【戴冠式は絢爛に】-前編-
(※画像がありません)
肩で風切る若者がひとり、初夏の森を歩いている。
すでに日が高く昇っているにもかかわらずほの暗い森は、涼やかな空気に満たされており、たまに吹き抜ける風が木々をざわめかす以外、静けさに包まれている。
すでに日が高く昇っているにもかかわらずほの暗い森は、涼やかな空気に満たされており、たまに吹き抜ける風が木々をざわめかす以外、静けさに包まれている。
若者――騎士シュストの行く道は、小道と言うよりはけもの道に近い。カーレオンの首都リンニイスを出発して一日。昼夜を通して歩き通しで、どれだけ歩いたのかもよくわからなくなっていた。払っても払ってもまとわりついてくる小枝やクモの巣がシュストを一層苛立たせる。
シュストの我慢が限界に達しようという頃、やっと森が開けた。青空の見える空間はちょっとした広場のようになっており、中央を突っ切っている小川のほとりに粗末な小屋が建っている。
この小屋こそ、シュストの目指す場所。シュストは小走りで小屋に向かい、扉の前に立つと、家主の名を呼んだ。
シュストの我慢が限界に達しようという頃、やっと森が開けた。青空の見える空間はちょっとした広場のようになっており、中央を突っ切っている小川のほとりに粗末な小屋が建っている。
この小屋こそ、シュストの目指す場所。シュストは小走りで小屋に向かい、扉の前に立つと、家主の名を呼んだ。
「出てこい、ディナダン!」
返事はない。
小屋の主ディナダンは大陸でただひとり、ナイトマスターの称号を持つ騎士。そして、彼を王宮に連れて行くことがシュストの目的だ。
先頃、カーレオンでは国王が崩御し、アルメキアに留学中だった王子カイが呼び戻された。戴冠式が二日後に控えているにもかかわらず、王宮嫌いで有名なディナダンは出仕していない。
絶大な人気のナイトマスターが戴冠式に顔を出すかどうかは、カイ王が民の信頼を得られるかどうかに直結する。これまで出仕を促す使者が何度も出さたが、皆すげなく追い返された。
そこでシュストがこの役目を買って出たのだ。彼はディナダンと親しかったし、なによりカイ王のことを高く評価していた。
シュストは、もう一度ディナダンの名を呼んだ。戴冠式は目前。なんとしてもディナダンを連れて帰らなければならない。
ふとシュストは小屋の裏手から響いてくる小気味いい音に気付いた。薪割りの音だ。その音に誘われて小屋の裏手に回ると、案の定、ディナダンが引き締まった上半身を日の光にさらしながら、こちらに背を向け黙々と薪を割っていた。
小屋の主ディナダンは大陸でただひとり、ナイトマスターの称号を持つ騎士。そして、彼を王宮に連れて行くことがシュストの目的だ。
先頃、カーレオンでは国王が崩御し、アルメキアに留学中だった王子カイが呼び戻された。戴冠式が二日後に控えているにもかかわらず、王宮嫌いで有名なディナダンは出仕していない。
絶大な人気のナイトマスターが戴冠式に顔を出すかどうかは、カイ王が民の信頼を得られるかどうかに直結する。これまで出仕を促す使者が何度も出さたが、皆すげなく追い返された。
そこでシュストがこの役目を買って出たのだ。彼はディナダンと親しかったし、なによりカイ王のことを高く評価していた。
シュストは、もう一度ディナダンの名を呼んだ。戴冠式は目前。なんとしてもディナダンを連れて帰らなければならない。
ふとシュストは小屋の裏手から響いてくる小気味いい音に気付いた。薪割りの音だ。その音に誘われて小屋の裏手に回ると、案の定、ディナダンが引き締まった上半身を日の光にさらしながら、こちらに背を向け黙々と薪を割っていた。
「おい、ディナダン!」
シュストが声をかけるとディナダンは手を休め振り向いた。
「よう、シュストか。そろそろおまえが来る頃だと思ってたよ」
驚きもせずにそう言う。
「わかってるんだったら話は早い。俺と一緒に来い、王宮に行くぞ」
「いいだろう」
てっきり断られるものと思い気合いを入れていたシュストは拍子抜けする。だが、ディナダンの言葉は終わってはいなかった。
「ただし、ここでの生活に飽きたらな」
「ふざけるな! おまえ、先王陛下の葬儀にも来なかったじゃないか!」
「豪華な葬儀や戴冠式なんざ、金と時間の無駄だ。だいたい、愚かな王に限って金をかけて威厳を示そうとするもんだ」
「なんだとッ!」
ディナダンの言葉をカイへの侮辱ととったシュストの頭に血が上る。
魔法王国と呼ばれることもあるカーレオンでは武術よりも魔術が尊ばれる。騎士になったばかりの頃、シュストは頭の固い者たちになんとか格闘家としての実力を認めさせようとやっきになったが、そういう者たちは努力すればするほど、ますますシュストを野蛮なだけの人物として扱うようになった。無力感に腐りきり、他国への仕官も考えていた時に、励ましてくれたのがカイだったのだ。その時の言葉を彼は今でも覚えている。
魔法王国と呼ばれることもあるカーレオンでは武術よりも魔術が尊ばれる。騎士になったばかりの頃、シュストは頭の固い者たちになんとか格闘家としての実力を認めさせようとやっきになったが、そういう者たちは努力すればするほど、ますますシュストを野蛮なだけの人物として扱うようになった。無力感に腐りきり、他国への仕官も考えていた時に、励ましてくれたのがカイだったのだ。その時の言葉を彼は今でも覚えている。
――他人に認められるとか、認められないとかで君の実力が変わる訳じゃないさ。
このまま黙っているわけにはいかない。シュストは拳を握りしめ、ぐっと腰を落とした。
「おまえをぶっ飛ばしてから連れていってやる!」
その言葉を受けて、ディナダンも手近な薪を左手に拾い上げる。
「そいつはいい。俺もちょうど体がなまっていたところだ。俺を倒せたら……」
ディナダンの言葉が終わるよりも早くシュストは殴りかかる。大陸でも一、二を争う腕前を持つディナダンに挑みかかるなど無謀の極みだが、熱くなったら止まらないのがシュストという騎士だ。
拳がディナダンのアゴを直撃しようかという瞬間、ナイトマスターの手中の薪が桁違いの速さで閃いた。
一瞬の沈黙が世界を覆う。
拳がディナダンのアゴを直撃しようかという瞬間、ナイトマスターの手中の薪が桁違いの速さで閃いた。
一瞬の沈黙が世界を覆う。
「俺を倒せたら、王宮でもどこへでも行ってやるさ」
そう言ってからディナダンは長く息を吐いた。
「手加減ができなかったが、悪く思うなよ」
苦笑混じりの言葉は、しかしシュストには聞こえない。
薪をみぞおちに叩き込まれ、シュストは気を失ってしまっていた……。
薪をみぞおちに叩き込まれ、シュストは気を失ってしまっていた……。