんなもの男子一生の仕事ではない」と思ったのだ。そんなこと、四十代も半ばになってから気づくなよと言われそうだが、思ったのだから仕方がない。

といっても、どこかの会社のサイト構築を請け負って云々ではなく、自分でこう面白げな仕掛けを考えて、一山当ててやろうと考えたのだ。

真剣に面白サイトの企画を考えて、あちこちメールで送りつけてやったのである。

今冷静になってそれらの企画を見直してみるに、まあどれもたいしたことはないわけだが、当時は凄いと思ったし、真剣だったのである。しかしまあ普通に考えれば、たとえ面白そうな企画であっても、どこの馬の骨ともわからぬ怪しいおっさんが突然企画を送りつけてきた場合、まず引くわな。ひどい場合、そのメール及び企画書を一旦プリントアウトし、知り合いの祈祷師に頼んで除霊してもらうやもしれん。

それすらわからぬほど狂おしい情念にとりつかれておったのだ我輩は。

どこも企画を相手にしてくれないとしるや、今度は自分で作成しようとしたのだ。朝四時に起床してPHPの勉強をした。そして、せっかく勉強したのであるから、是非実践してみたいと思い、今度はアルバイトに使ってくれと応募しまくったのだ。夜とか休日にな。

これも、当時は真剣だったのだが、ちょっと常軌を逸した行動であったと評価できる。

「社長、大変です。先日除霊してもらったはずなのですが、また『あなたのうしろに実装者くん』（既にあだ名が付けられている）からメールが来ました。あろうことか、今度はアルバイトで雇ってくれと言っています」

「何を考えてんだ！？このオッサン。社長である俺も含めて社員の平均年齢が二十四歳の会社で、どうやって四十五超えたオッサンがアルバイトで働けるっていうんだ？しまいにドツクぞ！」

「僕に怒らないでくださいよぉ」

「うーむ。いずれにせよ気色悪いなあ。もしかするとこの前除霊してもらった祈祷師とは宗旨が違うのかもしれないな」

まあ、心意気は買ってもらえるかもしれんが、我輩のやり方は誤りである。

我輩が三十代半ばの頃には、 WEB時代到来の萌芽はあったのだ。そのとき、頑張って勉強を始めていれば、もしかすると WEB業界に転進できたかもしれない。

だが、日々の仕事（スタンドアロンや、 C/S型の企業情報システム開発）が忙しいからという理由で（本当は酒を飲むのとヴィデオゲームで遊ぶのに忙しかったのだが）、なにも行動に移さなかったのである。

要するに我輩はそこで技術的に停滞してしまったわけだな。

我輩の年齢ならば、企画を送りつけるとか、アルバイトに雇ってもらうとかいう立場ではなく、経営者もしくはリーダーとしてそのことにあたっているのが普通なのだ。

もし貴兄らがSEではなく技術者すなわちプログラマとして、ずっとこの業界で生きて行きたいなら、目新しいテクノロジーの出現を見落とさず、とにかく一度試してみよう。そして、自分に合いそうだとなれば、石にかじりついてもそれを習得するのだ。本業に関係あろうがなかろうがお構いなしである。

本業だってそうだぞ。生き馬の目を抜くIT業界において、過去の経験だけで仕事ができる時代はとっくの昔に過ぎ去っているのである。

停滞は許されないのだよ。

でないと我輩のようになってしまうぞ。嫌だろ？将来こんなオッサンに成り果てるのは。ん？ん？

----    </description>
    <dc:date>2009-08-13T12:00:52+09:00</dc:date>
  </item>
    <item rdf:about="http://www20.atwiki.jp/pgekitai/pages/30.html">
    <title>第0C戒-1</title>
    <link>http://www20.atwiki.jp/pgekitai/pages/30.html</link>
    <description>
      ======================================================================
第0C戒　「「汝、停滞することなかれ」
2009/01/27,2009/02/05,2009/08/13
======================================================================

今回の戒律は『汝、停滞することなかれ』ということなのだ。

これは、一言で言うと『プログラマたるもの、日々進化しなくてはいけないよ』ということなのである。

プログラマとは、進化してナンボの職業だ。『進化』とは一体何かというと、まあ話は簡単で、『常に新しいテクノロジーを追い求め、習得する』ということなのである。

一般的に社会人であれば日々研鑽し、スキルアップに努めるものであって、プログラマの場合は、それが、常に新しいテクノロジーを追い求め、習得するという行為となるわけだ。

今まで使用したことのないオペレーティングシステム、プログラミング言語、データベース、そして開発環境と、まあ追い求めるものは山ほどある。もともと好きで業界に飛び込んできた人間も多いから、面白そうなテクノロジーの噂を小耳に挟むと、いても立ってもいられなくなってくるわけだ。そんな経験はないかな？諸兄は。ん？ある？そうであろう。

昨今では、新しいテクノロジーが無償で手に入ることが多くなってきたので、その気になればいつでも取り組める状態になっているのも、非常に重要なファクターだ。その気になればだがな。

我輩がまだ紅顔の美青年であった頃は、そういうわけにはいかなかった。なにせ我輩は、趣味での 8ビットパソコンから、仕事で汎用機またはオフコンという文化圏で育ったものであるから、UNIX文化圏で花開いた C言語を始めとする各種言語やツールとの出会いは、UNIXが Linuxとして一般家庭に降りてきた時に、やっとという体たらくであったのだ。なんと、我輩そのときには既に四十歳近くなっておったのである。

何故そのような悲しいことになってしまったのかというと、まずハードウェアスペックの問題、それからコストの問題があるわけだ。

昔は、汎用機、オフコン、ミニコン、ワークステーションなどという、いわゆる仕事や研究用に使用するコンピュータと、一般家庭向けのパソコンとでは、あまりに処理能力に差がありすぎたのである。

パソコン上でUNIXオペレーティングシステムを動作させたくても、土台無理という状態であったわけだな。

それに加えて、無料でプログラミング処理系が配布されるということがまず皆無の状態であって、馬鹿にならぬ対価を支払わねば入手できなかったのだ。それも何千円というレベルではないぞ。何万円、何十万円というレベルなのであ
る。

もしかすると全然理解できなくて、単なる書架の場所塞ぎに成り果てる可能性があるものに、それだけの資金を投下せねばならないのだ。使い方を熟知しているものを購入するのではないぞ。これから勉強するために購入するのだから。

普通、ビビって二の足を踏むであろう。安月給のせいで、ローンを組まなければ手に入らないものも多いのだから。使いもしないのにローンを毎月支払わなければならないというのは、地獄以外のなにものでもなかろう。

そういった状況を考えると、今では、インターネットに繋ぎさえすれば、各種テクノロジーを無料にて、簡単に試してみることができるようになったわけで、まあなんとよい時代になったことよと思う次第なのである。

しかしながら、そのようなよい時代になっても、プログラマは、いつしかその進化を停止する。これは避けられない現実だ。

なぜなのか？当然のことながら年齢の問題もある。いたずらに馬齢を重ねてくると、新しいことを習得するのが大変面倒臭く感じられ、進取の気概は失せ、可能な限り経験の範囲内で物事に対処しようとする。これは生物学的に見ても、そういう風に人間は作られているのでいたしかたないと言えよう。若い人には若い人の、年寄りには年寄りの役割というものがあるのだからな。

昔から、新しいことはまあ、年寄りがでしゃばらず、若いモンにまかせときんしゃいという戒めとして、『年寄りの冷や水』という言葉もあるくらいだから。

だが、年寄りにはまだほど遠いプログラマが、ある外的要因のために進化を止めてしまうことがあるのだ。

さよう。その外的要因とは、他でもない『システムエンジニアへの転身』なのだなあ。

システムエンジニアともなると、とにかくアホほど忙しいわけだから、のんびり新しいテクノロジーを追いかけている暇があらばこその状態になってしまう。

当然、システムエンジニアとなっても、新しいテクノロジーを日々勉強している者がいる。

しかし、プログラマの立場であれば、なんとかこの新しいテクノロジーを自家薬籠中の物としたいというのがその行動原理であるのに対し、システムエンジニアの場合はそのテクノロジーが、いかに『企業情報システム開発に役立つか』という視点から、相対するわけである。であるから、概要さえ掴めば満足し、細かいところまでズッポリ嵌まり込むということをせぬわけなのだ。

これはちょっとよろしくないことだぞ。

なにがよろしくないのかというと、一生システムエンジニアとして組織の中で生きていくつもりで、実際そうできればよいけれども、突然貴方の気が変わるか、それとも貴方を取り巻く環境が変化して、組織の外へ飛び出したり、または放り出されたりして、一から自分のキャリアを構築しなおさなければならないというときに困るのである。

なぜか。それは進化が止まっているからだ。

これより、我輩の経験の中で、今回のテーマと絡んで、非常に印象的であったことをお話しようと思う。

もう二十年近く前になるけれども、バブルがぷちゅっとはじけてしまって、とてつもない不況が日本を襲ったことがある。おりしもそのとき企業情報システム開発も、大きなパラダイムシフトを迎えていたのである。

