その日もいつもと同じだった。 ミザリーは家を出て、ミミガー村の墓場を目指す。 外はまだ薄暗い。 日が昇ったばかりの時間であるから、クォートとカーリーは眠っている。 彼女の手下であるバルログも同じ。 当然、村のミミガー達も起きている者はいなかった。 それを見越して、朝早くに起きているのだから当たり前なのだが。 自分は憎まれ、恨まれて当然の人間。 だがあの出来事の後、あの二人は終ぞミザリーを憎んだりする事は無く、むしろ自分の事を気に掛けてくれていた。 それを妙だと思いはするものの、悪い気はしなかった。 けれど自分は許されないはずの人間。 だから、気に掛けてくれている二人……いや、バルログも合わせれば三人だろうか。 その三人が自分の事を気に掛けてくれるのが、耐えられなかった。 特にバルログ。 自分とバルログは多少の差はあれど、同じ立場だ。 汚れ役をやらせていたから、向こうの方が本来許されない立場なのかもしれないが。 ………いや、命令したのは私か。 結局私の方が許されない立場か、と心の中で自嘲する。 そんなバルログにも気に掛けられているというのは、やはり耐えられない。 そんな事を考えている彼女の目の前には、殺めたミミガー達の墓があった。 いつもの様に、墓石の前でそっと手を合わせて目を閉じる。 こんな事をして自分はどうしようと言うのだろう。 自分は許されぬ人間。 ならば、罪滅ぼしのつもりでこうして毎日墓参りをしているのは無駄なのだろうか。 こんな事をして自分はどうしたいんだろうか。 誰かに許しを請いたいのだろうか。 誰に? 殺した二人に? 許されないのに? 「うるさいッ!!」 頭を振り、思考を無理矢理中断させる。 しゃがみ込んだミザリーの呼吸は荒く、心の中は激しく波打っていた。 目を閉じて、ゆっくりと呼吸し息を落ち着ける。 何も考えるな。 そう、自分に言い聞かせて。 朝起きると、やっぱりミザリーはいなかった。 毎日毎日、ミザリーは朝早く起きてはミミガー村のお墓に行っている。 一人になりたいのだろう、という事をバルログは察していた。 それはクォートとカーリーも同様なようで、二人も特には何も言わない。 あの事件の後、ミザリーはどういう顔をしてクォートとカーリーに向かえばいいのかわからないんだろう、とも考えていた。 二人は別段気にしてはいないのだけれど。 カーリーはともかく、クォートは仲間を二人殺されているのだから、気にしていないと言われた時、ボクは驚いた。 理由を尋ねると、「二人はそんな事望んでない」と返された。 その時の、クォートの表情は悲しそうだった。 クォートはミザリーに返り討ちにされたミミガーが持っていた剣を、まだ持っている。 そのミミガーのお墓に供えようとして、今の村のナンバーワン――かつてのナンバーツーらしい――に止められたという。 「君が使ってくれ。その剣は英雄の剣だ。」 「錆び付かせるのは勿体無い」と、供えるのを拒否されたそうだ。 もう戦う事は無いけれど、クォートは剣と北極星印の銃の手入れは毎日欠かさずにしている様だった。 銃の方は何で手入れをしているのかは、ボクには知る由も無い。 何か、思い入れのある武器なんだろうか。 「どうしたの?ぼーっとしちゃって。」 その声に「何でもない」と慌てて答えた。 今は朝食の時間。 食べながら考え事をしていたのだけど、どうやら思考の方が優先されていたらしい。 変な所でボクも人間臭いなぁ、と思ってしまう。 この場に、ミザリーはいない。 朝早くに朝食も取らずに出掛けてしまうから、呼びに行くのはボクの役目だ。 朝食を食べてから呼びに行くのは、二人と面と向かって会うのは辛いからだろうと思うから。 「さってと、それじゃ私行ってくるね!」 一足先に朝食を食べ終わったカーリーが、マシンガンを片手に家を飛び出していく。 砂区にある彼女の孤児院。 そこにいる孤児のミミガー達の世話をしに行くのがカーリーの日課だ。 ここから砂区へは距離がとっても離れていて、転送装置を使っても大変な距離だ。 だったら孤児達をここに移せばいいのに、それをしないのは言うまでも無くミザリーのため。 けれど、やはり移動は大変なのも事実で、 クォートは今度スー達が来たら、 数馬辺りに転送装置を設置してくれる様に頼むつもりだという。 「ごちそうさま。ボクも行ってくるね。」 朝食を食べ終わり、ここからボクの日課が始まる。 外に出て、空を飛んでミミガー村のお墓を目指した。 村の英雄のお墓と、それの横に作られた新しいお墓。 今日は珍しくそこにミザリーはいなかった。 暫し、そっと手を合わせて冥福を祈ると共に、心の中で謝る。 ここじゃないとすると、どこにいるのか。 再び空を飛んで、バルログはミザリーを探す事にした。 島が落ちかけた影響で、王の玉座は瓦礫で壊れていた。 適当な瓦礫の上に腰掛けて、ミザリーはひび割れている床を見つめていた。 