【王子と恋と初陣と】-後編-
丘の上からランスたち西アルメキア軍は敵拠点オークニー城を眺望していた。ここから祖国復興のための戦いが始まるのだ。
「敵の主力はロックとドラゴンの二体。それさえ倒せば、後はなんとかなるでしょう」
敵の布陣を凝視していた騎士ギルサスが振り向いた。
「不安ですか、ランス王子?」
「いいえ」
ランスは笑顔を返す。大将たる者、不安は見せられない。
「戦いを前に緊張するのは、当然のこと。こちらには王子のサラマンダーもおります。大丈夫、勝てますわ」
ランスの心情を汲んでくれたのか、騎士エフィーリアがいたわりの声をかけてきた。
「では王子、号令を」
ギルサスに促されランスは頷き、あらんかぎりの声を張り上げ号令をかけた。
「全軍前進!」
西アルメキア軍は北からエフィーリア、ギルサス、ランスと部隊を配置し、エフィーリアの部隊が先陣を切る予定になっていた。ところがその目論見は開戦直後に崩れた。敵が一斉に南側を進軍するランスの部隊へと向かって進撃を始めたのだ。大将がランスであることが看破されたようだった。
ランス部隊の主力、火竜サラマンダーはほとんどの敵と対等以上に渡り合う力を持つも、数の差はいかんともしがたい。部隊は隠しようもなく押されていたが、それでもランスは、負けられないという思いを胸に果敢に戦い続けていた。
急に周囲が暗くなった。頭上からの風を感じとっさに身をひねると、ランスのすぐ脇を巨大な鉤爪がかすめた。空を見上げると、そこにいたのは敵の主力モンスターである巨鳥ロック。ランスは剣を構えつつサラマンダーを呼んだ。火竜は命令に忠実に天を翔け来て巨鳥に襲いかかる。
だが安堵するのも束の間、今度は敵のもう一体の主力であるドラゴンまでもが現れた。戦わせる配下はいない。自分の力で倒すしかなかった。
ランス部隊の主力、火竜サラマンダーはほとんどの敵と対等以上に渡り合う力を持つも、数の差はいかんともしがたい。部隊は隠しようもなく押されていたが、それでもランスは、負けられないという思いを胸に果敢に戦い続けていた。
急に周囲が暗くなった。頭上からの風を感じとっさに身をひねると、ランスのすぐ脇を巨大な鉤爪がかすめた。空を見上げると、そこにいたのは敵の主力モンスターである巨鳥ロック。ランスは剣を構えつつサラマンダーを呼んだ。火竜は命令に忠実に天を翔け来て巨鳥に襲いかかる。
だが安堵するのも束の間、今度は敵のもう一体の主力であるドラゴンまでもが現れた。戦わせる配下はいない。自分の力で倒すしかなかった。
(負けるわけにはいかない!)
ランスは両手の剣を振りかざすと、敵に向かって跳んだ。だがそれより早くドラゴンはブレスを吐くために口を開く。
その時、ドラゴンの頭部が一瞬奇妙に揺らいだかと思うと、瞬く間に凍り付いた。ドラゴンは口腔のブレスを吐くことができずにのたうちまわる。
その時、ドラゴンの頭部が一瞬奇妙に揺らいだかと思うと、瞬く間に凍り付いた。ドラゴンは口腔のブレスを吐くことができずにのたうちまわる。
「勝てる相手と勝てない相手の見分けもつかないようでは半人前といわれても仕方ありませんよ!」
ギルサスだった。冷気の魔法フロストを放ってくれたのだ。
「ギルサスさん!」
ランスは声をあげた。
「今です、王子!」
ギルサスがもう一度フロストを放ち、同時にランスも斬りかかる。続け様の攻撃にドラゴンはやがて動かなくなった。
「やりました!」
強敵ドラゴンを倒した喜びにランスが笑顔で振り返ろうとすると、突然ギルサスがすごい勢いで体当たりをしてきた。訳も分からずにランスは吹き飛ばされる。
「ぐっ!」
ギルサスのくぐもった呻きが耳に入った。ランスが起きあがると、ギルサスは地面に倒れており、その傍らに血の付いた短剣のような武器を握った男が立っている。帝国の騎士だ。その黒装束を見た途端ランスは昨夜の人影を思い出した。あれは不安な心の見せた幻ではなかった。帝国には体術に優れ、諜報や暗殺を得意とする騎士がいるという。この男のおかげで帝国軍はランスの部隊を狙うことができたのだ。
