t02-024 :名無しさん@ピンキー:2010/01/12(火) 01:57:27 ID:Nd81zjxq
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久々に戻ってきた故郷は賑やかだった…まぁ今日は年に一度、街が若い活気で満ち溢れる日
そう成人の日だから仕方ないともいえるかもしれない。
会場である市民会館には各地に散り、あるいは地元に定着していた同窓達が集っている。
よう、久し振りだな…うわー、すご。ねぇ写真とろーよ…お前、始まる前から酔っ払うって何事よ!?
…カオス溢れ出るとは正にこのことを言うのだろう…そんな喧騒の中を適当に挨拶を返したりしながら通り抜けて会場に入る
会場である大ホールも外に負けず劣らずの騒ぎとなっており、正直、少し早すぎたかと思ったりもした
だが今から外に出るのもまた億劫である。指定された席で携帯でも弄りながら時間を潰すことにした。
「なぁ、席交換しね?」
「別に構わんが、どうしたよ?」
「いやぁ、化粧っ気がどうにも苦手でな、気分悪くなりそうだから女子の隣は避けたいんだ。それにお前ならなんとかあしらえるだろ?」
腐れ縁が話しかけてきた。こいつは結構いい奴なんだが、鼻が敏感で人の多いところはあまり得意ではなかった。
せめて気が合う知り合いが多い場所に移りたいという言外の訴えのようだったので聞き入れることにした
「あぁ、いいけど、C-09だな?」
「恩にきる!」
入り口で渡されたどーでもいい資料が入った封筒を抱えて席を移った。しばらくすると喧騒の主達がどんどんと会場内に入ってきた。そろそろ開始するようだ
郷土の伝統芸能の披露の後、ハゲや狸、狐どもの胡散臭い挨拶合戦が始まった
流石にニュースで流れるようなKY成人の騒ぎは起きないものの、会場内の実に8割の人間がうんざりしていたことだろう

適当に話を聞き流すのも疲れ、携帯を取り出しゲームでもしようとした時、左手の裾を軽く引かれていることに気付いた。

俺の隣席に座っていたのは派手とは言えずともあでやかに着飾った女の子、無論知った顔であった
小、中学時代の成績は文系傾倒で中の上、物静かでいつも文庫本を片手に机に座っている、そういうイメージの子だったが
流石に今日ばかりは着飾らざるを得なかったようだ。
俺の裾を引く手は若干震えているし、これだけの事にもかなりの勇気を注ぎ込んでいるようだった
「……何?」
「……ぁ、ぇと…」
とりあえず意識せずに用件を問うと彼女は自分の携帯のディスプレイを向けてこう切り出してきた
『御久し振り、です。』
「久しぶり。って別に話しかけても問題ないような気もするんだけど」
周囲でもこそこそと世間話がなされているし、気にすることもあるまい、そう思ったので提案してみたのだが
『面と向かって話すのは、その…苦手と言うか、緊張しますので…』
とのことらしい。
「分かった。んじゃ、俺だけ喋るのもあれだし、そのやり方いただき。」
こうして彼女との言葉の無い会話が始まった
『高校、●△だったよね?卒業してから何やってるの?』
『調理資格を取るために専門学校に入ったんです。そちらは●商から■○の大学に行ったと伺いましたが…』
『あぁ、講義とバイトで充実、というか忙しい日々だよ』
『今夜の飲み会、出るんですか?』
『そのつもり、去年辺りから飲んでたし、今夜はオールになるかも…』
『へぇ…私は行けても二次会まで、ですかね…』
『飲めない口?』
『いえ、飲めるんですけど、あまり酔わない体質なので…』
『へぇ、何だか意外だね…』
と、取り留めないことをタイプし続けていた。
『っと、そろそろ終わりみたいですね。』
気が付くと式典は終盤に入り、家族の話やこれまでの生活をネタに一部の新成人が生贄に捧げられる魔の時間に差し掛かっていた
『そうだな、しっかし…弄られてるなー;』
例年がどうなのかは知らないが今年は凄いことになっている
幼馴染の男女を見守ってきた両家の親が結婚を迫ったり、実の妹が兄コレクションを持参で愛を告白したり
数人を孕ませたイケメン(笑)が結婚詐欺容疑で集団訴訟起こされたり、挙句の果てには高校時代に学生結婚した伝説の夫婦が七つ子引き連れて惚気である。
…もうやだこの街。
そんなハイなテンションに乗せられたのか、物静かな隣人はこう言ってきた
『あ、あの…』
『ん?何?』
『アドレス、交換しません、か?』
『おっけ、その機種赤外線使えるよね?』
『はい。少々お待ち下さいね…』
彼女は何故か顔を赤くしていた

t02-025 :名無しさん@ピンキー:2010/01/12(火) 01:58:32 ID:Nd81zjxq
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市民会館での式典を終えた新成人たちは貸衣装から着替えたり、家に戻ったりして適当に時間を潰して飲み屋街に出没した
人によってはこれからが真の成人式であろうし、俺もそのつもりだった。
主に中学の卒業時のクラス分けで集まった数十人単位の集団が居酒屋に大いなる収入と忙しさを与えていく
俺もその中に入り時に声高々に乾杯の音頭を上げ、時に級友達の近況に耳を傾けた

