【忠臣アルスター】-後編-
「事前に止められて本当に良かった……!」
イスカリオの王城カエルセントの門前広場に設置された秋の式典の会場で、アルスターは冷や汗びっしょりでため息をついた。
たった今アルスターは、国王ドリストの悪質な企みを、必死の説得でやめさせた所であった。よりにもよってドリストは、この大事な式典の会場で、火炎竜ファイアドレイクとの一騎打ちを行おうともくろんでいたのだ。
たった今アルスターは、国王ドリストの悪質な企みを、必死の説得でやめさせた所であった。よりにもよってドリストは、この大事な式典の会場で、火炎竜ファイアドレイクとの一騎打ちを行おうともくろんでいたのだ。
「まったく、何を考えていらっしゃるのだ……」
アルスターは式典を成功させようと必死だった。なにしろ自分の家屋敷を売り払ってまで、この式典の費用をひねり出しているのだ。そのせいで彼は、妻に口も聞いてもらえない状態が続いている。
見れば、会場最前列には妻が友人達を引き連れて座っている。ケンカの最中とは言え、見栄っ張りな妻のことだ、彼が大役を果たすところを友人達に見せびらかすつもりなのだろう。祖国の為にも、家庭の平和の為にも、絶対に失敗は許されなかった。アルスターは腹をくくると、会場の中央に進み出て開会の口上を述べはじめた。
会場の造りに、はじめは不審な表情だった人々も、例年通りの口上を聞き少し落ち着き始める。形式とは本当にありがたいものだ。
見れば、会場最前列には妻が友人達を引き連れて座っている。ケンカの最中とは言え、見栄っ張りな妻のことだ、彼が大役を果たすところを友人達に見せびらかすつもりなのだろう。祖国の為にも、家庭の平和の為にも、絶対に失敗は許されなかった。アルスターは腹をくくると、会場の中央に進み出て開会の口上を述べはじめた。
会場の造りに、はじめは不審な表情だった人々も、例年通りの口上を聞き少し落ち着き始める。形式とは本当にありがたいものだ。
(よし……この調子だ!)
アルスターは思った。あとは陛下に入場していただき、自分が演説を代読してさっさと式典を切り上げるのだ。そうすればトラブルが起きる暇も無いだろう。
アルスターはおごそかに城門に向かって右腕をさしのべ、声をはりあげた。
アルスターはおごそかに城門に向かって右腕をさしのべ、声をはりあげた。
「慈悲深く、そして偉大なるわれらが王、ドリスト陛下のご入場ですっ!」
城門両脇に控えた軍楽隊が、盛大なファンファーレを鳴り響かせる。
そして城門が…………吹き飛んだ。
そして城門が…………吹き飛んだ。
「なっ……!?」
アルスターは絶句した。あろうことか、轟音とともに城壁をブチ壊して出現したのは巨大な上級ドラゴン、ファイアドレイクだったのだ。ファイアドレイクは哀れな軍楽隊を蹴散らしつつ真っ直ぐこちらへ突進してくる。
「クックックッ、待たせたなあ国民ども。つまらん話はもう終わりだぜえ。」
振り返ると、いつもの3倍は派手な鎧に身を固めたドリストが愛用の武器、真紅の大鎌を手に立っていた。
「へ……陛下、約束が違いますっ!」
「馬鹿め、約束とは破るためにあるのだ~~~っ」
一言のもとにアルスターは舞台の下へと蹴り落とされた。
「聞け国民ども! テメェらのチンケな日常に、このドリスト様から最高のイベントをプレゼントしてやるぜえ。俺様の強さを見て、思う存分尊敬しやがれっ。ハアッハッハッハア!」
酒臭い。どう見ても酔っている。
(いかん、何とか止めねば……!)
ファイアドレイクはただでさえ強力なドラゴン族の上級種なのだ、一騎打ちなど正気の沙汰ではない。
だが遅かった。まさにファイアドレイクの巨大な牙がドリストの身に襲いかかる所だったのだ。
だが遅かった。まさにファイアドレイクの巨大な牙がドリストの身に襲いかかる所だったのだ。
「陛下っ!」
アルスターが目を閉じかけたその瞬間、まるで散歩の途中ででもあるかのようにひょいとドリストは一歩踏み出し、あっさりと巨竜の攻撃をかわすと、そのまま無造作に平手打ちをくらわせた。勢いに乗った巨体は砂煙を立ててぶざまに客席寸前の地面へと突っ込んだ。
「おおっ」
どよめきに似た歓声が客席からあがる。前列ではアルスターの妻を含め、これまで何とかすまし顔を保っていた貴婦人達がパニックに陥り、悲鳴を上げて逃げまどう。
「クックックッ、盛り上がってきたではないか。祭ってェのはこうでなくっちゃなあ!」
そこからはまるでショーであった。ファイアドレイクがどれだけ鼻息荒く攻撃を仕掛けても、すべてドリストにかわされてしまう。はじめは恐れをなしていた観客達も、ドリストの余裕の戦い振りと、いつの間にやらドリスト配下の不良騎士達が振舞ったタダ酒に調子づき、いまや熱狂的な声援を送っていた。
やがて巨竜が力つき長々と舞台上に伸びてしまった時には、会場は「ドリスト陛下万歳!」の声一色に塗りつぶされていた。
やがて巨竜が力つき長々と舞台上に伸びてしまった時には、会場は「ドリスト陛下万歳!」の声一色に塗りつぶされていた。
「そんな……、式典は成功だというのか?」
アルスターは予想外の展開に茫然としてつぶやいた。彼の地道な努力は何の役にも立たず、ドリストの悪ふざけがやすやすと国民の心をつかんでしまったのだ。しかも見渡せば、城門は大破し、軍楽隊員達は負傷にうめき声をあげている。たっぷりと修理費、治療費がかかることだろう。その後始末は当然彼にまわってくるのだ。考えると、ドッと虚しさと疲れが襲ってきた。アルスターは頭を振って自分を慰めた。
(いいではないか成功しないよりは……天だけは、きっと私の努力をわかってくださる)
ふと気づくと、目の前に妻が立っていた。体中泥だらけな上、どう見ても機嫌が良くは見えない。
「おまえ……け、怪我は無かったかい」
恐る恐る声をかける。だが愛する妻は冷たかった。
「屋敷を売ってまで開いた式典がこの馬鹿騒ぎですの? 見損ないましたわ! 私、実家へ帰らせていただきますっ!」
ぴしゃりと言うなり、さっさと行ってしまった。
「ま、待っておくれ……ぐあ!?」
慌てて追おうとしたアルスターは、後ろからがしりと襟首を捕まえられ、目を白黒させた。
「どこへ行くアルスター? ん~~貴様、飲んでおらんなあ」
「へ、陛下……ウプッ」
有無を言わさず酒を流しこまれる。ドリスト以下、取り巻きの不良騎士達に捕まってはもう宴会を逃れるすべは無かった。
妻の背中が無情に遠ざかってゆく。
忠臣アルスターの苦難の日々はまだまだ終わらないようだ。
妻の背中が無情に遠ざかってゆく。
忠臣アルスターの苦難の日々はまだまだ終わらないようだ。
-完-
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