ご存知の方もおられようが、それは『ダウンサイジング』だ。

購入にも保守にも、そしてシステム構築にも金がかかる汎用大型機と、それにぶら下がる端末機の構成から、安価で小回りが利くクライアント・サーバー型へと、企業情報システム開発の主流が移行したのだ。

その頃我輩の勤めていた会社は、汎用機のシステム開発中心でやっていたものだから、見る見る仕事が減っていき、社長が夜逃げするという事態に陥ってしまったのである。

我輩はといえば、そのダウンサイジングの濁流に飲み込まれてアップアップしながらも、なんとかパソコンでシステムを構築している会社に流れ着いたのであった。我輩は、元々趣味でプログラミングを始めたわけだから、実際問題、汎用機よりもパソコンの方が好きなのだ。であるから、パソコンでのシステム構築へ、なんとか頭を切り替えることができたわけだが、ここにひとつ悲しい現実があったのだ。ただし我輩のことではない。

我輩がその会社へ流れ着いてからしばらくして、一人のコボラー(事務用COBOLを能くする技術者)が転職してきたのである。彼をまあA氏とでもしておこう。

実際に名前を忘れてしまったのでな。

A氏は私よりだいぶ年上で、前の会社では課長職であり、常時二十名以上の構成員を擁するプロジェクトのマネージャーをしていたという経歴の持ち主であった。

しかし、我輩はその頃まだ三十代前半であったので、 A氏は年上とはいえども、四十代前半であったのと思われるぞ。現在の我輩よりだいぶと若いのだ。

ところが、 A氏は三ヶ月程度で会社を去ってしまったのだ。

なぜだろうか？それは、 A氏が汎用大型機向け大規模システム構築の方法論をパソコン用システム開発に当てはめようとし、営業職や技術者達、そして顧客と衝突してしまったからなのである。

当然 A氏はパソコン用のプログラミングなど覚えようとせず、『管理者』として、営業職そして既にいた技術者達の上に君臨しようとしたわけだね。

当時三十歳をちょっと出た位であった私は、不遜にも A氏に対し『ふん。つぶしの利かないコボラー風情が』と思ってしまったのだ。

まあ三十歳ちょい過ぎのエンジニアというものは、仕事もそれなりに覚えてきて、己の技術力に自信を持ち（多くは過信なのであるが）、鼻持ちならん盛りなので、どうかご了承いただきたい。

お恥ずかしい話だが、そのころ、その会社のシステム開発部門は、もうしっちゃかめっちゃかになっておってな。システムエンジニアが存在せず、気の良いプログラマと調子の良い営業しかいない状態で、ズブの素人である顧客の言いなりになってシステムを構築していたため、幸せ一杯夢一杯の要求で工数が膨れ上がり、いつまでたっても完成しないものだらけになってしまったのだ。

そんな状況下においても、営業はどんどこシステムを受注してくる。でないと会社の運転資金が回らんからね。

で、結局プログラマは次々に愛想を尽かし辞めてしまった。我輩も見切りをつけて辞めたのだ。

結局その会社は倒産したわけだが、 A氏がもう少しパソコン向けシステム開発というものに歩み寄ってくれていたら、状況は違ったものになっていたのではないかと思ったりするわけである。

汎用大型機のシステムであろうが、パソコンのシステムであろうが、プロジェクトの要員管理であるとか、進捗の管理方法は同じなわけだからね。汎用大型機とは違う、ちっちゃいパソコン用システムのクセを謙虚に学習してくれていたらなあということなのだ。

残念ながら　A氏は、技術者として、汎用大型機＋COBOLで進化が止まっていたわけなのだよ。

これは、 A氏個人の性格も大きく影響しているとは思うけれども、当時のエンジニア達の中で、無視できないほどのパーセンテージを占めるタイプの典型的なサンプルであったような気もするわけである。

実際に、あの『ダウンサイジング』の大きなうねりに着いていけなくて、多くの技術者が廃業したのは事実なのだから。

要するに我輩は何を言いたかったのかというと、『技術者としての成長を止めてしまったら、それまでの方式を根底から覆すようなパラダイムシフトが起こったときに、システムエンジニアであっても無用の長物と成り果てますよ』ということが言いたかったわけなのだ。

さて、偉そうに他人様を批判してばかりもなんなので、我輩の失敗談を諸兄にご紹介しよう。

まあ、我輩の失敗談など真剣に語り始めた日には、四百字詰め原稿用紙一千枚あっても足りないわけだが、今回のテーマに絡んだとことだけだからね。それほどたいしたボリュームにもなるまい。

----
[[第0C戒-2]]へ続く。
----    </description>
    <dc:date>2009-08-13T11:56:33+09:00</dc:date>
  </item>
    <item rdf:about="http://www20.atwiki.jp/pgekitai/pages/12.html">
    <title>トップページ</title>
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      #ref(pgekitaip.jpg)


*実装者 作


----    </description>
    <dc:date>2009-08-11T22:19:56+09:00</dc:date>
  </item>
    <item rdf:about="http://www20.atwiki.jp/pgekitai/pages/13.html">
    <title>開講の言葉</title>
    <link>http://www20.atwiki.jp/pgekitai/pages/13.html</link>
    <description>
      ===========================================================
開講のことば
或いは、何故我輩がこのような講義を開設せんと決断するに至ったか。
2008/03/25,03/28
===========================================================

みなさんこんにちは。実装者である。

さて、のっけからこのようなことを申し上げてしまうとあれなのだが、我輩は敗残者、負け犬であろうと己自身を評している。

別段、我輩がそれなりの能力を持ちながら、自分自身を必要以上に過小評価し、『もうまったく俺なんてヤツはさ』などと考える、うつ病予備軍タイプの人間であるというわけではなく、自身を客観的に判断し、冷徹に観察した結果がそうなのだから、こりゃまた恐れ入る。

さよう。『負け犬』。それがこの我輩にもっともふさわしい、ベストマッチの呼称なのだ。どうかね諸君。まいったかね。

「ちょっと待ってくださいよ。なんに負けたのかは存じ上げませんが、じゃあ『負け犬』である実装者さんに、これからなにがしかのレクチャーを受けようとしている我々は、いったいなに犬ですか？もしかしてウナギ犬？」

げ。これまたクソ懐かしい犬を登場させよったのう貴君は。貴君のおっしゃりたいことはよくわかるが、この我輩『負け犬』といっても、そんじょそこらの『負け犬』とはワケが違うぞ。『ようしゃべる負け犬』なのだ。もう、きゃんきゃんばうばう、うるさいったらありゃせんぞ。

では一体全体、我輩が何に負けたのかということからお話しようか。隣のボス犬ではないので注意が必要だ。割と近しいものがあるかもしれんのだが。

我輩は一体何に負けたのか。それは『システムエンジニアという職業』なのだ。

システムエンジニア。略してＳＥともいう。この職業については、諸説紛々、定義が実に曖昧で、極端な話、ＳＥの数だけＳＥの定義が存在するといっても過言ではないのだ。我輩の周辺には、『ＳＥなどと存在せぬ』と豪語する者もいて、では貴君の職業はなにかと尋ねると『ソフトウェア開発業さ』と胸を張って答弁されたのだ。こうなると、どちらかといえば言葉遊びの世界に突入してくるのだがな。

わが国における一般的な認識では、ＳＥとは、システムの要件定義から、基本設計、詳細設計、プロジェクトの進捗管理、導入保守まで、要するにシステム開発において、プログラミング以外のことは全部やる人というもののようだ。当然、システムの規模が大きくなればなるほど、これらの作業は細分化され、それぞれに担当ＳＥがつくという分業体制になるわけだが。人手が足りなければ、プログラムをシコシコと作ったりする場合もあるだろう。だが彼はプログラマではない。この我輩『実装者流見解』ではな。

ＳＥとはなんだろうか。それは、『ビジネスとしてシステム開発業務に携わる技術者』のことをいうのだと我輩は考えている。

ＳＥ、システムエンジニアは、ビジネス向けにせよホビーユースにせよパッケージソフト開発の現場には棲息せず、『企業情報システム』要するに、ある企業が欲する特注システムの開発を受注して、提案、設計、製造、試験、導入、運用を行う現場にだけ棲息する職種なのだ。しかし、コンピュータソフトウェア関連技術者のおそらく九割以上がこの『企業情報システム』の構築に参加することで生計を立てていると考えられるので、『だけ』というのは、表現として適切ではないかもしれないのだがな。

ビジネスであるから、当然納期があり予算がある。何億、何十億という金が、例えば半年間であっちこっち動くことも多々あるのだ。その割には、どうにもふわふわつかみ所のない、中途半端なもの作りがあちこちで行われておるのだ。

ソフトウェアとはそもそも、システムに関しては素人である顧客にとって、非常に完成形をイメージしにくいものであって、それに、これまた要求仕様をしっかり確定できないボンクラＳＥが絡むというと、顧客が納品されたものを見て、いきなり気絶しその場に倒れたと思ったら、五分後にむっくり起き上がってきて、『う、訴えてやる！』と怒り狂うようなシロモノが出来上がってしまうということも往々にしてあるわけだ。

