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嘲熱客


真夏の暑い日に訪ねてくる客人をそしった詩。
一見して、全体的にユーモラスな味がある。

この全二十句の詩は、それぞれ四句ずつ、次の五段落に分けることができる。
第一段(一~四句)=うだるような真夏の日の描写
第二段(五~八句)=こともあろうに、そんな日に盛装して訪ねてきた人がいる。
第三段(九~十二句)=作者はしぶしぶ応対するが、客の話は長いばかり、大した用件ではない。
第四段(十三~十六句)=応対に疲れ果てる作者の様子
第五段(十七~二十句)=「こういうことはやめてくれたまえ」と、友人諸氏に釘をさして結ぶ

まず、真夏の日のことを思い浮かべてほしい。
太陽の熱は地面に吸い込まれ、やがて地熱となって立ち上る。
あたり一面は熱気に包まれ、人も草花も元気をなくしてしまう。
勿論、現代のようにエアコンもなければ、よほどの身分でなければ氷も手に入らない。
水は生ぬるく、快適を求める手段は無いといっていい。
気持ちだけでも涼しく過ごそうと、さまざまな工夫が生まれたのだし、
またこういう日には人と会えば余計暑苦しく感じることは分かりきったことだ。

この詩においては、それにも関わらずに無作法にも人を訪ねる客人を取り上げているが、
大切なのは客の話に実がないということだ。
この詩もまた魏晋時代の作品であり、招隠詩や、俗世間を離れて自然を繊細に描写した詩と
同一の時期に詠まれたものなのだ。
一見、世俗の他愛ない生活の一場面を取り上げているが、
その実熱客とは無神経な世相を託した存在であり、
それを批判する意図を込めた作だと考えられる。
政界に身を置く以上は避けられない、俗な社会との接触は、
追い返しようもない熱客と特徴を一にしているのである。

建安期には新時代への活気に満ちていた魏の政界も、
帝政初期に君主権が確立されないままに曹丕が逝去し、
曹叡もまた幼児を遺して逝去するにあたり、
権臣が権力闘争に明け暮れる暗黒時代へ突入した。
建安文学を引き継いだのは、そういった性格の世俗を軽蔑し、
厭世的になった名士達が牽引した正始文学である。
晋代に移行しても世俗、文壇双方の特徴は変わらず、
詩人程暁も世相への批判精神を持ち合わせていただろう。
「嘲熱客」は、滑稽な情景の中に痛烈な皮肉を孕んでいるのである。