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**一杯茶-3 〝ああ、茶を飲むと厠が近くなって困るな〟 劉伶が辞去してからというもの、阮籍は自室と厠を行ったり来たりしておりました。 茶の成分が体の毒を溶かし、外に出そうとするものですから、 しばらくの間は頻繁な尿意に悩まされることになるのです。 〝其馨如蘭、か。あんたは本当に達観してっからな。俺にゃ無理だよ〟 ケイ康の兄、ケイ喜は弟と異なり、実直に社稷に尽くす世俗型の人間でした。 阮籍はそんなケイ喜を蔑み、白眼で相対してひどく世間の顰蹙を買ったこともありました。 しかし考えてみれば、俗人を強く意識して切り離す自分は、 まだ超然の境地に辿りついていないではないか。 そうして頭を悩ませ、机を打って荒れるのです。 庭の木には小鳥が二、三羽ほどとまっているのでしょう、 歌声が琴の重奏のように重なり合っております。 日差しを受けてきらきらと輝き、ところどころに生じた影の具合もあいまって、 まるで時が止まったかのような、仙界へと迷い込んだような気持ちになります。 ゆったりとした空間がどこか張り詰めて、 小鳥のさえずりだけが大きく、耳の奥に響きます。 頬に手を当てると、強ばった表情が張り付いておりました。 ふと、心の臓のあたりががくん、と落ち込みました。 胸のうちがざわざわして、謂れのない不安に陥ります。 春の陽気が炎天下のようにじりじりと感じられ、冷や汗が一筋流れました。 〝叔夜〟 かすれる声で、やっとの思いで声を振り絞りました。 阮籍の目の前に、ちょうど木の幹に寄りかかるようにして、 ケイ康が立っておりました。 精気のない青白い顔をして、寂しげに微笑んでいます。 〝……〟 何か言おうと口を開けますが、言葉が後に続きません。 直感して、とうに分かっていたことが、どうしても言葉にならないのです。 近寄ろうにも足が動かず、聴こえるものは自身の鼓動だけでした。 ケイ康は、片手をあげると阮籍に背中を向け、そのまま門の外へと去っていきました。 その夜、阮籍のもとに、ケイ康が不敬の咎で処断されたとの報せが届きました。

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