そこで、顧客側と開発者側に摩擦が生まれ、お互い感情的になることもある。また、大規模なプロジェクトになれば、各サブシステムを別々の会社が担当することもあり、プロジェクトがうまく進捗しているときはよいが、徐々に遅延が発生しだすと、お互いに責任の擦り付け合いとなり、会社間に軋轢が生じることもあるだろう。

これらの諸問題を収拾して、プロジェクトを完成というか、適当な落としどころに導くのも、またＳＥの仕事であるわけだね。

ここで、諸君にお考えいただきたいのだが、これらの作業は、『プログラミング』とはまったく別次元のものであると思わぬかな。何の関係もないだろ？

『企業情報システム』構築の世界に身を投じた者は、まずはプログラマとなるのが一般的だ。かなりの確率で、この業界に身を投ずるものは、プログラミングに興味があるはずだからな。最初は右も左もわからず、指示されるままにプログラムを作り散らかすわけだが、だんだんと斯界の仕掛けというか、からくりというか、そういった裏が見えてくるようになる。プログラマとしての矜持と相反する指示を受けることもある。

そうこうしているうちに、とうとう悟りを啓くのだ。

『わかった。この仕事の主役は【システム様】なんだ。【プログラム】はその【システム様】を構築する手段に過ぎない。今はたまたま、【プログラム】を使用しなければ【システム様】は作れないけれど、将来【プログラム】に変わって、もっと簡単で短期に【システム様】を構築できる手段が登場すれば、【プログラム】はお役ごめんになるだろう。そうか。この仕事は【プログラムを作る】ことではなかったのか』

また、会社の上層部連中などは、プログラムなど好きでもなんでもないという事実を目の当たりにするわけだね。そして、自分が真に作りたい『プログラム』など、百二十八万光年の彼方にあって、未来永劫自分にそれを作るチャンスなど回ってこぬことを思い知るのだなあ。

しかし世の中うまくできたもので、斯界はあまりにも忙しいから、ウダウダ難しいことを考えている暇がない。新人や二年生あたりは、自分の作業以外に色々と雑務をいいつけられ、とくに忙しいぞ。人間忙しすぎると、日々の作業を消化するので手一杯になり、思考が停止してしまうのだ。そして、あんばいよく思考が停止したところを見計らったかのように、次のような意思の確認と見せかけた業務命令が下るのだ。

『君。いつまでもプログラマでもあろまい。部下も何人かできたことだし、ぼつらぼつらと、上流工程をやってみたまえよ。上流工程。ん？いい響きだろ？上流工程。私たちと共に、アホな客から、銭を搾り取るだけ搾り取ろうじゃぁ、あぁりませんか』と。

そして、狂乱怒涛のシステム開発現場へ、首まで引きずり込まれるという寸法なのだ。

これが、まあいわゆるイニシエーション（通過儀礼）となって、これを経験した技術者は『ボクはひとさまのお役に立つこんなプログラムが作りたい』とか、『みんなが楽しめるあんなプログラムが作りたい』などという初志は完全に封印し、押しも押されもせぬ立派なＳＥ、顧客から見れば、とんでもないインチキ野郎のできあがりとなってしまうわけだ。

『そうだよネ。そうだよネ。いつまでも夢みたいなことをいってちゃいけないんだよね。僕らは社会人なんだからね』

社会人が夢を追い求めてどこがいけないのか！？

「ちょっと待ってくださいよ実装者さん。それはあまりにも極論じゃないですか？お客さま第一でシステムを構築している会社もあるし、自分がやりたいと思うことをちゃんとやっているＳＥもいるんじゃありませんか。時々メディアなどでも紹介されています」

なるほど。我輩の今申し上げたことは、『極論』ではなく、『一般論』なのだ。確かに、お客さま第一でシステムを構築している会社もあろうし、ＳＥもおろうし、プログラミング大好き社長だっておる。だがな、メディアに取り上げられるということは、それが非常にレアなケースであるがゆえだぞ。みながみなそうであってみろ。わざわざメディアが取り上げる意味などカケラもないのだ。

以前テレヴィジョンの特集で、２１時迄には、全員退社を必須としているシステム開発会社が紹介されておってな。

我輩も、『ふーん。斯界にも、とうとうこのように道理のわかる企業が出現しおったか。なかなかやるな貴様』と感銘を受けたわけだが、逆にいうと、そのような会社がテレヴィの特集で取り上げられなければならんほど、斯界は悲惨な状況であるということだ。

今夜も、あちらこちらで、ジャージィに着替えて泊り込んでいる技術者がおるのだよ。そして、何台かのキーボードが、ヨダレでべちょべちょになり、使い物にならなくなっているのだぞ。

さて、話を元に戻そう。プログラマがＳＥに変貌するとき、ある種の催眠にかかるのだと思う。言い換えれば洗脳か。そして、約半数の技術者は、幸せなことに、催眠にかかったまま、設計者→グループリーダー→プロジェクトリーダー→マネージャというステップを踏んでいく。そして、半数の技術者は・・・。

「何かのきっかけで、ある日突然催眠が解ける！」

おう。その通りなのだよ貴君。

ある日『あれ？おかしいな。今やっていることは、本当に自分がやりたいことであったのだろうか？』と突然我に返るのだ。

しかし、まだ若くてフットワークが軽いときに催眠が解けるなら、もそっと条件的にましなところや、自分の希望に出来るだけ近いことをやっているところに移ったり、キッパリＳＥの仕事自体を見限って別の業界へ転向したりなどということもできようが、ある程度歳を取ってから我に返ると若干辛いものがあるな。既に妻子を抱えている場合もあるから、そう簡単に動くことはできん。

仕方なく、催眠が解けたとしても、『うん。やっぱり今のは気のせいさ』と己を韜晦してしまうことになる。そして、徐々に心を病んでいくのだ。

我輩の場合は、もう早くから催眠は解けていた。いや、長年催眠にかかったフリをしていたから、確信犯といえるかもしれん。なぜ催眠にかかったフリをしていたのか。それは、『企業情報システム』構築の世界から飛び出しても、食っていける成算がなかったからだ。しかし、今に見ておれよと、ずーっと思っていた。そして、４２歳でフリーランスとなったとき、キッパリＳＥとして成功する道は捨てたのだ。それが、冒頭でカミングアウトした『我輩は負け犬である』というゆえんだよ。

そして、『自分は、ＳＥとしては失敗したが、プログラマとしては絶対に成功してやる！』と心に誓ったのだ。『大体、企業情報システムはプログラムがなければ構築できないが、プログラムを使えば、できることはほかに山ほどあるのだ。せっかく習得してきたプログラミングの技術を、つまらん企業情報システム構築に使うのは、もう真っ平御免だ』とキレてしまったわけだね。

しかし、これは、我輩の年代では極めて特異な考え方かもしれん。立派にマネージャとして納まり、胃に穴の一つや二つ穿っていてあたりまえの年代だからな。

だが、もう少し若い世代の諸君ならどうであろうか。斯界に限らず、社会全体の傾向として、集団から個へと価値観の主体が移行しているわけだから、催眠が解けてしまい、これからどうすればよいのだと日々煩悶している技術者諸君が多くいるのではないかと思うのだ。そして、それは今この講義を聴講しておられる貴方かもしれないのだ。

我輩の経験や考えをお話しすることによって、彼らそして貴方に、小さいながらもなんらかのヒントを与えられるのではないかと思うのだよ。

世に『ＳＥ本』というジャンルがある。これらは皆、ＳＥとはどれだけやりがいのある仕事か、そして優秀なＳＥたるにはどうすればよいかが書いてあるぞ。

立派なインチキ野郎となって、詐欺師集団であるシステム開発会社の片棒を担ぐにはどうすべきかが書いてあるのだ。脳天気にも程があるといわねばならん。

だが、催眠が解けてしまい、己のプログラミングに対する情熱をどう処してよいかわからなくなってしまった技術者を導いてくれる書籍など、一冊たりとも存在しないのだ。

ないならば、自分でやってみるしかない。まあ自分だってまだ撃退中なのだがね。

という次第でもって、この『プログラマ稼業撃退塾』がここに開講したというわけだ。これで、なぜ『ＳＥ稼業』ではなく、『プログラマ稼業』なのかという理由もおわかりいただけたのではないかな。

しまった。我輩、これまたちょっと熱くなってしまい、一気にべらべらべらべら喋り過ぎてしまったようだ。

講義が進むにつれて小出しにしていこうと計画していた我輩の考えを、いきなり一気に噴出させてしまったきらいがある。それというのも、『プログラマ』という仕事、そして『システム開発』稼業について、今まで溜まりに溜まっていたドロドロしたモノの、止め処ない噴出を我輩自身抑えきれなかったのだ。

今後は、沈着冷静なストレイカー最高司令官のごとく、粛々と講義を進めていく必要があるなと思っちゃったりなんかしてる今日このごろなのだ。

「ストレイカー最高司令官とは誰ですか？」

なんと。最近の若人は、沈着冷静なストレイカー最高司令官を知らぬのか。げに嘆かわしいことよ。

あの名作人形劇、サンダーバード、キャプテンスカーレットを世に送りしチームが、満を持して世に問うた、実写版空想科学特撮ドラマがある。その名を『謎の円盤ＵＦＯ』という。

