【嵐】-前編-
降り続く冷たい雨の中、ノルガルド軍はリドニー要塞攻略のための行軍をしていた。
ノルガルドとアルメキアとをわけるセヴァン川。目指す要塞はその川の中州に建てられており、戦略上の要所となっている。
軍を指揮するは蛮勇で鳴らすノルガルド王ドレミディッヅ。これに対して敵将は鬼神と恐れられるアルメキア王国軍総帥ゼメキスだという。大陸の雄のぶつかり合いに激しい戦闘が予想された。
ノルガルドとアルメキアとをわけるセヴァン川。目指す要塞はその川の中州に建てられており、戦略上の要所となっている。
軍を指揮するは蛮勇で鳴らすノルガルド王ドレミディッヅ。これに対して敵将は鬼神と恐れられるアルメキア王国軍総帥ゼメキスだという。大陸の雄のぶつかり合いに激しい戦闘が予想された。
「外に敵を求めるのはドレミディッヅ王の悪い癖だな」
銀髪の騎士ヴェイナードが言った。王家の傍系である彼もこの行軍の一員だった。
「政略によって国内をまとめるにはそれなりの手間と時間がかかりますが、リドニー要塞は落としただけで王の威信を誇示できますからな」
隣にいた騎士が答えた。彼の名はグイングライン。ヴェイナードの右腕と目される人物だ。
「安易な選択は破滅をまねく。王はそれを知らぬらしい」
ヴェイナードは前方を見据えた。リドニー要塞は目前だった。
激しくなる雨をついて、戦端は開かれた。
はじめのうち、戦闘はノルガルドの有利に進んだ。しかし午後になって計算外のことが立て続けに起こった。まず、アルメキア軍が要塞を捨て打って出てきた。ドレミディッヅ王はこれを受けてたち、自ら前線へとおどりでた。そして乱戦の中、両軍の将が出会い、考えられないような大将同士の一騎打ちが始まった。
ヴェイナードは自らも襲いくるモンスターを相手にしながら、その一騎打ちを目にしていた。ドレミディッヅはゼメキスを圧倒していた。そこに油断が生じたのか、ドレミディッヅが戦斧を振り上げ動きを止めた一瞬の隙に、ゼメキスから放たれた矢がドレミディッヅ王の胸を貫いた。ノルガルドの王はぬかるみの中へとくずおれた。
激しくなる雨をついて、戦端は開かれた。
はじめのうち、戦闘はノルガルドの有利に進んだ。しかし午後になって計算外のことが立て続けに起こった。まず、アルメキア軍が要塞を捨て打って出てきた。ドレミディッヅ王はこれを受けてたち、自ら前線へとおどりでた。そして乱戦の中、両軍の将が出会い、考えられないような大将同士の一騎打ちが始まった。
ヴェイナードは自らも襲いくるモンスターを相手にしながら、その一騎打ちを目にしていた。ドレミディッヅはゼメキスを圧倒していた。そこに油断が生じたのか、ドレミディッヅが戦斧を振り上げ動きを止めた一瞬の隙に、ゼメキスから放たれた矢がドレミディッヅ王の胸を貫いた。ノルガルドの王はぬかるみの中へとくずおれた。
「ばかな……!」
ヴェイナードは絶句した。王の死はすなわちノルガルドの敗北だ。
彼の中で退却を促す警鐘が鳴り始めた。これ以上戦って壊滅の憂き目を見れば、ノルガルドには余力がない。一方のアルメキアはまだ都に多くの騎士を擁している。
だが、次の獲物を求めるゼメキスの視線がヴェイナードに向けられ、刹那の間にふたりの視線が絡んだ。ヴェイナードの心に苦い感情が湧きあがった。彼の姉エスメレーはアルメキアに人質に出され、現在はゼメキスの妻になっている。ヴェイナードはあのときの混乱と屈辱とを忘れてはいない。
ヴェイナードは、退却を促す警鐘を無視した。彼は目前のヘルハウンドをなぎ払うと槍斧カレドヴールフを握りなおし、ゼメキスにむかって足を踏み出した。白狼と呼ばれるほどの武勇を誇るヴェイナードなら一騎打ちで疲労したゼメキスを相手に互角以上に戦えるはずだ。
