AnotherWorldStory 「流血殲鬼 明楽いっけい」


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ほんの半刻前まで人混みで賑わっていた繁華街は今、地獄の様相を呈していた
灼熱の焔が半壊した街並みを呑み込み、宵口の闇空を赫々と染めあげている
CDや食品サンプルや装飾品……街の内臓とも言うべき品々は砕けたアスファルトの上にぶちまけられている
そして壊れ果てた日常の中に倒れ伏す、先程まで人間だった無数の残骸
背中一面を無数の針で貫かれた、背広姿の人肉サボテン
躰の大部分が溶け崩れ、家族融和を体現した元・親子連れ
輪切り角切りの肉に混入された襤褸布は、難関中学のセーラー服
それら生き様も死に様も違う死体たちに共通するのは三つ
一つは、凄惨にして残忍なる破壊が物語る、超自然的な暴虐と憎悪
二つ目に、犠牲者を或いは捕らえ或いは絞め潰す無数の糸
最後に、哀れな犠牲者の身を覆いザワザワとさざめく無数の影
それらこそ、この惨劇を作り上げた芸術家、この謝肉祭を祭り上げる聖職者
焼け落ちる街に糸を張り巡らせ跳梁し、四対の脚で死肉に這い上り貪りつく手のひら程の蟲の群
ビーストハザードが誇る死の女神、モイライたちであった
――――
「他愛も無いねぇ」
呟いたのは、炎渦巻く瓦礫の中を我が物顔に蹂躙する戦車の如き巨体
モイライの筆頭たる三女神の次女、女郎蜘蛛クロートーだ
「それも道理ってモンさ
所詮は人間なんぞ、母なる星の恵みを徒に浪費するだけの屑って事さね」
応える声の主は更に巨大なる三女神の長女ラケシス
八本の脚の歩みで大地を粉砕した土蜘蛛は、少女の亡骸に食指を突き立てながら呵々と身を震わせた
「さぁて、そろそろ撤収さね
――アトロポス、聞こえてるかい?」
「何だい、もう仕舞いかねぇ
アタシゃまだ喰い足りないよぅ」
ビルの影から這い出て来たのはワゴン車程の後家蜘蛛
末の妹は口元を消化液と融解した肉で汚しながら、掴んでいたホットパンツの下半身を不満げに放り捨てた
「我が儘は言いっこ無しだよ
アタシらは飽くまで仕事に来たんだからね
……まぁ人間風に言うなら『害虫駆除』ってヤツさ」
長女の皮肉に、姉妹が牙を擦り合わせて笑う
「さぁ、行くよモイライ
万軍たる死の女神よ
次の食卓が、アタシらに喰い滅ぼされるのを首を長くして待ってるさね」
街に充満し街を蹂躙していた数万の仔蜘蛛たちが、母蜘蛛の思念波で一斉に再進軍の動きを始める
「――オイオイ、待てよ糞虫ども
食い残しはマナー違反だって、母親から習わなかったか?」
突如として響いた声に、姉妹が一斉に振り返る
見上げる駅舎の屋根、そこに一つの影があった
炎に照らし出された姿は人間の少年
美少女と見紛う程の顔に浮かべるシニカルな笑み
黒のブルゾンにジーンズというありふれた姿だが、身に纏う呪力は彼が一般人ではない事の証
「アンタ、方術師かね?悪い事は言わんから止めとくんだねアンタ如きの力じゃ、アタシの曾孫一匹にも及ばないさね」
長女の嘲笑と共に、次女が脚を踏みならし三女が牙を打ち合わせて威嚇を示す
「言ってくれるじゃないかなら、俺からも警告だ……」
十数メートルの高低差があるとはいえ、自分より遙かに大柄な相手の威圧に眉一つ揺らさず言い放つ
「――全員、今すぐ自害しろお前等を殺し尽くすのは簡単だが、それじゃあデートに遅れちまう」
親指で地を差し、掛けていた眼鏡を投げ捨てる
「……アンタ、正気かい?それとも、頭の中がイカレちまってんのかねぇ」
「無理もないさねアトロポス何せ数万の軍を前に餓鬼が一人だ」
「怪我しない内に帰んな坊主
……もっとも」
嘲笑の間を裂いて、次女が銃弾並みの速度で糸を撃ち出す
白い投網のようなそれは一瞬にして少年の全身を包み込み、そのまま眼下に乗り捨てられていたタクシーへと叩き落とす
