宝石城の魔女4


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――かつて、戦争があった
人と人が殺し合い、人と人ならざるものが殺し合い、或いは人ならざるもの同士が殺し合った
国と国が滅ぼし合い、民族と民族が滅ぼし合い、或いは種族と種族が滅ぼし合った
最果ての島で戦乱は幾百年と繰り返され、彼女は常にその花形であり続けた
曰く、約束された勝利と栄光の剣
曰く、万軍を薙ぐ雷光の戦渦
曰く、真の王道を示す無双の聖剣
種族も民族も違う無数の戦士が、彼女の刃に挑み果てた
国家も志も違う幾人の主人が、彼女を手に戦い果てた

尽きせぬ名声は流血の海、積み上げた栄誉は屍の山
血と肉と骨と皮、火と鉄と憎悪と孤独
彼女の国土は敵軍の死骸
彼女の白き城は味方の遺骨
彼女の玉座を飾るのは歴代の主人の生皮
それでも、彼女は戦場にあり続けた
拭えぬ血糊は流血で濯ぎ、欠け落ちる刃を骨で研いだ
それでも、彼女は主人を戦場に誘い続けた
拭えぬ涙は戦火に焼き、欠け落ちる心を鋼に変えた
その全ては、彼女の信じた道の為
彼女の最初の主人から託された祈りの為
『――男達に勇気を、女達に平和を、子等に未来を
我は夜明けを告げる銀星の輝きとならん――』

その誓いと共に
彼女が父と呼んでいた男は大きな黒い怪物に挑みかかり
遺された彼女は、神剣たる自身を失った
故に
その願いを継ぐ事だけが、彼女に出来た唯一の弔いだった……

「……嘘、じゃ……
父様(ととさま)は死んだのじゃ……
……ワシの目の前で、あの黒い化け物に呑み込まれて……」
目の前に立つ黒銀の鎧姿
その顔こそ、聖剣エクスカリバーの最初の主人、ヌァザ“銀腕(アガートラーム)”
遙か昔、ハイエルフの王として魔神族と戦い、一族を守って死んだ男の若かりし頃の姿
頭を殴られたような衝撃に全身が震え、聖剣の剣精は地に膝をついてしまう
「酷いなクラウ
それではまるで、私が死んでいた方が良かったかのようだ」
「ちっ、違う……ッッ!!
違うのじゃ……そうでは無いのじゃが……」

そうだ、死んだと思っていた養父が生きていたのだから喜ぶべきではないのか
そう理屈では考えながらも、剣精の心に湧くのは強烈な違和感だけだ
「……そうでは無い、が……
あの時、父様とワシは主従の魂の絆で結ばれていたのじゃ
故に、ワシは誰よりも強く父様の死を感じておった……」
剣精と主人の関係は、単なる武器と戦士のそれとは異なる
両者はいわば同一の魂を共有する存在となるのだ
故に主人が傷つき斃れれば、剣精も命の欠ける痛みを得る
そして、あの戦場で彼女が受けた堪え難き苦痛は、間違い無く主人の魂の消滅を告げていた

「魂を失った以上、もはや父様は蘇る事さえ無い筈なのじゃ……」
幾度と無く虚しい希望に縋りついたが故に、彼女の言葉には苦渋と諦観が滲んでいた
「……だが、クラウ
事実として、私はここに存在している」
黒鎧の言葉が、剣精の心に亀裂を広げていく
信じられぬという思いと信じたいという想いが、軋みをあげて正気を削る
「……なぁクラウ、私と共に来てくれないか……?
また共に暮らそう
マッハとネヴァンも、それを望んでいる」
告げられた名に、項垂れていた剣精がゆっくりと顔を上げた
「……上母様に、中母様も……?」

気がつけば黒鎧の両脇に、懐かしい顔の二人の女性
身に纏う漆黒のドレスこそ彼女の記憶と異なるものの、それは養父の三人の妻の内の二人
「久しいなぁ、クラウ」
「……しばらく見ない間に、少し縮んだ……?」
微笑みと同時に、頬を優しく拭う冷たい指の感触
「……か、母様たちこそ……お久しさしゅう……」
かつての幼い剣精を慰めてくれた手に、堪えていた涙が溢れ零れた

「……相変わらず泣き虫じゃのう
お主も少しは神剣たる自覚を持ったらどうじゃ」
口では冷たい言葉を吐きつつも、震える背を撫でてくれる長女
無口のままで、膝をつき涙を拭ってくれる次女
「ふぇ……っ、母様ぁ……
父様ぁ……っ」
懐かしさが溢れ、疑問を押し流していく
もはや、そこにいるのは聖剣エクスカリバーの剣精では無く、親を求める一人の娘子
「あぁ、大丈夫だクラウ
私達はちゃんとここにいる」
頭に乗せられた手の重みさえ、記憶の中と寸分変わらない

「……本当、か……?
もう、ワシと末母様だけ置いてったり……せぬのじゃな……?」
二度と無くすまいと、籠手に包まれた手に縋り抱き寄せる
「大丈夫だ
……クラウが手を貸してくれれば、仕事は直ぐに終わるさ
そうしたらモーリアンを迎えに行って、また五人で暮らそう」
「……仕事?」
何の仕事だろう
それが済めば、戦いを知らずに生きていた優しい日々に帰れるのだろうか
首を傾げる仕草で問いかけると、養父は遠い日と同じ笑顔のままで
「あぁ、簡単な仕事だよ
――世界を、滅ぼすんだ」
「……――ッッ!?」

