【終の願いは】-後編-
「レオニアには、もう戦う力は残っていない。違うかリオネッセ?」
ガロンワンドは騎士になって以来初めて女王を名前で呼んだ。
「多分、次の戦いが最後になるはずだ」
そう言って女王の瞳を見据える。リオネッセは何も言わない。そのことがかえって真実を物語っていた。
「……キルーフを逃がせばいいんだな?」
はっとしたように眼を見開いたリオネッセにガロンワンドはうなずいて見せる。
無鉄砲な性格のキルーフなら自分の命など省みずにリオネッセのため最後まで戦い続けるだろう。だからそうなる前にリオネッセはキルーフを王宮から離したいのだ。だが女王の立場ではキルーフを逃がすことはできない。
ガロンワンドにはキルーフを助けたいというリオネッセの気持ちが痛いほどわかった。
無鉄砲な性格のキルーフなら自分の命など省みずにリオネッセのため最後まで戦い続けるだろう。だからそうなる前にリオネッセはキルーフを王宮から離したいのだ。だが女王の立場ではキルーフを逃がすことはできない。
ガロンワンドにはキルーフを助けたいというリオネッセの気持ちが痛いほどわかった。
「大丈夫、俺にまかせておけ」
「わがままなのは、わかっています」
リオネッセがそう言って目を伏せると、長いまつげがその瞳にかげを差した。ガロンワンドは、その表情を素直にきれいだと思った。
リオネッセがそう言って目を伏せると、長いまつげがその瞳にかげを差した。ガロンワンドは、その表情を素直にきれいだと思った。
「何言ってんだ、リオネッセ。これは俺が勝手にやることだ。おまえは……女王陛下は関係ない」
ガロンワンドは肩をすくめて言った。
「……ありがとう、ガロン」
「礼もいらない。俺は敵前逃亡するろくでなしだからな。それに俺の話はまだ終わっちゃいない。俺はおまえを逃がしてやることもできる」
白狼王がたとえ寛大だとしても、君主であるリオネッセは責を免れないはずだ。キルーフのこともさることながら、ガロンワンドはむしろリオネッセのことが心配だった。
「私には、女王としての責務があります」
きっぱりとした口調。まっすぐにガロンを見つめる瞳の奥にリオネッセの覚悟が見えたような気がした。
きっぱりとした口調。まっすぐにガロンを見つめる瞳の奥にリオネッセの覚悟が見えたような気がした。
「そうか」
ガロンワンドは短く答える。リオネッセがそう答えるだろうことは心のどこかで確信していた。騎士をひとり連れ出すのと女王を連れ出すのとではわけが違う。護衛の者たちをまくためにはリオネッセ本人の協力が不可欠だ。これ以上、彼に言えることは何もなかった。
リオネッセが歩み寄り、ガロンワンドの手を取った。小さな手だ。レオニアを支えるのは、この手にはさぞきついことだろうと思う。そして、それでもなお彼女はその重責から逃れることを考えていない。
リオネッセが歩み寄り、ガロンワンドの手を取った。小さな手だ。レオニアを支えるのは、この手にはさぞきついことだろうと思う。そして、それでもなお彼女はその重責から逃れることを考えていない。
「神のご加護がありますように……」
リオネッセが小さく祈りの言葉を口にして、ふたりの会話は終わった。女王は机に戻り、ガロンには何やらわからない書類に目を通し始めた。ガロンワンドも扉へと向かう。
扉の取っ手に手をかけたところで、ガロンワンドは一度だけ振り向いた。
扉の取っ手に手をかけたところで、ガロンワンドは一度だけ振り向いた。
「本当に、いいんだな?」
「キルーフは騎士になって王宮まで来てくれた……私にはそれだけで、十分なの」
そう言って穏やかに微笑んだリオネッセの表情が、ガロンワンドの胸に強く焼き付いた。
ガロンによって昏倒させられ、運び出されたキルーフが馬上で目覚めたのは翌日の昼過ぎ、聖都ターラの南東にある大きな森の入り口でだった。
意識を取り戻したキルーフは、あたりを見回した。それから彼方に望む聖都ターラから数本の煙が立ち上っていることに気付き、事態を悟った。
意識を取り戻したキルーフは、あたりを見回した。それから彼方に望む聖都ターラから数本の煙が立ち上っていることに気付き、事態を悟った。
「っきしょうッ!」
キルーフは叫び、やにわに聖都に向かって駆け出そうとする。
「待て、キルーフ!」
ガロンワンドは背後からキルーフを追いすがる。肩に手をかけると 振り返ったキルーフが、力任せに殴りつけてきた。だがガロンワンドはひるまない。キルーフを後ろから羽交い締めにして怒鳴りつける。
「俺はいくらでも殴られてやる!」
唇を動かすと鉄のような血の味が口腔に広がった。
「だが、おまえを城には戻らせない!」
「うるせェ! 俺はおまえにそんな事を頼んだ覚えはねェ!」
キルーフは半狂乱になり、叫び声をあげながら戒めをふりほどこうとする。この幼なじみとは長いつきあいになるが、ここまで取り乱したキルーフを見たのは初めてだった。そして怒りに我を忘れたキルーフの力は、ガロンワンドの予想を遙かに超えていた。あまりの力にガロンワンドの戒めがほどけかける。途端にキルーフの後頭部がガロンワンドの顔面を強打した。ガロンワンドは思わずよろめく。その隙をついて、キルーフのとどめの一撃がガロンワンドを襲った。ガロンは吹き飛ばされ、仰向けに地面に転がった。
「クッ、今行っても、無駄死にするだけだぞッ!」
ガロンワンドがキルーフの背中に向かって叫ぶと、キルーフは振り返った。
「あいつがいねェんなら。生き延びて何になる?」
それだけ言うと、二度と振り返らずに荒野の中へと飛び出していった。
「大馬鹿野郎ッ!」
倒れたまま叫んだガロンワンドの声は、たちまち大空に吸い込まれていった。
聖王暦216年7月、レオニアは歴史からその名を消した。
白狼王ヴェイナードはリオネッセを処刑することはなく、その代わり后に迎えると発表した。誰の目にも政略結婚であることは明らかだったが、異を唱える者はいなかった。レオニアの民は変わらず神託による女王を頭上に戴くことができたからだ。かくしてふたりの婚礼の議はおごそかに執り行われた。
白狼王ヴェイナードはリオネッセを処刑することはなく、その代わり后に迎えると発表した。誰の目にも政略結婚であることは明らかだったが、異を唱える者はいなかった。レオニアの民は変わらず神託による女王を頭上に戴くことができたからだ。かくしてふたりの婚礼の議はおごそかに執り行われた。
ガロンワンドは身分を隠しターラへの潜入を試みたが、ある時、気になる噂を耳にした。ターラ城が陥落する寸前、突如として緋色の鎧を着た騎士が獣のように襲いかかってきて、ノルガルド軍を苦しめたという話だった。キルーフのことに違いなかったが、その騎士がどうなったかについては要領を得ず、死んだか捕らえられたかだろうというあいまいな答えしか聞き出せなかった。
この後キルーフの名は、彼が緋の猛獣と呼ばれる騎士として再び歴史の表舞台に立ち、白狼王の前に立ちはだかる時までしばし人々の記憶から忘れられることになる。
この後キルーフの名は、彼が緋の猛獣と呼ばれる騎士として再び歴史の表舞台に立ち、白狼王の前に立ちはだかる時までしばし人々の記憶から忘れられることになる。
-完-
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