幻の勝利


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人生とは究極のギャンブルである
世界とは至高のカジノである
少なくとも私にとって、それは疑うべくも無い真理だった
――
終わってみれば、余りにも呆気無い幕切れだった
ギデオンを名乗る男は何か信じられないものを見たような顔で細々と吐息を漏らし
そのまま崩れ落ちると、彼の腕の中で死を迎えた
(――……虚しいわ)
彼――エースにとって、あの男は不倶載天の仇敵であり、同時に唯一無二の親友であった
ギデオンこそが彼の生き甲斐であり、ギデオンだけが彼の理解者であった
だが、もはや二度とあの男の強がりを聞く事も叶わないのだ

男の瞳は彼を映したまま永遠に閉ざされ
男の心は彼を拒んだまま永劫に失われた
「……ねぇ、何故なのショウちゃん……
何で、誰よりもアタシに近かった貴方が
アタシの願いを解ってくれなかったの……?」
かつての名で男を呼び、空しい問いをカクテルグラスに浮かべる
とろけるように甘やかな古酒さえ、今は後悔の苦さだけをもたらす
否、きっとこれからは永久に、彼は歓喜とも悲嘆とも無縁の生涯を送るのだろう
彼の半身、彼の全てだったものを、彼は自らの手で消し去ってしまったのだから
「……バーテン、もっと強いのを」

グラスを磨いていた仮面の青年に、彼は店で一番強い酒を注文する
ショットグラスにアルコールを注ぐ音は、背後の騒乱に掻き消された
(いっそアタシもあの連中みたいに、何もかもを忘れて酔い痴れる事が出来るなら……)
詮無き望みに嘲笑を浮かべ、賭場の群衆に目を向ける
勝利に歓声を挙げる者
敗北に天を仰ぐ者
悲喜交々の老若男女は、しかし今日だけは一つの調和を見せている
「宜しければ、お客様も一戦交えてみては?
今宵は宴、年に一度の仮装祭(マスカレード)
祝勝の杯は、悲しみを忘れさせる一番の妙薬ですよ」

まだ見習いなのであろう青年の真摯な眼差しを、避けるように彼は席を離れた
「……お節介なバーテンも居たものだわ」
(……ショウちゃん程じゃ無いけど、ね……)
僅かな痛みから記憶が溢れ、その重さに膝が震える
手近な席に腰を落とすと、手に触れる薄く固い連なり
(これは……カード?)
精緻な金字の刻まれた背を見せて、伏せられた五枚のトランプ
「これは……」
「お客さんの番だぜ」
やや荒っぽい声に振り向けば、鶏を意匠した仮面
年頃は三十路前か、高級カジノのハイローラーには不釣り合いな、やさぐれた雰囲気のディーラー

「アタシは別に……」
「おいおい、連れない事は言いっこ無しだぜ
折角の出会いだ、黄昏た顔してねぇで遊んでけよ」
無精髭を撫でた手で一枚のコインを弾くと、こちらの手元へと落とす
「俺から誘ったんだ、そいつァサービスするよ」
日に焼けた口元を吊り上げ、東洋系の顔立ちが気障な笑みを浮かべた
(何よ、この馴れ馴れしいチンピラめ……!)
「良いわよ、そこまで誘われたなら相手差し上げようじゃない
言っとくけど、アタシは強いわよ」

「ハハッ、ここに来る連中は大抵そう言うさ」
「なら、今夜の貴方はツイてるわ
――だって、ようやく本物の強者に巡り会えたんですもの」
“四天王(エース ザ フォーカード)”の名を持つ青年は、妖艶な笑みで己が代名詞たる五枚組札に手を掛けた
――
「スリーカードだ」
「フルハウス
残念、またアタシの勝ちね」
十五戦目、偶然にも三手前からは客が引けてタイマン勝負となっている
自慢げに手札を示していたディーラーは、再び苦虫を噛み潰したような表情で肩を竦めた

「チッ、これで五勝八敗か……
手加減と仕込みはしてねぇんだけどなぁ」
負けた割りには楽しそうな声音で、厳つい指がカードを回収する
(勝ち負けよりも勝負自体を楽しむタイプなのね
……やっぱり嫌な男だわ)
「ところで貴方、随分と男らしい手をしてるわね
……実はカラテカか何かだったりして」
「お褒めに与り光栄だな
ま、俺も餓鬼の頃は色々と馬鹿やったモンさ
それより、お客さんこそ綺麗な指してんな
アンタが女なら、このコインの代わりにダイヤの指輪を渡すんだが」
手許から数枚のコインを掴み取り、掻き棒を雑に操る伊達男

