93 :名無しさん@ピンキー:2008/02/05(火) 12:57:38 ID:l91OgZeX
>>91に刺激をうけて書いてみた。




四時間目の終了を告げるチャイムが鳴った。お待ちかねの昼休みの到来だ。
僕は机の横にかかっている鞄に手を伸ばした―

「あっ…」

隣から落胆の混じった声が。
「どうしたの?三上さん」
「工藤君…お弁当忘れちゃった…」

僕の右隣の席に座っているのは三上さん。小柄でおとなしい女の子だ。
「急いで購買で買ってきなよ。今なら間に合うし」
「…余分なお金持って来てないの」
今時珍しい女子高正だ。
「んじゃさ、僕の弁当貸すよ」
「えっ!?ど、どうして!?」
「お金持ってるから、パンでも買って食べるよ。その分弁当は浮くし」

この後少しやりとりが有ったものの、三上さんは弁当を受け取ってくれた。
さて購買に行くか。

購買には大したパンはなく、結局外のコンビニまで買いに出た。

下駄箱の所まで戻ると人影が。一人は三上さん、もう一人は…?

「あっ工藤君…」

三上さんの手にはピンクの布に包まれた楕円形の物体が。
察するにおそらくは弁当。という事は横の女性は三上さんの身内だろう。

「三上さん、届けて貰ったの?良かったね」
「う、うん。…ごめんね、工藤君」
「いいさ、気にしないでよ。僕の弁当は食べちゃった?」
「ま、まだ。机の上に置いてるよ」
「へぇ、君が工藤君?」

突然横の女性から話しかけられた。

94 :名無しさん@ピンキー:2008/02/05(火) 13:03:43 ID:l91OgZeX
「は、はい」
見た所、僕より二、三才年上の綺麗な女性。
そんな人に声をかけられたので、自分の声が上ずるのは仕方ない。

「私はこの子の姉。いつも妹から聞いてるから、初対面の気はしないけど」
「お姉ちゃんっ!?」
「あの…僕の事を?」
「そ。毎日一回は『工藤君』を聞くし」
「別に僕は人気者でも有名人でもないですが」
至って普通の生徒だ。
それに三上さんとは単なるクラスメートで、話題になる方が珍しい。

「…はぁ、苦労する訳だ」

お姉さんはなんか呆れてる模様。
一方三上さんの方は。
「はわわわ…」
意味不明の言葉をしながら顔を赤く染めている。

「じゃあ僕はこの辺で」
ご飯食べたいし。
「うん、妹を宜しくね。今なら安くしとくよ」
「お姉ちゃん!!!!」
何か言い争う姉妹を残して僕は教室に戻った。

その日以来、なんとなく横からの視線を感じる様になった僕。
同時に三上さんを意識した始まりでもあった。



反省も後悔もしてる。
あと気の弱い娘の天敵は極度の朴念仁だと思う。

  ---------------------------------------------------------------------------
126 :名無しさん@ピンキー:2008/03/23(日) 00:04:52 ID:ABlOJijw
…我ながら柄にもない事はするもんじゃない。

久しぶりに料理(と言ってもパスタを茹でただけだ)を始めたら、
粉チーズを切らしていた事に気が付いた。
無くても構わないのだが、無いと気になるのが人の悲しい性。
……仕方ない。
五分後、僕は夜道を自転車で走っていた。


運良く閉店間際のスーパーで目的の品を手に入れた帰り道。
「あれ…?」
僕の通う高校の前を通りかかった時に気付いた。体育館に灯りが付いてるのだ。
『こんな時間に何部?』
既に時刻は八時を回っている。この時期の部活動としては随分熱心だ。

ぐるぐるきゅー

…腹の虫が抗議の声を挙げた。早く帰ろう。
再び自転車を走らせる僕の結論は『明日聞いてみよう』と無難な物に落ち着いた。


「ああ、そりゃ演劇部だよ。多分な」
「えんげきぶ?」

昼休みにフルーツ牛乳を飲む悪友の意見は意外な物だった。
「俺達が練習終わってからステージ使ってるぜ。それまでは教室で練習してるとか」
「ふーん…何で?」
「春休みに大会だとさ。それ以上は知らん。そうそう…」
バスケ部の悪友・俊哉の情報も種切れの様で、話題は僕の貸したゲームの話に変わった。