次の瞬間、衝撃で爆ぜ割れた燃料タンクが引火し火柱が上がった
「怪我する暇も無く死んじまったけどねぇ」
「これこれ、はしたないよクロートー」
「にしても、とんだ口先ばかりだったねぇ」
ケラケラという笑いが起こり、やがてそれも納まった時
「さぁ、改めて帰るさね」
背を向けた姉に続こうとして一歩踏み出そうとした次女が、しかし踏み込めずに轟音を上げ地に伏せる
「やれやれ、何やってんだいクロートー
蜘蛛が転ぶなんて、ご自慢の長い足はどうしたのさね」
「……ぁ、ああああ……っ」
見返した姉の目に映るのは、不思議そうな表情の次女と、何故か顔を青くした末の妹
「何だいアトロポス、まるで鼈甲蜂でも出たような顔して?」
「……あ、脚が……
中姉の右脚が……!!」
右脚がどうしたかと次女は自分の足下に目を向ける
手入れを欠かさぬ爪、自慢の脚は長く黄と黒の毛並みも美しく……しかし、胴体と繋がっていなかった
「……へぇ?」
右脚の付け根、関節の部分だけが強酸か何かで焼けたかのように溶け崩れ、今も白煙を上げ続けている
「……ギャアアアアアアアアッッ!!
脚が取れてるよぉッ、アタシの美しい脚が!?」
「ハッ、お前程度の汚い脚じゃ上着代にも届かねぇよ」
炎を裂いて歩み出て来たのは、先程の少年
全身を包む呪力の残り香は、たった今、方術を駆使した事を雄弁に物語っていた
「……アンタかい……?
アタシの脚を千切りやがったのは、アンタなのかい!?」
「そうだが、礼なら後にしてくれ
俺は今忙しいんだ」
Tシャツ姿で、ブルゾンに付着した糸を不愉快そうに払い落としている少年
「赦せないねぇ……
断固として、赦せやしないねぇ!!」
クロートーは幼い頃、人間から戯れに手足を毟られた事がある
脱皮を繰り返し躰の傷は消えようと、あの時の痛みと憎しみだけは決して癒える事など無い
「微塵に刻んでやるよ、穢らわしい人間め!!」
クロートーの腹の先から四対の隠し腕が伸び、先端から光の線が無数に放出される
先の投網とは違う、単分子の超硬度切断糸
鋼鉄すら抵抗無く貫通し、ひと振りで切断するクロートーの必殺
決まった、そう確信した瞬間
「後にしろと言った筈だぞ」
少年の掌が翳され、指がひとつ鳴らされた
刹那、彼の姿は紅い霞となって霧散し、糸の群は虚しく空を切る
否、それだけでは無い
雲霞を通った糸は、どれも例外無くその長さを縮めていた
(まさか、腐食性の霞かい!?)
自身最強の技を破られ、愕然とする次女
彼女に向け、ゆっくりと紅の雲霞が迫り来る
「逃げるんだよクロートー」
言われ、自身の危機を悟った女郎蜘蛛が咄嗟に残った左脚で跳躍しようとし
「……な、何だって!?」
自分の脚に絡み付く紅い鎖に気がついた
鎖は地面で光る真紅の方陣から伸びており
「始めから、計算づくかい!」
抗議の言葉は肉の焼ける火と水の混じる音に変わり、次いで身の毛も弥立つ悲鳴に掻き消された
超生物たる彼女の悲劇か、断末魔は紅い霧が胴を溶かし尽くすまで一分近く続いた
やがて霧と白煙が火災の熱風に吹き消された時、そこに残っていたのはクロートーの自慢だった八本の脚と、相変わらず薄笑いの
少年だけだった
「……よ、よくも中姉を殺してくれたねぇ!!」
憎悪と悲嘆を綯い交ぜにした絶叫が響き、三女の爪が少年の腹を突き破る
「ハハハハッ、アタシの自慢は毒を司る力でねぇ
直ぐには殺さないよ人間
全身を癌化させ、永遠に苦しませてやるさね!!」
爪の先の華奢な躰を、力任せに持ち上げ宙づりにする
「だが、それだけじゃ足りないねぇ
癌化すれば幾らでも生えてくるんだし、このまま仔等の餌にしてやるよ」
アトロポスの身を伝い、無数の仔蜘蛛が少年へと殺到する
それらは見る間に小さな躯を覆い尽くし、やがて音も無く百の牙が突き立てられる
「アンタ程度じゃ何光年経っても中姉の代わりにゃならないが、せいぜい苦しむが良いさね」
「馬鹿かお前?
