【赤い残映】-後編-
戦いに生きる騎士ヘルラートは、アルメキア王都ログレスの広場で偶然見かけた騎士レイオニールに強引に手合いを申し込んだ。気取った態度が気にくわなかったし、何より彼はレイオニールの太刀筋に興味があったのだ。
二人は広場の中央まで進むと、それぞれの得物を構えて対峙した。ヘルラートが手にしているのは片手で扱う長剣、対するレイオニールは両手持ちの太刀。夕暮れの広場、新たな戦いに野次馬たちの喚声が高まった。
二人は広場の中央まで進むと、それぞれの得物を構えて対峙した。ヘルラートが手にしているのは片手で扱う長剣、対するレイオニールは両手持ちの太刀。夕暮れの広場、新たな戦いに野次馬たちの喚声が高まった。
そして、戦いは始まった。
ヘルラートは敵に向かって突進し、剣を頭上から打ちおろす。だがレイオニールはそれをあっさりと刀で受け流した。攻撃をかわされたことに舌打ちする間もなく、レイオニールの刃がヘルラートを襲う。ヘルラートは体を大きく左に泳がせてその攻撃を避けた。続けて数度打ち合う。それでも互いに傷を負わせることはできない。
ヘルラートは敵に向かって突進し、剣を頭上から打ちおろす。だがレイオニールはそれをあっさりと刀で受け流した。攻撃をかわされたことに舌打ちする間もなく、レイオニールの刃がヘルラートを襲う。ヘルラートは体を大きく左に泳がせてその攻撃を避けた。続けて数度打ち合う。それでも互いに傷を負わせることはできない。
「ふん、やはりな。いい太刀さばきだ」
間合いを取ってヘルラートは言った。
「これほどの腕を持ちながら戦わぬとは、何様のつもりか?」
「剣はみだりに振るうものではない」
レイオニールが答える。
「大陸には力を欲する者がごまんといる。それを後目に貴様は役にも立たぬ修行に明け暮れるわけか。ずいぶんと優雅なことだ」
「師の言葉に耳を傾け、己を錬磨することこそ我が生きる道」
「師の言葉だと……?」
その言葉にヘルラートは己の過去を思い出し、冷笑を浮かべた。
「くだらんな。俺の師はすでに亡い。俺が初めて斬った人間、それが師だ。剣は命のやりとり。殺すことによってのみ相手を越えられる。貴様のぬかす剣の道など、遊戯も同然と知れ」
ヘルラートのあざけりの言葉にレイオニールはわずかな沈黙の後、穏やかに答えた。
「この世界にあるもの、すべてが私の師。万物のささやきに耳を澄ますだけで、学ぶべき事は尽きぬ。越えることなど夢のまた夢」
「戯れ言をッ!」
ヘルラートは再びレイオニールに向かった。いつまでも戦っていられるわけではない。日はすでに没した。夜の闇が広場を覆う前に決着をつけなければならない。
観衆は固唾を呑んで二人の戦いを見守っている。
意を決したヘルラートは石畳を蹴って跳躍した。レイオニールは不動のままに刀の切っ先を下げ、静謐な目でヘルラートを見据えている。その怖れのない目がヘルラートをいらだたせた。
観衆は固唾を呑んで二人の戦いを見守っている。
意を決したヘルラートは石畳を蹴って跳躍した。レイオニールは不動のままに刀の切っ先を下げ、静謐な目でヘルラートを見据えている。その怖れのない目がヘルラートをいらだたせた。
(これで終わりだッ!)
ヘルラートは十分に力を乗せきった剣を左から右へと払った。間合いを詰めながら大きく薙ぎ払うこの一撃は、敵が左右どちらに飛び退いてもこれを切り裂り、かといって武器で受ければその武器ごと相手を断ち切る必殺の攻撃。この技でヘルラートは敵をことごとくうち破ってきた。技を繰り出すヘルラートの顔に勝利を予感した笑みが浮かんだ。
だが次の瞬間、ヘルラートの視界から突如としてレイオニールの姿が消え、彼の目には暮れなずむ暗紅色の空が飛び込んできた。
だが次の瞬間、ヘルラートの視界から突如としてレイオニールの姿が消え、彼の目には暮れなずむ暗紅色の空が飛び込んできた。
(なに……!?)