(ふざけんじゃないわよ、このナルシスト馬鹿!
アタシはそんなに安い男じゃないわ)
内心を笑顔で覆い隠し、エースが新たな手札に手を伸ばした時
「失礼します
こちら、空いてますか……?」
隣の札に白く細やかな指が乗せられた
見上げた先に佇むのは、烏揚羽の仮面の少女
長くたおやかな金髪を揺らし、仮面の上にモノクルを翳している
仮面の下から覗く、冷たい月の光を思わせる神秘的な瞳
(……にしても、随分とまた陰気な女ね)
漆黒のドレスに漆黒の長手袋、携える帽子すら黒の羽根飾り

その姿はまるで葬式に向かう途中で道を間違えたか
(伝説に聞く『泣き女(バンシー)』みたいな格好だわ)
「え、えぇ……
確かに空いてるわ
……ただ、このテーブルはなかなか厳しいわよ」
エースの言葉に、黒衣の少女は微笑し
「あら、先程から拝見させて頂いておりましたが
――あの程度では相手にもなりませんよ?」
(――……なッ!?)
突然の侮蔑に、頭が真っ白になる
無意識に立ち上がり、握りしめた拳で高慢な陰険女の鼻を
「おいおいアンタら、店ン中で騒ぎは止しな
争い事はゲームで白黒つける、それが鉄火場のルールってモンだ」

ディーラーの呆れ声に水を差され、行き場を無くした手を台に叩きつける
「……分かったわ
だったら実際にアタシとアンタのどっちが上なのか、ハッキリさせようじゃない!」
噛みしめた歯をギシギシと軋ませながら言い放つ
対する少女は眉一つ揺らさぬ涼しげな表情
「お受けします
私は次の一戦に全てのコインと……」
化粧っ気に欠ける桜色の唇が嗜虐的な形に歪み
「――私の命を」
……
「プッ……アハハハハハッ、言うじゃないのよ陰険女が!
ならアタシの名と誇りを示す為に、アタシもアンタと同じものを賭けてあげようじゃない」

キレた
最早どうあっても、この女だけは血祭りにせねば腹の虫が収まらない
エースは、全身全霊を以て人生最高額の勝負に向かう
「……良いけどよ
流血沙汰なら店の半径1キロ以内は止してくれよ……」
顳を揉み解しながら、二人分だけのカードを配るディーラー
(……ハートの10、J、にスペードの10、クラブのJ
……そしてジョーカー
普通なら10とJのフルハウスで決まりね)
だけど、と心の中で前置きし、手の内に隠した切り札を取り出す
(――ハートのA
さっき拝借してた子が、こんな所で役に立つなんてね)

先程の十五連戦で、彼は数枚のカードを摺り盗っていたのだ
無論、普通のトランプに熟練のディーラーならこんな手は通用しない
カードの厚みと並びから、イカサマが露見しかねないからだ
だが、エースは最初からこの台で使われているカードが二セット一組だと理解していたし
(あのディーラーも、思ったより場慣れしてなかったし)
クラブのカードを何食わぬ顔でAと入れ替え、スペードだけを交換に出す
後は天運のみだが、それこそが彼をして賭博の天才と言わしめる最大の要因だ

(アタシはね、今までここ一番でハズレを引いた事が一度として無いのよ!)
果たして、配られた札は……ハートの女王
(悪く思わない事ね
イカサマも博打の一部なんだから)
心の中に有らん限りの嘲笑と侮蔑を込めて、隣の席の少女を覗き見る
(……は?)
絶句する他無かった
黒衣の少女は、手許の札を一瞥するや否や
「――交換を」
五枚全てをディーラーの方へ放り出す
(呆れた……
嘗めた口ばかり利くから余程のものかと思えば、単なるキチ女じゃないの)
先程から頭に思い描いていた血塗れの未来予想図を掻き消し、溜息を漏らす

