【王者の剣】-後編-
まさに一触即発の状態であった。西アルメキアの騎士メレアガントは、腰の剣に手をかけたまま自らの主君であるランスを睨みつけていた。
「あんた、自分が何をしているか分かってるのかい」
やっとのことでアデリシアは声をしぼりだした。彼女もまたランスに仕えるルーンの騎士だ。
「おまえは口出しするな。さあランス、剣を抜け。どちらが指揮官にふさわしいかこの場で証明してやる」
メレアガントがランスを挑発する。
ランスはゆっくりと腰に帯びた2本の剣を抜くと、やにわにそれを地面へと投げ捨てた。
ランスはゆっくりと腰に帯びた2本の剣を抜くと、やにわにそれを地面へと投げ捨てた。
「なにっ!?」
意表を突かれたメレアガントが驚きの声を上げる。
「私はメレアガントさんと戦うつもりはありません。私たちは仲間ですからね」
そう言って微笑むとランスは落ち着いた調子で話しはじめた。
「聞いてください、メレアガントさん。今この国は帝国と戦うだけで精いっぱいです。北のノルガルドの脅威に十分な兵力を割くことはできません。だからこそあなたにゴルレ城の守備をお願いするのです。大陸に知られたブラックナイトの称号を持つあなたなら、ノルガルドを牽制することができると思うからです」
「この俺を利用しようというわけか!」
再び語気を荒げてメレアガントがランスを睨みすえる。だがひと回りは小さな体格のランスもまたけして目をそらそうとはしなかった。
「そう言われても仕方ないかもしれません。けれど君主として国を任された以上は、自分が動かせる戦力を冷静に見つめて、その上で一番良い戦い方を選ぶのが私の責任だと思っています」
「ランス様……」
アデリシアは気づいていた。あえてきっぱりとした言葉を選んではいるが、すでにランスの瞳に浮かぶ表情には余裕などない。
(必死なんだ、この人は)
思えば君主とはいえこの少年は14才でしかないのだ。はるかに年上の騎士達に命令を下し、日々この国の命運をその肩に負い続けることは、彼にとってどれほどの重圧なのだろう。
(この人は、自分と戦っているんだ。親も故郷も失って、それでも自分から逃げたりせずに、君主としての責任を果たすために)
その瞬間、アデリシアの心は決まっていた。
「メレアガント、それ以上文句があるのならあたしが相手になる」
「なんだと……!?」
ゆっくりと愛用の槍をしごくと、アデリシアはまっすぐメレアガントを見つめて言った。
「ランス様は立派に君主としての役目を果たそうとしているんだ。駄々をこねる前に、あんたにも騎士として果たすべき責任があるんじゃないのかい」
「おまえ……」
そこに立っているのは、幼なじみであり、かって婚約者であった彼の知るアデリシアではなかった。死を告げる貴婦人……戦場での彼女につけられたあだ名を、メレアガントは思い出していた。
「ふん……ばかばかしい!」
フッとその身体から張り詰めていたものが消えると、もうメレアガントはきびすを返していた。
「ま、待ちなっ! まだ話は……」
あわてたアデリシアが呼び止めようとする声に、メレアガントの声がかぶさる。
「これ以上ガキと女にかまっていられるか。ゴルレ城へは夕刻発つ。それでいいのだろう」
「はっ……?」
「メレアガントさん……」
「勘違いするなよ、ランス。貴様ごときがエストレガレスの軍勢に勝てるものか。貴様が無様に敗れた姿をさらしたその時がこの俺の出番だ。それまではせいぜい俺の引き立て役としてがんばることだな」
「……はい。ありがとうございます!」
「ふんっ!」
いまいましげに立ち去るメレアガントを見送ると、アデリシアはランスに特大のウィンクを送って言った。
「ランス様、見事な君主ぶりでしたよ。あのメレアガントに対して堂々としたもの言い。感服いたしました」
「からかわないでください、アデリシアさん。私こそアデリシアさんに助けてもらって、感謝しなければいけません」
ランスは遠慮がちに応える。
その様子を見ながら、アデリシアは思った。自分はランスを助けた訳ではない。プライドの高さ故にランスに背を向けることのできなかったメレアガントに転身する機会を与えたにすぎないのだと。ランスが剣を捨てた時点ですでにメレアガントは負けていたのだ。
その様子を見ながら、アデリシアは思った。自分はランスを助けた訳ではない。プライドの高さ故にランスに背を向けることのできなかったメレアガントに転身する機会を与えたにすぎないのだと。ランスが剣を捨てた時点ですでにメレアガントは負けていたのだ。
「まったく、あいつは困った性格だこと」
アデリシアは苦笑した。
ランスはメレアガントを相手に一歩もひかなかった。もしかしたらメレアガントもいつの日かランスを認めるかもしれない。強い意志と覚悟とを秘めたランスの瞳を目にした今、アデリシアはそんな予感を胸にしていた。
ランスはメレアガントを相手に一歩もひかなかった。もしかしたらメレアガントもいつの日かランスを認めるかもしれない。強い意志と覚悟とを秘めたランスの瞳を目にした今、アデリシアはそんな予感を胸にしていた。
-完-
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