【リンニイスの休日】-後編-
ひょんなことから意気投合したカーレオンの王女メリオット――今はポリネアと名乗っている、と絵描きのミリアは、昼食をとりながらリンニイス城の絵を鑑賞して盛り上がっていた。
「ここのテラスでは、おにい……じゃなくて、この国の王様がよくお昼寝をしてるの。で、それをボアルテっていう司教がいつも嘆いているわ。それから、こっちの――」
メリオットは、リンニイス城の様子を事細かにミリアに話した。
「詳しいんだね。お城に住んでるみたい」
「えっ、お、お兄ちゃんがお城で働いてるから!」
しどろもどろに言い逃れる。
「ふうん」
ミリアはパンをかじった。
「ミ、ミリアちゃんはあちこち旅をしているんだよね」
急いで話題を変えるメリオット。
「そうね、いろんなものを描こうと思ってたら自然とそうなっちゃったのよ」
ミリアは照れたように笑い、メリオットはため息をついた。
「いいなぁ。自分の行きたいところに自由に行けるなんて。私ももっと自由になりたい」
「ちょっとぐらい自分の思い通りにならないからって、自由じゃないと思ったらだめよ。心は誰だって、いつだって自由なはずだもの」
「でも、ミリアちゃんはいろんなところに行って素敵なものをたくさん見ているんでしょ?」
「あなたが知らない素敵なものは、この街にもたくさんあるわ。ご飯を食べたら、この街を冒険しましょ!」
食事を終えた後、ふたりは夕方まで街を歩いてまわった。ミリアはメリオットの知らない様々なことを知っていた。見なれた街並みもミリアと歩くと発見と驚きに満ち溢れていた。
「私、誰かとこんなに楽しくおしゃべりしながら街を歩いたの、初めてなの。だからすっごく幸せ!」
「あたしもお友達ができて嬉しいわ」
「お友達……?」
「そう、あたしたちはずっとお友達よ。あたしは旅に出てしまうけれど、この街に来た時にはまた遊んでちょうだいね、ポリネアちゃん」
ミリアの微笑みを見て、メリオットの胸がちくりと痛んだ。自分はうそをついている。ミリアがこの街に戻ってきても、ポリネアなんていう女の子はどこにもいない。メリオットは真実を告げなくてはと思い、ミリアの手をとった。
「ミリアちゃん……わたし、本当は……」
「やっと見つけましたよ!」
いきなり背後から飛んできたの男の声にメリオットの心臓が飛び上がった。振り向くと、頭から湯気を立ち昇らせたシュストが立っていた。
「あなたはさっきの! ポリネアちゃん、後ろに隠れて」
ミリアは絵の具箱を武器に身構えた。
「違うの、違うのミリアちゃん!」
「え?」
「私、もう帰らなきゃ……」
「そうしていただけると、大変助かります。明日の式典の準備も済んでないのですから」
「……ちゃんと出席します」
シュストに言ってから、状況を掴めないでいるミリアの方を向く。
「ごめんなさい、ミリアちゃん。私、ウソついてたの」
メリオットは一度深く息を吸い込んだ。
「私の本当の名前は、メリオット……この国の、王女なの」
「メリオット王女……」
ミリアが呆然と繰り返す。その様子を見て、メリオットは泣きたくなった。
誰が、うそつきと友達でいてくれるだろう?
せっかくできた友達をこんなにも早く失ってしまうなんて。
誰が、うそつきと友達でいてくれるだろう?
せっかくできた友達をこんなにも早く失ってしまうなんて。
「ごめんなさい……私……本当のことを言ったら連れ戻されると思ったから……」
もう遅いと思ったが、あやまらずにはいられなかった。
「本当に、ごめんなさい!」
すると。
「ぷっ、あははは!」
ミリアは突然笑い出した。メリオットは何がおこったのかわからずにとまどった。彼女はひとしきりおなかを抱えて笑うと、目じりの涙をぬぐいとって言った。
「いや~、あたしもあちこち旅してるけど、さすがにお姫様と遊んだのは初めてね!」
ミリアはメリオットの肩に手を置いた。
「謝る必要なんてないわ、メリオット姫。お姫さまだったからって、あなたがあなたじゃなくなるわけじゃないもの。それにあなたがうそつきなら、あたしだってうそつきよ。ね、おにいさん?」
ミリアがシュストの方を見ると、彼は昼間彼女にまんまとだまされたのを思い出したようで、ばつが悪そうに舌打ちした。
「それじゃあ……はい、友情の証!」
ミリアはメリオットに一枚のキャンバスを差し出して微笑んだ。描き上がったばかりの、青い海を背にしたリンニイス城の絵だった。
「あたしたちは、これからもお友達よ。それとも、ただの絵描きがお友達なのはいや?」
「そんなことない! これ、ありがとう!」
メリオットは一気に喜色満面だ。
「じゃあ、あたしはそろそろ宿に帰らないといけないから」
すっかり暗くなった空を見上げてミリアが言った。
「うん、私もお城に帰らなきゃ。さよなら。今日はとても楽しかった」
「あたしもよ。さよなら、メリオットちゃん」
メリオットはミリアと堅い握手を交わすと、城へと歩き出した。
「今日、知り合ったのですか?」
後からついてきたシュストがたずねてきた。
「……うん」
メリオットはこわごわと答えた。
「友人は、かけがえのないものです。大切にしてください」
思いがけず優しいシュストの言葉に、メリオットは拍子抜けして彼を見た。シュストはメリオットに見つめられていることに気づくと、慌てて咳払いをして顔をしかめた。
「それと、今度からは逃げ出せないように付き添いの人数を増やすことにします」
「えーっ!?」
メリオットはぶつぶつと文句を言い、それから大事なことに気づいた。彼女は振り向いて、叫んだ。
「ミリアちゃん! また会おうね!」
メリオットの言葉にミリアは笑顔で大きく手を振って応えた。
-完-
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