1次会が終わり、次の会場に移動する際。また彼女と隣になった
「随分飲んでたけど、大丈夫か?」
「…えぇ、その。なんて言いますか…飲みたい気分ですから、ぁぅっ」
「?…まぁいいか……今日は目一杯楽しもうな」
「は、はぃ…」
会話が続かないのはまぁ、着替えた彼女が地味ながらも綺麗だったのもあるし、若干飲みすぎたってのもある。
あとはあれだ。彼女がおどおどとして会話出来る感じじゃなかった、そういうことにしてくれ…

2次会はカラオケが出来る店だった。
改めて乾杯をすると幹事がこう言い出した
「みんないい感じに出来上がってきたし、一人一曲は歌ってもらうぞー!」
……そんなわけでレパートリーが先に歌われていく絶望感と戦いながら歌う曲を選んでると
「んじゃ、次は…おぉ!○○さんですかー!」
彼女の番となった。
定番というか、少し昔のラブソング。耳に心地いい声で彼女は歌っていく。
なんだか俺に視線を向けながらだったのはきっと酔った勢いでの自意識過剰に違いない…

ちなみに俺が歌った当たり障りの無いPOP’sは評判が芳しくなかった


「んじゃ、帰る奴は御疲れさん!」
元気な奴が三次会へと出撃する中、若干自棄酒を飲んだ俺は離脱することになった…
離脱するのは俺の他に彼女と他数名、家の方向が同じため俺と彼女は相乗りでタクシーに放り込まれた
「…みんな、元気だったなぁ」
「………そですね。」
夜の街を走るタクシー、中は少し静かな空気に包まれていた
「…変わってなかったなぁ」
「…………です、ね。」
俺の取り留めの無い会話に相槌を打つ彼女は何処か寂しそうだった
タクシーが住宅街の一角に止まる。料金は俺が支払い、彼女と人気の無い公園を歩く
「…大丈夫、ですか?」
「ん?あぁ、少し酔いがまわってきたのかもな」
丁度ベンチもあるので休むことにした

t02-026 :名無しさん@ピンキー:2010/01/12(火) 02:00:59 ID:Nd81zjxq
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「…………」
「…………」
……会話のネタが尽きた。
手持ち無沙汰になった俺は携帯を弄ると、メールが着信してることに気付いた
届いたのは二次会の最中、確か彼女が歌ってた頃だ

『題名: テスト送信、○○です
 本文: アド交換をしたのに送信テストを忘れてたので送ります
 カラオケはあまり好きではないのですが、丁度いい機会
 なので、貴方の為に想いを込めて歌おうと思います。
 ちゃんと「好きです」が、届きますように…』

思わず横に座る彼女を見る、今にも泣きそうな顔で俺と携帯をじっと見つめる彼女が居た
「……いつ、から?」
「……2年の春、からです。」
震える声は、怯えが原因なのだろう
「どうして俺?」
「優しさに、惹かれました…」
だが、その声は芯の通ったものだ
「今まで、ずっと?」
「その、臆病、でしたから……、……答えて、くれますか?」
震える手を胸の前で握り、俺の言葉を待つ彼女は…弱々しいながらも、凛とした美しさを持っていた
「ありがとう」
「……え?」
「好きになってくれて、ありがとう」
「……それって、どういう…!?」
彼女を包むように抱き締める
「君なら、大歓迎しますって意味で…」
「ぅぁ…え?…はぅ!?」
いきなりの抱擁に驚く顔を愛しく見やる
「じゃぁ、恋人の証ってことで…」
「え?ぇえ?…あ」
顔を、正確には唇を重ねる
柔らかく、暖かい感触が触れる
時間にして数秒の接触だったが、脳内物質の働きでとても長く感じたのは言うまでも無い
「これから、よろしくね?」
「あ、ぁ……よ、よろしきゅう」
ん?急に彼女の力が抜けた…どうやらキスは刺激が強すぎたらしい。文字通り目を回している
「おい、しっかりしろー」
これからのことを思うと少し先が思いやられる
そんな苦笑を浮かべながら、俺と彼女の成人式は終わりを迎えたのだった




この後、一向に目を覚まさない彼女を家で介抱して翌朝に家族共々妙な誤解をされたのだが、瑣末なことなので省くことにする

最終更新:2010年01月19日 09:33