【ソフィアの憂鬱】-後編-
(※画像がありません)
「そりゃ、わたしがちょっとだけ言い過ぎたかもしれないわよ。だからって休むことないじゃない、子供じゃあるまいし」
レオニアの騎士ソフィアは、夕陽の照らす廊下を歩きながら独り言をつぶやく。自称レオニアの頭脳である騎士ランゲボルグに対する苦情を相棒のフィロに話していたところに本人が通りかかるという昨夕の出来事以来、ランゲボルグの姿はどこにもない。おそらく部屋で落ち込んでいるのだろう。だから、ソフィアはさんざん悩んだあげくこちらから出向いて謝るしかないと結論づけたのだ。
「……あんなやつでも同じレオニアの騎士だし……なによりも女王陛下に申し訳ないものね」
ソフィアは耳にかかった髪を小指で掻き上げる。本人は気付いていないが決まりが悪い時の彼女の癖だ。
ランゲボルグの部屋の前にきたソフィアは、扉を二回叩いた。しかし、中からは何の答えもかえってはこない。
ランゲボルグの部屋の前にきたソフィアは、扉を二回叩いた。しかし、中からは何の答えもかえってはこない。
「いないんじゃ、しょうがないわね」
自分に言い聞かせるように言って扉に背を向けようとしたとき、部屋の中からくぐもったうめき声が聞こえた。
(いったい、なにごと?)
ソフィアは、思わず取っ手に手をかけた。鍵はかかっていない。そのままゆっくりと扉を開けると、紙クズなどのゴミが散乱し、足の踏み場もない室内の光景が目に飛び込んできた。部屋の奥に設置されているベッドの上には毛布だけではなく、衣服が山のように積み上げられており、その山はうめき声が発生するたびにもごもごと左右にふるえる。どうやら、うめき声の主は山の下にいるようだ。ソフィアはベッドに近付くと衣服の山をひっぺがした。
案の定、中から出てきたのはこの部屋の主ランゲボルグ。寝間着姿のまま頭を抱え込み、うんうん、唸っている。
案の定、中から出てきたのはこの部屋の主ランゲボルグ。寝間着姿のまま頭を抱え込み、うんうん、唸っている。
「どうしたの?」
ソフィアが尋ねると、ランゲボルグはうっすらと目を開けた。
「……ソフィア君か。君とは短いつきあいだった。私はどうやら不治の病に冒されたようだ……ゴホゴホ」
「不治の病?」
「そう……いまにも頭が割れそうで体も燃えるように熱い……うぅ……もうすぐ私は死ぬ。しかし、悲しむことはない、これも天才の宿命なのだ……」
ソフィアはあきれかえりながら言った。
「なにが天才の宿命よ。ソロン師匠のところで修行していた頃、同じ症状の人を何人も見てきたわ。あなたの病名はただの風邪、っていうのよ」
「え……? 風邪?」
「そう」
答えながらソフィアはランゲボルグの額へと手を伸ばす。熱はあるがたいしたことはない。
「ついでに言っとくと、あなたの風邪は軽症。栄養取って寝てればすぐに治るわ。ところであなた、今日はなにか食べた?」
ランゲボルグは弱々しくかぶりを振った。
「仕方ない。お粥でもつくってあげるわ。昨日のこともあるし」
「昨日のこと?」
「そう、廊下で……」
「廊下? むぅ、覚えがないな。昨日は昼過ぎから急に頭が割れそうになって、それからのことは何一つ覚えてない」
それであの時、ランゲボルグはぼう然とした表情をしていたのだ。どうやらソフィアがランゲボルグを傷つけたわけではなかったようだ。ソフィアは内心ほっとすると同時に、なにやら腹が立ってきた。
(人があれ程悩んだっていうのに、覚えてないですって!? くうっ……でも、病人を相手に怒っても仕方がないか。悪いことをいっちゃたのは本当なんだし……とりあえず、お粥をつくらなきゃ)
ソフィアは、あり合わせでお粥をつくると椀に盛ってランゲボルグに差し出した。ランゲボルグはそれを匙ですくって口にいれると、「うまい!」と言うなり勢いよく食べはじめた。ソフィアはがっつくランゲボルグの様子をしばらく見守った。
「それだけ食欲があるなら大丈夫ね」
「やはり持つべきものは仲間だな、ソフィア君」
食事を終えて一息ついたランゲボルグが言った。
「特に今日のように本当に調子の悪い時は……」
「本当に?」
眉をひそめるソフィア。
「う、ゲホッゴホッ……す、すこぶる調子の悪い時は、仲間のありがたみがよくわかるというものだ。仲間同士の助け合い。これこそ騎士のあるべき姿。君には感謝しなければいけないな。これまで失礼なことも言ったような気もするが、許してくれたまえ」
普段のランゲボルグからは想像できないような殊勝な言葉に、ソフィアは思わぬ虚をつかれ、あたふたとなった。
「え? ええ、まあ、わたしもきつく言い過ぎたときもあるし……お互い様っていうことにしましょ」
とまどいながらもそう答えると、不思議なことに本当にランゲボルグを許してもいいような気持ちになった。
(悪い人じゃないのよね、実際……)
その後、ソフィアは室内を簡単に整理してからランゲボルグにゆっくり睡眠をとるように言い聞かせ、自室へと戻った。気が付けば夜も更け、すっかり寝る時間になってしまっていた。
翌朝、ソフィアは頭の鈍い痛みとともに目を覚ました。昨日の一件でランゲボルグに風邪をうつされたらしい。
「……ついてないわね」
そう言って舌打ちすると、ベッドから身を起こした。これしきの風邪で休むわけにはいかない。頭痛を意識しないようにしながら手早く支度を整え部屋を後にする。
「おはよう、ソフィア君。おや、元気がないな。……風邪かね?」
すっかり調子を取り戻したランゲボルグが廊下でソフィアの様子に気付き、声をかけてきた。ソフィアは、痛む頭を押さえながらランゲボルグの言葉に小さくうなずく。
「ふう……」
ランゲボルグは、肩をすくめるとため息をつき、ソフィアに向かってこう言い放った。
「自己管理がなってないな。騎士として失格だよ」
……この後しばらく、ソフィアがランゲボルグと口をきこうとしなかったことは言うまでもない。
-完-
- この後ランゲボルグさんがソフィアを看病したらカップル成立もあり得たのに…
まるでラノベ主人公のような鈍感さだな… -- 名無しさん (2019-01-19 00:08:31)