ヘルラートの体が硬直する。視界の下方、深く体を沈み込ませたレイオニールが太刀を振り上げてきた。ヘルラートは振り切った剣を引き戻し、柄でレイオニールを打ち据えようとした。しかし、意思とは裏腹に危険を察した体がヘルラートのあごを引く。そのためにわずかに動作が遅れた。
一陣の風がヘルラートの顔をなでて駆け抜ける。
そして視界が鮮やかな赤に染まった。
とっさに押さえた左眼にぬるりとした血の感触がある。何が起こったのかを理解した途端、激烈な痛みがヘルラートを襲った。
一陣の風がヘルラートの顔をなでて駆け抜ける。
そして視界が鮮やかな赤に染まった。
とっさに押さえた左眼にぬるりとした血の感触がある。何が起こったのかを理解した途端、激烈な痛みがヘルラートを襲った。
「俺の……眼がぁッ!」
ヘルラートは叫びながら片手で顔面を覆ってうずくまる。
「これぞ、風に学びし秘剣つむじ風」
痛みをこらえるヘルラートに、レイオニールは勝ち誇るでもなく淡々と言った。
(まだだ! まだ俺は負けていないッ……!)
ヘルラートはそう言おうとして口を開いたが、口をついて出るのはうめき声ばかり。剣を頼りに立ち上がろうとも、血にぬめった手は剣の柄を虚しく滑る。彼は初めて敗者として無様な姿をさらしていた。
(敗北などありえぬ! 俺は……勝つッ!)
残された目をかっと見開き、敵の姿を求めると、レイオニールはすでに背を向けていた。立ち去ろうとする騎士のために観衆が道をあける。
(待てッ……!)
ヘルラートは手を伸ばす。しかし、レイオニールは二度と振り返ることなく、その姿は街の影の中に消えていった……。
「うああああああッ!」
ヘルラートは己の叫びに目を覚まし、ベッドから上体を跳ね起こした。シーツにはべったりと汗が染み付いている。意識をはっきりさせようと頭を数回振ってから床に降り、手近な窓を押し開いた。
外は夜。見上げれば空には星々が瞬いている。だが失われた左眼にはいまだに赤い残映が焼き付いたままだ。あの時のことは三年たった今でも毎晩のように夢に見る。ヘルラートは左眼の傷をすっとなでた。
外は夜。見上げれば空には星々が瞬いている。だが失われた左眼にはいまだに赤い残映が焼き付いたままだ。あの時のことは三年たった今でも毎晩のように夢に見る。ヘルラートは左眼の傷をすっとなでた。
「レイオニール……」
ヘルラートは低くつぶやく。胸の奥にうずく痛みがあった。
あの時、もしとっさに体を逃がさなかったら、おそらく彼は斬られていた。しかし敗北の烙印を押されてまで生き延びたという事実はヘルラートにとって死よりもつらい屈辱だった。いっそのこと殺されていれば、このようなうずきを感じることはなかっただろう。
このうずきを消す方法はただ一つ。
あの時、もしとっさに体を逃がさなかったら、おそらく彼は斬られていた。しかし敗北の烙印を押されてまで生き延びたという事実はヘルラートにとって死よりもつらい屈辱だった。いっそのこと殺されていれば、このようなうずきを感じることはなかっただろう。
このうずきを消す方法はただ一つ。
「レイオニール……待っていろ、俺は必ず貴様を越えてやる……!」
風の噂によれば、レイオニールは仕官したという。ならば、戦場で会うこともあるだろう。隻眼の黒騎士ヘルラート、残された彼の右眼は復讐の炎に熱くたぎっていた。
-完-
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