25 :名無しさん@ピンキー:2007/11/19(月) 17:20:46 ID:C9x8XPj8



「あ、あたし、もういいよぉ。や、や、やっぱり帰る!」
「何言ってんの。大丈夫、亜季ならやれるって」
学校からの帰り道、私は亜季をいい加減になだめながら、強引にその腕を引っ張った。
細くて柔らかくて、ポキン!なんつって、折れちまいそうに頼りなさげな腕。
顔を覗き込むと、既に半泣きになっている。
「ほら、泣かない泣かない。せっかくのメイクが台無しじゃん」
「だ、だってぇ……詩織ぃ」
「変わんないね、亜季の性格」
亜季と私は、かれこれ幼稚園からこの高校に至るまでの長い付き合いになる訳だけど、その関係は出会った頃とまったく変わってない。
進歩無し。
亜季がグズって、私が慰める。
その繰り返し。
私がいつも付き合ってやっているのは、幼馴染みってことで心配なのもあるけど、なんだかんだ言って面白いからだ。
「詩織ぃ、でもさ……あの、えと、えと、えと、えと……」
「えとえとえと、まどろっこしいなぁ!なんなの?十二支なの?」
「それは干支だよぅ」
「うん」
「だから、その、あの……」
「七海君を、エッチに誘うことなんかできないって?」
「!」
「ふふ、顔真っ赤」
七海君っていうのは亜季の彼氏で、サッカー部員の「そこそこイケメン」である。
「そこそこ」しかイケてないから、亜季の彼氏になんてもったいないくらいの男だ。
亜季は身長低くて(150ちょいだし)体も小柄で(50kあんのか?)、乳が無いのがマズいけど(Aカップ)、顔は可愛いし成績も良い。
男好きのする、清純派。
ちなみに、ふたりが付き合うことになったきっかけも、私のお膳立てによるものである。
「え、え、え、えっちだなんて、そ、そんな……」
「でもしたいんでしょエッチ、もといセックスを」
「……」
無言で頷く亜季。この淫乱娘め。
「やりゃーいーじゃん、セックス。もう高3なんだし、大学決まってるし」
「そ、そんな簡単に言わないでよっ!」
つって、亜季はむくれた。

26 :名無しさん@ピンキー:2007/11/19(月) 17:23:11 ID:C9x8XPj8



亜季と七海君が付き合うようになったのは、高一の冬のこと。
めずらしく亜季の方から、私に恋心を打ち明けてきたから、手伝わないわけにはいかなくなった。
告白の時も、初デートの時もわたしが後押しした。
で、学校からの帰り道に私にまた相談してきたから、善は急げってんで(善か?)、今すぐ引き返して校庭で遊んでいるはずの七海君にぶっちゃけちゃいな、とそそのかすと亜季がごねだしたので、説得していたという訳です。

「今回もさ、Hしたい、っ言い出したの亜季じゃん」
「でももういいよ、七海君嫌がるよ」
「嫌がんねぇって。だってキスはしたんでしょ」
「……」
無言。これはしてるサインとみた。
「だったら行き着く先はセックスしか無いでしょ」
「……うん」
認めちゃったし。
「ていうかセックスしたいなんて相談、なんでまたしようと思ったの?」
「だって詩織はもう、え、え、えっちしてんるでしょ」
「うん」
「どう切り出すのか教えてよ」
「それはさ、切り出すようなもんじゃ無いし、雰囲気でしょ。なんか彼氏が煙草消しだした的な、そんなのよ」
「七海君、煙草吸わないもん」
「別に煙草縛りって訳じゃなくて……、とにかく雰囲気が大事なの」
「でもさ、七海君はアレだからさ」
つまり、天然なのよね。
亜季も天然系だけど、七海君はそれに輪をかけたド天然だった。
七海君はいつも遠いところばっかり見てて、何考えてるのか解らない。
亜季はかつて
「あ、あ、あの。な、七海は好きな食べ物とか、あ、あるの?」
といつものオドオドした口調で聞いたことがある。
七海君は
「生葱」
って答えた。
うん。ちょっと待って欲しいんだ。
一見して普通の答えに見える所に、この答えの底知れぬ恐ろしさがあるのです。
まず料理じゃないし、つーか素材だし、そもそも蕎麦の薬味かって話ですよ。
いつ食うんだろう、生葱なんて。
そして亜季は七海君の誕生日に、田舎から取り寄せた葱をプレゼントしたという。
七海君は満面の笑みで
「ありがとう」
って言ってたと、亜季は私にのろけた。
アホくさ。