そのドラマにおいて、異性人の侵略から地球を守る秘密組織ＳＨＡＤＯ（異星人防衛機構最高司令部）を指揮するのが、沈着冷静なストレイカー最高司令官というわけよ。苦労しているのかどうかは知らぬが白髪で、今にして思えば、栄養がまわりすぎたアンディ・ウォーホルだなありゃ。

この、『謎の円盤ＵＦＯ』と、沈着冷静なストレイカー最高司令官のおかげで、我が国において、『ＵＦＯ』という言葉が一気にメジャーとなったのだ。

よいか。あのドラマがなかりせば、貴君らが平素お世話になっておる、『日清焼きそばＵ.Ｆ.Ｏ.』も誕生しなかったし、ピンクレデェも、『あ。ゆほ』と、踊ってくれなかったのだぞ。

若き諸君よ。もし貴君らのご母堂がだな、将来の伴侶即ち貴君らの父上の前で、『あ。ゆほ』とセクシーな肢体を披露して、品性下劣な心根を刺激しなければ、そもそも貴君らはこの世に生を受けておらんかったかもしれんのだ。そのへんをよく、沈着冷静なストレイカー最高司令官に感謝せねばならん。

我輩の言動を見るにつけ、友人知人、はたまた仕事仲間より、『お前、なぁんも考えてないな』とよく言われるわけであるが、それは完全ないいがかりであって、特に現在、己のメインタスクである『プログラマという商売』については、ああでもないこうでもないと、常に考えをめぐらせておるのだ。当然、考えをめぐらせるだけではなく、その考えに則って行動もしておる。想定する結果が出たかどうかは別問題としてだが。

我輩はこうして、諸君の前でお話をする（その実態は、駄文を書き飛ばしているわけだが）のがスキなので、だいぶ以前より、ぜひその考えを諸君に問うてみたいものだなと、ぼんやりと考えていた。しかし、なかなか自分自身でＧＯをかけることができなかったのだ。

それが今こうして諸君の前でお話しすることになった、すなわちＧＯがかかったのには、あるきっかけがあったのだ。

Ｎ氏という方がおられる。以前我輩のホーム頁や、メールマガジン等では実名で登場していただいたこともあって、なぜならば、実名でサイトをサイトを開設、メールマガジンを発行等なさっていたからなのだが、しかし現在ではメールマガジンの発行も停止されているし、サイトも閉鎖されておるし、ある時点でメールでの連絡も取れなくなったので、今回は、Ｎ氏とイニシャルで呼ばせていただくのだ。

Ｎ氏よ。もし、まだ我輩の講義を聴講されておられるなら、ここに貴方のケースを取り上げさせていただくことをどうかご了承いただきたい。

ちなみに、関西にエヌ氏という斯界の先輩がおられ、おりに触れて力強い励ましのお便りを頂戴するのだが、その方とは別人だ。

さてこのＮ氏だが、我輩が、メールマガジン『Ｃ言語撃退塾』をば、『こんなんやりますけど』と、おっかなびっくり世に問うてみたとき、いの一番に、『Ｃ言語撃退塾は面白い』とお褒めいただいた方なのだ。

その後、幾通かメールをやり取りし、Ｎ氏は、我輩より一回りほど年下で、ＳＥであられたが、企業情報システム開発という商売のあまりのくだらなさに業を煮やし、その職を辞して別の道を模索されている最中であるということがわかった。別の道といっても、田舎暮らしをして野菜を作るとか、ＪＲ中央線の運転手に転職するなどというサプライズなことではなく、あくまでもソフトウェアがらみのことだぞ。

Ｎ氏のやろうとしておられたことは、プログラミング本の著述、ウェッブでの教材販売、ネットスクールの開講、エンジニアのためのコミュニティサイト構築などなど、非常に多岐にわたっていたが、要するにそれはただひとつ、『己が培ってきた経験と蓄積してきた知識を、企業情報システムの構築ではなく、後進の指導教育育成というジャンルで活かしたい』ということに集約されるであろうかと思う。

我輩は、なにやら他人事のような気がしなくてのう。『後進の指導云々』はまたちょっと別問題なのだが、企業情報システム開発の道に疑問を感じ、経験と知識を活かして、なにやらいろんなことをやってみるというところまでは、我輩と同じ方向性であるなと思い、その後のＮ氏の行動をつぶさに見守っていたのだ。

そして、『危ないなこれは』と思った。何を危ないと思ったのかというと、Ｎ氏が、今までの仕事を一気にかなぐり捨て、それらにチャレンジしていたということだ。要するに、生活の基盤を支える収入がない状態なわけだよ。

であるから、どうしても新しいことを早く軌道に乗せようと焦るあまり、あっちもこっちも手を出し、結局どれも中途半端な状態になってしまうのだ。焦るとさらに状況は悪化する。なぜそのように、見てきたような事がいえるのかというと、実は自分も一時期そういう状態であったからだ。だが我輩の場合は、企業情報システムを嫌々でも続けながら、ほかにいろんなことにチャレンジしてみたので、『あは。どれもこれもぜぇんぶ失敗しちゃった。残念』で片付けられたわけだがな。

「それはちょっと違うのではないですか？Ｎさんの場合は、仕事をかなぐり捨てて新しいことにチャレンジされたわけでしょう？そうすると、持てる時間をすべて投入できるわけですから、かなり色んなことができると思うんです。私も、この忌まわしい仕事がなければ、もっと色々、やりたいことができるのになあと思いますよ」

さあて、それはどうかな。貴君はプログラマかね。もしそうであれば、日中、もしかして夜間もかもしれぬが、フルタイムでシステム開発の仕事に従事されているのだろう。そこで、一日の間にどれほどのことができるのかを思い起こしてほしいのだ。

いかがか？フルタイムでやっても、個人の力でできることなどたかが知れておろうが。例えば、業務プログラム一画面分を構築するだけで、一週間、二週間とかかってしまうのだぞ。仕事を辞して自分の好きなことをやれば、爆発的に物事が進むであろうというのは、単なる幻想に過ぎないのだ。

開発チームに所属してモノを作っているときは、自分がちまちまやっているのと平行して、多くの人がちまちまと別のパーツを作っており、ある期日をもって、いっせぇのせのでくっつけたとき、いきなりものすごいものが完成するわけだ。それを、すべて自分ひとりでやろうとすると、どれほどの労力と時間がかかるか、容易に想像がつくであろう。

本人が、何かを成し遂げるまで絶対やめないという不退転の決意を持ち、例えば一年間収入がなくても何とかなる蓄えがあり、かつ所帯を持っておられる方は、家族の理解がないと、到底達成することはかなわぬと思うぞ。特になんの準備もなく始めてしまうと、余計そうなってしまう。

とまあここまでお話してきたわけだが、別に我輩は、Ｎ氏のやり方がまずかったと非難する気持ちは毛頭ない。

Ｎ氏の気持ちは痛いほどわかるのだ。プログラミングに対する愛情やこだわりが深いほど、『こんな仕事、もうだめだ！一秒たりとも続けることはできん！』という気持ちが強くなり、もう自分がおかれている最低な状況から一刻も早く脱出したくて、はっと気がつけば、辞表をば、ピシィーっと部長の禿げアタマへさして叩きつけているという寸法なのだからな。

また、Ｎ氏とはその後、まったく音信不通となっておるから、現状どのようになっているかわからんのだ。見事、己の進むべき道を見出し、日々精進されていることも否定できん。できればそう願いたいものなのだ。

我輩はこのＮ氏の一件を通して、非常に焦った。焦って、我輩とＮ氏が幸せになるのかというと、そのようなことは全くないのだが、とにかく焦ってしまったのだ。

『そうか。このように企業情報システム開発の仕事と、己の理想とのギャップに打ちのめされ、悩んでいる技術者は我輩だけではなかったのだ。なにか。なにかやらなくちゃいかん』と、もう居ても立ってもいられなくなり、居ても立ってもいられないから寝転ぶしかないと思い、仕方がないのでその日は早々と布団に潜り込み、ぐうすかイビキをかいて寝たわけだが、眼が覚めると無意識の内にパソコンに向かってキーボードを叩いていたのだ。

そして、画面に映し出されていた文字列は？

『プログラマ稼業撃退塾』

だったわけだよ。

この講義では、基本的に『企業情報システム構築』の仕事を仮想敵とみなして進めていくわけだが、諸君の中には、その仕事に対してやりがいを感じ、充実した日々を送られている方もおろうな。

そんな貴方がこの講義を聴講した場合、無性にムカついてくることもあるかもしれん。

だが、それはそれ、世の中には色んな考え方をする人間がいるぞということをわかっていただきたいし、もしかして、今でこそやりがいを感じて、日々頑張っているけれども、将来、ある日突然何かのきっかけで、ガチャコンと心のギアが入れ替わることがあるかもしれんぞ。