しかし、その腕を後ろからつかんだ者がいた。
彼の中で退却を促す警鐘が鳴り始めた。これ以上戦って壊滅の憂き目を見れば、ノルガルドには余力がない。一方のアルメキアはまだ都に多くの騎士を擁している。
だが、次の獲物を求めるゼメキスの視線がヴェイナードに向けられ、刹那の間にふたりの視線が絡んだ。ヴェイナードの心に苦い感情が湧きあがった。彼の姉エスメレーはアルメキアに人質に出され、現在はゼメキスの妻になっている。ヴェイナードはあのときの混乱と屈辱とを忘れてはいない。
ヴェイナードは、退却を促す警鐘を無視した。彼は目前のヘルハウンドをなぎ払うと槍斧カレドヴールフを握りなおし、ゼメキスにむかって足を踏み出した。白狼と呼ばれるほどの武勇を誇るヴェイナードなら一騎打ちで疲労したゼメキスを相手に互角以上に戦えるはずだ。
しかし、その腕を後ろからつかんだ者がいた。
「ヴェイナード様、残念ですが我が軍の敗北です。王が倒れた今、あなたのするべきことはゼメキスを倒すことではありません」
グイングラインは言った。落ち着いた声だが強い口調で。ヴェイナードはもう一度ゼメキスを見て唇をかみしめた。それから、グイングラインに命じた。
「……退却だ」
こうしてノルガルド軍の敗走が始まった。
ヴェイナードとグイングラインはしんがりを受け持った。要塞のある中州から出るには南北にそれぞれ一本ずつかかっている橋を通るしかない。川は雨のために増水し、轟音を響かせている。橋脚もすでにほとんどが水で覆われ、川は橋を渡る者たちに水しぶきをあびせかけた。ふたりは配下のモンスターを駆使しながらアルメキアの執拗な追撃をかわしたが、長い橋を渡り終える頃には配下はすべて失われていた。森の入口でヴェイナードはグイングラインが右足を押さえていることに気づいた。彼の手は血に染まっていた。
ヴェイナードとグイングラインはしんがりを受け持った。要塞のある中州から出るには南北にそれぞれ一本ずつかかっている橋を通るしかない。川は雨のために増水し、轟音を響かせている。橋脚もすでにほとんどが水で覆われ、川は橋を渡る者たちに水しぶきをあびせかけた。ふたりは配下のモンスターを駆使しながらアルメキアの執拗な追撃をかわしたが、長い橋を渡り終える頃には配下はすべて失われていた。森の入口でヴェイナードはグイングラインが右足を押さえていることに気づいた。彼の手は血に染まっていた。
「グイン、けがをしているのか?」
ヴェイナードは立ち止まった。
「四つ目の骨面をした見たこともない騎士にやられました」
語り口こそ淡々としているものの、あぶら汗の浮かぶ額が傷の浅からぬことを明確に告げている。
「橋よりこちらはわが国の領土。敵も深追いは避けるでしょう」
グイングラインは言った。しかしそれが気休めにすぎないことはヴェイナードにもわかっていた。
「来たな……」
ヴェイナードはつぶやいた。案の定、背後からモンスターの咆哮が聞こえてきたのだ。
「私がここで敵を食い止めます。その間に退却を」
グイングラインは剣を抜いた。けがをした足では逃げ切れないとわかっているのだ。
「だめだ。俺が橋まで戻って奴らをおさえる」
「無謀です! 今この国はあなたを失うわけにはいきません!」
「勝算はある。橋で戦えば少なくとも包囲される可能性はない。あえて死地に飛び込んだほうがかえって道は開けるものだ」
ヴェイナードはそう言い残すと、雨の中を橋に向かって駆け戻った。
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