宝石城の魔女3


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広島県、厳島
古来より神の島とされた地、その象徴たる海上神殿の舞台上には今、一つの人影がある
人影は膝を抱えた幼い少女のものであり、その眼差しは黒々と揺らめく宵口の瀬戸内海へと向けられている
「……何故……」
鋳物の風鈴を思わせる涼やかな声が桜色の唇から漏れ、応えるように潮風がひと吹き少女の髪を乱した
風に踊る黄金色の髪の先から、蛍のような燐光が舞い海へと散ってく
それは彼女が人ならざる身である証明、剣霊エクスカリバーの余剰魔力の輝きだ

「何故……何故なのじゃ、次郎……
何故にワシを、認めてくれぬのじゃ……?」
整った眉が苦悩に歪み、サファイアのような瞳は悲嘆に沈む
見つめる海の先に想うのは、かつて海の向こうに存在した高知の街並み
――彼女の敬愛した主人が破壊し喪わせた、佐藤次郎の故郷
「……やはり、本当はお主もワシを怨んでおるのか……?
……憎んででおるのか……?」
あの時、彼女は主人の側にいながらも何一つ出来ずにいた
悪に歪められ狂気に囚われた主人を前に、か弱い乙女のようにただ無力に震えるだけだった自分

「……それとも、ワシのような女は嫌いなのか……?
何人もの男の手垢に塗れた、薄汚れた軽薄な商売女じゃと……」
彼女は剣だ、故に主人無しに生きる道など有りはしない
だがそれも、あの晴天の如き快男児にしてみれば、主人を亡くした端から変節する不貞の売女と見られて相応だ
「……独りは厭じゃ次郎……
けれど……お主の気持ちを訊くのが、ワシは怖いのじゃ……」
次郎は彼女を、そして彼女の主人だった男を決して責める事など無い
幾千の歳月を経た人外の化生たる彼女を、殺戮の道具たる彼女を、まるで一人の少女のように扱ってくれる

それ故にこそ、彼に拒絶される事は何よりも怖ろしい
ただ一人、己の全てを預けられると信じた男に否定される事は堪え難い
だから彼女は何も言えぬまま、誇り高き聖剣の仮面を被ったまま
彼が与えてくれるぬるま湯のような優しさに溺れ、独り絶望に沈んでいく
「……苦しいよ、次郎……
傍にいて、触れ合えぬのは辛いよ……」
見つめる空と海の境界が滲み、堪え切れぬ滴が零れ落ちそうになった時
「……何か、私に出来る事は無いかね?」

差し出されたのは白いハンカチ
丁寧に折り畳まれた紗を乗せるのは、無骨な黒銀の手甲
悲しみに呆けた心とは別の部分、兵器たる本能が咄嗟に彼女を動かす
全身のバネを使い舞台の木板を蹴り、空中でトンボを切りながら十歩の距離を作り出す
舞台の端に降り立った時点で、彼女は既に戦士として身構え心構えている
黒の具足の傍らには、ただ彼女が高知人の鎮魂に持ち込んだ初鰹だけが残された
「……貴様、何奴じゃ……?」
月明かりに照らされるのは身の丈3mに至ろうかという漆黒の鎧兜

面に隠され顔こそ判別出来ないが、彼女の直感は体躯と声から三十路前後と推測する
「失礼、紹介も無く淑女にまみえるとは些か礼儀に反していた」
鷹揚とした仕草で頭を下げる姿は舞踏会にてダンスを申し込む貴人を思わせ、無骨な戦装束とは酷く不釣り合いだ
「……ふん、礼を逸したと思うなら謝意を見せてはどうかの?
貴様は何者じゃ?
目的はワシか?」
言葉を交わし時間を引き延ばしながら、分身たる剣を具現化し戦いに備える
物思いに沈んでいたとはいえ、彼女の不覚を取ったとなればかなりの使い手

(……第一、あんな重武装で公共の場に出てくるなぞとても正気とは思えん……)
右脇の前へ光剣を構え威嚇を表す剣霊に、黒鎧は「やれやれ」と余裕を見せる
「そう邪険にされるとは心外だな
まぁ良い、質問には答えよう」
まるで旧知に話しかけるような馴れ馴れしさに辟易しながらも、剣霊の心はどこか違和感を覚えていた
(……?
あの大鎧、敵意を感じぬ……
……それどころか)
相手の害意の無さに絆されたか、彼女自身の戦意すら霞んでいく気がする
いかん、と剣霊は剣を握り直し、歯を強く噛みしめた