悪魔の冠に呪われてから、暫くは呪いが解ける事を望んでいた。 かつて冠を手にした王にも頼んだ事はあったが、やはり断られた。 何年経っても呪いを解いてくれる者はいなかった。 自由になる事は諦め、自分の運命だと受け入れて長い長い時をすごした。 誰かが冠を手にし、悲劇が起き、王が死に、二人は眠りに付く。 それの繰り返し。 永遠に続くかと思っていたそれは、終わりを迎えた。 望んでいた自由のはずだった。 自分の意思で行動し、何をしようが自由で、誰にも強制される事は無い。 それでも、いくら自由になっても、罪が消えるはずはなかった。 手を汚しすぎた。 いくら墓の前で手を合わせても、それは一生消える事の無い烙印。 自由になれたはずが、その先は地獄だったわけか。 ミザリーは苦笑した。 こんな事なら、あのまま呪いが解けずにいた方がよかったのかもしれない。 何も考えず、望まれた通りに動くだけの、人形で在った方が楽だったのかもしれない。 「ヘーイ!」 どすん、という衝撃がしてミザリーの近くにバルログが落ちてくる。 きっと朝食に呼びに来たのだろう。 「朝ご飯出来てるよ。今日はサイコロステーキだってさ。」 「サイコロステーキ?」 「四角く切られてる肉だよ。おいしかったよ。」 聞き慣れない単語に首を傾げていると、バルログが付け加えるように口を開いた。 「スーの母親の百鈴とか言ったかな、クォートがその人にもらったんだって」 そういえば、今朝色々と変わった物が家に置かれていた気がする。 「そうか」とだけ答えて、ミザリーは歩いて戻り始める。 ここから家は近くだし、バルログもいるので魔法は使わない。 「ミザリー。」 不意に、バルログに呼ばれてミザリーは振り返る。 「ミザリーは、自由になれて嬉しくないの?」 「……さあな。」 確かに、呪われていた時は自由になる事を願っていた。 だが、実際自由になってみればこの様だ。 「笑わないよね、ミザリーって。」 「悪かったな。」 とても笑う気にはなれない。 逆にこの状態で笑える人間がいるのなら、羨ましいくらいだ。 少しの間、風の音だけがその場に流れた。 高台にあるだけあって時折ほんの少し強めの風が頬を撫でる。 「ねえ、ミザリー。」 ややあってバルログが声をかけた。 「ボク、時々思うんだ。心から笑いあって、幸せに暮らしていればあのミミガー達は許してくれるんじゃないかって。」 「だから笑ってよ。ボクらも、そう望んでる。」 風の中ではっきりと、聞こえた。 「それじゃ、先に行ってるからね。」 そう言って、先に飛んでいってしまったバルログに感謝せざるを得ない。 限界だった。 感情が一気に溢れ出し、膝をついて、目から溢れ出す熱いものを手で拭った。 ずっと堪えて来た最後の一線が決壊する。 罪の意識に押しつぶされそうで、怖かった。 同じ立場であった筈なのに、バルログだけが何処か遠い場所へ行ってしまう様で怖かった。 誰にも許されず、苦しみ続けるのが怖かった。 頭の中がぐちゃぐちゃになり、訳がわからなくなって来た。 せき止められていたものが流れ出す様に、流れる涙は止まらなかった。 嗚咽をあげながら、「ありがとう」と感謝の言葉を口にした。 誰も聞いていなくても。 暫くして家に戻ると、いい匂いがしていた。 バルログが朝食を温め直しているのだろうか。 「おかえり。」 クォートがPCを操作している手を止め、ミザリーに声をかけた。 「ただいま」と小さい声で返すと、再びクォートはPCに向かい合った。 どうやらチャットで誰かと連絡を取っているらしい。 椅子に腰掛けると、テーブルの上にバルログがミザリーの朝食を運んできた。 皿の上には確かに四角いステーキが乗っている。 これがサイコロステーキか。 最近の地上の食べ物には疎いので、四角く切ってあるのに意味があるのかはよくわからないが。 「バルログ。」 「ん?」 向かい合う様にして座ったバルログに、満面の笑みでこう言った。 「ありがとな。」 「……!………!!」 口をパクパクとさせ、バルログはミザリーを指差して絶句した。 プシュー、と煙が出ている様な気もする。 とてもロボットとは思えない動きだったが、その次にこう叫んだ。 「ミザリーが壊れたあああああぁぁぁぁぁぁ!!!」 ミザリーの笑顔が、般若に変わったのは何かが切れる音がした次の瞬間だった。 黒い球体に雷にブロック。 一斉掃射されたそれを必死で避け、逃げるバルログ。 顔に青筋を浮かべて追いかけるミザリー。 クォートは突然起こった嵐に吃驚仰天していたものの、 しかしまあ、ミザリーがどういう方向であれ元気が出たみたいなのでいいか、と考え直しチャットに戻った。 随分久しぶりに笑った気がした。 心から笑ったのは何年ぶりだろう、もう数えられないくらい昔かもしれない。 「助けてええええ!!」と叫びながら逃げるバルログを追いかけながら、ミザリーは笑っていた。