【忠臣アルスター】-前編-
聖王暦215年も秋の事。イスカリオ王国は、重要な行事――秋の式典を間近に控えていた。自然の恵みに対する感謝を、王家が天にあらわすという式典である。先王の時代までは、この式典で王が示す威厳とやさしさに、感激のあまり涙を流す国民も多かったという。だが現国王ドリストが即位してからは、出席をすっぽかしたり、費用を使い込んで式典自体を開けなくしてしまったりで、国民の王家に対する信頼はがた落ちだった。
国政を預かる騎士、アルスターは苦悩していた。戦乱の中、イスカリオの戦況は意外にも良好で、ドリスト以下主要な騎士の面々は嬉々として戦いを楽しんでいたが、ドリストの戦略の無謀さは国民周知の事実であり、「このままうまく行くはずがない……」という形のない不安が人々の心に影を落としていたのだ。
「何としても今度の式典を成功させ、国民の不安を取り除かねば……。だが陛下の事だ、少しでも何かさせればぶち壊しになるに決まっている。」
そこでアルスターの立てた計画はこうだ。
とにかく陛下には座っていてもらうだけでいい。壮麗な会場と豪華な衣装を用意して、見てくれの立派さだけでなんとか国民をゴマかす……いや納得させるのだ。演説は代理で自分が読み上げ、陛下には時々うなずいてもらうだけにしよう。きっとこれならば何とかなる!
アルスターは苦しい国庫を補うため、すでに自分の家屋敷を売り払って式典の費用を工面していた。残る最大の難関は、ドリスト陛下をいかにして逃がさず式典に出席させるかという事だけだ。
とにかく陛下には座っていてもらうだけでいい。壮麗な会場と豪華な衣装を用意して、見てくれの立派さだけでなんとか国民をゴマかす……いや納得させるのだ。演説は代理で自分が読み上げ、陛下には時々うなずいてもらうだけにしよう。きっとこれならば何とかなる!
アルスターは苦しい国庫を補うため、すでに自分の家屋敷を売り払って式典の費用を工面していた。残る最大の難関は、ドリスト陛下をいかにして逃がさず式典に出席させるかという事だけだ。
「この一命を賭しても必ず……!」
アルスターの脳裡に屋敷が人手に渡ったときの妻の不満げな顔が思い浮かぶ。名門の出身の彼女には耐えられない事だったのであろう。それ以来一言も口を聞いてくれないままだった。
(男にはやらねばならない時があるのだ、許せ)
アルスターは不退転の決意でドリストに謁見を願い出た。
「式典だと~? そんな面倒くせえモン、適当にテメェがやっとけ」
アルスターに対するドリストの返事はこのひと言だった。
いつものごとく玉座の回りは空の酒ビンで足の踏み場もない。まだ昼を回ったばかりだというのに、バイデマギス、キャムデン、ギャロの取り巻き騎士達と一緒に酒盛りの真っ最中なのだ。
いつものごとく玉座の回りは空の酒ビンで足の踏み場もない。まだ昼を回ったばかりだというのに、バイデマギス、キャムデン、ギャロの取り巻き騎士達と一緒に酒盛りの真っ最中なのだ。
(伝統あるイスカリオの騎士がこれではゴロツキと同じではないかっ!)
いつもなら自分の無力さを噛みしめつつ、すごすごと部屋を出ていくアルスターだったが、今回ばかりは覚悟が違った。
「駄目ですっ、何としても式典には出席していただきます。……もし出席していただけないのならば、私は騎士を辞めさせていただきますっ!」
声を震わせながらも言い切った。
一瞬まわりが静まり返る、ドリストの気の短さは有名なのだ。これほどあからさまに反抗して何事もなければ、それはまさに奇跡としか言いようが無い。暴力沙汰を何よりも愛するバイデマギスなどは、すでに期待でこぼれんばかりの笑みを浮かべている。だが……奇跡は起こった。
一瞬まわりが静まり返る、ドリストの気の短さは有名なのだ。これほどあからさまに反抗して何事もなければ、それはまさに奇跡としか言いようが無い。暴力沙汰を何よりも愛するバイデマギスなどは、すでに期待でこぼれんばかりの笑みを浮かべている。だが……奇跡は起こった。
「クックックッ、俺様に向かっていい度胸ではないかアルスター。いいだろう、その式典とやらに出てやるぜえ。」
ドリストがそう答えたのだ。
「本当ですか陛下!?」
アルスターさえもが信じられないという表情で問い返したほどだ。
「ああ、嘘は言わねえ。細かい事は後で教えな」
頼もしい答えにアルスターはまさに天にも昇る気分だった。
(これで難関は突破したぞ。会場の工事は始まっているし、後は演説の原稿さえ書き上げれば……よし、一世一代の名文を書き上げて見せよう)
アルスターはドリストに仕えてこのかた一度たりとも浮かべた事が無いような晴れやかな笑顔で謁見室を後にした。
(式典を成功させれば、きっと妻も機嫌を直してくれるに違いない)
などと、後から思えばのん気な事を考えながら……。
式典当日、明け方までかかって演説の原稿を作っていたアルスターは、赤い目をこすりながら、すでに国民で埋まっている会場を見て仰天した。
(何だこれは……予定と違うではないかっ!)
会場中央に無骨な石組で作られた巨大な舞台。そしてそれを囲むように設けられた階段状の客席。まったくおごそかさのかけらも無い。イヤな予感がしたアルスターはドリストを見つけると息を切らして駆け寄った。
「陛下、これはいったい!?」
「んん~~? 俺様が少し手を加えたのだ」
「少し!? まるっきり違うではありませんか、これではまるで……闘技場です!」
アルスターが言ったその瞬間、凄まじいモンスターの咆哮が空気を震わせた。度肝を抜かれて振り返ると、何本もの太い鎖に繋がれた巨竜――ファイアドレイクが城の中庭で猛り狂っているではないか。茫然とそれを見つめるアルスターの耳に楽しくてたまらないという調子のドリストの声が聞こえてきた。
「クックックッ、その通り。ファイアドレイク対俺様、世紀の大決戦のための闘技場だぜえ。俺様の強さを見せつけて国民どもの不安なんぞ一発で吹き飛ばしてやろうという趣向だ。どうだ、伝統ある式典にぴったりの出し物ではないか。んん~~?」
アルスターは周到に立ててきた自分の計画が、ガラガラと音を立てて崩れていくのを感じていた。
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