【宵闇の道】-後編-
ゲライントは戦場を駆けた。
目指す敵はただひとり。敵味方入り乱れる戦場で、彼には通るべき道筋が軌跡のようにはっきりと見えている。はるか前方で刀を下段に構え、精神を集中するように瞳を閉じている騎士こそ目指す敵将エスクラドス。活殺自在の剣を操る剣聖にして、ゲライントの師。
ゲライントは鯉口を切り地面をするように駆ける。得物は名刀虎徹。いまでは彼の手にすっかり馴染んだこの刀は、エスクラドスから譲り受けたものだ。
あと五歩。
虎徹が鞘走り、白刃がきらりと陽光を反射する。
三歩。
エスクラドスの瞳が開かれた。冷たい双眸に温和な師の面影はない。
二歩。
ゲライントは師の顔に笑みが浮かぶのを見た。
一歩――
目指す敵はただひとり。敵味方入り乱れる戦場で、彼には通るべき道筋が軌跡のようにはっきりと見えている。はるか前方で刀を下段に構え、精神を集中するように瞳を閉じている騎士こそ目指す敵将エスクラドス。活殺自在の剣を操る剣聖にして、ゲライントの師。
ゲライントは鯉口を切り地面をするように駆ける。得物は名刀虎徹。いまでは彼の手にすっかり馴染んだこの刀は、エスクラドスから譲り受けたものだ。
あと五歩。
虎徹が鞘走り、白刃がきらりと陽光を反射する。
三歩。
エスクラドスの瞳が開かれた。冷たい双眸に温和な師の面影はない。
二歩。
ゲライントは師の顔に笑みが浮かぶのを見た。
一歩――
「はあぁっ!」
立ち止まることなくゲライントは、上段の刀を風を切り裂くような勢いで振り下ろした。しかし、剣聖は刀を頭上に掲げゲライントの一撃をすらりと受け流す。すべる刃が火花を散らした。その火花が消えるよりも早くゲライントは手首を返し、突く。エスクラドスはこれも軽く身をひねってかわす。
「ゲライント、おまえは何を学んだ?」
続けざまの打ちこみを左右にかわしながら、エスクラドスがあざけった。
「遅すぎる。その程度の腕でワシを倒せると思っているのか?」
「まだまだ、これから!」
答えるやいなや太刀風が耳元でうなり、一拍遅れてゲライントの頬にひとすじの血が流れた。
「強気だが、息が乱れているぞ」
「くっ!」
ゲライントは、間合いをとった。額には汗がにじんでいる。
ふたりは対峙したままにらみ合う。
沈黙を破ったのはエスクラドスだ。一息で間合いに飛び込み、上かと思えば下。右かと思えば左と、間断なく刃を打ち込んでくる。まるで複数の敵を相手にしているかのようだとゲライントは思った。いくつもの裂傷が体に生じる。それでもゲライントは倒れない。
ふたりは対峙したままにらみ合う。
沈黙を破ったのはエスクラドスだ。一息で間合いに飛び込み、上かと思えば下。右かと思えば左と、間断なく刃を打ち込んでくる。まるで複数の敵を相手にしているかのようだとゲライントは思った。いくつもの裂傷が体に生じる。それでもゲライントは倒れない。
「守ってばかりでは勝てぬぞ。ワシを斬るのではなかったか!」
「まだまだ……!」
ゲライントは剣聖の刀を受けとめ、つばぜり合いへと持っていく。しかし疲労は極致に達しており、エスクラドスを押し返す力がない。逆に押しきられ、跳ね飛ばされるようにして後退した。剣聖は、構えを正眼へと変じた。
「おまえの力は、その程度か。来い、ゲライント! 持てるすべての力をもってワシに向かってくるがいい」
力量の差は、歴然と言えた。たったひとつ、ゲライントがエスクラドスに勝るものがあるとすれば、戦いに臨んでの覚悟。
ゲライントは小さくうなずき、それから若き主君ランスのことを考えた。
ゲライントは小さくうなずき、それから若き主君ランスのことを考えた。
(ランス様……このゲライント、一命にかえてもエスクラドスを止めてみせます。どうか、アルメキア王国を復興し、大陸の秩序を回復させてください!)
もう一度、エスクラドスを見た。
狙うは、相討ち。
どちらが先ということもなく、互いに駆け出した。間合いが瞬く間に狭まる。
狙うは、相討ち。
どちらが先ということもなく、互いに駆け出した。間合いが瞬く間に狭まる。
「はあっ!」
「ふんっ!」
勝敗は一瞬で決した。
ゲライントは、あえて敵の切っ先に身をさらし、飛び込んだ。ために、エスクラドスは打ち込む呼吸を乱され、わずかに手元が狂った。エスクラドスの刀はゲライントを貫いたものの、急所を外れ肩に突き立った。
ゲライントの体に激痛が走ったが、それは予想されたこと。そのまま渾身の力をこめて突きを繰り出す。
虎徹は、吸い込まれるようにエスクラドスの胸を貫いた。
ゲライントは、あえて敵の切っ先に身をさらし、飛び込んだ。ために、エスクラドスは打ち込む呼吸を乱され、わずかに手元が狂った。エスクラドスの刀はゲライントを貫いたものの、急所を外れ肩に突き立った。
ゲライントの体に激痛が走ったが、それは予想されたこと。そのまま渾身の力をこめて突きを繰り出す。
虎徹は、吸い込まれるようにエスクラドスの胸を貫いた。
「……見事」
エスクラドスは力を失い、よろめくとゲライントに覆い被さってきた。ゲライントは苦痛をこらえながら、師の体を抱きとめた。
ふたりは、そのまま時が止まったかのように動かなかったが、やがて剣聖が噴出すように笑った。
ふたりは、そのまま時が止まったかのように動かなかったが、やがて剣聖が噴出すように笑った。
「不思議なものだ、負けたというに、笑わずにはおられん……ワシを超えたな、ゲライント……」
師の笑いは、ゲライントの記憶にあるのと同じ、快活な笑い。とても血に狂っていたとは思えなかった。だからこそ、ゲライントは問わずにはいられなかった。
「師匠、あなたはなぜ……」
「言ったであろう。人生は宵闇の道……迷うことも、ある」
問いが終わらぬうちにエスクラドスは答え、大きく息をついた。
「どうやらおまえは命をかけられるほどの道を見つけたようだな。……その道、見失うなよ」
エスクラドスは己の体から虎徹を引きぬくと、二歩、三歩とあとずさる。刀を杖代わりに体の正面につくと仁王立ちになり、叫んだ。
「我が剣、いまだ道半ばなり」
どう、と前のめりに倒れた。
それが、剣聖エスクラドスの最期だった。
エストレガレス軍は退却し、戦いはアルメキアの勝利に終わった。
それが、剣聖エスクラドスの最期だった。
エストレガレス軍は退却し、戦いはアルメキアの勝利に終わった。
ゲライントは、師のなきがらを手厚く葬った。
(エスクラドス師、たとえ一時は敵対したといえど、あなたの教えは確かに私の中にあります。見ていてください。私は信じる道を最後まで貫き通します)
ゲライントが師の墓標に誓うと、脇に生えている木から若葉が数枚、はらりと落ちた。鳥が枝から飛び去ったせいかもしれない。だがゲライントには、それは師が斬ったもののように思えてならなかった。
-完-
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