【影の婚礼】-後編-
「わざわざ出向いてくれたのか」
突然の魔道士ブロノイルの出現にもリーランドは動じない。
「どうやら私に勝てると思っているようだな」
ブロノイルが言った。背後に控えていた村人たちがひとり、またひとりと魔道士の前に出る。
戦いは避けられない。ハレーは槍を構えた。
戦いは避けられない。ハレーは槍を構えた。
「村の人たちは頼む」
リーランドが言った。ハレーは黙って頷いた。やるべき事はわかっていた。
「やれ」
ブロノイルが命じると、一斉に村人たちが襲いかかってきた。
ハレーは後背に若者を守りながら、巧みな槍裁きで敵の急所を突く。しかし突くのは穂ではなく石突き。村人たちを傷つけず、動きだけを封じる作戦だ。リーランドも豪快に剣を振るっているが、その剣は鞘に包まれたまま。敵はおのおのが闇雲に攻撃を仕掛けてくるだけで連携がとれてはいない。対するふたりは、長年を共に戦ってきただけあり息のあった戦い方で敵を翻弄する。
敵は徐々に押されていった。だが、ブロノイルは劣勢にもかかわらず慌てる素振りすら見せない。むしろ楽しんでいるようにすら見えた。
ハレーは後背に若者を守りながら、巧みな槍裁きで敵の急所を突く。しかし突くのは穂ではなく石突き。村人たちを傷つけず、動きだけを封じる作戦だ。リーランドも豪快に剣を振るっているが、その剣は鞘に包まれたまま。敵はおのおのが闇雲に攻撃を仕掛けてくるだけで連携がとれてはいない。対するふたりは、長年を共に戦ってきただけあり息のあった戦い方で敵を翻弄する。
敵は徐々に押されていった。だが、ブロノイルは劣勢にもかかわらず慌てる素振りすら見せない。むしろ楽しんでいるようにすら見えた。
「多少強化した程度ではかなわぬか。やはりクズはクズだな」
「ブロノイルッ!」
リーランドは跳躍し、一気に魔道士との間合いを詰める。
「結局、おまえたちのような騎士を手に入れるしかないようだ」
リーランドは剣を抜き放ち、そのまま大上段から振り下ろした。魔道士を一刀両断できるはずだった。だがその確信は裏切られた。
突然、思いがけぬ衝撃がリーランドを襲い、彼は危うく剣を落としそうになった。ブロノイルの体からわずかに離れた空間で、剣が見えない障壁にはじかれたのだ。
突然、思いがけぬ衝撃がリーランドを襲い、彼は危うく剣を落としそうになった。ブロノイルの体からわずかに離れた空間で、剣が見えない障壁にはじかれたのだ。
「私を傷つけることはできぬ」
ブロノイルが言った。リーランドはもう一度剣を振り下ろした。しかし結果は変わらない。その様子を眺めてブロノイルが薄笑いを浮かべた。
「滑稽だな。それよりも、なぜ、おまえたちがここにいるとわかったと思うかね?」
リーランドは、ハレーを振り返った。ハレーの周りの敵は徐々に減りつつあった。その背後で、若者がすらりと剣を抜いた。そして。
「ハレーッ!」
叫んで、リーランドは飛び出した。
ハレーは突然、横から薙ぎ倒された。
気付けば、ハレーは崖の縁まで飛ばされ倒れていた。目の前にリーランドの顔があり、その肩の向こうに若者が見える。若者は胴をざっくりと斬られているにもかかわらず痛みなど感じていないかのようだ。若者が剣を構え直した。その動きは糸が一本切れた人形のようにどこかぎこちない。ハレーは、若者の剣を見た。
その剣は、血に濡れていた。
ハレーは突然、横から薙ぎ倒された。
気付けば、ハレーは崖の縁まで飛ばされ倒れていた。目の前にリーランドの顔があり、その肩の向こうに若者が見える。若者は胴をざっくりと斬られているにもかかわらず痛みなど感じていないかのようだ。若者が剣を構え直した。その動きは糸が一本切れた人形のようにどこかぎこちない。ハレーは、若者の剣を見た。
その剣は、血に濡れていた。
「リーランドッ!」
「げほっ」
リーランドが血を吐いた。背中からの出血が激しい。鮮やかな赤。
「致命傷のようだな」
ハレーはきっ、とブロノイルをにらむ。若者がもう一度斬りかかってきた。ハレーは敵の胸を突いた。若者はブロノイルの足元まで飛ばされ倒れ込む。ところが、若者は胸に穴をあけられたまま立ち上がった。いつの間にか、倒したはずの者たちが立ち上がっていた。