告げられた内容を理解した瞬間、剣精は全力で黒鎧の男から逃れた
跳躍の度に木製の足場が砕け、やがて背が壁に当たる
「……――な、何を……父様……ッ!?」
「ふむ……言った通りの意味だが?
この世界を滅ぼし、世界の支配者たる神を討つ
……我が主人も、それを望んでいる」
笑顔は記憶のまま、だが言葉の内容は……
(……違うッ
此奴は、父様などでは無い……!!)
大切な思い出を穢されたという思いに、腹の奥から憎悪が沸き上がる

「……貴様、何奴じゃ……
我が父母を騙るなぞ、断じて赦してはおけぬ!
微塵に刻んで、戻り鰹を餌にしてくれるのじゃ……!!」
右手に光剣を生み出し、正眼に構える
先程とは違い全力を以て化身させたのは、彼女の背丈程もある巨大な両手剣
収束された剣気は大気すら歪め、威圧により戦場たる社殿がギシギシと悲鳴をあげる

「……何者と問われても、全て見た通りだクラウ」
「くどいわ下郎がッッ!!
我が父は世界を愛しておった!
賢明で慈悲深く、敵を殺めるのも厭う程に優しい人なのじゃ!
――断じて、貴様如き外道が穢して良い名では無いッッ!!」
突撃の余波が背後の壁を粉砕し、振り上げた剣閃は巨大な光柱となって大気を灼く
斬り下ろせば足下の海を破砕し神社を藻屑と化すだろうが
(それでも、此奴等だけは生かしておけぬ!
ワシと父様達との思い出を穢す此奴等だけは……ッッ)
膨大な光の奔流が、眼前の敵を薙ぎ払おうと猛威を振るい

「――マッハ、ネヴァン」
「承知ッ」「……フッ」
黒き二閃の旋風が剣精の両脇を疾った刹那、光の刃は裁断された
「――なッ!?」
折り砕かれた剣から内部に渦巻いていた破壊の力が解放される
閃光が夜の瀬戸内海を真昼のように照らし出し、衝撃波が神社と下の海を爆砕した
「…………ッッ!?」
自身のあげた悲鳴さえ聞こえぬ爆風の中、空中に投げ出された剣精はしかし驚愕に自失していた
(……あの技、母様達の魔風……!?
そんな……馬鹿な……ッ)
「……――ガフッ!!」
残された社殿の柱を倒壊しながら、剣精は辛うじて地面に墜落する

舞い上がった砂と埃と水滴が視界を塞ぐ中、途切れかけの意識を必死に繋ぎ止める
「くッ……連中は何処じゃ……?」
何としてもこちらが先に見つけ出し、首根っこ掴んで妄言の数々を取り消させてやる
怒りに燃え、よろめきながらも立ち上がった剣精へ、舞い上げられた海水が一瞬の豪雨となって叩きつける
打ち下ろす無数の水滴は周囲を閉ざしていた薄闇を払い、数秒前まで荘厳を誇っていた海上建築の無惨な姿を露わにした
(……島の神に、悪い事をしたのぅ)
よぎる思考を今は隅に置き、半ば崩落し水没した残骸を見回す

(余波とはいえ聖剣の渾身の一撃を受けたのじゃ、恐らく無事では済まぬ筈……)
視界を遮っていたかつての床板へ飛び乗り、向かう海上を確認した
「……何、じゃと……!?」
目的の相手を捜し出し、しかし剣精は戦慄する
そこに居たのは、着衣の乱れ一つ無く、波濤する海面を地面代わりに立つ敵の姿
「迂闊だなクラウ
互いに手の内は知り尽くしているのだ、怒りに駆られ無策に走れば敗北は必定」
先程と変わらぬ姿、千余年前と変わらぬ口調で黒鎧は告げる

「……もっとも、今のお主は半身のみ
王に勝つ望みは万に一つと有らぬのじゃがの」
「……だから、カリバーン程度に後れをとる……」
継いだ姉妹の言葉が、剣精の心を穿つ
「……ワシが……半身、じゃと……?」
「……正解」
黒鎧の左に侍る次女が鉄面皮を崩さず答え、対面の長女がニヤリと笑む
「そも、疑問には思わなんだかの?
お主が姉と慕うカリバーンはたかが選定剣
王を定める神塞リアファルを封印していた、“上王”の佩刀に過ぎぬのじゃ」
「ならばクラウよ
何故に我が神剣であった筈のお前が、彼女に劣っているのかな……?」

か細い躰が青白く震えに冒され、虚ろな瞳から一筋の滴が零れた
「……クラウ、全てを知りたければ私と共に来るんだ
その時こそ、預かっていたお前の半身を返そう」
黒鎧が翳すのは、漆黒の焔を束ねたような闇剣
その中で、エクスカリバーと瓜二つの大剣が黒銀色に輝いていた
「返事は次に会う時で良い
では、そろそろ暇させて貰うよクラウ……」
背を向ける黒鎧と付き従う黒衣の姉妹は剣精に背を向け、やがて冥い夜の海へ歩み去っていった
「……違う……そんな筈は無いのじゃ……
――誰か、嘘じゃと言ってくれッッ!!」

残されたのは、冷たい海に座り込み泣き叫ぶ、独りぼっちの迷い子だけ
「ひぅっ、ぐすっ……だ、誰か……
次郎っ……アリス……うぅ……ナナエル……クリブラ……うぅ……
……アレクサー……アルサル……フェルグス……」
生者の名を呼び、死者の名に縋る
だがその全てが、手を伸ばす隙も無く風に解け消えていく
孤独と恐怖に押し潰され、剣精は絶望の涙に溺れていく
「……………父様ぁ……」

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