78 :生きるチカラ :2006/02/13(月) 02:44:22 ID:???
「意外と早いな」
「意外と早いな」
「…我々には好都合だ」
サングラスの奥でニヤリ、と目が笑った様な気がする。
冬月は軽く溜息を着いた。
ここはネルフ。ジオ・フロント最深部に位置するこの発令所も、
序々に慌しさを増して行く。
使徒出現の第一報に戦慄が走ってから、まだ一時間も経っていない。
冬月は軽く溜息を着いた。
ここはネルフ。ジオ・フロント最深部に位置するこの発令所も、
序々に慌しさを増して行く。
使徒出現の第一報に戦慄が走ってから、まだ一時間も経っていない。
「加持君によると、今回、彼等の出番は無いかも知れん」
「彼等?…ああ、アレか」
一瞬、不愉快な感情を眉間に出したゲンドウ。
「あの損傷ではな」
「嬉しそうだな、碇」
「…」
79 :生きるチカラ :2006/02/13(月) 03:02:42 ID:???
「冬月、後は任せる」
「君はどうするのかね」
白い手袋で何事か指し示しながら、部屋を後にする。
委員会への報告だろうか、忙しい男だ…などと、同情にもならない呟きを洩らす。
冬月は一人、寒々とした部屋で天井を仰いだ。
委員会への報告だろうか、忙しい男だ…などと、同情にもならない呟きを洩らす。
冬月は一人、寒々とした部屋で天井を仰いだ。
「――で、アタシ達はどうなる訳」
「知らないわよ」
コーヒーを啜りながら、手持ち無沙汰に腰掛ける赤木博士。
その気だるさは寝起きの所為なのか、それともお喋りな同僚の所為なのか。
その気だるさは寝起きの所為なのか、それともお喋りな同僚の所為なのか。
80 :生きるチカラ :2006/02/13(月) 03:08:24 ID:???
「取り敢えず帰って寝たら?」
使徒はまだ、遥か彼方の存在だった。
「仕事熱心と言うよりも、ちょっとした興奮状態ね。例えば遠足の前の日、みたいな」
「ハイハイ遠足遠足」
彼女とは大学時代からの腐れ縁だが、頼みもしないのに精神分析する癖は勘弁して。
しかも時折、その鋭い指摘には驚かされる事がしばしば。
心を覗かれる事ほど、気持ちの悪い事はない。
しかも時折、その鋭い指摘には驚かされる事がしばしば。
心を覗かれる事ほど、気持ちの悪い事はない。
「コーヒー、こぼれてるケド」
「…通りで熱いと思ったわ」
気がつくと、足元に数滴。
分析対象を前に、研究者は我を忘れていたらしい。
分析対象を前に、研究者は我を忘れていたらしい。
85 :生きるチカラ :2006/02/17(金) 04:21:25 ID:???
その日は、まだ夜明け前だと言うのに全隊員が既にグラウンドへ整列していた。
戦略自衛隊朝霧駐屯地、午前4時45分。
その日は、まだ夜明け前だと言うのに全隊員が既にグラウンドへ整列していた。
戦略自衛隊朝霧駐屯地、午前4時45分。
「…お早う、諸君」
使徒出現、この切迫した状況の中で、新しい指揮官の着任式が執り行われる。
薄暗い朝靄の中、無言で立ち尽くす若き隊員達。静寂が周囲を支配する。
薄暗い朝靄の中、無言で立ち尽くす若き隊員達。静寂が周囲を支配する。
「使徒は既に、新首都方面へ向けて進出を開始している」
使徒…戦自では過去、『迎撃対象行動物』などと言い換えを図っていたが、
既に世間一般に『使徒』と言う呼称が浸透しており、隊員達の間でも普段では
『使徒』と呼び合っていた。だが、公式の場で『使徒』と呼称するのは初めてである。
一瞬、ざわめきが起こった。
既に世間一般に『使徒』と言う呼称が浸透しており、隊員達の間でも普段では
『使徒』と呼び合っていた。だが、公式の場で『使徒』と呼称するのは初めてである。
一瞬、ざわめきが起こった。
「我々の任務は、可及的速やかに是を迎撃する事である」
迎撃…過去何度も試みられて来たが、未だ一度として、戦自単体で達成された事の無い任務。
既に使徒と言う存在が、N2爆雷すら効かない相手であると判明している今、通常兵器でしか
対抗出来ない組織には空しい言葉なのかも知れない。迎撃…
既に使徒と言う存在が、N2爆雷すら効かない相手であると判明している今、通常兵器でしか
対抗出来ない組織には空しい言葉なのかも知れない。迎撃…
86 :生きるチカラ :2006/02/17(金) 04:52:05 ID:???