そんなときに、『ああ、そういえば以前、妙なオッサンがこういうことについて、なにやら言及していたぞ』と思い出していただければ幸いなのだ。

よし、『開講のことば』として喋りたいことは喋ったぞ。

さて、それでは諸君、この実装者とともに、『幸せなプログラマ』への道を捜してみようではないか。



----    </description>
    <dc:date>2009-01-13T18:34:50+09:00</dc:date>
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    <item rdf:about="http://www20.atwiki.jp/pgekitai/pages/29.html">
    <title>第0B戒「汝、安息日を聖とせよ</title>
    <link>http://www20.atwiki.jp/pgekitai/pages/29.html</link>
    <description>
      ===========================================================
第0B戒　「汝、安息日を聖とせよ」
2008/11/11
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今回の戒律は『汝、安息日を聖とせよ』ということなのだ。そのココロはというと、『会社勤めの人、もしくは派遣社員の人、もしくは我輩のように、現場常駐タイプの受託作業者の皆々様よ、休日はしっかり休んで自分の好きなことしましょう』ということなのだ。

何故にこのような当たり前のことを戒律として諸君に提示しなければならぬのかというと、その当たり前のことが実際には行われておらんからだよ。このアイテー業界ってやつはのう。なんとも嘆かわしいことだぞ。

一応形式的には、休日出勤すれば、『代休とれ代休とれ』とうるさく言われるけれども、『代休の有効期間はその月までね。来月になったら無効だかんね』などと罠が仕掛けられておるしのう。

『今はちょっとほらあれだからね。ほら、リリース前だからさ。今はとりあえず我慢してもらって、落ち着いて暇になったら、アホほど休みあげるからね、ね、ね』などと因果を含めておきながら、結局一年三百六十五日常に忙しく、休暇を取得できるような状況にはならないのである。もし、休暇取得を強行しようものなら、上司同僚部下後輩から、非常にちべたぁい目で見られることを覚悟せねばならんのだ。

そもそも、企業には法律的に、労働者に適宜休日を与える義務があることを知らんのじゃないかと思しき雇用者がウヨウヨおるのだ。日本国の法律というのは諸君、違反すると罰せられることになっておる。俗に『犯罪』と呼ばれるのだ。休日に関する規定は、労働基準法第三十五条（休日の規定）と第三十九条（年次有給休暇の規定）に明確に記されておるぞ。

詳しいことは、めいめい書籍またはウェッブにて調べていただくとして、実装者流に要約すると、

 1.労働者を必ず週一回、もしくは四週間の間に四日間休ませてあげなさいよ。
 2.半年以上勤続して、かつ皆勤賞とはいかぬまでも、八割がたちゃんと出勤し
   た人には、年間十営業日プラス勤続年数により定められた日数の有給休暇を
   与えなさいよ。

ということなのだ。これは、『休暇を与えることができる』という意味ではなく、『休暇を与えなければならない』ということだぞ。 CANではなくて、MUSTなのだ。

諸君らの中には、アイテー企業に勤めるサラリーマンもおられよう。貴君の会社はどうかな。この規定を尊守しておるか？ん？ん？ん？ん？もしかして、この法律に照らし合わせると、手が後ろに回っちゃいそうな社長殿がウヨウヨおられるのではなかろうか？

とまあ、いきなり法律云々の話になってしまったわけだが、そのようなことは実際どうでもよく、ニンゲン、仕事ばかりしてちゃいかんのだよ。ちゃんと休みをとらにゃあならん。

「そうですよ。ちゃんと休みを取らなきゃね。ぶっ通しで働いていたら、録画したきりビデオがたまってたまって」

「そうそう。ゲームを買ったはいいけど、ぜんぜんプレイする暇がなくてさ。今度の土日に有給休暇もしくはろくすっぽ取得できなかった夏季休暇を組み合わせてお休みし、一気に攻略するかぁ」

「よし！俺も有給取って、たまってるビデオ全部見るぞ！」

「そうだよね。そうだよね。有給休暇ってそのためにあるんだよね」

「何をいっているんだいチミたち。実装者先生が仰っておられるのは、平素最終電車まで残業して、翌日朝も早よから、ヘアーの乱れをせっせせっせと整えて、ポマードベッチョリクールでバッチリ、サラリーマンに成りすまして、寝不足と格闘しながら頑張る我々に対し、休みの日ぐらいしっかりとって、ゆっくり爆睡したまえよということだぞ。ねえそうでしょう実装者先生。ねえねえ」

ねえねえ言うな、ねえねえ。休みの日に、ひねもすゲームをプレイしようが、ビデオを鑑賞しまくろうが、アホほど眠りコケようが諸君の勝手であるゆえ、どうぞご自由にというしかないわけだが、そのようなすごし方は、ちょいと寂しいものがあるといえような。

また、会社のゴルフコンペにいそいそと出かけたり、会社の有志でやっている草野球倶楽部たら、蹴球倶楽部の練習または試合に参加するのもまあよいが、我輩から言わせると、休みの日まで会社の連中と一緒に行動して、気を使って、金も使ってどうするのだと思うのである。

プログラマたるもの、そのような組織人臭い活動には、断固ノーを突きつける覚悟が必要だぞ。

暗いとか、付き合い悪いなどというそしりを甘んじて受ける覚悟が必要だ。但し、繰り返すようだが、いくら単独で行動する一匹狼と格好を付けても、前述のようにビデオを見たり、ゲームで遊び呆けたり、朝から酒をくらって酩酊し、昼過ぎには、自分がどこに居るかすらわからなくなるというようなことになってはならん。

まず、休日をしっかりと確保すること。そして確保した休日は、自分という人間をプロデュースするために使いたいのである。

具体的には休日をどう使えばよいのであるか？

それはまた別途戒律を設けて説明しようと思っているわけである。

ところで諸兄よ。実は我輩こと実装者のディクショナリィには、『休日』とか、『オフ』とか、『余暇』という言葉はなかったりするのである。一年三百六十五日二十四時間、寝ている時間を除き、ずぅーっと仕事をしているのだ。

何故か？フリーランスのプログラマだから？それは確かにそうなのだが、我輩は在宅作業で自分の好きな時間にプログラムをでっち上げているわけではなく、システム開発の現場に出向き、一定の時間そこにいて作業をする形態をとっておるので、仕事をしている場所と時間、仕事をしていない場所と時間が生まれるわけだ。世間一般から見るとね。だがしかし、それは大きな間違いなのである。

それは我輩が『実装者』だからだ。えらく抽象的な回答になってしまったけれども、そもそも『実装者』という概念が抽象的なのである。ここでいう『実装者』とは『アプリケーションを実装する人』という狭義の意味ではなく、我輩の個人的芸名である『実装者』という超狭義な意味だぞ。

抽象的な仮想人格である『実装者』の日常が抽象的なのは、これまた自然の成行といえような。

面白いことを考えるのも実装者の仕事、こうして諸君に対し能書きを垂れるのも実装者の仕事であるし、本を書くのも仕事、勿論、現場に出かけていってシステム開発の邪魔をするのも実装者の仕事なのだ。

ま、システム開発の仕事以外、ほとんど金にならないのが辛いところなのであるけれども、『実装者』として立つことを決心してからというもの、平日休日問わず、必ずなにやらこそこそやっておるぞ。今年の元旦も文章を書いていたしな。

我輩は、そんなことをいつまで続けるつもりなのであろうか。

それは、自ら定めた『実装者的ゴール』のテープを切った時なのかもしれぬ。

とまあ、いい格好をしておるが、永遠にゴールへたどり着かぬかもしれぬし、途中でリタイアせざるを得なくなるかもしれぬし、ゴール寸前で派手にひっくり帰り、病院へ運び込まれるかもしれないし、ゴールテープを切ったことに気づかず、まだ走り続けているかもしれんのだがな。

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    <dc:date>2009-01-12T20:18:23+09:00</dc:date>
  </item>
    <item rdf:about="http://www20.atwiki.jp/pgekitai/pages/15.html">
    <title>第00戒-2</title>
    <link>http://www20.atwiki.jp/pgekitai/pages/15.html</link>
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      とまあ、ここまで調子よくお話してきたけれども、この【プログラマとは、組織に頼らずとも生きていける】論には、大きな矛盾点があるのだ。

別に、単独で見れば論理的におかしなところはなにもないのだが、この講義のテーマである『プログラマとして幸せになる』ということと、大きく矛盾しているのである。

なぜかというと、今回の話の骨子が、『企業情報システム開発の現場において、技術力さえあればいつでもお座敷がかかるぞ』ということなのであって、それもまあ、ひとつの生き方であり、正規雇用者として現場にいるのとはかなり違う状況であるわけだが、

『俺はとにかく今すぐ、ただちに、アズスンナズポシヴォー企業情報システム開発の現場とおさらばしたいんだ。もう我慢できないよ。タスケテ、実装者のおいちゃん』

と熱望する方には、なんのアドバイスにもならんわけだね。

そのことは我輩も重々承知していて、その件については、後々、順を追ってお話していきたいと思っておるのだよ。

プログラマという生き方がいかに素晴らしいものであるか、その三つ目は、【3.問題を解決できると、己のカタルシスになる】ということであるぞ。

ここでひとおつお伺いしたいのだが、諸君は平素、パーソナルコンピュータをお使いかな？

「実装者さん。とうとうおボケになられたのですか？パーソナルコンピュータを使わないと、そもそもこの講義を聴講できませんが。大体、こうして集まっているみんなは、業界人である可能性が高いと思うんですよ」