気がつけば数秒前までの熱はすっかり失せて、むしろ少女を憐れむ仏心まで湧く始末
「もう良いでしょ
さっさと終わりにするわよ」
「あらあら、せっかちな方ですね
これで今生の別れなんですし、もう少しだけゆっくりしませんか……?」
(何よ、ようやく自分の馬鹿さ加減に気がついたって訳?
ざんねーん、命乞いならアタシと目が合った直後にするべきだったわねぇ)
こんな見え見えの茶番など、エースにとっては不愉快なだけだ
「生憎とね、アタシはアンタなんかの為に祈ってやるほど信心深く無いの!」
吐き捨てて、手札を表に返す

「ハートのロイヤルストレートフラッシュ
はいはい終わり終わり
さっさと首吊ってくたばりなさいよ馬鹿女」
「えぇ、そうですね
確かに終わりです」
黒衣の少女は祈るような仕草と共にカードを表へ向け
「――スペードのロイヤルストレートフラッシュ
さようならです、変態オカマ」
「――……ッッ!?
そ、そんな馬鹿な!
アタシはさっきスペードの10を……あッ!!」
「えぇ、この台のカードは二セットで一つ
……つまり、スペードの10は台に二枚」

冷たい声と共に長手袋の指が伸ばされ、向かいに捨てられていた五枚の札をめくる
そこに記されたAの並び
「……え、エースの純正ファイブカード……!!」
「ほら、ちゃんとダイヤのAが二枚」
(……ま、負けた……)
間違い無く願ったカードを引き当てながら、エースは約束されていた筈の勝利を失った
否、彼には最初から、敗北だけが用意されていたのだ
「さて、では……
――終わりの時間ですよ、『エース ザ フォーカード』」
「……あッ!!
あああああッッ」
(……そうだった!
アタシはこの勝負に、アタシ自身の命を賭けて……ッ)

「は、ハハハッ
何言ってんのよ、あんなの単なるジョーク……
……って待ちなさいよッ、今アンタ……アタシの名を……ッ?」
どういう事だ
彼はこのカジノに入って以降、ただの一度も名乗ってはいない
それは秘密組織の幹部として至極当然であり、故に彼が確信を持って断言できる事だ
「何故だか、知りたいですか……?」
蒼白を通り越して土気色になった顔で、エースはガクガクと壊れた人形の如く頷く
床にへたり込んだ彼を見下す黒衣の少女は、最初と変わらぬ冷たい視線
月光のような黄金色の瞳が、底知れぬ不安と恐怖を掻き立てる

(……黄金の瞳、ですってェ!?)
「ご、ごごご……“金色の瞳(ゴールド アイ)”ッ!?」
黒衣の少女は仮面を外すと優雅に一礼し
「ナナエル=リキテンシュタイン
貴方に最期を告げる“泣き女”よ」
ねぇ、と、敵将の一角たる少女はディーラーに微笑みかけ
「そういう訳でなコイツが俺の敵討ちなんて馬鹿な事言い出すもんで、おちおち永眠も出来やしねぇ……」
親指を立てた太陽のような笑顔は、エースが何よりも大切に想ってきた少年の面影
その姿は蜃気楼のように揺らぎ、掠れた躯からは背後の光景が覗く
「あぁ……ああああああああ……」

もはや彼の口は何一つ意味ある言葉に辿り着かず
もはや彼の脳は何一つ意味ある思考に辿り着かず
「――それじゃあ、さようならエースさん」
少女の言葉と共に
何処か遠くで
歯車の逆巻く
軋むような音が響いた
――
こうして、幾度目かの彼の勝利は
またも水泡と帰し
彼の時間は反転する
――遺されるのは、約束された敗北への途
――

人生とは究極のギャンブルである
世界とは至高のカジノである
少なくとも私にとって、それは疑うべくも無い真理だった
人々は生涯を賭けて競い合い
幸福という名の金貨を奪い合う
勝者は美酒に溺れ、敗者は泥に沈む
それは運命の女神が手繰る車輪の上
赤(さいわい)と黒(わざわい)の境界で廻り続ける
終演(ゴール)に焦がれ奈落(ピット)に墜ちる狂熱の盲走回路(サーキット)
――故に私は
何よりも賭事が嫌いだった
――

……ジリリリリリッ
今日も変わらぬ騒音を響かせ、目覚まし時計が朝を告げる
「……うぅん、あと五分だけ眠らせて欲しいでしゅー……」
こうして、ナナエル=リキテンシュタインの昨日と変わらぬ今日が始まる

幻の勝利 fin
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