27 :名無しさん@ピンキー:2007/11/19(月) 17:25:17 ID:C9x8XPj8



そんな七海君が相手だから、亜季は不安なのだ。
それで思いきって、Hに誘おうとしたのである。
「まあとにかく、どうやって切り出すかが問題ね」
「さっき、大事なのは雰囲気って言ってたじゃん」
「相手がアレなんだから、アレな方法で攻めたほうがいいって気が付いたの」
私も段々ノって来たってことだ。
「まあ考えられるのはカンチ方式ね」
「?」
「カンチ、セックスしよう!つって笑顔で抱きつく」
「そ、そ、そんなことできるわけ無いじゃないのッ!」
「あ~、やっぱり」
「やっぱりって……」
「でもまあ、いつも優柔不断で意気地無しの亜季には無理かぁ」
「んん、そんなこと、な、ないもんっ」
ちょっと怒った。
「た、たしかに私は優柔不断で勇気とか、そ、そんな大それたものないけど……」
「ほう」
「七海君のことは……すっごく、す、す、好きだしそれに、せ、せ、せ、せっくすもしたいし」
あ~~~。
痛い。この子痛いわ。痛い子だわ。
まあ、そこが可愛いいし、面白いんだけどさ。
「じゃあできるよね」
「え?」
「カンチ方式」
「え?え?」
「あ~やっぱり亜季には無理かぁ。そんなんじゃ一生処女のままだよん」
「そ、そんなことないよっ!やる、やる!」
亜季はそう宣言した後に明らかに、しまった、って顔をした。
さっきまで瞳ウルウルさせて顔真っ赤だったのに、もう青ざめてしまった。
そうして私たちは連れだって、今来た道を遡ってゆく。
下校する他の生徒とすれ違いながら、学校に向かう。
「抱きついて、七海君セックスしよう!だからね」
「へ、へんたいみたいだな」
気付くの遅ぇよ。
「変態ってゆうか、むしろ馬鹿みたいだよね」
「じゃ、やめようょう」
「いや、そこは愛の力でさ」
なんつって訳解んないこと言いながら、いつの間にか私たちは校門をくぐり、校庭にたどり着いていた。

28 :名無しさん@ピンキー:2007/11/19(月) 17:27:41 ID:C9x8XPj8



「あ~いるいる」
校庭のフェンス越しに、七海君とその友達とおぼしき人々が、サッカーボールで遊んでいるのが見えた。
「じゃあ行こうか、リトルカンチ」
「へ、変なあだ名付けないでよ」
亜季は既に、先が思い遣られるほどガタガタ震えている。
そういえば中学の頃の亜季、犬に吠えられただけで腰抜かして失禁してたな。
また失禁しねーかなー。
と邪悪でサディスティックな考えも浮かんでくるほどの震えっぷりだ。
「や、や、や、や、やっぱり止めようょ、ま、また今度にしょうょう」
「ふーん、また逃げるんだ」
これ以上追い詰めたら可哀想かな、とは思っものの私はこの状況が楽しくてしかたなくなっていた。
「中学の織田君の時もそうやってさ、逃げたよね」
亜季の顔が引き攣ってくる。
ああ、止められねぇ。
「小学校の浅井君の時もそうだったよね。亜季は意気地無しだからなぁ」
「そ、そんなこと無いよ!」
「じゃあ決まり。レッツゴウ。おーい七海くーん!」
さすがにあの衆人環境で告白させるのはあんまりだから、呼んであげた。
私が後押しできるのはここまで。後は頑張れ亜季。
七海君は私たちに気付くと、すぐに走ってきた。
友達が七海君を囃し立てている。
亜季はまたまた、しまったって顔して、異様なまでに震えはじめた。
人間バイヴレーター状態。
私が後ろに下がると、亜季はすがるように振り向いて、助けを求めているのか口をパクパクさせた。
私はそれを冷たく睨み返しながら、内心とにかく楽しんでいた。
しかしホントに東京ラブストーリーみたいに告白するのかね。
いや私がそそのかしたんだけど、まあそうなったらなったで、後ろで小田和正を歌ってあげるよ。
ごめん亜季。
私今完全に楽しんでるわ。
「どうしたの?」
と、七海君到着。
私は、後方にいてもばっちり声が聞こえた。
そよ風が吹いて、亜季の制服のスカートがはためく。
「あの……あの、あのあの」
もじもじする亜季を、七海君が不思議そうに見下ろしている。
七海君は身長170チョイある。
学生服を腕捲りするその姿は、腕白小僧がそのまま巨大化したみたいだ。

29 :名無しさん@ピンキー:2007/11/19(月) 17:29:51 ID:C9x8XPj8



空が赤くなりかけている。
亜季は相変わらずで、この調子じゃ日が暮れてしまいそうだ。
「亜季どうした、調子でも悪いの」
何事も無いような軽い調子で、七海君は言った。
私はこの男の凄まじいまでの鈍感さに恐れ入らざるを得ない。
「う、うんあのね、ち、ち、ちょっとね……」
「流行ってるらしいよ」
「え」
「エボラウィルス……」
「ああ……は、はは」
このふたりはいつもこんな感じなのだろうか。というか本当に付き合っているのだろうか……
「あの、俺、どうしたらいいかな」
七海君が力無い笑みを漏らす。
それは途方に暮れたという感じではなくて、いたわるような優しい笑い方のように思えた。
「あの……あ、あの……」
「……」
「……」
…………。
沈黙は長く続いた。
辺りは下校途中の生徒共がはしゃいでいて無駄に騒がしく、ふたりの沈黙は際立って気まずいものになってゆく。
さすがの七海君も持て余しぎみで、髪をいじりながら空ばかり見ている。
しばらくして
「……俺、……行くわ」
「ま、待って!」
意を決したように、亜季は精一杯の言葉を絞り出した。
「ななな、七海く…ん。驚かないでね、き、き、聞いて欲しいんだけど」
「……うん」
「わ、わ、私と」
「うん」
「せ、せ、せ、せ」
「うん」
「せ、せ、せ、……っぁぁあああああ!」
「?」
「せせっ、ぜれこりjはdtjからgふじこっくすして欲しいのっ!!」
何言ってんのか解んねぇぇぇぇぇぇぇ!!
で亜季抱きついてるし!んで七海君神妙な顔して抱き返してるし!
「亜季、うれしいよ、君がはっきりそう言ってくれて」
意味通じてるし、その上許可までしてるし。
これじゃ小田和正、歌えねえだろう。
だってこんなのラブでもなんでもねぇもん。
いやラブか?一応、心は通じあったわけだし。
「詩織」
と、亜季は振り向いて叫んだ。
「愛って素晴らしいね!」
アホくさ。

最終更新:2009年10月25日 13:32