【荒野の影】-後編-
低くたれ込めた雲が日の光を遮り、まだ昼だというのに荒野は暗い。
その荒野の中心でイスカリオ国王ドリストと正体不明の女騎士とがにらみ合っていた。女騎士は異質な黒い服を身にまとい、銀のかぶとの下からは紅の眼光を鋭く放っている。ドリストの背後に立つアルスターは、襲われる理由もわからないままに、どうしたものかとおろおろしていた。
戦いは静かに始まった。女騎士は影のように動き、音もなく間合いを一息に縮め、両穂の槍の一端でドリストを突いた。
その荒野の中心でイスカリオ国王ドリストと正体不明の女騎士とがにらみ合っていた。女騎士は異質な黒い服を身にまとい、銀のかぶとの下からは紅の眼光を鋭く放っている。ドリストの背後に立つアルスターは、襲われる理由もわからないままに、どうしたものかとおろおろしていた。
戦いは静かに始まった。女騎士は影のように動き、音もなく間合いを一息に縮め、両穂の槍の一端でドリストを突いた。
(速い……!)
アルスターは女の動きに息を呑む。しかしドリストも負けてはいない。
キンッ!
真紅の大鎌の柄を使い、槍の穂先を右へとそらす。女騎士は勢いを殺すことができずわずかにたたらを踏んだが、すぐに体勢を立て直した。すべてが一瞬の出来事だ。これほどの速さの攻防をアルスターは見たことがなかった。下手に加勢などすれば足手まといになるだろう。
「ケッ、やるじゃねェか」
ドリストが言った。
他方、女は無表情のまま。どのような感情も読みとることができない。アルスターの背中を嫌な汗がつたった。女は人間というよりも、むしろ人形のようだった。
次の瞬間、女は再び動いた。赤い髪がなびいたかと思うと、もう間合いを詰め、突きを繰り出している。
他方、女は無表情のまま。どのような感情も読みとることができない。アルスターの背中を嫌な汗がつたった。女は人間というよりも、むしろ人形のようだった。
次の瞬間、女は再び動いた。赤い髪がなびいたかと思うと、もう間合いを詰め、突きを繰り出している。
「フンッ」
ドリストはそれをまたもや鎌でそらす。
続けて数回、女は突きを繰り出した。寸分違わず急所を狙っていたが、ドリストはそのすべてをはじいた。アルスターは二人の動きを追うのが精一杯だ。今のところすべての攻撃を回避しているとはいえ、ドリストは防戦一方。大陸中で彼と渡り合えるものがわずかしかいないことを考えると、ドリストが押されているという事実は信じがたいことだった。
続けて数回、女は突きを繰り出した。寸分違わず急所を狙っていたが、ドリストはそのすべてをはじいた。アルスターは二人の動きを追うのが精一杯だ。今のところすべての攻撃を回避しているとはいえ、ドリストは防戦一方。大陸中で彼と渡り合えるものがわずかしかいないことを考えると、ドリストが押されているという事実は信じがたいことだった。
「へ、陛下!」
敵の攻撃をあわやというところでかわした主君を見て、思わずアルスターは叫ぶ。だが、その表情を見てアルスターはさらに驚いた。
(笑っていらっしゃる……)
余裕などあるはずがない。にもかかわらず、ドリストの顔には笑みが浮かんでいた。
(陛下は何を考えていらっしゃるのだ!?)
「その殺意……気に入ったぜェ!」
ドリストは言った。女騎士は何も答えず突きを繰り出す。
「だがなァ!」
それまで攻撃を左右にはじくばかりだったドリストは、ここで敵の槍を上方にそらし、そのまま互いの武器の柄で組み合った。
「目が気にいらねェ。テメェと同じ目をした奴を知ってるぜ。……狩られるウサギだ!」
ドリストは文字通り目と鼻の先にある女の紅い瞳を値踏みでもするかのようにのぞき込む。
「獣だって目の前の奴が敵かどうかは区別するってもんだ。近付く奴に片っ端から牙をむくたァ、テメェは手負いの獣よりタチが悪いようだなァ!」
女は無言で飛び退き、再び槍を構えた。ドリストは鎌を右肩に担ぎ、とんとんと肩を叩く。
「テメェが何におびえているのかは俺様の知ったこっちゃねェ。だがどうあがいても、ウサギはウサギだ。狩られてくたばるのがオチだぜェ」
しゃべり続けるドリストは隙だらけだ。女がその好機を逃すはずがなく、ここぞとばかりに突進する。ドリストは迫りくる黒い影を避けようともしない。アルスターは総毛立った。
しかし穂先が体を貫こうかというその時、ドリストは腹の底から響くような声で女騎士に向かって一喝した。
しかし穂先が体を貫こうかというその時、ドリストは腹の底から響くような声で女騎士に向かって一喝した。
「俺様と来いッ!」
同時に女の槍がドリストを襲う。繰り出された槍の穂先をドリストは左手で受け、握りしめた。
いくら厚手の革手袋といっても無事ですむはずはない。ドリストの左手から槍の穂先をつたった血が滴り落ちる。女はもがいて槍を引き抜こうとするが、ドリストは痛みなど感じていないかのようにしっかりと刃を握ったまま放さない。
いくら厚手の革手袋といっても無事ですむはずはない。ドリストの左手から槍の穂先をつたった血が滴り落ちる。女はもがいて槍を引き抜こうとするが、ドリストは痛みなど感じていないかのようにしっかりと刃を握ったまま放さない。
「狩られるよりも狩る方が楽しいぜェ! テメェには力がある。俺様と来ればこのクソつまらねェ世の中を全部ブチこわしてやることができる!」
そう言ったドリストと女騎士との視線が交錯した。その刹那、二人の間に交わされたものが何であるのか、アルスターにはわからない。だが彼にも槍を引き抜こうとする女の力がわずかに緩んだのが見えた。
「ん~、わかったようだな」
その機を逃さずドリストは右手の鎌を頭上で器用にくるりと半回転させる。そして。
「じゃ、寝てな!」
そう言うなり、石突きを女の鳩尾めがけて繰り出した。石突きは鈍い音と共に命中し、女騎士は一瞬動きを止めた後、うめき声をあげることもなく倒れた。
「陛下、大丈夫ですか!?」
アルスターはドリストに駆け寄った。
「ケッ、こんなの怪我のうちに入るか!」
ドリストは左手の怪我にも頓着せず、足元の女騎士を見下ろしている。
「それより面白いもんを拾った。アルスター、帰るぞ。カーレオンへの挨拶はまた今度だ」
「まさか、連れて帰るおつもりですか?」
おずおずとアルスターは尋ねる。
「まあな」
「しかし身元も分からないような騎士を……第一、また襲いかかってきたら……」
「文句があるのかアルスター。テメェを斬り捨ててからこいつを拾っていってもいいんだぜェ? ん~~?」
「も、文句などございません!」
アルスターは街道での出来事を思い出し、真っ青になって首を振った。ドリストはアルスターを無視して倒れている女騎士の横にかがみ込むと、新しい玩具を手に入れた子供ような表情で言った。
「今日からテメェは、俺様の騎士だ」
イスカリオの狂王ドリストの横に影のように付き従う騎士イリアの姿が見られるようになるのは、これよりわずかに後のことである。
-完-
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