「………」
気のせいか、隣の席の三上さんが何か言いたそう顔をしていた。
……気のせいだな。

最近三上さんによく見られている様な気がするのも、多分気のせい。
自意識過剰な男なんて滑稽極まりない。僕、工藤亮太は至って普通の
目立たない平凡な高校生なのだから。

127 :名無しさん@ピンキー:2008/03/23(日) 00:09:52 ID:ABlOJijw
【GIRL SIDE】
「…であんたは何も言わずに収穫なし…と」
「お姉ちゃん…分かってはいるけど…気が弱い」

演劇部の練習を終えて帰宅した私を待っていたのは、夕食と容赦ない姉と妹だった。

「でもさぁ、その『工藤君』はどうなの?由梨姉」
妹の由奈が私に興味深々で訪ねてくる。
「ど、どうって…普通の男の子よ」
「顔は悪くないわね。でも結構鈍いのかも」
彼と面識のあるお姉ちゃんが失礼な感想を吐く。
……でもちょっと同感。
「イケメン好きの由真姉がそう言うならかなり期待出来そうね」
「…口の悪い女はもてないわよ」

いつもこのバターンで口喧嘩が始まってしまう。でも、私を含めた姉妹仲は良い方だろう。

「話を戻すけど」
しばらく由奈と口喧嘩をしていたお姉ちゃんが私に向き直る。
「どうするの?」
「ど、どうって…?」
「彼、工藤君との事よ」
そんな事を言われても私にも困る。
「いい、由梨。あんたが気弱なのは知ってるけど、いざという時には
口に出さないとダメ」
「そうね。由梨姉は口に出せないから。…後悔しない様にしないと」

そんな事は私にだって分かってる。でも怖い。彼に拒絶されたら…彼に恋人が出来たら…
彼の事を好きになってから抱いている、この思いが私を悩ませる。
ほんの少しでいい。
勇気が欲しい、彼、工藤君に告白する為の勇気が。

もっともその前に彼ともっと親しくならないと告白どころの話ではない。

…前途多難だなぁ。

132 :名無しさん@ピンキー:2008/03/23(日) 20:11:16 ID:ABlOJijw
ガラガラ… カチャン

図書室の入口扉を閉め、鍵を掛ける音が人のいない廊下に響く。
窓から差す夕陽の光が弱く、まもなく日没間近であることがわかる。
僕は鍵を手に職員室へ足を向けた。


僕が何故図書室の鍵を手にしてるかって?
簡単な理由だ。図書委員の当番だからだ。元々本好きな僕が図書委員になった理由。
それは「委員になれば本を読む時間が増える」
と安直な発想から来た物。実際は書棚整理や雑務で逆に減ってしまったが。


先生に図書室の鍵を返し、薄暗くなった外へ出た僕の目に映ったもの。
「…まただ」
明かりの付いた体育館。
悪友俊哉の情報では演劇部の練習が行われているらしい。
帰宅部の僕には今まで縁がなかったが、正直言えば脚本や演出方面には興味がある。


…気になるな、行ってみるか。

校門に向いた足を体育館へと進路を変える。しかし我ながら好奇心の強さには呆れるばかり。
…ほんとこの好奇心を他の方面で生かせればいいのに。

133 :名無しさん@ピンキー:2008/03/23(日) 20:12:54 ID:ABlOJijw
鉄製の重い扉の前で立ち止まる事3分。足を踏み入れるのが何だか躊躇われる。

ええ、小心者だよ…

辺りに誰もいないのにそんな事を考えてしまう。しかし、ここまで来て帰るのは惜しい。
小心者は扉の隙間から覗く事にしよう…


入口からは響く声こそ聞こえるものの、ステージ上の人間までは判別できない。
「……よ、……へ…」
声と遠目でも判る範囲から、練習しているのは女の子ばかりの様だ。
そういえばあまり男子の演劇部員て聞かないな。
そんな偏見からくる感想を抱いた時。

