【王者の剣】-前編-
「この俺が辺境のゴルレ城の守備で、あいつが……あのランスが帝国への侵攻部隊を指揮するだと? ふざけるなっ!」
西アルメキア――つい先日まではパドストー公国と呼ばれていた国――の王城、カルメリー城の中庭を大股で歩きながら、メレアガントは声をふるわせた。
たった今扉をたたきつけて後にしてきた王宮会議室での会話を思い出すたびに、屈辱に目がくらむ。
たった今扉をたたきつけて後にしてきた王宮会議室での会話を思い出すたびに、屈辱に目がくらむ。
「こんな作戦で勝てるものか。あいつはこの国まで滅ぼすつもりかっ! いったい父上は何を考えているのだ。あんなガキに国を譲ってしまうなど。どう見てもこの俺の方がランスより優れているものを!」
「おやおや、ずいぶんと鼻息の荒いことだねえ」
いつのまに会議室から追ってきたのか、美しい栗色の髪を無造作に束ねた女騎士、アデリシアがすぐ後ろからまぜっかえした。
「ち……」
メレアガントはいやな顔をした。それもそのはず、なにしろこの女性はかっての婚約者であり、彼にむかって一方的に婚約を破棄してのけた相手でもあるのだ。幼なじみでもあり、ひとことで言ってメレアガントがもっとも苦手とする女性であった。
「邪魔だ、おまえなどに用はないっ!」
そう言い放つと、メレアガントは歩みを速めた。それでもアデリシアは離れずについてくる。
「へえ、つれないじゃないかメレアガント。でもそうはいかないね。あたしもゴルレ行きを命じられているんだ。あんたをほっぽってはおけない立場なんでねえ」
「黙れっ、どうせおまえもランスの肩を持つために俺を言いくるめに来たんだろうが。それでもパドストー貴族の血筋かっ、この裏切り者めが!」
「何ばかなことを……だいたいランス様の指示した部隊配置はちっともおかしいとこなんて無いじゃないか」
メレアガントは立ち止まって、アデリシアの方を振り返ると怒鳴りつけた。
「俺はあんなガキの命令など聞く気は無いっ!」
「やれやれ」
心底あきれ果てたという表情でアデリシアは嘆いた。
「親が決めたこととはいえ、あんたとの婚約はあたしの人生最大の汚点だとあらためて思うよ」
「ふんっ、なんとでも言え」
メレアガントが苛立たしさを隠さずに立ち去ろうとしたその時だった。
「メレアガントさん、待ってください!」
金色の髪をなびかせて、まだ幼さが残る顔立ちの少年が駆け寄ってきた。
「よかった間に合った」
息を切らせながら、少年が立ち止まる。西アルメキアの現君主、ランス王子そのひとだった。
「ランス……!」
メレアガントの目がすっと細くなる。いやな予感がアデリシアの脳裏をかすめる。昔からメレアガントがそういう目をした時は、必ず怪我人が出たのではなかっただろうか?
「話を聞いてほしいんです、メレアガントさん。作戦に納得の行かないところがあるのならきちんと話し合わなければと思って……」
「なぜ俺が貴様と話さねばならん?」
恐ろしく低い声でメレアガントが言った。
「だがおまえが力で俺を納得させてくれるというのならば話は別だ」
「メ……メレアガント!」
アデリシアは自分の声がかすれているのにさえ気づかなかった。
メレアガントの手が腰の剣にかかっていたのだ。
メレアガントの手が腰の剣にかかっていたのだ。
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