「目的は確かに君だ
だが、我々は君を害する気など無い
何故なら私は……君を同志として迎えに来たのだから」
「同志じゃと……?
……さてはワシにもその悪趣味な大鎧でも着せるつもりかのぅ?」
口の端に挑発の笑みを浮かべ、心理戦で相手の隙を誘う
「まっぴら御免じゃ、そんな重苦しいドレスはの!
第一、ワシには既に頼もしき仲間がおる
剣が欲しければ、ここの社殿からでも借りてはどうかの?」
「……仲間、か
――その割には、主人の姿が見えぬ様子だが?」
嘲りを含んだ言葉に、剣霊の笑みが凍り付く

敵の策と分かっていながら、頭に血が上るのを止められない
噛み合わせた歯がギリッと音を立て、怒りの余りに剣先が震える
「おや、気にしていたのか?
これは済まない事をしたな」
「だっ、黙れこの鉄屑め!!
貴様なぞにワシの在り方を否定する権利は無いッ」
再び十歩の距離をひと跳びでゼロとし、加速と落下の勢いを袈裟切りの打ち込みに加算する
対する黒鎧は腕を組みこちらを見上げたままだ
「食らえ下郎ッ!!」
激突の音はしかし鉄を断つものでは無く、剣霊の得物は下からの衝撃で跳ね上げられた
(な……早い!?)

彼女の切り込みを防いだのは、黒鎧の右手に突如として現れた闇色の光剣
それは空中で軌道を曲げ、剣霊の首筋へと疾る
必死に身を翻した彼女の喉笛を闇剣が撫で、赤い線が一筋刻まれた
予想を上回る事態に剣霊の背筋を寒気が駆け上り、熱に浮かされた頭を急速に冷やしていく
「……まさか、貴様も剣霊だったとはの
しかし何故じゃ?
貴様からは剣気を感じぬ……」
「それは見当外れだ
私は剣霊では無い」
「しかし、その剣だけは間違い無く剣気を束ねた剣霊の化身じゃ!」

次撃の隙を伺いながら問いを投げる剣霊に、闇色の兜の中から「フッ」と失笑が漏れた
「確かに、これはとある剣霊の一部だ
かつて私が剣を手放した時、私の許に残された分身
言うなれば剣霊の忘れ形見さ」
そう言うと、黒鎧は闇剣を検分させるように剣霊へと示す
「成る程の、真に使い手たる者は剣霊と魂を共にすると聞く……
なれば貴様……いや、貴公もさぞや名のある剣士と見受けた
改めて、その名を問いたい」
構えは解かぬまま、しかし最大限の礼を眼差しに込めて剣霊は誰何を放つ
「……」
「……」

一瞬、両者の間を無音の緊迫が支配する
そして
「……ククッ、ハハハハハハッ!」
「なっ、何がおかしいのじゃ!?」
突然、黒鎧を響かせるように呵々大笑する姿に、剣霊は思わず動揺を浮かべる
「ハハハッ、いや失礼
しかし、こうまで気付かれぬとは……ハッ、寧ろ痛快だな」
「……どういう、意味じゃ……?」
こちらの不安を掻き立てるような言葉が、無視できない悪寒となって彼女を襲う
「ふむ……
では、そろそろ種明かしといこうか聖剣エクスカリバー
……いや、神剣クラウソラスよ」

「……クラウ、じゃと……
……何故、貴公がワシの古き名を!?」
仮初めの心臓が痛い程に鼓動し、呼吸の要らぬ身がしかし息苦しさすら覚える
「それはね、クラウソラス
――こういう事だよ」
無造作に投げ捨てられる闇銀の兜
その下に隠されていたのは、決して有り得ぬ筈の再会
「……う、嘘じゃ……
嘘じゃろ……だって……っ
だって貴方は死んだはずじゃ、父様(ととさま)!!」
それは彼女が世界で初めて目にした顔
神剣クラウソラスの最初にして最後の主人、ヌァザ王の若かりし頃の姿であった……
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