「ギルサスさんッ!」
ランスは夢中で駆け、剣を振る。黒装束はそれを後ろに跳びすさって避けた。
「助けて下さったんですね」
ランスはギルサスの様子を見ようとひざを曲げた。
「どうせ助けるなら、女性がよかったんですがね」
軽口とは反対にギルサスは苦しそうに息をつく。ランスは立ち上がり、敵を真っ向から睨みつけた。
「だめです、王子……!」
「よくもギルサスさんを!」
ギルサスの引き留める声も聞かずランスは突進し斬りつける。だが、男は誘うように後退してその攻撃をかわした。
黒装束が飛び退くたびにランスは闇雲な突進を繰り返す。その光景にギルサスは唸った。傷を負ってはいても、魔法を放つことはできる。しかし王子が離れてしまってはそれも届かなくなる。敵の狙いもそこにあるのかも知れない。
そして、二人はついに魔法の範囲から抜け出し、ギルサスの危惧は現実のものとなった。攻撃を避けてばかりだった男は突如攻勢に転じた。すでにランスをかばえるものはあたりに何もない。黒装束の男は勝利を確信したはずだ。
だが、周りに巻き込むものの何もいない空間。それこそがランスの狙いだった。
ランスは突進をやめると大きく後ろへと跳躍し、男との間合いを取り高々と剣を振りかざした。
男の周囲にすっと影が落ちた。男は顔を上げ、空を見る。そこにあったのはまさに灼熱のブレスを吐かんとしているサラマンダーの姿。
そして次の瞬間、あたりは炎に包まれた。
炎の嵐が収まった後、黒装束の男の姿はどこにもなかった。探し出せばとどめが刺せたかもしれないが、ランスはそうしようとは思わなかった。主力モンスターを失った帝国軍は撤退を始めている。追撃はもはや無用だった。
黒装束が飛び退くたびにランスは闇雲な突進を繰り返す。その光景にギルサスは唸った。傷を負ってはいても、魔法を放つことはできる。しかし王子が離れてしまってはそれも届かなくなる。敵の狙いもそこにあるのかも知れない。
そして、二人はついに魔法の範囲から抜け出し、ギルサスの危惧は現実のものとなった。攻撃を避けてばかりだった男は突如攻勢に転じた。すでにランスをかばえるものはあたりに何もない。黒装束の男は勝利を確信したはずだ。
だが、周りに巻き込むものの何もいない空間。それこそがランスの狙いだった。
ランスは突進をやめると大きく後ろへと跳躍し、男との間合いを取り高々と剣を振りかざした。
男の周囲にすっと影が落ちた。男は顔を上げ、空を見る。そこにあったのはまさに灼熱のブレスを吐かんとしているサラマンダーの姿。
そして次の瞬間、あたりは炎に包まれた。
炎の嵐が収まった後、黒装束の男の姿はどこにもなかった。探し出せばとどめが刺せたかもしれないが、ランスはそうしようとは思わなかった。主力モンスターを失った帝国軍は撤退を始めている。追撃はもはや無用だった。
「正直、王子があの黒装束に勝つとは思いませんでした」
夕刻を迎えつつある戦場。駆けつけたエフィーリアの治療を受けながらギルサスが言った。
「私こそギルサスさんに助けていただかなかったらやられていました」
ランスは微笑む。
「今度かわいい女の子を紹介しましょう。王子も一人前の騎士。やはり恋を知るべきです」
「い、いえ、私にはやらなければいけない事がたくさんありますから……」
ランスは顔を赤らめた。
「恋は色々なことを教えてくれますよ。この世の無情さから生きる喜びまでもね。知らなくていいということはありません」
「そ、そうですね」
「王子! ギルサスさんの口車に乗せられてはいけませんわ!」
治療を続けていたエフィーリアが口を挟んで、ギルサスの傷をぱんとはたく。
「イテテッ……」
顔をしかめ、背中をのけぞらせるギルサス。その姿に思わずランスが吹き出すと、ギルサスが右手を差し出してきた。ランスはその手を握り返す。それは、互いを認めた騎士同士の堅い握手だった。
-完-
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