【夜天紅炎】-前編-
城内のあちこちから天へと伸びる炎が夜空を赤く染め上げている。
「くそっ! なにがどうなっているんだ!」
アルメキア王国の騎士シュトレイスは、何が起こっているのかも把握することができずに王宮内を奔走し、騎士ソレイユを捜す。ソレイユならば何が起こっているのか説明してくれるに違いないのだ。ソレイユはシュトレイスの義兄弟で、頭も切れる。
ソレイユを捜して走るシュトレイスの耳に、騒音に混じって、ふと誰かの呼び声が聞こえてきた。シュトレイスは立ち止まると耳を澄ませた。
ソレイユを捜して走るシュトレイスの耳に、騒音に混じって、ふと誰かの呼び声が聞こえてきた。シュトレイスは立ち止まると耳を澄ませた。
「ランス王子~!」
声の主はどうやら、アルメキアの王子ランスを捜しているようだった。シュトレイスは声のするほうへと足を運ぶ。すると、煙の向こうから少年があらわれた。王子の乳兄弟、アーヴィンだった。シュトレイスも何度か言葉を交わしたことがある。
「アーヴィン!」
シュトレイスはアーヴィンに呼びかけ、小走りに駆け寄った。
「シュトレイス!」
アーヴィンもシュトレイスに気付く。
「クーデターです!」
おそらく何人もの人間に問われたのだろう。シュトレイスが尋ねるよりも早くアーヴィンは言った。少年の上着には返り血と思われる血がべっとりとついている。すすまみれになっている顔や腕にもいくつもの傷がついていた。
「ゼメキス将軍が、ヘンギスト王に叛したのです。王はすでにこの世にありません……」
「……そうか」
シュトレイスはアーヴィンの肩に手を置く。
「おまえはここを脱出しろ。王子の乳兄弟ともなれば、ゼメキスの手の者に見つかればただではすまんぞ」
しかし、アーヴィンは首を横に振る。
「いいえ、ランス王子を見つけなくては! お願いですシュトレイス、王子を捜すのを手伝ってください!」
ゼメキスの反乱が成就したも同然のこの状況で生き延びるためには、シュトレイスはソレイユとともに一刻も早く都を出なければならない。だがアルメキアの騎士としての自分が、アーヴィンの頼みを無視することを拒んだ。
(許せ、ソレイユ……)
シュトレイスは心の中でソレイユに詫びてから、アーヴィンに深く頷いて見せた。
「わかった、王子を捜すのを手伝おう」
「ありがとう!」
王宮は広い。シュトレイスとアーヴィンは、ランス王子を懸命に捜したが、王子の姿はどこにも見えない。捜索の間、何度か反乱軍配下のモンスターに遭遇し、実戦経験の少ないアーヴィンを守りながら闘うシュトレイスの体には傷が増えていった。時刻は深夜。眠気と寒さで疲労も極限となっている。
王宮の二階の回廊まで来たとき、シュトレイスは王都ログレスの街並を見渡してみた。街の数ヶ所から火の手があがっている。おそらく王党派の人間を狩り出しているのだろう。アーヴィンも、疲れきった様子でぼんやりと街を眺めている。
その時、城門のあたりで何かがきらりと光った。最初は何かが激しく燃えあがった際の閃光かと思ったが、よくみれば違う。人だ。光っているのは、黄金の鎧が炎を反射しているのだ。
王宮の二階の回廊まで来たとき、シュトレイスは王都ログレスの街並を見渡してみた。街の数ヶ所から火の手があがっている。おそらく王党派の人間を狩り出しているのだろう。アーヴィンも、疲れきった様子でぼんやりと街を眺めている。
その時、城門のあたりで何かがきらりと光った。最初は何かが激しく燃えあがった際の閃光かと思ったが、よくみれば違う。人だ。光っているのは、黄金の鎧が炎を反射しているのだ。
「アーヴィン!」
シュトレイスは、城門を指差した。金色の鎧に身を固めたランス王子だった。王子の背後を守るようにして付き従っているのは、騎士ゲライントに違いない。
アーヴィンはシュトレイスが指差す先を眺める。それから、
アーヴィンはシュトレイスが指差す先を眺める。それから、
「ランス王子~!」
喉の奥から搾り出すようにして叫んだ。しかしその声は王宮内の混乱が巻き起こす喧騒にかき消され、王子は振り返ることなく城門をくぐり、ログレスの街の闇の中へと消えていった。
王子の姿が見えなくなるとアーヴィンは力尽きたようにその場に座り込んだ。シュトレイスはアーヴィンを揺さ振った。
王子の姿が見えなくなるとアーヴィンは力尽きたようにその場に座り込んだ。シュトレイスはアーヴィンを揺さ振った。
「アーヴィン、ぐずぐずしているひまはない。早く王宮を脱出するぞ!」
アーヴィンは、うつむいたまま動かない。
「おい!」
シュトレイスがもう一度強く促すとアーヴィンは頷いて立ちあがったが、あろうことか城の奥へと歩き出した。
「どこへ行く気だ! 出口は逆だぞ!」
シュトレイスは、アーヴィンの肩をつかんだ。背を向けたまま少年は言った。
「僕はいかない」
「なに!?」
アーヴィンは振り返り、シュトレイスをまっすぐに見つめて繰り返した。
「僕は、いかない。ここに残る」
「馬鹿をいうな、死ぬ気か!」
シュトレイスは、アーヴィンが自ら死を選ぼうとしているのかと考えた。しかし、それは大きな間違いだった。
「王は倒れた。アルメキア王国は終る。だから僕は、ゼメキスの下につく」
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