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雑詩


秋の夜に、屋外へ出て星月夜のもとで思いを綴った詩。
漢詩においては、とくに北宋以前においては、
夜の情景を丁寧に詠み込む詩はあまり作られなかった。
ほぼ同時代に詠まれた阮籍の「詠懐詩」と似通った部分があるから、
あるいはそれに触発されつつ独自の味わいを出そうとしたものかもしれない。
全二十の句は四句ずつ、五段落に分けることができる。

第一段(一~四句)=導入。ある夕暮れ時、悲しみを抱いて庭に出る主人公
第二段(五~八句)=やがて日は暮れ、夕風とともに月が昇る
第三段(九~十二句)=満点の星の下、蝉や鳥がざわめく
第四段(十三~十六句)=夜露に濡れながら、主人公は夜景を眺め続ける
第五段(十七~二十句)=素晴らしい夜景も長続きせず、
やがては冬の寒さに閉ざされてしまうことを悲しんで結ぶ

導入のうち、最初の二句は重要だ。
夜景を丁寧に詠み込むために、この部分で夜長を演出している。
毎日メリハリのある生活を送っていると、日中の時間はあっという間に過ぎてしまう。
逆に手持ち無沙汰な日やゆったりと過ごしている時には、時間の流れが遅く感じるものだ。
一方で、夜は人の感情の振れ幅を増幅させる。
悲しみを抱く夜は、とても長いし、することもない。
一度思索に耽ると、良い思索ならいいけれど、
下手をすれば意義のない堂々巡りになってしまう。
そんな時には美しいものに心で触れることが最善の解決策だし、
感受性が鋭敏になっている時に触れた美しいものは、普段よりもいっそうよく見える。

この詩の中で丁寧に描かれた夜景は、印象派の絵画のようなイメージを与えてくれる。
列をなして飛ぶ雁、その鳴き声、涼やかに体を通り過ぎる風、うっすらと昇る月…
主人公のわびしい心情を反映させたさまざまな要素は調和を生み、
読者には音の無い音楽として届く。

この傾向は第三段に移ると明らかになる。
普通、夜には鳥や蝉は鳴かないものだ。
写実的に、夜の沈黙と美しい情景を描いているのではなく、
主人公の心情を通してとらえた夜景を詠んでいるんだということに気づかなくてはならない。
悲しみを抱き、今目の前にある美に心で触れている。
頭にすんなり入る情景描写展開だからこそ、
主人公の気持ちも同時に想像するとさらに深く読み取ることができる。

ただ、美しいものが不変のままそこにあったら、
人はそれほど感慨を覚えなくなってしまうものだと思う。
自然は変化するからこそ素晴らしいのだし、黄昏時の数十分や朝日の昇る時間などが
至上の宝物であるのはそれが毎日限られた時間にだけ現れるものだからだ。

主人公も、結びの段では歳月の流れを嘆いている。
阮籍の「詠懐詩」では結びで孤独感を嘆いているが、
独自性を出すために差異をつけたんだろう。
その点で、夜景という自然描写を題材にとったのは良い選択といえる。