都内某所のマーケットチェーン店本部の会計課。ひとりの女性がほくそ笑む。
「へぇ・・・ウチの子を狙うだなんて、大それた馬鹿も居たものね。ま、あの子に手出ししようだなんて
暗殺程度じゃ無理な話よね。その辺はしっかり鍛えておいたし」
愛しい娘は既に、子飼いにしているバイトの馬鹿若干一名に手篭めにされていることはまだ知らない。
「とはいえ、明らかに私への敵対行動よねぇ・・・報復のひとつでもしてやろうかしらね。ふふふ・・・」
「うわ、初峰崎課長、なんか笑ってるよ・・・」
「課長がああいう笑い方するときって、大抵どっかで会計ちょろまかしたヤツが居るときなのよね・・・
ああ、また血の雨が降るわ・・・」
鬼の会計課長、初峰崎朱美が笑うとき、不正会計を行った部署には血の粛清が行われる。
もはやこれは避けられない宿命である。会計課の面々は、不正を行った部署の冥福を祈るばかりである。
「飛行機の爆破事件? そんなものに何の関係が・・・! なんと!」
聖天本部にて、メルヒェンカッツェ(偽)の変死以降アポナウ残党への対策を検討していたメカシバイの元に
間者Hを名乗る人物から連絡が入る。
曰く、とある闇組織がアポナウ残党の討伐のためにエージェントを派遣した、と。
「なるほど・・・それならば、こちらもタイミングを合わせさえすれば、人員を多く割く必要もない。
人員についてはある程度の目星はつけているが、後は動いてくれるかどうか、だな・・・」
アポナウと戦う上で重要となる毒・BC兵器対策として最も効果を発揮するヴェノムタイガーは、先日の
対十大聖天との戦役後、精神に著しい異常をきたしたため、自動発動される能力ごとシーリングして
地下深くに隔離せざるをえない状態である。そのため、選抜メンバーにはどうしても、自浄能力保持者と
必要であれば毒の類を一身に受け止めるやられ役を選出することになる。
となると、相応しい人選としては、気功術により強い自浄作用を持つ楽と蓮鳳はほぼ確定だろう。
あとはこの二人をどうにかしてまとめられるメンバーだが・・・この二人との同行となれば、
術法により浄化を扱える有望株のシルヴィアはほぼ間違いなく渋るだろう。かといって特殊環境下のゲリラ戦に
佐藤や西園寺の協力を仰ぐわけにはいかない。まったくもって難しいところだ・・・。
十六聖天は個々人の能力は一軍にも勝るというメンバー(と一部そうでもないメンバー)を取り揃えているが
如何せん「我」が強いメンバー揃いでもある。作戦遂行のための尽力をしてくれるかどうかは、端的に言えば
内容と各個のやる気次第という、実に大雑把な団結レベルなのである。
大戦役であれば各個とも非常に乗り気になってくれるのだが、今回のような小規模作戦、しかも統率者なしと来れば
気が付けば観光とかしかねない。
「まったく、あちらが立てばこちらが立たず、難しいものよ・・・」
今夜もメカシバイの頭部からは煙が噴き出すのであった。
所変わってユーラシア大陸のほぼど真ん中。
道なき道を行く車が一台、土煙を巻き起こしながら駆け抜けてゆく。
「この行程なら、間に合いそうですね。貴方のおかげでこちらの旅も何とかなりそうです」
「そうかい・・・そういってくれればたすかるよ・・・ははは・・・」
苓は思う。やはり銃器は偉大である。これだけ直感的に相手を脅せる武器はない。
飛行機が爆砕されて、翠をその場に残し、杷羽を伴い、なんとか陸地へたどり着いた後は、鉛弾の力を
存分に発揮したヒッチハイクにより大陸横断を敢行している最中である。
ここまで乗り継いだ車両、幹線は数知れず。
航空便に乗るのはリスクが高い。自分一人ならともかく、杷羽が対流圏と成層圏の間際という
苛酷な環境で短くても数時間真っ当に生存できるかが分からないだけに、少しでも不安要素は省くべきである。
「・・・バカ兄と連絡つかない。大丈夫かな」
「大丈夫だ。アイツなら必ず来る。間に合わないかもしれないが、死ぬことはなかろう」
普段は罵りあいいがみあい、最終的に翠が暴れて泣かせて決着が付くような二人だが、血の繋がりはないとはいえ
二人は家族、二人の間にはそれなりの信頼関係があることは分かる。
そして自分と翠も、出会い方こそ特殊だが、それこそ相棒と言って憚らない関係を築けていると信じたい。
翠が自分に杷羽を頼むといった以上、それに全力で応えるのが自分の勤めである。
「・・・すまん、ここで降りてくれ。もうこれ以上、アンタらに付き合えん! もう勘弁してくれ!」
「そうか・・・分かった。降りよう、杷羽ちゃん」
「え、でも、まだかなり・・・うん、分かりました、苓さん」
流石にガン泣きされては降りざるを得ない。そう判断し、二人は降りる事にする。
「いいんですか? 車だけ奪い取ることも出来たはずですが」
「明らかに車を所持していてはおかしい年齢の二人組が車で長距離移動となれば、人の多いところを走れない。
乗り捨てれば下手な騒ぎを起こすだけにしかならない。まぁ翠が居たら躊躇うことなく強奪しただろうが」
「うん、そうだね・・・バカ兄は後先ってものを考えないもの」
「この判断も後先を考えていないと言われればそれまでなのだがな。さて、どうしたものか・・・」
サバンナのど真ん中に少年少女が取り残される。
とりあえずは歩くより他は無い、ということで進路を西に、歩き出す。
その二人を、遠くから見つめる影がひとつ。
「あの人たちは・・・これも何かの縁かもしれない。・・・話しかけてみよう」
さらに一方その頃。インド洋海底スレスレの、前人未到の地を往く強大な影がひとつ。
「うみはひろいのおおきいのー! さらまんだーよりはやいのー!」
「おいタマ、全国の中年間近のオッサンたちの魂の傷を今更抉るな。そりゃそうと、すまんなダンナ」
-気にするな、鬼の子よ。父君への恩義もある。背に乗せて往く位安いものだ。
切れたナイフもとい翠とタマの両名は、海の覇王の背に乗り、光射さぬ深遠を進むのであった。
最終更新:2009年01月19日 18:10