「行きましょう、パリへ!!」

一際大きな声がステージから聞こえてきた。
しかしその声は僕にとって聞き覚えのある声だった。

今の声……三上さん?
扉の隙間から必死に覗くものの、ハッキリとは分からない。
しかも部員はゆっくりとステージから降りて、一ヶ所に集まり始めた。
どうやらミーティングに入るらしい。ここまでか。


帰り道でも気になるのは先程の声の持ち主。
教室でおとなしい女の子とステージ上での声では、ギャップが有りすぎた。
でも別人とも思えない。

肉まんを頬張りつつ考えてみて、結論はひとつ。

『明日聞いてみよう』

134 :名無しさん@ピンキー:2008/03/23(日) 20:17:22 ID:ABlOJijw
「えっ!!く、工藤君聞いてたの!?」
「やっぱり三上さんだったのか」

翌日の朝、登校した三上さんを捕まえて尋ねた所、やはり本人だった。
「…うぅ…」
何故か分からないが顔を赤くする三上さん。なんで?

「でも凄いな、主役?」
「う、うん。一応…」
「でも実力が認められたんでしょ?やっぱり凄いよ」
「…そ、そんな…」
「自信持って良いよ、かっこいいなぁ」
「…………」
困った…会話が続かない。目の前の女の子は顔を赤くするばかりで、多くを話してはくれない。

「おはよっ。三上っちにクドー」
救いの神が現れた、ただし僕の背中に力一杯の平手を入れて。
「おはよう、杏奈ちゃん」
「………」
挨拶を返した三上さんに無言の僕。
「挨拶も出来ないなんて…クドーが人間が出来てない証拠だね~」
そこまで言われたら挨拶せざるを得ない。出来る限りの笑顔で答える。
「おはよう、王子様」


ゴスッ


二分後、脳天へ突き刺さる痛みに耐えて僕は文句を言う。
「爽やかに挨拶を返したクラスメートに肘を落とすのは酷くないか?」
「お前…喧嘩売ってるのか」
「いえいえ、滅相もない」
横目に映る三上さんがオロオロしている。
…この辺りで辞めとこう。
「おはよう、星野」
「出来るなら初めからやりゃいいんだよ…」

僕の前でブツブツ愚痴るのはクラスメートの少女、星野杏奈。
ショートカットに中性的な美貌、細身で170cm近い外見から一部の女子に熱狂的なファンがいる。
僕と星野は中学からの知り合いで、顔を合わせれば今の様なやりとりをする間柄だ。

135 :名無しさん@ピンキー:2008/03/23(日) 20:18:19 ID:ABlOJijw
「そういえば、星野演劇部だよね?」
「何を今更…あたしの仇名を知ってるその口が言うのか!!」

「王子様」。星野の仇名の由来は、昨秋の文化祭での演目からだ。
元々女子に人気のあった星野の「王子様」役が見事ハマり、演劇部の評価と
星野の仇名は定着し現在に至る訳だ。

「ひろひろひひたひほほはあっへは…」
それと頬をつねるのを辞めて欲しい…
ニヤニヤ笑いながらつねるその顔、王子様というより魔女っぽ…

ギューッ

頬をつねる手へ力が更に入り、痛みは冗談抜きで痛い。
「クドー、今失礼な事考えただろ!!」
…何故わかる?
「お前の考えなんてあたしにはお見通しだ!!」
それ某女優の真似か?ちっとも似て……



「…であたしが演劇部員でどうした」
おい、腫れた頬はスルーかよ。
「…まあいい。今…」
僕は事の経緯をかいつまんで話す。
「ああ、新人コンクールの事か。三月末に新東京劇場でやるんだ」
「意外に凄そうだな」
星野は人指し指を立てて顔の前で振る。
「分かってないなぁ。予選を勝ち抜いた全国の十校しか出れないんだよ」
「げっ!?本気で凄いぞそれは!!」
「ふふん、クドーでも分かるかい」
失礼な言い分だが、凄いのは良く理解できた。…道理で練習熱心な訳だ。

