公讌


公讌とは、公の宴に臣下がはべることをいう。
この詩は、建安十六年に鄴宮で兄の曹丕に従って宴会に出席した時に作ったもの。

折りしも、建安年間には従来の辞賦の形式的、平面的な特徴から離れ、
辞賦以前の騒賦の伝統を復活させ、技巧的には洗練の度を加え、対句を頻用して、
六朝に盛行する駢賦の先駆となる所謂<建安文学>が開拓された。
文学に一大変化を齎す潮流を作った、
当時の文壇のエネルギーに満ちた性質を知識の前提に置けば、
曹丕、曹植という二大文人とその賓客を擁する宴の活力を想像できる。

公子敬愛客
終宴不知疲

という導入から、そうした熱気を孕んだ情景を読み取ることで、
以降の場面となる清らかに澄んだ夜の涼やかなさま、美しい情景、
それに触れた詠み手の感性(一行の熱気は冷めやらぬままであろう)を
立体的に受け取ることができる。

ところで、この詩は兄曹丕の作である「芙蓉池作」に和すところが大きい。

乗輦夜行游   輦車に乗り、夜に遊びに出て、
逍遙歩西園   ふらふらと銅雀園に歩いてきた。
双渠相漑灌   二つの渠の流れは互いを洗いすすぎ、
嘉木繞通川   きれいな木々が川の周りにぐるりと生えている。
卑枝払羽蓋   低い木々の枝は車の幌をかすめ、
修条摩蒼天   高い木の梢は天をかすめるほどだ。
驚風扶輪轂   突然の風は車輪を掬い回転を助け、
飛鳥翔我前   鳥が私の前を飛んでゆく。
丹霞夾明月   夕焼けの赤い雲がきれいな月を挟んで見え、
華星出雲間   華やかな星が雲居から顔を覗かせる。
上天垂光彩   空はきらきらと光り輝き、
五色一何鮮   五色に華やぐ色彩は、何と鮮やかなことだろう。
寿命非松喬   人の寿命は大きな松の木にはかなわない。
誰能得神仙   誰も神仙のようにはなれないのだ。
遨遊快心意   せめてここに心地よく遊び、
己保終百年   自分を保って百年の寿命を終えたいものだ。

両者はともに行程のなかで自分を取り巻く自然を描写し、
それによって鮮やかで光り輝いた色彩を詩に取り入れている。
澄んだ空には、雲もまたいっそう際立つ。月は冴えわたる光を投げかけ、
星はきらきらとまたたく。
曹丕が詠んだ「五色」の表現を、
曹植は秋蘭、朱華、潜魚、好鳥に言及して掘り下げている。
国は活気に満ちた思潮に包まれ、自然もまたいっそう美しく輝いている。

ところで、銅雀園への行楽の途上で、突然の風が吹いたことは
両者の詩に共通している。
疾風は一時に通り過ぎ、停滞した気持ちをも攫って去っていくものである。
描写として取り上げた両人の心境は、どのようなものだったのかと
考えてみるのも面白い。

ところで、「公讌」第十一句の「神飈」は司馬相如の「上林賦」にある
「驚風を凌ぎ、駭猋を経、虚無に乗じて、神と倶にし」を
踏まえた表現だと思われる。
曹丕の作ともあわせ、神霊を伴う疾風と解釈するのも良い。

「公讌」と「芙蓉池作」を比較した場合に、
面白いと感じるのがまとめの二句における両者の考え方の相違である。
曹植の心は、飄颻としてはるか彼方まで、天の上までも馳せており、
いつまでもこのままでありたいと吐露して詩を結んでいる。
一方、曹丕は感性を刺激されたことで敢えて現実に立ち戻り、
自分を保って寿命を全うしたいと結んでいる。
曹植が末尾において「芙蓉池作」と対をなすべく意図したことであるのは明白だが、
両者の個性の差異が垣間見えて面白い。

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最終更新:2009年02月02日 17:53