【私闘の行方】-後編-
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ログレス城の中庭でカストールとメルトレファスは、両手持ちの大剣を構えて対峙した。
エストレガレス帝国では、騎士の私闘は戒められている。そうと知ってはいても、カストールは退くわけにはいかない。侮辱されたのが自分だけならまだ看過することもできよう。だが、兄弟まで侮辱されたとなっては話は別だ。
エストレガレス帝国では、騎士の私闘は戒められている。そうと知ってはいても、カストールは退くわけにはいかない。侮辱されたのが自分だけならまだ看過することもできよう。だが、兄弟まで侮辱されたとなっては話は別だ。
「いくぞ!」
カストールは礼もせずにメルトレファスに突進した。
メルトレファスはカストールが間合いに入った瞬間に剣を横に薙ぐ。しかしそれを予想していたカストールは大剣の切っ先を下方に向けてメルトレファスの剣を受けた。鋼がぶつかり合い、火花を散らす。メルトレファスは素早く剣を引き戻し、今度は頭上から刃を叩きつけてきた。カストールはこれも剣で受ける。ところがメルトレファスは見かけ以上の膂力の持ち主だった。思ったより強力な打ち込みを二度叩きつけられたカストールの腕にしびれが走る。あわてて剣を握り直そうとしたが、メルトレファスはそれよりも早く次の一撃を繰り出してきた。なんとかしのぐもカストールの剣は大きく跳ね上がり、鈍い音を立てて落ちた。
メルトレファスはカストールが間合いに入った瞬間に剣を横に薙ぐ。しかしそれを予想していたカストールは大剣の切っ先を下方に向けてメルトレファスの剣を受けた。鋼がぶつかり合い、火花を散らす。メルトレファスは素早く剣を引き戻し、今度は頭上から刃を叩きつけてきた。カストールはこれも剣で受ける。ところがメルトレファスは見かけ以上の膂力の持ち主だった。思ったより強力な打ち込みを二度叩きつけられたカストールの腕にしびれが走る。あわてて剣を握り直そうとしたが、メルトレファスはそれよりも早く次の一撃を繰り出してきた。なんとかしのぐもカストールの剣は大きく跳ね上がり、鈍い音を立てて落ちた。
「勝負あったな」
メルトレファスは構えを解いた。
だが、カストールは負けたとは思っていない。一瞬の隙をついて飛びかかると、メルトレファスの右手首をつかんでひねりあげた。
だが、カストールは負けたとは思っていない。一瞬の隙をついて飛びかかると、メルトレファスの右手首をつかんでひねりあげた。
「くそッ!」
たまらずメルトレファスは剣を取り落とす。
「油断は禁物だぜ!」
カストールはメルトレファスに殴りかかる。メルトレファスはこぶしを受け止め、二人はそのまま両手で組みあった。力ではメルトレファスが勝っていたが、戦い慣れているのはカストールだった。カストールは両手がふさがっていることを利用して、頭突きを繰り出す。メルトレファスはその行動を予想していなかったらしく、頭突きは見事にあごに命中した。よろけるメルトレファス。カストールはここぞとばかりに握りしめたこぶしに体重を乗せ、相手の顔面に叩き込んだ。
「ぐッ!」
うめき声をあげてメルトレファスは仰向けに倒れた。カストールはそのまま馬乗りになると、力まかせに殴りつける。メルトレファスの唇が切れ、血が流れた。
「これでもまだ俺たち兄弟を弱いと言うか!」
「言ってやるぜ……別れる道を選んだ時点でおまえたちは負け犬だ……」
メルトレファスは苦しそうに息をつきながら言った。
「うるさい! 今は別れていても、俺が出世して兄貴たちをこの国に呼ぶ!」
「はっ……結局、別れたことを後悔してるじゃないか」
「黙れッ!」
図星をつかれたカストールは、反射的にもう一度カストールを殴る。だがメルトレファスは黙らない。それどころか血にまみれた顔に笑みを浮かべた。