ふと僕は気になった事を尋ねてみる。
「で、星野はどんな役なんだ?出るんだろ」
演技力は素人の僕が見ても優れた物だ。間違いなく主要人物を演じるはずだ。
「………」
「どうした?出るんだろ?」
「ああ…笑うなよ」
「うん。……で?」
「………敵国の王子役」


一時間目の授業、僕は頭の痛みに耐えるしかなかった。
恨むべくは自分の笑いの堪え性の無さだ……
時折隣の席から三上さんが、同情と呆れ半々の視線を送るのが辛かった。

136 :名無しさん@ピンキー:2008/03/23(日) 20:18:59 ID:ABlOJijw
【GIRL SIDE】
先生の声が聞こえる中、私はそっと隣の席を見る。
視線の先には工藤君がかなり辛そう(痛そう?)な顔で授業を聞いている。

あんなに大笑いしたら杏奈ちゃんだって怒るよ…

それにしても…羨ましいな。
再び私は視線を動かし一番前の杏奈ちゃんを見る。
……私にはあれ程楽しそうに工藤君と話せない。緊張で心臓がバクバクして言いたい事の1割も言えない……

結局原因は私の気の弱さなのだ。お姉ちゃん達に言われた事が頭をよぎる。

『口に出さないとダメ』

分かってはいるんだけどな…

誰にも聞かれない様、内心で溜め息を吐く。
『はあ…』

!!工藤君がこっちを見てる!!私は恥ずかしくなってつい下を向いた。

…ますます落ち込んでしまう…はぁ……

  ---------------------------------------------------------------------------
150 :名無しさん@ピンキー:2008/03/30(日) 01:01:29 ID:eqdfR2hl
ステージの上で演技をする星野を見て思う。
…やっぱり凄いと。
軽口を叩き、手がすぐに出る普段の姿からは想像出来ないが、演技を目の前にすると
感嘆の言葉も憚られる。
いつしか僕は時間の経つのも忘れ、演技に引き込まれていった。


「遅くまで悪いな、付き合って貰ってさ」
「いいさ。それに良かったよ」
「ほうほう…中々クドーも分かるじゃない」
もっとも素直に僕は誉めたりしない。
「星野、才能あるよ。
男役させたら日本一だ」

乾いた音が響き、僕の頭に衝撃が走った…


授業が終わってすぐ、僕は星野と三上さんに呼び止められた。
「クドー、ちょっと付き合えよ」
「僕にも都合と…」
「あるのか?暇人に」
…不本意だが目の前の(男役)少女の言う通り。暇ではある。
「も、もし良かったら…み、見に来て欲しいな…」
三上さんが躊躇いがちに声を掛けてくる。
「演劇部の?」
三上さんは首を縦にコクコクと何度も振る。その動作が何となく小動物を思わせ、微笑ましい。
「でも、邪魔にならないかな?練習とはいえ、部外者が…」
「そ、そんな事ないよ!!」

三上さんの意外なまでの強い声に僕も星野も驚く。

「あ、ご、ごめんなさい…で、でも見に来て欲しい…」
「う、うん。そう言ってくれるのは嬉しいんだけど…」
「あー、ごちゃごちゃ言うな。クドーは黙って付いて来い!!」
首の後ろを捕まれ、そのまま引っ張られる僕。
「って、星野…絞まってる…は、はな、せ…」
「あ、杏奈ちゃん。工藤くん苦しそうだよ…」
おろおろしながらも後をついてくる三上さん。
…三上さん、止めて欲しいんだけど………

151 :名無しさん@ピンキー:2008/03/30(日) 01:03:00 ID:eqdfR2hl
かくして僕は演劇部の練習を見学をし、現在三上さんと星野の二人と
一緒に下校している訳だ。
幸いにも他の部員から邪険にされる事もなく(逆に生暖かく見られた?)、
僕は見学に集中できた。

