Act.1 崩された平穏

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[崩された平穏] ―――事の発端は15年前,草木の茂るポケモン達の王国で見つかった一つの古代遺跡だった。 その遺跡は周囲の先住民族と野生のポケモン達から「神々の降り立つ場所」と呼ばれていた。 王国ではすぐに調査を開始。 調査団の中には物好きで好奇心旺盛の,まだ幼い姫君も混ざっていた。 城からあまり距離がないため,国王も王妃も危険はほとんど無いだろうと考えていたからである。 だがその考えは,姫君がある出来事をきっかけに人生を一変させたが為に打ち砕かれてしまう。 遺跡最深部に辿り着いた姫君を待っていたかのように,一人の女神が現れ彼女に憑依したのだ。 その瞬間から姫君はとてつもない治癒能力を発現し,その一報は一夜にして王国中に広まった。 国民の中で重傷を負い,もう治せないなどと診断を受けた者の傷すら癒せる姫君は,毎日のように街に繰り出してはその力を使い,国民にささやかな希望と幸福をもたらした。 一方で西方の地の果てにある『破空の荒野』と呼ばれるならず者達が集まる地にもその報は伝わり,姫君の命と共に力を奪おうとする者達が現れたのだ。 そのため,王と王妃は姫君が外出するときに必ず3人の騎士と数名の兵団を連れて出歩かせるようにしたのである。 この3人の騎士が,後に精鋭騎士団の団長となり,姫君を護る近衛兵のはじまりともなった。 そしてそれから15年。 騎士団の団長も世代交代し,新たに編成された騎士団が動き出す頃――― 「ふぁぁ・・・退屈ぅ,悪者達の侵略以外で,何か刺激的なことないかなぁ・・・」 魔法や特殊技で後方から援護することを専門にする『法力騎士団』。 新しく選ばれた団長は♀のサーナイト。 しかも,通常の色違いのサーナイトとは違い,目と胸部の突起が紫色で,普段緑色である部分は深紅。 少し色合いが毒々しくも見えるが,彼女の超能力(以後ESP)は他のゴーストタイプやエスパータイプのポケモン達を牛蒡抜きで抜き去り突出していた。 彼女の名は,『サーナ=レイシス』。 かつて異世界で元老騎士にありながら放浪の旅をし,王国に終始使えた伝説の剣士の名を名字に持つ,ラルトス系統の名門一家に生まれた,双子の兄弟の妹である。 今日は彼女と,兄である♂のエルレイドが見張り番なのだが・・・いま見晴台に頬杖をついている彼女だけが見張りを続けている状態だ。 兄はというと,城内の巡回に行っているらしい。 これまでに何度か見張りとしてこの見晴台に来ているものの,変わったことと言えば空の雲の流れだけ。 お陰で彼女は毎回兄との交代までかなり退屈な時間を過ごす羽目になっている。 と,見晴台の階段に待ち焦がれた足音が聞こえた。 暫くして見晴台には1体のエルレイドが姿を現す。 「やっと来たぁ・・・もぅ,エル兄様ばっかり先に見回りに行くもんだから,毎回退屈だって言ったのに管理官達はどうして私を先に行かせてくれないのかしら!」 「いやすまん;  だけどな,サーナを後に見回りに行かせるのは・・・時間帯的に敵が増えそうだからなんだってよ。  それでサーナの感知能力で・・・」 「がっちりと敵をキャッチするって訳??」 「・・・そういうこと」 素早さが売りで,暗殺まがいの攻撃や陽動を得意とする『瞬刃騎士団』の新たな団長,エル=レイシス。 彼は色違いのエルレイドであり,目と突起は夕焼けのような橙色で,サーナ同様普通緑色であるはずの場所は快晴の時空に広がるような美しい水色である。 彼もまた先代瞬刃騎士団長に負けず劣らずの素早さを持ち合わせたが故に,サーナと共に騎士団長に選ばれたのだ。 くだらない会話を続ける内に,近くの衛兵からサーナに声が掛けられる。 どうやらサーナの見回りの時間のようだ。 「それじゃあ兄様,行ってくるわね」 「ああ,くれぐれも気をつけて巡回して来いよ」 そう言って彼女が階段に向けて動き出そうとした・・・その刹那。 ――――城内のどこかから爆発音が聞こえた。 窓ガラスが飛散し,開けられた穴からロズレイドがロゼリアを抱えて飛び降りる姿が目に入る。 『敵襲―――!! 敵襲だ―――!!』 「ち,ちょっとぉぉ!!  兄様,しっかり巡回したはずよね!?  何で私ですら感知できないの!?」 「んなこと言ってる暇か!!  ロゼッタの奴,上手く姫様を抱えて逃げられたようだ・・・後に続くぞ!」 「わ,わかったわ」 姫君に最も近く,歴代の団長は姫君と共に時間を過ごすことが約束される,3つの騎士団の中でも最高権威を誇る『鋳薔薇騎士団』。 先程ロゼリアを抱えて飛び降りたのがその新しい団長である―――ロゼッタ=ルインクラスト。 エル,サーナ,先程のロゼリアとは幼なじみの関係であり,一番姫君を慕う存在でもある。 その思いと強さにより念願の騎士団長へと上り詰めることが出来たのだ。 