息を荒げて、無様に僕はタマゴ回廊に奥に駆け込んだ。 全力で逃げて来たため、ズボンが汚れるのを気にせずに膝をつき、ぜえぜえと息をする。 きっと、今の姿を見たら妹なら「情けない」と思うに違いない。 だが、ここにはスーも、母さんすらもいない。 捕まっていないのは、僕一人だ。 パキパキ。パキリ。 音を立てて、タマゴが割れる。 中から、生まれたばかりの飛竜が顔を出した。 外で暴れている、孵化が失敗してゾンビと化した竜とは違う、生きた飛竜だ。 モニターには、孵化完了と出ていた。 飛竜は僕の方をじっと見ている。 生まれたばかりの生き物は初めて見た者を親として認識するという。 きっと飛竜も例外ではないのだろう、こちらへ擦り寄ってきた。 これで脱出の手段は確保した。 僕はこの島から逃げ出すつもりだった。 スーは連れ去られ、ブースター博士は迷宮へ飛ばされ、母さんと伊藤さんはどこにいるのかもわからない。 その上、ドクターは赤い花もミミガーも手に入れた。 戦争はどうやっても回避できない……。 今すぐにでも逃げなければ、僕は命を落とすかもしれない。 だけど………。 それを繋ぎ止めているのは、やはり家族と仲間の事だった。 だけど、それでも怖かった。 もし、ここにいて母さん達の力尽きた姿を見つけてしまったら? それだけは考えたくない。 しかし、もう起きているかもしれない現実。 一番心配なのは、赤い花で凶暴化させられてしまったスーを見つけてしまった時だ。 凶暴化したら待つのは死………殺さなければ、スーはドクターの意のままに操られ、人を殺す。 僕は妹を殺せるのか? ………それは無理だ。 だからとはいえ、死ぬのは怖い。けどスーが化け物になって人を殺すのも嫌だ。矛盾する様だが。 もし出会ってしまっても、また何も出来ずに逃げ出してしまうのだろう。 僕をこの島に繋ぎ止めているのも、逃げ出したいのも家族と仲間の事だった。 誰かが来た気配がしたので、飛竜と共に奥の通路へ隠れた。 しかし、そこに現れたのはあの武装探索型のロボットだった。 「無事だったんだね。ここには僕しかいないよ。」 そう言って、奥の通路から僕は姿を現した。 どこか浮かない表情をしている様に思えた。 彼は本当に不思議だ。 感情があるロボットは今では珍しくないが、彼は極めて人に近い気がする。 彼に現状を伝えると、彼はますます表情を暗くした。 慌てて「君を責めるつもりはない」と訂正した。 それから、タマゴが孵化した事を伝え、言った。 「一緒に逃げるか?」 だけど、その言葉に彼は首を振って答えた。 まだ、仲間がここにいると。 ブースターからスーを連れて逃げる様に頼まれた事、彼と同じロボットが行方不明になってしまっている事、 死んでしまったミミガーから託された意思……。 まだ、やり遂げるべき事が残っている。 なすべき事が終わらないと島を出れないと、彼は言った。 僕は心底彼が羨ましかった。 機械であるのに人の心を持ち、肉体的にも精神的にも強かった。 僕は彼に、コアを破壊すれば凶暴化したミミガーを元に戻せるかもしれないと言った。 同時に、島が落ちるかもしれないし、コアは今どこにあるかもわからないとも。 嘘だ。 コアを破壊すれば、恐らく島が落ちるだけだ。 凶暴化したミミガー達ごと。 死ねば凶暴化したミミガーは元に戻る。だから嘘ではないのかもしれないけれど、彼を騙した。 だけど、仕方が無かった。 ドクターが地上へ侵攻すれば、更に多くの人が傷付く。 だからと言って自分でコアを破壊するのは無理だし、彼に本当の事を話せばきっとコアを破壊しないだろうから。 僕はそう自分で自分を正当化した。 ひょっとしたら、彼はその嘘に気付いていたのかもしれない。 彼は笑って、「スーは必ず助けるよ」と僕に言い残して大農園へ向かっていった。 それから何度も逃げるべきか留まるべきか、優柔不断にも程があると思うくらい迷っていると、島が崩壊を始めた。 彼はドクターに勝ったのだろうか。 崩壊する島から脱出するしか、僕には選択肢は無かった。 暫く島を旋回して、スーや彼がいないか探した。 ………見捨てて逃げようとしておきながら、何を今更と思うかもしれないけど。 それでも、探さずにはいられなかった。 その時、今まさに崖から飛び降りようとしているスーを見つけた。 ……無茶な。 僕が飛竜にスーの元へ行く様に指示したのと、スーが飛び降りたのはほぼ同時だった。 間に合うか!? 飛竜は素早く落ちていくスーの襟を咥えてキャッチした。 僕は胸を撫で下ろし、安堵の溜息をついた。 手を貸してやり、自分の前にスーを座らせた。 「スー、僕がいなかったらどうするつもりだったんだ?」 「だって……仕方ないじゃない!あのままあそこにいたら潰されちゃってるわよ!」 ぶー、と膨れるスーを見て、本当に妹が目の前にいるんだと改めて実感した。 不意に視界が歪む。 「お兄ちゃん?」 「………よかった……無事で……本当に。」 「やだ、ちょっとお兄ちゃん!?…泣いてるの?ねえ…泣かないでよ……。」 妹を抱き締め、泣きじゃくる僕はきっと無様だっただろう。 だけど、今はそんな事を気にせずに、妹が無事だった事を喜び、彼にしても足りない感謝をしよう。 崩壊が止まった島で、僕達はまた研究活動を開始した。 ドクターのせいで、赤い花ばかりを研究していたためと、そのごたごたにより、予定より研究の進行速度が遅かった。 本当はもっと完備しているシステムで治してやりたいのだが……。 母さんを手伝い、完成した装置の中へスーと伊藤さんを入れた。 これでミミガーになる魔女の魔法が解けるはず。 科学の力に不可能は無いが研究者のモットーだ。それは魔法も論外ではない。 母さんがスイッチを押すと、音を立てて装置が動き、次の瞬間二人は人間に戻っていた。 やっと戻れた人間の姿を満喫する二人だが、何故か同時にくしゃみをした。 『あ。』 四人の声が重なる。 また二人はミミガーに戻ってしまった。 「もういっそ、そのままでいいんじゃないか?可愛いし……。」 つい、ぽろりとスーにそう言ってしまい、思いっきり回転をかけたジャンプキックをもらった。 そういえば、ロボットの彼は後で聞いた話だが、凶暴化したスーの回転蹴りをもらってしまい、ひどく苦戦したという。 彼にも多大なダメージを与えられるその威力は、実は素で変わっていないんじゃないか? 壁に頭を打ちつけながら僕は考えていた。