【宵闇の道】-前編-
アルメキアの騎士ゲライントの愛刀は虎徹。
そもそもは、ゲライントの師である剣聖エスクラドスがその功績をたたえられ、アルメキア王から下賜されたものだ。
ところが、エスクラドスは虎徹を一瞥しただけでゲライントに放ってよこした。
そもそもは、ゲライントの師である剣聖エスクラドスがその功績をたたえられ、アルメキア王から下賜されたものだ。
ところが、エスクラドスは虎徹を一瞥しただけでゲライントに放ってよこした。
「ゲライント、その刀は好きに使うがいい」
あわてたのはゲライントだ。
「師匠が王から賜った名刀を私が使うなど、おそれ多くてできません!」
「王にはワシから言っておく。たとえ無銘といえど、慣れた刀の方がワシには使いやすい」
エスクラドスは、そう言って屈託のない笑顔を見せた。虚飾に踊らされることのない、寡欲な人物なのだ。
「しかし、刀一本に心を惑わされているようでは、まだまだおまえに皆伝をやることはできんな」
ゲライントは恐縮して頭を下げた。その様子を眺めながら剣聖は続けた。
「道を定めたら、惑わず、ただ信じて突き進むのみ。人生は宵闇の道。信じる星だけを頼りに暗闇の中を歩まねばならん。だが、道を照らす星の光はあまりにもか細い。おまえには、信じる星があるか?」
「師が、私の星です」
「ふむ、世辞を言ってもこれ以上なにも出ぬぞ」エスクラドスは、大声で笑った。
ゲライントは憮然とした。本人はいたって大真面目だったのだ。
「……ゲライント!」
突然の呼びかけにゲライントは、はっとした。
「どうしたんだ、ぼうっとして?」
気がつけば、若き君主ランス王子がのぞきこむようにして、彼を見つめている。
ゲライントはランスに付き添い、まだつぼみもほころびていない中庭を散策している最中だった。今年は春の訪れが遅く、風も冬を引きずっているかのように冷たい。あるいはこの地方では毎年こうなのかもしれない。ふたりがいるのは祖国アルメキアではなくその西に位置するパドストー。祖国は王国軍総帥ゼメキスの反乱に滅ぼされ、パドストーのコール老公に迎え入れられているのだ。
ゲライントはランスに付き添い、まだつぼみもほころびていない中庭を散策している最中だった。今年は春の訪れが遅く、風も冬を引きずっているかのように冷たい。あるいはこの地方では毎年こうなのかもしれない。ふたりがいるのは祖国アルメキアではなくその西に位置するパドストー。祖国は王国軍総帥ゼメキスの反乱に滅ぼされ、パドストーのコール老公に迎え入れられているのだ。
「申し訳ありません、ランス様」
ゲライントは、非礼を詫びた。
「疲れているのか?」
「いえ、ただ今後のことについて少々思案していただけです」
半分は本当であり、半分は嘘だった。
「そうか」
ランスは、どんよりと曇った空を見上げた。
剣聖エスクラドス、帝国の騎士として現る。
この知らせは、ゲライントを打ちのめした。誰にも悟られないように取り繕ってはいたが、師と仰ぐ老剣士の裏切りは、ゲライントの心に深い傷を与えていた。なぜ、剣聖とまで呼ばれたたえられた師がアルメキアを裏切ったのか。長年をつきあってきたゲライントにすらまったくわからなかった。
剣聖エスクラドス、帝国の騎士として現る。
この知らせは、ゲライントを打ちのめした。誰にも悟られないように取り繕ってはいたが、師と仰ぐ老剣士の裏切りは、ゲライントの心に深い傷を与えていた。なぜ、剣聖とまで呼ばれたたえられた師がアルメキアを裏切ったのか。長年をつきあってきたゲライントにすらまったくわからなかった。
(なぜです、師匠。なぜよりによって帝国などに加担するのです)
師の裏切りを知った日から何度となく心の中で繰り返した疑問。しかし、その問いに答える師はここにはいない。
ランスが、曇天に視線を向けたままゲライントに言った。
ランスが、曇天に視線を向けたままゲライントに言った。
「北方のノルガルドに対する守備はメレアガントさんにお願いしようと思う。オークニーは、ゲライントに頼む」
ゲライントは頭を下げながら、心の片隅に安堵している自分がいることに気づいた。帝国へとつながる南北ふたつの街道の途中には、ともに敵の拠点があるが、南側のエオルジアの将はエスクラドスだという。
「……それから、南のエオルジアへは私が出ようと思う」
ランスの言葉にゲライントは驚いた。ランスがエオルジアの将が誰であるかを知らぬはずがない。
「なりませぬ! 剣聖を相手にするなど、死にに行くようなものです!」
王子はゲライントを見た。
「助けてもらった立場である私が後方にいるわけにはいかない」
「ランス様に万一のことがあれば、アルメキアはどうなります。まして相手はあの剣聖ですぞ!」
「どんなに強かろうと、いつかは誰かがエスクラドスを倒さなければいけないんだ」
「戦力から言えば、むしろ私が……!」
そこまで言ってゲライントは言葉を失った。
王子はゲライントが隠していた感情を察し、師弟が戦わぬように配慮してくれたのだ。
王子はゲライントが隠していた感情を察し、師弟が戦わぬように配慮してくれたのだ。
「王国は復興してみせる。だけど、ゲライントが余分につらい思いをすることはない」
ランスはゲライントをいたわるように言って、微笑んだ。
剣聖エスクラドスとの戦いは、彼らにとって避け得ぬ戦い。ゲライントをまっすぐに見つめるランスの瞳には確かな決意がある。
その迷いのない瞳に、ゲライントは師の言葉を思い出した。
剣聖エスクラドスとの戦いは、彼らにとって避け得ぬ戦い。ゲライントをまっすぐに見つめるランスの瞳には確かな決意がある。
その迷いのない瞳に、ゲライントは師の言葉を思い出した。
――惑わず、ただ信じて突き進むのみ。
信じる道をまっすぐに進むこと、それがゲライントがエスクラドスに学んだ最も重要なことだ。地上では互いの敵かもしれないが、道を貫くことこそ、師の教えに報いる唯一の方法。
ゲライントは、ランス王子が大陸を平和に導く希望の星と信じている。ならばたとえそこに立ちふさがるのが師であろうと、行動あるのみ。
ゲライントは、ランス王子が大陸を平和に導く希望の星と信じている。ならばたとえそこに立ちふさがるのが師であろうと、行動あるのみ。
「私を、行かせてください」
ゲライントは自分でも驚くほど冷静に、ランスに願い出た。
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