うーむ。やはり左様であったか。もしかして、パーソナルコンピュータの使い方がわからないか、もしくは、己の美学に反するという理由で、知人に講義内容をプリントアウトしてもらい、蛍光ペン片手に電車の中にて講義内容を熟読吟味されておられる方もおろうと思ってな。とにかく世の中にはいろんな方がおらっしゃるので、あらゆるケースを想定しておかねばならんと思うたが、我輩の杞憂であったかのう。

では、続けて質問だ。平素、パーソナルコンピュータを使って何をしておられるのだ？ただし、この質問は仕事以外のプライベートの時間と限定させていただこう。よし、そこの眠たそうな貴君から時計回りで、そうさな、そこのつまらなそうにしている貴君まで順番に回答してみてくれぬか。

「えーっと。ネットサーフィン。とくに最近”You Tube”や”ニコニコ動画”などの動画系が面白くてはまってます」

「やっぱ、MMOゲームですね」

「ミクシィにはまってます。気がつけばずーっといます」

「ブログやってますので、記事のアップと、コメントのチェック、お気に入り仲間のとこに訪問したりしてます。あっという間に時間がたっちゃう」

「デイトレーディング」

「ぼかあ、ライブチャット一筋です。稼ぎをほとんどつぎ込んでます。でもやめられない。誰かタスケテ。ホンモノのカノジョ欲しい」

「会社から持ち帰った仕事」

なるほど。最後のはちょっとお気の毒ですなあ、もしくは、君はとことんおめでたい人ですなとしか言いようがないが、皆それぞれにマイコンライフをエンジョイされておられるようだ。

なんだ？そこのちょっと斜に構えた貴君。くちびるをとんがらがして、何か発言したそうだな？よろしい。なんでもいってごらん。

「仕事で嫌というほどパソコンを使っていますので、家に帰ってからはパソコンなんてしません。一応持ってますけど」

なるほど。まあそういう方もおられような。

では、続けて質問だ。諸君はそれらのことをひとしきりなさった後、慙愧の念にかられたことはあるまいかな？ん？なんだ？そこの貴君。えらい元気に挙手しおったな。なにか発言したいのか？よろしい、申してみよ。

「【慙愧】って漢字、難しすぎて読めませぇーん」

あらら。【慙愧】とは、【ざんぎ】と読むのだ。『取り返しのつかない事をしたあとで悔やむとともに、自ら恥じる』という意味だぞ。決して、鶏のカラアゲのことではないので注意が必要だ。

活動テレビ漫画『機動戦士ガンダム』において、アムロ君が、ララァさんの搭乗するエルメスを撃墜してしまい、『僕は、取り返しのつかないことをしてしまった。認めたくないものだな。自分自身の、若さゆえの過ちというものを』と嗚咽するくだりがあったろう？あれこそ『慙愧の念にかられている』もってこいのサンプルであるぞ。

諸君の立場からすれば、自らの責任において、好きでそれらのことをやっておられるわけだから、ほっといてくれませんかといいたいところだろうが、ところがどっこい、己の心を騙すことはできんぞ。

ゲームで遊び呆けて、ハッと気づけば、とおに夜半も過ぎ、睡眠不足で翌朝仕事に出発したり、リンクを辿って、興味ある記事を次々に読みふけり、ビデヲを見ふけり、ハッと気づけば、とおに東の空が白々として、雀などがちゅんこらちゅんこらさえずっておる。仕方なく、一睡もせず仕事に出発したりすることもあろう。

もしかして、たまあに『ままよぉ』などと、仕事に行くのはやめて、そのまま布団に潜り込んでしまうときもあるかしれんな。そして、下っ端が出勤しだすころから、責任者が出勤するまでの空白の時間帯を見計らって、ゴホンといっぱつ咳払いをした後、職場に電話をし、『う。ぐぐぐ。ずびばぜん。ほんとずびばぜん。今日はちょっと体調が悪くて。はあ。ぞうでず。ごれがら病院へ行きばず。だどりつけるかだあ病院。はい？はいぃ？昼から出てこれる？そんな大胆なあなた。今日は大事をとって、お休みさせていただこうかと・・・。う。ごほがほごほごほげほ』などと、クサいシバイをぶちかますわけだ。

そんなとき、諸君はどのように思うかね？

「『うーむ。電話にでた先輩に、えらく心配されてしまったぞ。俺の演技力もまんざらではないな。むふふふん』でしょうか？」

こら、自分の演技に酔ってどうするのだ？違うだろうが。『時間を無駄に使っちゃったな。なにやってんだろ俺』と思わぬかね。さらに、迫真の演技で仮病をぶちかました結果、本当に体調が悪化してくるのだ。これぞ、『嘘からでたまこと』という奴だぞ。

夜半になると、熱などもでてきて、本格的にこりゃダメだということになるのだな。翌朝になっても一向に回復の兆しが見えてこぬので、仕方なく職場に電話すると、昨日と同じ先輩だ。本日も休みたい旨つたえると、

『なんだ？わりと重症だな。でも、昨日と比べて大分元気そうだから、明日は出てこれるね』

『いいええな。病気になったのは今日からでして・・・』

などと、落語のようなことになってしまう。

先ほど諸君に申告していただいたパーソナルコンピュータの使い方は、デイトレーディングと、会社から持ち帰った仕事以外は、娯楽であるから、まあ『時間を無駄に使う』のは仕方がない。娯楽というものは基本的に『時間潰し』なのだからな。

しかし、同じ娯楽でも、例えば DVDで映画を鑑賞したり、通俗小説といえども、読書をしたり、思い切って外へ出かけ、友人とわーっと騒いだりした場合、別段慙愧の念にかられることはないのだ。

なぜかな？考えてみれば非常にフシギな話だ。

「えーっと。映画を見たり、読書をするというのは、一応時間の区切りというものがありますよね。映画は大体二時間もあれば終わりますし、読書だって、個人差はあれどもいつか一冊読み終わります。ところが、ゲームとか、ネットサーフィンなどというものは、終わりというものがありませんから。もうこの辺で終わりにしようと思いながらも、ズルズルズルといっちゃうから後悔するんじゃないかなあ」

「そうですよね。それから、ゲームなんて大体自分の操作するキャラクタが死んじゃったりして終わることが多いですから、むなしくなってしまうんですよ。僕も経験ありますけど。あれは精神衛生上よくないですよね。脳からγ波出まくりで終わるわけですから」

「ていうか、全然建設的じゃないですよね。ゲームなんて特に。最近やたら時間のかかるゲームばかりになってきてますから。無駄に時間だけ使って、得るものなんもないです」

「ちくしょぉー！ライブチャットなんて、もっと得るものなんもない！それでいて失うものが多すぎるんだぁー！むなしいよぉ」

「仕事を家に持ち帰っても、一向に終わりません」

おお。この講義にしてはめずらしく、活発に意見の交換がなされおったな。確かに、コンピュータを使用しての娯楽はエンドレスなものが多い。なぜかというとそれは、相手がコンピュータだからだ。貴方が望むだけ、文句を言わずに相手をしてくれるぞ。

例えば、『僕はモノガタリが終わりを迎えるのが嫌なんです。だから永久に終わらない小説を書いてください』と、お願いのレタアを作家先生のところへさして送っても、『電波がきた。電波が』『センセ。こんな奴に関っちゃいけませんよセンセ』などとシュレッダー直行になるのは目に見えている。

「えーっと。さっき、ゲームには終わりがないって話が出ましたけど、昔ドラクエやFFが発売になると、三日ほど有給休暇を取得したうえ、家にこもって一気にクリアし、その後すがすがしく出社するという人たちがいましたよ」

うーむ。確かにテレヴィのニュースなどで、そのようなことを聞いたことがあるな。あまりに正々堂々として、考えようによっては潔いといえなくもないが、休暇の使い方としてはいかがなものかと思うな。それよりなにより、もしクソ忙しい時に、自分の上司、又は部下同僚が、そのような理由で休んでみろ諸君。平静な気持ちで受け入れることができるかね？『アホかあいつは』と思わんか？

さて、まあ色々と意見も出たようだが、ここで我輩の見解を申し上げよう。プライベートな時間に、チャットやゲーム、その他享楽的なことで時間を無為に費やしてしまったとき、我々は、なぜザンギエフのスクリューパイルドライバーじゃなくて、慙愧の念にかられてしまうのか？

それは、『技術者として、商売道具のパーソナルコンピュータを使って、無為に時間を費やしてしまった自分が許せない。そういう自分は醜い。はっきりいって嫌い』だからではないかと思うのだ。

