『四堂家物語~夏の恋~』


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『四堂家物語~夏の恋~』

「むー……昨日力使い過ぎちゃったかな……」
独白しながら夏は腕を振り回す。突如後ろから背中を叩かれる。
「おっはよー」
元気よく話あいさつをしてきたのは同級生で同じく陸上部員の東 辰子だ。
「おはよ」
そしてそれに続く姿。
「おはようございます。お体どうかなさったのですか?」
名家のお嬢様で夏と同じく次女である茶道部部長の二条 雅である。
余談ではあるが彼女の姉は春を永遠のライバルとして目も敵にしているが今回の話には関係はない。
「んーちょっと運動のし過ぎ」
「あんだけ運動してるのに筋肉痛?」
「普段使わない筋肉使ったからねー」
何気なく応える言葉に雅が頬を染める。
「あら、どこの筋肉をお使いになったのかしら?」
「え? いや、変な想像しないでよ!? ていうかしてるでしょ!?」
「いえいえ、そんなことは……うふふふふふふ」
悦に入った雅が一人微笑む。これがなければ良い友人ではあるのだがと夏はよく考える。
「あ」
そんな友人の悪趣味に若干引きしつつ夏は草臥れたスーツを着た後姿を見つけた。
「ん? どったの?」
「ご、ごめん、先に行くね!」
そういって夏はその後姿目掛けてその陸上スキルを遺憾なく発揮し走り去っていった。
「あー藤守先生かー。確か夏っちゃんの叔父さんの友達なんだっけ?」
「先生の高校時代のご学友だとか。お互いこの学校に来る以前から面識はあったそうですけど」
「夏っちゃんはそれ狙ってここに来たとか?」
「十中八九」
「でもアレだよね」
「アレですわ」
「ばればれだよね」
「ばればれですわね」
「ばれてないと思ってるのは夏っちゃんくらいだよねー」
「気付いてないのも先生くらいですわね」

「あ、あの、先生、おはようございます!」
「おはようございます夏夜さん。今日も元気ですね」
「あはは、それだけが取り柄ですから」
裏返った声を何とか隠して笑顔で応える。
夏が呼びかけた男――夏の通う学園の講師であり名を藤守 桐護と言う。
叔父である遊夜の学生時代からの友人でもあり幼い頃からの面識がある人物でもある。
「あれ? 先生、腕どうかなされたんですか?」
ふと首から吊った右腕が目に止まる。
「ああこれですか? 少し大げさに転んでしまいましてね。我ながら情けないことです」
「大丈夫なんですか?」
夏は心底心配した様相で尋ねる。
「ええ、多少日常生活に支障はありますがね」
「そうなんですか……」
「ところで……」
「はい?」
「今日の宿題はちゃんとやってきましたか?」
「……え? あ、はい、も、もちろんですよ!」
「……そうですか」
「あっはっは……」
やってないとは口が裂けても居えず引きついた笑顔で応える。
「……。実は今日、授業の準備を忘れていましてね。みなさんに少し遅れる様に伝えて貰っても構いませんか?」

「分かりました。そ、それじゃお先に失礼しますね!」
気を利かせてくれたことを理解し夏は先ほどの倍の速さでその場を去っていった。
こういった融通が利く点やそういった気配りをしてくれる藤守に夏は尊敬以上の感情を抱いていた。
その感情の意味を知ってはいたが燻っていたその想いの意味を知ってもどうすればいいのか分からないのもまた夏であった。

「えっと、こんにちは、先生」
「はい、こんにちは」
「き、奇遇ですね。こんなところでお会いするなんて」
「全くです」
それもそのはず。それは閉鎖された旧校舎の屋上だったからだ。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
気まずい沈黙が続く。それを破るために夏は言葉を必死に探しす。
「あ、せ、先生、今日はお弁当じゃないんですか?」
「ええ、腕がこのとおりですからね。自炊は少し難しいんです。夕食も出来合いのお弁当買ってきていますしね
お腹はあまり膨らみませんが我慢はしなくてはいけません」
「そうなんですか……」
「……」
「……」
「……」
「あ、あの、良かったら私のお弁当食べますか?」
「え?」
「実は朝ごはんいっぱい食べてきちゃって……」
「いいんですか?」
「はい!」
「ではいただきますね」
そういって何気なしに藤守は夏の使っていた箸にそのまま口をつける。
「…………ッ!?」
「? どうかしましたか?」
「いえ、なんでもないです!!」
耳まで真っ赤にしながら夏は心臓の高鳴りをどうにかやり過ごす。
「おいしいですね。夏夜さんが自分で作られたんですか?」
「はい」
「きっと良いお嫁さんになれますよ」
「夏夜さん?」
「はい!?」
あまりの言葉に意識が飛ぶ。
「大丈夫ですか?」
「だだだ大丈夫です!!」
「そうですか。それなら良いのですが……」
そして沈黙に戻る二人。
「あ、あの!」
「はい?」
「その、もしご迷惑じゃなかったら、えっと、あの、その……」
「?」
「その腕じゃ不便なこともあるようですし、わ、私、先生のご自宅までご飯を作りに行ってもよろしいですか?」

精一杯の勇気を振り絞り夏は震える手を握り締め声を搾り出す。
「それは駄目です」
だが藤守は有無を言わさず言い切る。
「私とあなたは生徒の関係です。いくら遊夜の姪御さんとは言え預かっている生徒の一人を
私事で部屋に上げては示しがつきませんから」
「そう……ですよね……」
夏は項垂れて肩を落とす。
「でも……」
「はい……?」
「お弁当、凄く美味しかったです。また食べることが出来ればいいなとは思ってしまいます」
「じゃあ! 明日は先生の作ってきますね!」
今度は夏が有無を言わさず応える。
「ではちゃんとお金はお支払いしますね」
「お金なんていいですよ!」
「いいえ、そういうところはちゃんとしておかないと駄目ですよ。
それに教師と生徒でするようなことでもありませんからこれは二人だけの秘密です」
「二人だけの秘密……」
その甘美な響きの言葉を聞いてしまうと先ほど抑えた胸の高鳴りが戻ってくるどころか更に高鳴りをまして鳴り響く。

そして昼休みの終わりを告げるチャイムも鳴り響く。
「さて、昼休みも終わりですよ」
「はい。あ、そだ。明日のお弁当、その、楽しみにしててくださいね」
「はい、楽しみにしています」
「えへへ」
笑顔を残し、夏は屋上から去っていった。
「しかし可愛いなぁ……」
夏が居なくなったことを確認し藤守は頭掻きながら呟き立ち上がる。
「今日の小等部は運動会の練習かぁ……」
眼下に広がる光景をその目に映し藤守 桐護は頬を緩ませた。
夏の春は未だ遠く冬に閉ざされていた。

×『四堂家物語~夏の恋~』
○『四堂家物語~夏の恋の冬将軍~』 了
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