「もうやめて」
「凄いわ、月子さん。本当に素晴らしいわ。それに強い…私の負けね…ふふ」
姉さんの身体から殺気が消える。力なくほほ笑んみ、俯いた姉さんの口から
疲れたような、自嘲するような声が漏れる
だが、何か様子がおかしい。俯き、肩を震わせる姉さんから
例えようのない違和感を感じる…これは何?
「姉さん…?」
「…ふふ…ひ…ヒィヤハハハハハハハハハハ!バァーカ!生体データを取りつつゥ!神の国への引導を渡してあげれるわァ!?」
「え」
◆
サイレントノイズで操られた聖天士は、西園寺さんが空間を揺さぶって制圧した
いつ見ても、ケタが違う。座ったまま一歩も動かず操られた聖天士を制圧するなんて
まるで先ほどの戦い等無かったかのように、お茶を飲んでいる西園寺さんに、私は気になっていた事を尋ねた
「あの…西園寺さん。一つお尋ねしても良いッスか?」
「月子さんの事やね」
その通りである。姉が混乱に乗じて姿を消すと同時に、西園寺さんは
月子姉様を見て頷いていたのだ。それ以降月子姉様の姿は何処にもない
と、いうことは…
「その通りです。月子さんには雪子さんを追ってもらいました」
「やっぱり…」
「サイレントノイズはやっかいやからねぇ。音使いに安定して勝てるのは月子さんくらいやさかいに」
確かにその通りだ。姉様は音使いには絶対負けない。音を操る相手には必ず勝てる
それが月子姉様だ。それなのに…
それなのに、何だろう。この胸騒ぎは…
そんな私を見て、西園寺さんが優しくほほ笑みかけてくれた
「大丈夫やよ、花子さん。月子さんは音使い相手に負けたりしません。相手が音使いじゃないとしても
月子さんを倒せる人なんか、そうは居らへんよ」
そんな西園寺さんの言葉をもってしても、私の中の不安は打ち消せなかった
そしてその日から、月子姉様と連絡がつかなくなった
◆
月子姉様と連絡がつかなくなって、もう一週間
嘘だ、嘘だ、という気持ち、1週間も連絡つかない事の意味を理解しようとする気持ち
二つの感情の板挟みになって、私は傍からも憔悴して見えてたらしい
「ちょっと~ハナ。聞いてるの?」
「え…あぁ…うんうん。大丈夫。聞いてるッスよ」
「じゃあ何の話してたか言ってみて」
「え…えーっと…」
「ハナ、最近どうしたの?ちょっとおかしいよ?」
「…ごめんなさいッス」
心配してくれてる友人達の為にも、せめて笑っていないとなぁ…とは思うのだが
上手く笑えない。
笑えないよ、姉様…
◆
放課後の鐘で目覚めた。どうやら眠っていたらしい
机には友人の手紙が置いてあった
「ハナへ。起こすのも悪いし、先に帰るね」
早く元気になりますよーに!と小さいイラストが添えられていて、少し可愛い
素直にうれしい。そうだよね、心配かけちゃいけない
きっと姉様だってこんな私を見れば心配するだろう
頑張ろう、明日からいつもみたいに頑張ろう
そんな決意を新たに、学校を後にした時だった
「そういえば、以前逢った時も下校中だったわね、華子さん?」
「雪子…姉様…」
私は馬鹿だ。真・十大聖天が名乗りをあげた以上、いつ襲われてもおかしくなかったんだ
それなのに周りの音をロクに聞いてもいなかった。雪子姉様の接近を許してしまった
「あら。1年前と違って少しは覚悟ができている目ね、嬉しいわ」
「…様は」
「月子姉様はどうしたんですか…?」
「ふふ…月子姉様?フフ…フフフ…ヒヒヒヒ…ヒィハハハハハハハハ!」
笑う雪子姉様の手元には、見覚えのある艶やかな黒髪が握られていた
「こう、なったわ…? お前のせいでなァーッ!ヒィハハハハハハハ!」
その髪はベットリと血で汚れていて…
「そん…な…」
「1年前と違って、月子は助けてくれない。お友達もいなぁい…。さぁ、死んでもらうわよ」
「華京院家御当主、華子様…?」
あ…あぁ…。嘘だ。月子姉様が負けるなんて、嘘だ
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ
◆
「あら。そんなにショックだったのかしら?何も聞こえてないみたいね?まぁ、良いわ」
「動けなくしてから1ミリ間隔で刻んで生きたままミンチにしてくれるアァァアァァァーッ!」
そんな折である。花子に襲いかかろうとする雪子の足元に一枚のトランプが突き刺さる
絵柄はジョーカー。雪子は咄嗟にかつて十大聖天にいたある男を思い浮かべ、即座にその考えを捨てた
あの男ではない。この呼吸音、誰だ
「誰だ?と聞きたそうだね。僕の名はジョーカー…。放課後のジョーカーさ」
黄昏の逆行を背に、黒い影は静かにそう答えた
十六聖天外伝~雪月華の章~第十幕 破
最終更新:2009年03月09日 03:29