【私闘の行方】-前編-
戦場からエストレガレス帝国の王宮ログレス城へと戻った騎士カストールは、鎧を脱ぐよりも先に、帰還しているはずのアイバンの姿を探した。出迎えた人々を見回せば、人混みの中、アイバンが申し訳なさそうにこちらを見つめている。カストールは人混みに分け入りアイバンの腕をつかむと、人気のない廊下へと連れ込み怒鳴りつけた。
「なんですぐに退却した!」
過日、カストールとアイバンは共に部隊を率いて西アルメキアの拠点攻略に出撃した。ところが戦端が開いて早々にアイバンの部隊は撤退をしてしまったのだ。そのおかげで、カストールの率いる部隊までもが敵とほとんど戦わないうちの撤退を余儀なくされた。
「む……向こうにはゲライントがいたんじゃ。ワシなどがやつにかなうものか……エスクラドス様ですら倒されたんじゃからな」
壁にへばりつくようにしながら、アイバンは弱々しく答える。
「最初から勝つことをあきらめてどうする!」
カストールが怒りにまかせてこぶしを壁に打ちつけるとアイバンは小さく悲鳴を上げ首をすくませた。
エストレガレス帝国はアルメキア王国軍総帥ゼメキスのクーデターによって成立した国。まだ国としての制度も固まりきってはおらず、活躍次第では相当な地位が期待できる。出世を見込んで帝国に身をおいているカストールにとって、敗北は大きな失点といえた。
エストレガレス帝国はアルメキア王国軍総帥ゼメキスのクーデターによって成立した国。まだ国としての制度も固まりきってはおらず、活躍次第では相当な地位が期待できる。出世を見込んで帝国に身をおいているカストールにとって、敗北は大きな失点といえた。
「手柄をたてる機会がパァだッ!」
カストールはもう一度壁を叩く。
「相変わらず、目先の階級が気になるようだな」
突然の声にカストールが振り向くと、いつの間にか背後にメルトレファスが立っていた。メルトレファスはカストールとほぼ同時期に仕官した騎士。仕官当初は立場が近いこともあって行動を共にしたこともあったが、熱くなることはあっても根は優しいカストールと、力こそ正義と信じ、弱者に容赦ないメルトレファスとでは意見が食い違うことが多く、いつしか二人の関係は険悪なものとなっていた。カストールがメルトレファスをいまいましく思いながらも手を出さずにいるのは、帝国では騎士の私闘が禁じられているため、つまらないことで出世の機会をつぶしたくはないと思うからだ。
カストールが黙ってにらみつけるとメルトレファスは言った。
カストールが黙ってにらみつけるとメルトレファスは言った。
「自分の敗北を他人のせいにしたところで、見苦しいだけだぜ」
「俺の敗北だと!?」
「おまえの部隊だけでも戦えたはずだ。それを撤退したのだから、おまえも勝つことをあきらめたってことだろう?」
メルトレファスは、違うかとでも言いたげに軽く肩を持ち上げた。
「貴様……!」
「カ、カストール殿!」
引き止めようとするアイバンの声を無視してカストールはメルトレファスへと詰め寄った。
「そういえば」
メルトレファスは動じる風もない。
「たしか、西アルメキアには妹がいるって話だったな」
カストールの出身は大陸南東の国イスカリオ。代々騎士を輩出してきた誇り高きランド家の次男だ。本来であれば、兄や妹と共に生国の騎士となるはずだが、イスカリオの王ドリストは狂王とも呼ばれており、戦乱の時代ともなれば国の存続はおぼつかない。そこでランド家の三兄弟は一計を案じ、それぞれが違う国に仕官することにしたのだ。
「妹が何の関係がある!」
カストールは語気を荒らげた。
「いや。妹への情にほだされて、戦いもせずに退却したんじゃないかと思っただけさ」
メルトレファスはそう言って、唇の端を軽く持ち上げた。
「リゲルがいようと、関係ない! 俺たち兄弟がどんな覚悟で別れたか、貴様などにわかるものか!」
決別の日、ランド家の兄弟はたとえ肉親といえど戦場で出会えば斬り捨てると誓い合った。カストールも誓いを忘れたことはない。
「おまえたちの覚悟なんかに興味はない」
強さのみを信じているメルトレファスはカストールの言葉を冷笑で切り捨てた。
「国を別れて仕官すれば誰かが生き残るってハラだろうが、そんなのは運を天にまかせた弱い奴らの考えだからな。しょせんおまえたちはその程度なのさ」
その言葉にカストールの全身の血は一気に沸騰し、私闘が禁じられていることなど、どうでもよくなった。
カストールの心の底に、誓いに対する迷いがないと言えば嘘になる。そもそもカストールが一刻も早く出世したいと思っているのも、兄と妹を呼び寄せたいからだ。
だが、兄弟で決めたことを他人におとしめられたくはなかった。
カストールの心の底に、誓いに対する迷いがないと言えば嘘になる。そもそもカストールが一刻も早く出世したいと思っているのも、兄と妹を呼び寄せたいからだ。
だが、兄弟で決めたことを他人におとしめられたくはなかった。
「剣を持って中庭に出ろ! 俺たちが弱いかどうか、貴様に教えてやる!」
「いいぜ。相手になってやる」
メルトレファスは、余裕の笑みを浮かべた。
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