『四堂家物語~大切な昔と今とこれからに~』


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秋は縁側で本を読んでいた。
本宅が残っていた頃はよく父に絵本を読んでいてもらってはいたが今はそこで読むことすら叶わない。
ただそこで本を読むと父を思い出し、本が滲んで読めなくなってしまうことが多々あったが切ない反面、嬉しくもあった。

まだ忘れていないのだと。
「秋お姉ちゃん」
物思いに耽って居て気付かなかったのかすぐ傍に立っていた朔に声を掛けられ思わず目を見開いてしまう。
「なぁに?」
だがいつものように冷静に対処する。
「あのね、夏お姉ちゃんが電話してるの」
「あら、うるさくしてるのかしら?」
「ううん、そうじゃなくてね、なんだかすっごく楽しそうにお話してるの」
秋は思いを巡らす。夏の通う学校では文化祭が近く確かまた実行委員長になったような話をしていたことを。
「うん、それはきっと学校のお祭りの電話よ」
「おまつり?」
「確か夏は実行委員長になって……」
「? どうしたの?」
「ううん、そういうことか……」
「???」
一人納得する秋を他所に朔は困惑を深める。
「あ、ごめんなさい。あのね、夏の通ってる学校には私たちのお兄ちゃんみたいな人が先生をやっているの」
「ママよりお兄ちゃんなの?」
「んー家族じゃないんだけど、小さい頃にお世話になってたっていうのかな」
「うんうん」
「それでその人が凄く面倒見のいい先生で生徒がする行事……えっと生徒だけでするお祭りとかがあるんだけど、
そういうのの先生の方の代表に毎年なってくれているの」
「うんうん」
「それで夏はそのお兄ちゃん先生と一緒に居られたり電話でお話が出来るように生徒側の代表になってるの」
「えっと、じゃあ今、夏お姉ちゃんが電話してるのがお兄ちゃん先生なの?」
「そ、多分ね」
「でもなんでそれだけで夏お姉ちゃんはあんなに嬉しそうなの?」
「それは朔にはまだ早いお話かな?」
「『おとなのじょうじ』っていうの?」
「……どこでそんな言葉覚えたの?」
「ママと一緒に見てる『ひるどら』っていうのに出てたよ。『おとなのじじょう』だったかな?」
「……どっちにしろ後でこってり絞らなくちゃいけないみたいね。
そうね、なんて説明すればいいかしら……朔はママのこと好き?」
「うん、だいすきだよ!」
「そっか、じゃあ私や夏、冬、ヴァルも好き?」
「うん、だいすき!」
「ママと私たちだったらどっちが好き?」
「え、えっと、みんなすきはだめなの?」
「ううん、みんな好きでもいいのよ」
「じゃあみんなだいすき!」
「そう、それが『好き』ね」
「うん!」
「でもね、夏が今電話してるお兄ちゃん先生への『好き』は少し違うの。特別っていうのかな?」
「ちがう?」
「胸が苦しくなったり、好きなのに会いたくなかったり、会ったら何をしたいのか分からなくなったり、とかね」
「それじゃきらいっていうことじゃないの?」
「ふふふ、だから朔にはまだ早いのよ」
「むー……」
朔は可愛らしく腕を組んで考え込む。この仕草も『ひるドラ』で覚えたものだった。
「じゃあ」
「なぁに?」
「秋お姉ちゃんは『とくべつなすき』な人は居るの?」
思い掛けず、それでいて鋭い質問に思わず返答に詰まる。そして僅かに思案する。
「……そうね……居る、ではないかな。居た、って言うのが正しいかな……」
「?」
「その人はね、もうずっとずっと遠くへ行ってしまったの」
「かえってこないの?」
「そうね、もう戻ってくることはないわね……」
「おむかえにもいけないの?」
「いつかは私から会いに行くことになるんだけど、やっぱりずっとずっと先のことになるわ」
「ごめんなさい……」
言葉の意味を理解したわけではなかったが子供ながら聞いてはいけないことを聞いたと悟った朔は俯く。
「謝る事じゃないわ」
秋は過ぎた日々を思い出す。
縁側で本を読んでくれたこと。
みんなに内緒で本を買ってくれたこと。
勉強を教えてもらったこと。
幼心に母に嫉妬心を抱いたこと。
子供としか見てくれない父の目。
良い事ばかりではなかった。だがどれも掛け替えの無い大切な思い出。
父だけじゃない、母もまた大切な人だったのだから。
やはり涙が零れる。
「……秋……お姉ちゃん?」
「あぁ、ごめんなさい……」
止め処も無く溢れる涙を拭い心配する朔に笑顔を向ける。
「変なお話しちゃったわね」
「ううん、そんなことなかったよ」
朔は戸惑いを僅かに隠せずそれでも懸命に楽しげな顔を作る。
「そうだ!」
「え?」
突然声をあげた秋に朔が驚く。
「絵本読んであげよっか」
「えほん?」
「ええ、私のお気に入りのなんだけど」
「うん、みてみたい」
「じゃあちょっと取ってくるわね」
「うん」
立ち上がり自室に置いてあった学校の鞄からもうぼろぼろになった絵本を出す。
家が焼け落ちて尚残っていたのはいつも持ち歩いていたこれだけだった。
父に絵本を読んでもらうことも同じ場所で本を読むことはもう叶わない。
だから父がしてくれたように今度は自分が誰かの為に本を読んであげようと彼女は思った。
それで一番大切だった人へ近づけるのならと。
笑顔で待つ朔の元へ秋は足早に戻る。
きっと昔の私がそうだったように、
きっと昔の父もそうだったように、
今は秋の声が縁側に響く――。


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