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とりあえず、必要そうなのでノートを作成、っと。

シナリオで以前、みんなに見せたものをコピペしときます。
できるだけ追加していきたいと思います。



雨。

長い梅雨は明ける気配もなく、降り続ける細い絹のような水滴の乱舞が、わたしの部屋の窓ガラスを叩いている。

ふと、窓から視線を移し、放りだしたバックからこぼれた携帯電話を見る。

本体は新しいのだけど、そのストラップについているのは小さな、とても小さな鈴だ。わたしにとって希望だったり、絶望だったりした鈴。それは何者にも代え難い“命の絆”だ。

これは、どこか遠く、そして近い記憶の中の、わたしと猫の物語。
あの遠い雨の季節に、わたしたちは出会ったのだ。

タイトル

日付←

“ねぇ、だれかいないの?”


その声に目を覚ましたのは、梅雨の中休みを過ぎたとある6月の朝ことだ。降り注ぐ雨が家の古い壁を容赦なく打ち付ける音が聞こえていた。きっと、目覚まし時計はまだ鳴る時間ではない。そんな気がする。

「・・・声?」

誰かが、自分の肩をゆすりながら、ゆっくりと眠りの淵から引き戻したような感覚だった。
ゆっくり眠れたわけでも、まったく眠れなかったわけでもない。ただ、目覚めた。それだけのことだったが、それこそがいつもの朝とは違うような気がした理由かもしれない。パジャマ代わりのシャツ姿のままで、だらだらと寝返りを繰り返しているのに飽きて、ゆっくりとベッドの端に腰掛けた。

少しささくれた古い畳の感触が、足の裏に伝わる。物心ついた頃から、踏みしめてきた、自分の部屋の畳だ。足下には携帯電話が転がっている。誰かにメールを打っていて、そのまま放り出したらしい。メール作成画面が書きかけのまま開いていた。

「面倒くさい・・・。」

そう一人つぶやいて、携帯電話を蹴り、部屋の隅に追いやった。カツンという音を立てて折りたたみ式ボディが閉じる。すでに傷だらけで耐用年数も過ぎているが、なぜか買い換えようという気にならない。昔から流行り物に興味がない性格だ。

残った眠気を払うために、少し勢いをつけて立ち上がってみる。みしりと音を立てるベッドの足に一瞥をくれてから、まわりを見渡してみる。汚れが染みこんだ壁には、先月のカレンダーがかかったままだ。予定は何も書き込まれてはいない。部屋の家具は、ベッドを除けば、木製タンスと勉強用の小さなリビングテーブルあるのみで、あとは趣味で置いてあるコンポとヘッドフォンだけだ。それも畳に直接置いてある。音が響くのでスピーカーは押し入れに仕舞われて久しい。


友人を招くことは滅多にないが、招いたことのある連中は揃って“殺風景だね”とか“あんまり女の子らしくないね”などと言い捨てていくものだが、余計なお世話である。技術進歩で、あらゆるメディアやツールが携帯電話一つに収まった今となっては、パソコンやテレビなどを置く必要性を感じない。そもそも、そんなことはその部屋の主の勝手である。

ゆっくりと目覚まし時計に手を伸ばして、時刻を確認する。絶対に狂うことのない電波時計の液晶は「5:14」を表示していた。普段起きる時間まで、まだ2時間以上あることになる。

「・・・」

予定外の朝の空白。そういう時間にすることは決まっていて、いつものように放り出されたままの大型ヘッドフォンを拾い上げる。有名音響メーカーのヘッドフォンでとても高価だったが、音に惹かれて買ったものだ。プリメインアンプに手をかざすと、自動的に電源が入り、昨夜まで聴いていたクラシックがレジューム再生され始めた。どんなに時を経ても劣化しない情報がデジタルだとしたら、過去の大作曲家が産み出し、時の試練を耐えぬいた名曲の数々は、まさに至高のアナログ情報だと言えるかもしれない。聴く者の心の中に動かしようのない験を残すように、耳を通して音が身体に染みこんでいくような気がするのだ。

「・・・バカみたい。」

柄にもなく難しいことを考えるのは、想定外の空白を埋める手段が自分には乏しいからだと思っている。と同時に、それに何の意味があるのか考えることも億劫なわけだ。最終的には自分がどういう袋小路に迷い込んだのかも分からなくなる。そして抜け出せない。

耳に到達する心地よい波に、身を任せながら、わたしはゆっくりと目を閉じた。視界から光が消え、ただ心象世界を鮮やかに塗り上げる見事なオーケストラの演奏だけが、体内の不純を浄化してくれているような錯覚に見舞われる。

一時間ほどそうしたあとで、ゆっくりとヘッドフォンを頭から外した。少し汗ばんだ身体が気になったからだ。高い湿気が、せっかく浄化された身体を再び汚した気がする。一つ小さな溜息をついて、部屋から出る。年季の入った感のあるフスマを静かに開けて、ギシギシと嫌な音を立てる二階の床を歩く。築40年ほどは経っているだろう我が家は、遠い過去となった“昭和”の面影をいまだに色濃く残している。つい数年前には、地域の特定重要文化財として認定されたこともあって、定期的な整備が入るようになり、住む人間としては、まぁ快適に暮らせる住まいではあった。

「私が最初・・・ね。」

家族はまだ誰も起きてはいない。
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