では、一体何をすれば慙愧の念にかられることなく、自分が好きになれるのか。

うすうすお分かりの方もおられようが、答えを申し上げよう。それは、『プログラマである貴方は、プライベートの時間にプログラムをすればよい』のだ。

とにかく、コンピュータを使ってできる『遊び』で、最も奥が深くて面白いのはやはりプログラミングだろうと断言できるぞ。

例えば、書籍、雑誌などで新しいプログラミング言語に興味を持ち、開発環境が無料で手に入るというので、いそいそとダウンロードしてきて、書籍や雑誌記事、はたまたヘルプと格闘して、小さなものでも、ひとつのプログラムが動作したとき、そんなものあなた、ロールプレイングゲームを攻略したときの数十倍、数百倍の達成感があるはずなのだ。もう嬉しくて仕方あるまい。

ロールプレイングゲームならば、誰だって遊ぶことができる。だが、プログラミングという遊びは、プログラマにのみ許された特権なのだからな。さらに、それで恐ろしいぐらい時間を費やしてしまったとしても、何ら後悔することなどあるまいぞ。『いやぁー。充実した時間だったなあ』と満足するに違いないのだ。

今成し遂げたことが、ほんの小さなことであったとしても、また、当面仕事には何の関係もないことであったとしても、必ずや、将来技術者としての自分の血となり肉となるのは間違いないのだ。

勿論、この楽しさは、仕事においても味わうことができるぞ。プログラマの仕事というのは、問題を解決する仕事であるといっても差し支えなかろう。日々、目の前に立ちはだかる諸問題をプログラムという武器でもって打倒していくのが仕事なのだ。ゲームなどをやるより数万倍面白いぞ。そして、見事問題を解決できた暁には、非常に強いカタルシスを感じるというわけだ。

ロールプレイングゲームにおいて、ボスクラスの敵を倒しても、成長するのはあくまで自分の操るキャラクターだ。だが、プログラムで問題を解決できたとき、成長するのはあなた自身なのだからな。『こりゃやめられまへんワ』となるであろう？

我輩など、『こりゃやめられまへんワ』と喜びつつ、はっと気づけば、二十年以上も遊び続けてきたというわけなのだよ諸君。

プログラマという生き方がいかに素晴らしいものであるか、その四つ目は、【4.おまけに、ひとさまのお役に立てる。】ということなのだ。

我輩、もう二十数年、ソフトウェア開発業界で生きてきたわけだが、プログラマという生き方を選択している人々に、ある共通の特質を見出しているのである。

「実装者さん。それは例えば、対人コミュニケーション能力に著しく欠けるとか、引っ込み思案過ぎて暗い穴に引っ込んだきりでてこないとか、パソコンを相手になにやらブツブツ独り言をいうとか、何が楽しいのか知らないけれど、いつも目の焦点が定まらずニタニタしているとか、泊り込みが多いので、髪の毛のフケが大量発生し、スーツの肩の部分がチョモランマのように真っ白になっているとか、足がメチャ臭いなどということですか？」

あのなあ。貴君はなにやらプログラマに対して偏見がありすぎるのではないか？ん？ま、確かにそのような特質を部分的に所持している技術者も中にはおろうが、どこから見ても普通の人が大勢を占めているのは確かなことだぞ。

とくに、『企業情報システム開発』の現場においては、それぞれ遠方の自宅から三々五々集まってきて『組織』を形成し、『ビジネス』を遂行しているわけだから、そのような妖物ばかりでは立ち行かんのだ。

大体、そんなことをこの講義で話したって仕方ないだろうが。『汝、毎日くつしたをとりかえよ。可能であれば、靴の中にキムコジャイアントを忍ばせるべし』とか、『汝、毎日ヴィダルサスーンで朝シャンすべし』などという戒律を諸君に提示してどうしようというのだ？

「面白いですけど」

あらら、さようか。しかし残念ながら今回お話するのは、もっとステキな特質だぞ。それは、

『自分の技術でもって、ひとさまのお役に立てることを至上の喜びと感じる』

ということなのだ。どうだ？ステキだろ。

勿論、己の技術力を他者に対して示したいという自己顕示欲もあるわけだが、そのようなみみっちいことは、ひとさまの役に立つものを作り出せたときの喜びの前にかすんでしまうのだ。

諸君の周辺におらんかね。例えば、テストデータの作成が非常に面倒くさく、みなして困っていたとしよう。すると、頼まれもしないのに、突然、ぱんぱかぱーんというファンファーレと共に、自作のテストデータ作成ツールを引っさげて現れる技術者だ。

また、フェーズが、結合テスト以降になってくると、ソースファイルをリリースする手順が、非常に面倒になってくることがある。ソースコードをサーバの指定ディレクトリにアップするだけでは飽き足らず、やれリリースノートを書けたら、こっち障害管理表に対応した日付と修正したソースファイル名を書いておけなどと、非常に手続きが面倒なのだ。みなして頭を抱えていると、ある一人の技術者が、勇壮なるテーマミュージック、例えば『ツァラトゥストラはかく語りき』などをバックに、それらのリリース時作業をワンタッチでできるバッチファイルを引っさげて出てこないだろうか。

はたまた、頼まれもしないのに、便利な共通関数を作ったり、カスタムコントロールを作成してメンバーに披露する技術者はおらんか？

どうかね。諸君の周りにも、きっとそのような技術者がいるはずだ。

彼らプログラマは、先ほどの『自分の技術でもって、ひとさまのお役に立てることを至上の喜びと感じる』という特質、行動原理に基づいて、そういうことをしてしまうわけだ。それにより、己に課せられた実際のタスクの遂行に充当する時間が圧迫されようが、その気持ちを抑えられぬのだよ。

損得の勘定抜きで、『己の技術をもって、人々よ。幸福たれ』と考え、行動してしまうのだなあ。

実際に行動する人間は全体の何割かに過ぎぬが、プログラマであれば、すべからく心の裡に、この特質を秘めておるぞ。でなければ、プログラマなどという商売は続けられないのだ。考えてもみろ。プログラマ達が、タイトなスケジュール、劣悪な作業環境などものともせず、ぶつくさ文句を垂れながらも、最終的にプログラムを作り上げてしまうのはなぜか？

それは、可能な限りよいものを作って、顧客を幸せにしたいからだ。

『こんなスケジュールじゃ絶対に無理だよ。なんとかしろよこら！』とＳＥに噛み付いておきながら、『じゃあ。例えばあそことここの部分を機能削減してリリースすることを顧客に打診してみるか？』といわれると、『バ、バカじゃないか？！そんな中途半端なモノがリリースできるか！』と、予算も工数も無視して、矛盾も甚だしいブチキレ方をしてしまうのがプログラマという種族なのだ。

残念ながら、ＳＥすなわちシステムエンジニアは、そういった考え方を持たぬ。というか、持っちゃいけないよと枷を嵌められておるぞ。なぜなら、そんなことをしても、金にならないからだ。

ここに、仕様が既に確定して、顧客の承認も済んだ、プログラム設計書があるとする。プログラマである貴方は、そのプログラムの実装を仰せつかり、粛々と製作を始めたのだ。ところが、ほぼ完成に近い状態までくると、どうにも操作性が悪い部分があることに気づいたのだね。その部分を改善すれば、顧客も喜んでくれるのではないかと考えた。というか、プロとしてこの設計のまま出すのは承服できんので、是非とも改善すべきであると考えたのだ。

しかし、その改善を施すためには、少なく見積もっても二日はかかりそうなのである。考えあぐねた貴方は、設計者のところへ赴き、『かくかくしかじかそのような次第で、是非改善すべきだと思うのですが』と相談してみたのだ。

さて、その設計者即ちシステムエンジニア殿はなんと答えただろうか？

『うーん。もうこの仕様でオーケイでてるしナア。大体、このプログラムだけ改修をかけると、他のヤツと操作性が変わっちゃうよ。なおすなら、全部やらなくちゃいけない。そんな工数、逆さに振っても出てこないぞ』

『しかし、どう考えてもこれでは、操作性が悪すぎると思うのですが。本番が始まったら、苦情の嵐になりますよ、オペレータからの。窓口であるシステム部の皆さんには、納期及び予算とのバーターで。なとという理論が通用するかもしれませんが、実際使う人たちにはそんなこと関係ないですからねえ』

『しょうがないだろ。あっちがこれでいいと承認したんだ。運用でカバーしてもらうしかないね。どうしてもというなら、別工数、別料金でやりゃいいんだ。金くれ！金』

いかがかね。これが『プログラマ』と『システムエンジニア』の考え方の差だよ。

さて、ここまでは、『自分の技術でもって、ひとさまのお役に立てることを至上の喜びと感じる』というプログラマが持つ特質が、システム開発の現場内、及び顧客に対して発動した場合であったが、これが不特定多数、世間一般の人々に向かって発動した場合、プログラマという生き方がいかに素晴らしいものであるか、その最後である、【5.さらに、ひとさまに幸福を運ぶ、伝説のペリカンとなれる。】ということになってくるのだ。

「申し訳ありません実装者さん。【プログラマはなぜ素敵な生き方なのか？】について、五つの理由が提示されたときから気になっていたのですが、【ペリカン】ってなんですか？【ペリカン】って？」

