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一杯茶-2


閑夜粛清   静かな夜は ひっそりと涼しく
朗月照軒   明るい月が軒を照らしている。
微風動袿   そよ風が衣の袖をなびかせ、
組帳高ケン   とばりは高く巻かれている。
旨酒盈樽   うま酒は樽に満ちているのだが、
莫与交歓   それを酌んで ともに楽しむ人はいない
鳴琴在御   琴もかたわらにあるのだが、
誰与鼓弾   誰といっしょにそれを弾こうか。
仰慕同趣   よく気の合った貴方のことが なつかしく思い出される。
其馨如蘭   われわれの談笑は 蘭の香りのようになごやかだった。
佳人不存   そのよき人がいないのだから、
能不永歎   つくづく嘆かずにはいられない。

ケイ康が、従軍して戦地に向かう兄のケイ喜の送別のために詠んだ詩は、
当時からもてはやされたものでした。
かれは自然に感嘆し、その美に心から触れることが出来、
また自分の価値観や心情を美しい文言に乗せて率直に詠むことができました。
阮籍の知るかぎり、最も神仙に近い人がいるとすれば、それはケイ康でした。

阮籍は神仙に憧れながらも、どこか俗界から抜けきることができないところがありました。
世俗を嫌い、奇行に走っても、根本のところで俗っぽい物の考え方をする自分に気づいてしまう。
かれにとって、ケイ康とは心から信頼する友であり、
また消すことのできない劣等感を抱く相手でもありました。

〝阮籍は人の欠点を口にせず、人を傷つけることがない。
ただ酒の上での失敗がやや目立つ。
礼法を重んずる士には憎まれているが、大将軍司馬昭に擁護され生き延びている。
それに対して自分は軽率で、すぐに思ったことを口にし、官職には向かない人間である〟

ケイ康から山檮に宛てられた書の一節は、もちろん阮籍の知るところではありませんでしたが、
ケイ康もケイ康で、阮籍を人として誰よりも信頼し、敬意を寄せながらも、
どこか隔絶したものを自覚しておりました。

一口飲めば昇仙してしまいそうな茶に酔い、ケイ康のことを思い出してしまった阮籍は、
ふと浮かんだ染みをふっという笑いに託して振り払い、再び碗を傾けました。