「にしても…三上さん」
「えっ?な、何か!?」
「僕いない方が良かったかな?」
「えっ!!な、なんでそんな事言うの!!」

本日二度目の三上さんの意外なまでの大声。
…さすが演劇部。

「三上っち、ちょっと声大きい…」
「あ、ご、ごめんね…でも、どうして…」
「いや、なんかさ」


堂々と演技を行っていた星野と比べ、明らかに三上さんはあがっていた。
台詞は何度も噛むわ、何もないステージ上で転ぶわ。その度にこっちに目をやっては
慌てて視線を反らす。
誰が見ても僕の存在が三上さんの集中を乱していた。


「まあ、仕方ないさ。人に見られると緊張するのは、あたしもだし」
星野が三上さんをかばう。
「…星野が緊張?」
「お前な、あたしだって緊張位するんだよ。今日だって二度程トチったし」
それは気付かなかった。何よりこの心臓に毛どころか針が生え…

ギューッ

「いひゃひゃひゃ!!」
「お前が失礼な事考えてるのは分かるんだよ!!」


これまた本日二度目の制裁で腫れた頬をさする。今日一日で何mmか顔が大きくなった筈だ…
「く、工藤くん」
三上さんに声を掛けられる。
「た、確かに今日あがってたけど…で、でも見に来て欲しいの」
「三上さん…」
「わ、私、が、頑張るから明日も…また次の日も…見に来て…」
「クドー、歓迎するからさ。暇な時は顔出してくれよ。皆に張り合いでるからな」
いつもよりハッキリと意思を表す三上さんに同意する星野。
…ただ、星野の顔は『お前何時だって暇なんだろ』と言ってはいるが。

「お前な…失礼な事考えてるんじゃないよ、殴るぞ」
「星野、せめて殴る前に言えよ…」

やれやれ今日何回目だ。

152 :名無しさん@ピンキー:2008/03/30(日) 01:11:16 ID:eqdfR2hl
交差点で三上さんと別れた後、少し星野と歩く。
「…そういやさ」
「うん?どうした?」
「クドーと帰るの久しぶりだなと思ってさ」
しみじみと星野が語る。
「…そんなに久しぶりかな。精々一年位前の話だろ」
「まあね。中学以来だしさ。………」
星野が何かを呟いた気がしたが、気のせいか?
「クドー、明日も来るんだよな?」
「多分ね。星野や三上さんを見に行くよ。でもさ…」
「ん?何だよ」
「一回、星野のヒロイン役を見たいもんだなと」

どうしても女性ばかりの部員だと、長身の星野は男役に回ってしまう。
本人の希望は分からないが、こいつなら堂々とヒロインを務める筈だ。

「一応、練習はしてるんだ。いつも…」
「いつもって…?」
「今までの台本で。あたしだってヒロイン役やりたいけど、ワガママ言えないし」

星野の顔から無念さが伝わる。そうだよな…
「なんか台詞言ってみてくれよ」
「えっ!?」
「お前のヒロイン振りを見たいからな」

星野は少し躊躇っていたが…

「ちょっとだけだぞ……『あなたをお待ちしておりました』」
「…ほぉ」
「…合わせろよ。ほら」
「え、…『おお、うつくしいひめぎみよ』」
我ながら台詞を棒読み、かつ陳腐なのが情けない。

「『何故、貴方は訪ねて来てはくれなかったのですか?…寂しくてなりませんでした』」
「『すまぬ、ひめよ』」
「『でも、貴方は私に会いにきて下さいました。それだけで…』」

夜道の街灯に星野の顔が照らされ、その整った顔に思わず視線が釘付けになる。

153 :名無しさん@ピンキー:2008/03/30(日) 01:15:39 ID:eqdfR2hl
「……ぷっ、あはははっ」
突然星野が笑いだした。
「な、なんだよ。いきなり…!!」
「だってクドーが間抜け面で見るからさ…ぷ」
思わずむっとなる。
「笑うなよ、仕方ないだろ。つい見とれたんだから」
「何にだよ?エロ看板なんてあったか?」
「お前だよ」
多少の意地悪さを込めて言い放つ。同時に防御姿勢をとる自分が悲しい…