「俺がここで負けても、それは俺が弱かったというだけのことだ……俺はおまえの様に後悔したりはしない……やれよ」
「ちくしょう! 望みどおりにしてやるッ!」
「やめんか、馬鹿者!」
激昂したカストールがとどめの一撃を食らわせようとした瞬間、振り上げた腕を何者かがつかんだ。振り返ると、帝国の長老ともいえる騎士ランギヌスが険しい表情で立っていた。
「ランギヌス様……」
カストールは立ち上がった。メルトレファスは仰向けに倒れたまま動かない。
「話はアイバンに聞いた。じゃが、理由はどうあれ私闘など以ての外じゃ。行くがよい」
「ですが……!」
「問答無用。すぐに去れば報告はせん」
ランギヌスに言われて、カストールは改めて自分が何をしたかに思い至った。この場は去るのが得策だ。それに、メルトレファスが動けない以上、勝負はついていると言ってもいい。カストールはランギヌスに礼をし、中庭を出ようとした。
「カストールッ!」
背後でメルトレファスが叫んだ。カストールが振り向くとメルトレファスは倒れたまま、顔だけをカストールに向けている。
「……おまえは、兄妹とは戦えないだろうよ」
その鋭い目つきに、心の奥にある迷いを見透かされているようで、カストールはメルトレファスの言葉をとっさに否定することができなかった。
黙ったままメルトレファスから視線をそらすと、カストールは振り返らずに中庭を後にした。
黙ったままメルトレファスから視線をそらすと、カストールは振り返らずに中庭を後にした。
「兄さん、今日はいい天気よ」
剣の手入れをしていると、部屋に入ってきたリゲルが窓を開け放った。まぶしい光が室内に満ちあふれ、カストールは思わず目を細める。
カストールは今、妹のリゲルと共にいる。戦場でリゲルと出会い、そしてエストレガレス帝国を捨てたのだ。
カストールは今、妹のリゲルと共にいる。戦場でリゲルと出会い、そしてエストレガレス帝国を捨てたのだ。
(結局、メルトレファスの言ったとおりだったな)
カストールは苦笑を浮かべた。
メルトレファスとは最後まで打ち解けなかった。けれども結果として、メルトレファスはカストールをよく理解していたといえる。カストール自身ですら、迷いはあったとはいえ、リゲルに出会う瞬間まで誓いどおり戦えると思っていたのだ。
カストールはまだ騎士として戦っているものの、以前ほど出世にはこだわらなくなっていた。帝国を捨てたことにも悔いはない。今ならメルトレファスと酒を汲みかわすこともできるかもしれない、ふとそんなことを思ったりもする。
しかし、すでにエストレガレス帝国はなく、メルトレファスも消息を絶っている。
あるいは帝国崩壊の混乱に巻き込まれたか……。
メルトレファスとは最後まで打ち解けなかった。けれども結果として、メルトレファスはカストールをよく理解していたといえる。カストール自身ですら、迷いはあったとはいえ、リゲルに出会う瞬間まで誓いどおり戦えると思っていたのだ。
カストールはまだ騎士として戦っているものの、以前ほど出世にはこだわらなくなっていた。帝国を捨てたことにも悔いはない。今ならメルトレファスと酒を汲みかわすこともできるかもしれない、ふとそんなことを思ったりもする。
しかし、すでにエストレガレス帝国はなく、メルトレファスも消息を絶っている。
あるいは帝国崩壊の混乱に巻き込まれたか……。
「どうしたの、兄さん?」
声をかけられて我に返ると、リゲルが心配そうにカストールの顔をのぞき込んでいた。
「いや、なんでもない」
カストールは頭に浮かんだ考えを消し去った。あのメルトレファスが簡単にやられるはずがない。いずれまたまみえるだろう。おそらく、戦場で。
(その時は、容赦しないぜ)
カストールは心の中でつぶやき、手入れの最中だった剣を、大きく一回振るった。
-完-