なんだと？貴君はペリカンも知らぬのか？ペリカンというのは、ペリカン目ペリカン科に属する鳥類で、下のくちばしの部分に弾力性のある袋があるのが特徴だ。その袋におさかなを貯蔵することができるのだ。なぜおさかなを貯蔵するのか？それはペリカンが水鳥だからだね。なんと、脚には水かきも付いておる。この機会に、ぜひ貴君もこの鳥を覚えておきたまえよ。わりとメジャーな鳥だからな。知らぬとこっ恥ずかしいぞ。

「ペリカンぐらい知ってますって。私が聞きたかったのは、なぜプログラマをペリカンになぞらえなきゃいけないのか？ということです」

なるほど、そういうことか。それならば答えて進ぜよう。

項目を【5.さらに、ひとさまに幸福を運ぶことができる】などとした日にゃあ貴君、まったくインパクトがなかろうが。【5.さらに、ひとさまに幸福を運ぶ、伝説のペリカンとなれる。】としたほうが、俄然インパクトが強かろう。これにより、『え？ペリカンって一体どういったコトだろナ？こりゃ、是非にも講義を聴講せにゃならんぞ』と、諸君に期待と不安がない交ぜになった複雑な気持ちを抱かせようとしたわけさ。

我輩は、2007年度に、システム開発業界という魑魅魍魎が跋扈する世界から一歩外へ出て、出版界という百鬼夜行の世界へおっかなびっくり足を踏み入れてみたのだ。

そこで、いろんな人から、以下のようなことを言われ続けたのだ。

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いいですか実装者さん。実用書の売れ行きは、タイトルもさることながら、目次のインパクトで決まるんです。

ここのところを勘違いしちゃいけませんよ。

まずそれなりのタイトルで気を惹いて、とにかく手にとらせます。でもこれだけでは人は本を買ってくれやしないんですよ実装者さん。

人が書店で実用書を手に取った場合、普通どうしますか？実装者さん。その場に座り込んでいきなり最初から読み始める？チッチッチ。違うでしょう実装者さん。

まず目次をパラパラと見てみるでしょう実装者さん。そして、目次にいたく興味を惹かれた場合、ケモノのような購買意欲がどぉーんと頭をもたげてくるわけでしょう実装者さん。

例えば実用系出版社が運営している、オンライン販売サイトをご覧になったことありますか。必ず目次を紹介しているでしょう。

いいですか実装者さん。実用書は目次です。はっきりいって、内容など二の次なのです。極言すれば、目次に合わせて内容を後付けすりゃいいのです。

わかりましたか？実装者さん。
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我輩はプロのライターではないし、どちらかといえば、最初から何も考えず、感情のほとばしるままに文章を書き飛ばすタイプであるから、この目次作成というヤツがとんと苦手なのだ。しかし、苦手なものは努力して乗り越えないと人間進歩というものがない。というわけで、今回ちょっと稽古してみたというわけよ。

幸せを運ぶといったらあなたやはり連想される鳥類は『コウノトリ』なのだが、生涯独身を貫くものが多いプログラマをつかまえて『コウノトリ』もなかろうと、若干ヒネリを加えて『ペリカン』にしてみたわけだね。

プログラマ連中が、頼まれもしないのに便利なツールその他を作り、仲間に喜んでもらうことを至上の喜びとする素敵な特質を持っているというお話をさせていただいたのだ。

諸君の中にも、自らをして『職業プログラマ』と認識されている方もおられよう。いかがか？そういえば、自分の中にも、そういう特質があるぞと納得されているのではないかな？もしなければ、申し訳ないが、プログラマの資質なしと断定させていただいてもよいくらいなのだ。

この資質は、システム開発の現場うちうちという極めて閉鎖的な世界の中でプログラマの特質が発動した場合の話であったが、これが、時として不特定多数、一般の人々に対して発動する場合があるのだ。

さよう。諸君も薄々お気づきかとは思うが、世にいう、パブリックドメインソフト、フリーソフトなどという、『無償』のアプリケーションの開発、配布として発動するのだ。又は、ここ数年で社会的にも認知されてきた『オープンソースプロジェクト』への参加となって発動するのだよ。

諸君、Macintoshをご存知であろうか。まあ普通ご存知であろうと思うが、 Apple社がしぶとくも開発販売するパーソナルコンピュータであるぞ。しぶとくもというのは、 Windows登場の後、全ての会社が独自のハードウェアアーキテクチャ、独自OSでのパーソナルコンピュータ開発・販売を断念した中にあって、唯一自社独自のものを開発・販売しておるからなのだ。

昔からの熱狂的な信奉者はおるものの、相当分が悪いといわねばならんな。しかし、何とか持ちこたえてもらわないと、もし Macintoshがなくなってしまったら、あとはあなた、パーソナルコンピュータ向け商用OSの世界は、マイクロソフトにいいようにされてしまうぞ。

パーソナルコンピュータにGUIを持ち込んだのは、そもそもMacintoshなのだ。それなのになぜ、シェアにおいて、後発の Windowsに大きく水をあけられてしまうことになってしまったのか？

その理由はただひとつ、『フリーソフトの存在』に尽きると思うのだ。

仕事であれ趣味であれ、パーソナルコンピュータを使っていると、本当に様々な問題に直面する。しかしそれは、市販のアプリケーションでは 99%解決できないのだ。なぜなら、市販のアプリケーションを作成して販売している技術者の数など、パーソナルコンピュータのユーザの0.001%にも満たぬだろう。そのような比率では、いつ誰がどのような問題を抱えて立ち往生するのかなど把握できるすべもない。

また、あまりにも単機能で小さなアプリケーションを作成しても売り物にならないのだね。そういう状況下において真価を発揮するのが、小回りが利いて、痒いところに手が届き、しかも無料で使えるフリーソフトということになるのだ。

パーソナルコンピュータが使い物になる道具となるためには、フリーソフトが絶対に必要だ。それはなぜかと訊ねたら、先ほども申し上げたように、この世に製品版のソフトウェアしかなかりせば、ここぞというときに問題解決の手段がないからだ。

ところで、プログラムを作成しようとした場合、何が必要となるであろうか？それはプログラム開発環境だね。

Macintoshの場合、プログラミング初心者、中級者レベルでも扱えるプログラム開発環境を提供しなかった。なぜならば、パーソナルコンピュータを完全な『道具』と位置づけ、ユーザを単なるアプリケーション使用者とみなし、アプリケーションの提供は、プロの製作者に任せるというスタンスをとったのだ。

これはこれで崇高な哲学といえる。だが、ちょっと時代を先取りしすぎたきらいがあるぞ。少なくとも百年はな。

ところが、 Windowsの場合は、その前身であるMS-DOSの時代から、フリーソフトの価値を正しく認識し、プログラミング初心者でも扱えるプログラム開発環境を早くから一般に向けて提供したのだ。

さよう。そのプログラム開発環境こそ、Visual Basic、略してブイビーなのだ。

このブイビー出現のおかげで、 Windows上で動作するアプリケーションの作成が、MS-DOSの時代より簡単になったのだ。そして、その後の顛末は諸君もよくご承知であろうと思うぞ。

Windows用のフリーソフトは世に溢れ、何か困ったことがあっても、捜せば必ず問題を解決できるものが存在するという状態になったのだ。これでは、他のOSは到底太刀打ちできまい。

さらに嬉しいことに、フリーのプログラム開発環境も山ほどでてきて、それを使用してまた新しいフリーソフトが誕生するという、素晴らしい循環になってきておる。

パーソナルコンピュータは、道具であることは確かなのだが、まだまだ『自分でプログラムを作って思い通り動かすオモチャ』でもあるわけで、これは、『自然言語を解して動作するコンピュータ』が出現するその日まで続くのではないかと思うのだ。

諸君も、『なぜこんな市販ソフトに勝るとも劣らない機能を持つものをタダで配ってしまうのか？』と疑問に思われたことがあるに違いない。その理由が本日ついに明白になったであろう？

さよう。それは、彼らが『プログラマ』だからなのさ。

とまあ、今回の話を聞いて、『パソコン用のフリーソフトなんて、企業情報システム開発にはなんら関係ないのでは？』と思われた方もおるだろうな。

しかし、将来、一人の気のいい天才プログラマ、もしくはグループが『汎用超簡易企業情報システム構築ツール』を開発し、タダで配ってしまうということが起こりえるかもしれぬぞ。そうなると、システムエンジニアなど不要になるのだ。

これは全く冗談ではない。 Webシステム構築の世界では、現実に起こっているぞ。たとえプログラミングができなくても、プロが作った Webサイトと遜色ないものができあがるツールが、どんどん無料で公開されているのだ。それをプロも使っていたりする。『ああ。こりゃ楽だ♪』などとな。

Webシステムと企業情報システムでは、規模や複雑さが比較にならぬほど違うのだが、何が起こるかわからないのがこの業界だからな。

もしかして、この講義を受講なさってる貴方こそ、将来その偉業を成し遂げるその人かもしれないのだ。

そして、我輩でないことは、これまた確かなのだがな。寂しいことに。もしそのような時代が到来したら、一体どうするかね？ＳＥ諸兄よ。



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