しかし、反撃は来なかった。
「………」
しばらく星野は無言だったが、
「また明日な、来いよ」
の一言を残し、先に帰ってしまった。


なんかまずい事言った…って最後のアレで気を悪くしたか。
明日朝一で謝るか…

どうも僕、工藤亮太の欠点は調子に乗って余計な事を言ってしまう。
今までそれで何度か失敗したのになぁ…

154 :名無しさん@ピンキー:2008/03/30(日) 01:17:20 ID:eqdfR2hl
【GIRL SIDE】

お風呂から出た私を捕まえたのは、お姉ちゃん。
「由梨、今日はどうだったのかな~?」
途端に私の顔が赤くなるのが自分でも分かる。
だって…

「その顔は…!!由奈、おいで!!由梨に進展が!!」
止める間もなく、お姉ちゃんは妹の由奈を呼んだ。
と手を引っ張られて部屋へ連れこまれる。
「お、お姉ちゃん…」
「由梨姉に進展って!!」
ああ、由奈まで…


私の話が終わると二人は溜め息を着いた。
…失礼な。

「…由真姉、あたし思うんだけどさ」
「わかってる…やっぱり私達が…」

二人は私に背を向けて何やら内緒話を始めた。普段は口喧嘩する割りにこういう時は仲が良い。
私は今日の事を思い出して一人嬉しくなる。
『工藤くんとお話出来ちゃった…それにまた明日も』

「由梨姉…また浸ってるけど?」
「しっ。由奈、だから明日…」

何か話す二人の声も気にならない。私にとって今日は実りある一日だった。えへへっ。
思わず笑いが溢れてしまう。日記につけよ。



「…たくあのバカ…」
あたしは今日何度目かのこのフレーズを口にする。
本当に危なかった。


『お前だよ』
あの言葉があたしを堪らなく揺さぶり、そして危うくさせる。
恐らく本人は無自覚に言ったとは思うが。


つい言われた瞬間に爆発しなかった物だ。
あたしの忍耐強さを自分で褒めたくなる。

あいつクドー、工藤亮太はただの友達なんだ。
友達でいたいんだ。
友達じゃなきゃ…

でも……でも……でも!!

思考はグルグル回るだけで、一歩も進まない。
…あたしには勇気がない。思った事を素直に言うだけの勇気が…

162 :アクトレス 第4話:2008/04/02(水) 21:59:26 ID:IJOETPjV
「………」
言葉も出ない。小テストとは言え、0点というのは果てしなく不味い。
「…おい」
まして期末試験を一週間後に控えたこの時期に。
「聞いてるか?」
これは大問題だ。かなりの試験勉強が…

ゴン!!

痛みで現実に帰る。
「あんまり人のテストで現実逃避するな!!本気で悲しくなるだろが!!」
星野の怒った顔が視界に入る。


この0点の答案は僕、工藤亮太の物では無い。目の前に立つ、星野杏奈の物だ。
休み時間に昨日の失言を謝ろうとした、僕の視界に入った物。それがこの答案だった訳だ。

「かなり不味いだろ、その点は…」
「わ、わかってるさ!!そんなのは!!」
「でもお前頭は悪くないだろ?実際のところ」
僕の通う高校、つまりこの学校は一応進学校とされている。
入るのにもある程度の学力は試される筈だ。

「あ…実は、この所…」
「寝てたな」
「違う!!内職して台詞の勉強してただけだ!!」
…別に威張る事じゃないだろ。


予鈴が鳴り席に戻ると
「く、工藤くんはテスト出来たんだよね?」
三上由梨さん―僕の隣の席だ―に声を掛けられた。
「あ、今の見てた?」
「う、うん。それに確かテストの時もわりとすぐ出来たみたいだし…」
「まあね。でも僕の様子なんかよく覚えてたね、三上さん」
「ふぇっ!?あ、あわわ」
「…カンニング?」
「ち、違うよっ!!」

意外なまでのリアクションに驚いていると…
「工藤、三上。授業を始めたいんだが良いか?」
いつの間にやら先生が教卓の前にいた。しかも笑いを堪える表情だ。
「あ、すみません」
「なんなら、もう少し続けても構わんぞ」
教室は大爆笑。ちぇっ、また失言しちゃったよ…