「こいつらはそれしきの傷では止まらぬ」
勝ち誇ったようにブロノイルは言った。不思議とハレーに驚きはなかった。現実感が希薄でブロノイルの声も、地下水流の音もやけに遠くに感じられた。
リーランドの命は砂のようにこぼれ落ちていく。いつかは、ふたり戦場に倒れることもあるだろうと思っていた。だが、彼だけが逝ってしまうことなど考えたことがなかった。
リーランドが呻き、目を開けた。視線がさまよう。ハレーには言いたいことがたくさんあった、だが、なぜか声が出なかった。だからハレーは言葉を紡ぐ代わりに震える指でリーランドの口元の血をそっと拭うと、自らの額に押しつけた。今にも光を失いそうなリーランドの瞳に、ハレーの顔が映る。彼女の額にはあの日と同じ、少しいびつな、けれども鮮やかな赤い花が描かれていた。
その姿は、リーランドに見えたのだろう。リーランドは力を失いつつある腕で愛用の剣を差しだした。ハレーは両手でその剣を受け取った。リーランドの心を受け取った。
ハレーはリーランドを横たえ立ち上がった。
リーランドの命は砂のようにこぼれ落ちていく。いつかは、ふたり戦場に倒れることもあるだろうと思っていた。だが、彼だけが逝ってしまうことなど考えたことがなかった。
リーランドが呻き、目を開けた。視線がさまよう。ハレーには言いたいことがたくさんあった、だが、なぜか声が出なかった。だからハレーは言葉を紡ぐ代わりに震える指でリーランドの口元の血をそっと拭うと、自らの額に押しつけた。今にも光を失いそうなリーランドの瞳に、ハレーの顔が映る。彼女の額にはあの日と同じ、少しいびつな、けれども鮮やかな赤い花が描かれていた。
その姿は、リーランドに見えたのだろう。リーランドは力を失いつつある腕で愛用の剣を差しだした。ハレーは両手でその剣を受け取った。リーランドの心を受け取った。
ハレーはリーランドを横たえ立ち上がった。
「なんのまじないだ?」
ブロノイルが言った。
(リーランド、一緒に行きましょう。でもその前にあの男を殺してやるわ)ハレーは、怜悧な瞳でブロノイルを見据えた。
(リーランド、一緒に行きましょう。でもその前にあの男を殺してやるわ)ハレーは、怜悧な瞳でブロノイルを見据えた。
「だめだ」
微かな声がした。どこにそんな力が残っていたのか、リーランドがハレーの槍を掴んでいた。リーランドはゆっくりと立ち上がり、ほとんど倒れかかるようにしてハレーを抱きしめた。
「死ぬための戦いなんてのは、なしだ」
そう言ったリーランドは微かに、笑っていた。
次の瞬間、ハレーはリーランドに突き飛ばされ、崖へ、虚空へと投げ出された。
谷底に落ちていくさなか、リーランドと背後から彼に襲いかかる村人たちが見えた。リーランドの口が動いたが、その言葉が彼女に届くことはなかった……。
次の瞬間、ハレーはリーランドに突き飛ばされ、崖へ、虚空へと投げ出された。
谷底に落ちていくさなか、リーランドと背後から彼に襲いかかる村人たちが見えた。リーランドの口が動いたが、その言葉が彼女に届くことはなかった……。
――荒野に、リーランドの剣をたずさえたハレーは立っている。必死の思いでブロノイルを捜し求めたが、何一つ手がかりを得ることはできなかった。結局あの男の目的が何だったのかすらもわからない。ブロノイルは理不尽に舞い降りる死の翼同然だった。
だが、ハレーはあきらめてはいない。この空の下のどこかに、ブロノイルはいるのだ。
だが、ハレーはあきらめてはいない。この空の下のどこかに、ブロノイルはいるのだ。
「大丈夫。ひとりでも、戦っていけるわ」
ハレーはリーランドに語りかけるように言った。
「……必ず、追い詰めてみせる」
静かな誓いと共に剣を大地に突き刺す。そのままひざまずき、しばらく黒髪を風になぶられるままにしていたが、やがてゆっくりと顔を上げた。
「じゃあ、私は行くわね」
ハレーは立ち上がり、その瞳に決意を秘めて歩き出す。彼女が振りかえることは二度となかった。
-完-
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