光年は距離の単位だ」
「な、何を余裕振ってるんさね!?」
問い詰める三女の脚の先、蜘蛛の塊のようなそれが腕を伸ばし「パチンッ」再び指が鳴る
同時に、彼を覆う蜘蛛たちが一斉に炎を上げて爆散した
「酷い有様だな、これじゃデートはキャンセルだがどうしてくれるんだ!」
現れた少年は血に塗れ着衣もボロボロだが、その呪力は些かも衰えていない
「ついでに、俺に毒物の類は効かねぇよ」
手刀を振り下ろし腹に刺さった爪を断ち切ると、それを躊躇無く抜き取り三女へと投げ返す
「アンタ、アタシの仔等をよくも!!」
七本になった脚で駆け寄る後家蜘蛛に、余裕の笑みを浮かべ地面を指す
「足下注意だ」
咄嗟に地面を向いた彼女が見たのは、足下を紅く染める水溜まり
それは少年の腹に開いた穴へと続いており
アトロポスが最期に見たのは、業火に包まれた己を見下す少年の嘲笑だった
「……アンタ、何者だい?」
残された長女が、戦慄に震える声で問う
「何、単なる勤労少年って奴さ」
腹から血を流したまま、少年は手を広げ肩を竦める
「まぁ良いさね
この上はアタシが死ぬかアンタを殺すかしか有りはしないからね」
ただ、と長女は狡猾な笑いを浮かべ
「アンタは血を媒体に方術を使うようけど……人間の躯に、血はどれだけ入ってるんかねぇ!」
長女は悟っていた、既に相手が致死量に等しい程の血液を使っている事を
今はまだ呪力で動いている様子だが
(それも直、限界さね)
だが、それでは妹達の無念は晴れない
「さぁ、献血しておくれよ人間!」
全身を覆う針状の毛を、体内合成した液体炸薬で射撃する生体ニードルガン
少年の躯が駅の柱に標本の如く釘付けされる
数秒後、彼女の耳が心音の停止を確認
(仕留めたかね……
……いや、油断は禁物さ)
最後のモイラとして、妹と同じ轍を踏む訳にはいかない
警戒しつつ見下ろす少年の死体
(……ん?
何だい、こりゃあ……?)近寄った彼女が目にしたのは、黒に染まる少年
それが意味するのは傷口から溢れ出した血の異常な色
(馬鹿な、さっきまでコイツは紅い血を流してた筈だよ
それに……)
心臓が止まっているにも関わらず、血は止まるどころか勢いを増してすらいる
「――“心亡い心臓(ザ ホロウ)”」
ドクンッ、と空気を震わせる心音
全身を貫いた針が独りでに抜け落ち、少年が再び地面を踏み締める
「俺の心臓は訳有りでね
まぁ女神様の置き土産って奴かな」
驚愕を越え恐怖すら感じる土蜘蛛の前、三度少年の指が鳴る
「……さて、残りは一匹だぜ死の女神とやら」
その言葉の意味を考え、馬鹿なと思いつつ周囲を見渡した母蜘蛛は絶句する
街を埋め尽くす無数の赤と黒の方陣
天に昇りゆく燐光は天地黒白逆しまの雪のよう
「大規模の殲滅術式かい
……アンタ、本当にいったい何者なんだい……?」
流れ出る血を剣に変え構えた少年に、“死を賜わす女神(ラケシス)”は己が死を見出した
「明楽一契
……まぁ、人は俺を“流血鬼”なんて呼ぶけどな」
「仕事は……」と嘯く仮面のように虚ろな笑顔が、青黒い蟲の血で斑に染まる
「ま、今のところは『害虫駆除』ってところかな?」
――
この日を境にして、ビーストハザードの侵攻は壊走へと逆流する
神を名乗り生を否定するものどもを滅ぼした、人類の救世主の名は伝わっていない
ただ、当時を生きた作家の一人が短い詩編を遺したのみである
――死地にて嗤う流血鬼の話、ひとりの方術士が家族の復讐に果てる悲しき物語を……

AnotherWorldStory 「流血殲鬼 明楽いっけい」 fin
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