163 :アクトレス 第4話:2008/04/02(水) 22:01:31 ID:IJOETPjV
本日最後の授業が終了し、放課後の解放感を味わう。

「クドー、あたしら先に行ってるから来いよー」
「忙しかったら別にいいけど…出来たら…」
演劇部員二人に声をかけられる。僕はそれには直接答えず、小さく手を振る。
「格好つけても似合わないぞ―!!」

…うるさい、王子様め。


今日の練習見学も終わり、昨日に引き続き二人と一緒に帰る。
「三上さん、今日は落ち着いて練習してたね」
「ううっ…き、昨日は偶々だもん…」
ちょっと膨れる三上さんの頬。小さい子がよくやる仕草だ。
「まあ確かに昨日は……三上っちの上がりっぷりベスト3には入るからねぇ」
「あ、杏奈ちゃんまで!?酷いよ!!」

星野とまるでタイミングを合わせたかの様に、三上さんをいじる。
……結構楽しい。
もっとも効果があったのか、三上さんの口調が少しくだけた物に変わりつつある。
いい傾向なのかな?


「でも、今日でひとまず練習は休みなんだろ?試験前なんだし」
どこの学校でも、試験一週間前は部活動を休む筈だ。建前上は学業優先なのだから。
「いや、それがさ…」
顧問の先生が学校に許可を取り、短時間ながら毎日練習とは……
「……………」
「そんな目で見るな!!」
「赤点取ったら真剣に不味いんじゃないのか?」
「ううう…」
星野は今回頑張らないと相当不味い。進級はともかく、補習が入れば
練習どころでは無くなる。


「ね、ねえ工藤くん?」
三上さんが僕を見る。
「あ、あの…べ、勉強教えて貰える?」
「おおっ!!三上っち、冴えてる!!そうだな、クドーは性格悪いけど頭はそこそこ良いからな」
失礼な奴だな…

164 :アクトレス 第4話:2008/04/02(水) 22:02:46 ID:IJOETPjV
「私も今回不安だから…土日のうち一日でも……駄目かな?」
三上さんが上目遣いで僕にすがりついて来る。
……正直ちょっと可愛いので困る。

「クドー、あたしからも頼む!!教えてくれ!!」
星野も少し真剣に頼んできた。断れないね。
「いいよ、どうせ勉強はするんだし。土曜でも構わないかな?」


この後、土曜の昼から三上さんの家で勉強会をすることが決まった。
最初三上さんが僕の家を希望したが、僕と星野の反対で三上さんの家に決定。

しかし星野。
「クドーの家に行ったら何されるか分からない」

…いくら何でも酷くないか?

165 :アクトレス 第4話:2008/04/02(水) 22:05:29 ID:IJOETPjV
【GIRL SIDE】
帰って来るなり部屋の掃除を始めた由梨姉。
私が尋ねると
「なんと工藤くんが土曜来るの~♪」とかなりのハイテンション。
やれやれだ…

しかも詳しく聞いてみると、もう一人女の子が付いて来るらしい(ライバル?)。
浮かれて洋服なんか出してる場合じゃないよ……由梨姉……

やっぱり由真姉と相談しないと。…由梨姉には幸せになって欲しいしね。

ああ、そっちの可愛い系は止めなよ。もっと大人っぽい服を……
えっ?持ってない?
由真姉ー!!服を貸してあげてよ!!



由梨にも困ったものね…
せっかくの勝負服(下品にならない程度のセクシーなやつ)を貸す羽目になってしまった。
あれまだそんなに着てないんだけどな。
結構高かったし…

由奈の話では彼、工藤君と一緒に友達も来るようだ。しかも女!!
…私の桃色の脳細胞では恋のライバルに間違いないわ。
由奈と相談して、由梨をしっかりアピールしないといけないわね…

ん~っ!!燃えてきたぁ!!




はあ…クドーの奴絶対気を悪くしたよな……
あんな酷い事を言われたら、あたしだったら間違いなく殴る。

もう少し、もう少しだけ…素直に「ありがとう」が言いたいな…

それに…三上っちはやっぱり……あいつの事を………?

最終更新:2009年10月25日 13:49