そして抱えられていたのがこの王国の平和を崩すきっかけを作ってしまった姫君,プリンセス・ローザ。 彼女のフルネームはローザ=エレイン・ガーランド。 この緑豊かなポケモン達の楽園『ガーランド』を治める王であるロズレイドと,浜辺に流れ着いて助けられた異国のロゼリアとの間に生まれた一人娘である。 ロゼッタが着地すると同時に,その隣を紅い影が高速で掠めていった。 瞬間,後ろで悲鳴が上がり1体のポケモンが地に伏す。 紅い影が動きを止めた場所には,本来飛べるはずのないハッサムが羽を羽ばたかせながら空を飛んでいる。 「伏兵が多いらしいな」 「ああ,だが心配は要らん。  我が俊敏さの前に立ちはだかれる者など一握り程度だ。  お前は姫を連れて,早くあの2人と合流しろ!  ちょうど巡回に出る時間に襲撃があったからには,見晴台の近くの広間に向かっているはず。  此処からはそう遠くはない,この場は私に任せてくれ!」 「分かった・・・抜かるなよ,クロス!」 二人の会話の後,またあのハッサムが高速で動き出す。 残像すら残さず,周囲に潜んでいたヤミラミやニューラ達を次々と蹴散らし,気づけば彼の周囲は倒されたポケモンだらけになっていた。 クロス・シザーズ。 彼は先代の瞬刃騎士団長で,エルに早くから次世代の見込みをつけていた者でもある。 その速さと技術故に《紅き瞬刃》と呼ばれ,今の瞬刃騎士団の名付け親ともなるほど彼の実力と権威は今も衰えてはいない。 クロスは周囲の伏兵を全て倒したと確信すると,そのまま吹き抜けを通ってエル達の向かったであろう方向へ飛んでいった。 それから数分後。 クロスの予測通り,ロゼッタ達4人は見晴台直下の大広間で落ち合っていた。 粗方の敵を倒し,退路を気づいたクロスも其処に加わり5人となったパーティーの前に,巨大な影が立ちはだかる。 その周囲からはガス状ポケモンのゴースやその進化系であるゴースト,ゲンガーが次々と飛び出してきた。 「な,何・・・あの影・・・」 「私ですら見たことの無い敵です,ですがゴーストタイプということは・・・」 「恐らく,『破空の盗賊団』と見て間違いないであろう」 「けどこれだけの相手・・・俺たちエスパータイプじゃ手に負えないぜ!?」 「ましてや毒タイプ持ちのゲンガー・・・クロスさんなら何とか出来ても,この量は・・・」 数えることすらままならない,おびただしいポケモン達。 クロスは鋼と飛行の2つのタイプを持つが,元の種が持つ虫タイプの技も使うことが出来る。 しかし,ゴーストタイプに物理攻撃は効かない。 効力があったとしてもサーナとエルの念力には限界があり,いつまで持つか分からない。 底を尽きないような数のゴース・ゴースト・ゲンガー達が,いつの間にかロゼッタ達を完全に包囲していた。 そんな中,クロスは決断を下す。 「―――人間界へ飛ぶぞ」 「えぇ!? そんなぁ!?  国を捨ててまで逃げ延びろとでも言うんですかクロス様ぁ!?」 「いえ・・・その方が良いのかも知れない」 「・・・姫様?」 その決断に姫君が重い口を開いた。 「確か,人間界にいる者達の中には『人の姿にあれども人にあらざる者達』や『人なれども突出した能力を持つ者達』が居ると聞きます。  それに,十字架の契約さえ結べれば,私達の力だけでは及ばなかった相手にも太刀打ちできるやも知れません!  私だって,護られてばっかりでは申し訳ないから・・・」 「そんなことはない,命ある限り私は・・・」 「ロゼッタ,愛の告白はまた今度で・・・クロスさん,ゲート・・・開けますか?」 「問題ない。 ・・・心の準備は良いな?」 姫君の言葉にサーナも渋々納得したようだ。 クロス以外の4人が頷くと,クロスは気合を溜めて鋏を輝かせた。 そして――― 一閃。 斬撃の軌道から空間のゆがみが生じ,5人を包んで消滅した。 『・・・逃がしたか・・・』 「親分,どうします?」 「奴らをおいますか?」 『いや,此方からは数名で十分だ。  既にこのような事態は予測していた。  人間界にも我らの同胞はいくらか居るようでな。  ・・・ドッペル,部下10体までを許容範囲とし,人間界へ飛べ』 「・・・承知いたしました,妃殿下」 その後を追うように,ドッペルと呼ばれた1体のゲンガーがゴーストとゴースをそれぞれ5体ずつ連れてゆがみを作り出し,消えていく。 影が凝縮して人の形をかたどると,そこには黒いドレスを身に纏った王妃のような女性が立っていた。 「ローザ=エレイン・ガーランド・・・。  いや,女神プランティアといった方が良いか・・・。  いずれ,その命と共に・・・大いなる治癒の力,貰い受けるぞ。  夫の復活のためにな・・・ふふふ・・・あははははは・・・!!」 To be a Continued......

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