壇上の指揮官は、眼下の部下達を見渡している。
深く一呼吸置くと、静かに、だが澱み無く語り始めた。
壇上の指揮官は、眼下の部下達を見渡している。
深く一呼吸置くと、静かに、だが澱み無く語り始めた。
「我々はJA、ネルフと共同作戦を行う。だが、ジェット・アローンは損傷が激しく、
ネルフの決戦兵器は動作が不安定との報告を受けている。つまり、今現在有効な防衛手段は、
我々戦略自衛隊、陸海空合わせて35万人の力に掛かっている」
ネルフの決戦兵器は動作が不安定との報告を受けている。つまり、今現在有効な防衛手段は、
我々戦略自衛隊、陸海空合わせて35万人の力に掛かっている」
陸将補の握る拳が微かに震えた。
「敵う相手で無い事は分かっている…だが、それでも戦わなければならない」
彼等、眼下の部下達からまた何人の犠牲が出るのだろうか…この胸に去来する物は何だろう。
虚しさなのか、哀しみなのか、言葉にならない言葉が喉に詰まる。
虚しさなのか、哀しみなのか、言葉にならない言葉が喉に詰まる。
「…頼む、俺と一緒に死んでくれ」
単刀直入な一言と共に、彼は深々と頭を下げた。
戦自隊員となったその日から、皆その覚悟で厳しい鍛錬を積んで来た。
最早無駄な抵抗なのかも知れない。
ただ、愛する人、愛する家族、愛する故郷を守る為に、今我々が死ななければ…
何者かも分からない相手に命を奪われるのは癪だが、ほんの数分でも、
自分より長く生きて欲しい、父よ、母よ、娘よ。
その為だけに、我々は盾になろう、喜んで。
戦自隊員となったその日から、皆その覚悟で厳しい鍛錬を積んで来た。
最早無駄な抵抗なのかも知れない。
ただ、愛する人、愛する家族、愛する故郷を守る為に、今我々が死ななければ…
何者かも分からない相手に命を奪われるのは癪だが、ほんの数分でも、
自分より長く生きて欲しい、父よ、母よ、娘よ。
その為だけに、我々は盾になろう、喜んで。
87 :生きるチカラ :2006/02/17(金) 05:03:33 ID:???
「何見てんスか…あっ」
「何見てんスか…あっ」
若い隊員が後ろから覗くと、鬼陸曹が一通の手紙を見つめていた。
「勝手に見るんじゃねぇ、馬鹿野郎」
「娘さんからスか」
「うるせぇな」
「除隊勧告、受けないんスか」
「だからうるせぇな」
着任式の後、朝霧基地勤務の全隊員に早期除隊制度実施が布告された。
又、妻子を持つ陸佐以下の隊員には除隊勧告が出された。
又、妻子を持つ陸佐以下の隊員には除隊勧告が出された。
「あんな事言われて、逃げる訳にはいかねぇだろ、馬鹿が」
「俺は辞めますよ」
「…そうか」
「使徒を倒して、退職金を貰ってから辞めるつもりッスよ」
88 :生きるチカラ :2006/02/17(金) 05:14:21 ID:???
「…倒せる訳ねぇだろ」
「…倒せる訳ねぇだろ」
「そうスね」
久々に笑った気がする。初めから負け戦と分かっていて、それでも戦う意味はあるのだろうか。
娘は既に長野へ疎開している。時折届く手紙には、芋掘りだのレタスの収穫だの、
自然の中で楽しげに笑う彼女の笑顔が透けて見えた。
もう7歳か…思えば駄目な父親だった。入園式、入学式、一度も出席出来なかった。
優しく笑おうとして、引き攣った笑顔に泣かれた事がトラウマだった。
子供とは不思議な物、親は無くとも子は育つ、いや、妻のお陰か。
娘は既に長野へ疎開している。時折届く手紙には、芋掘りだのレタスの収穫だの、
自然の中で楽しげに笑う彼女の笑顔が透けて見えた。
もう7歳か…思えば駄目な父親だった。入園式、入学式、一度も出席出来なかった。
優しく笑おうとして、引き攣った笑顔に泣かれた事がトラウマだった。
子供とは不思議な物、親は無くとも子は育つ、いや、妻のお陰か。
「休暇ぐらい、取らないんスか…まだ接触まで時間は」
「会えば辛くなる」
真一文字に噤む口。噛み締める唇から、隠し切れない寂しさが漏れる。
「お父さん!」
「…殴るぞ」
89 :生きるチカラ :2006/02/17(金) 05:35:08 ID:???
「…生きて優菜に会いたい」
「…生きて優菜に会いたい」
偽らざる父親の本音。
「羨ましいッスね、守る物があって」
彼女は未だ、倒壊したビル…その瓦礫の下。
使徒なのかJAなのか、ネルフなのか…それとも戦自なのか。
戦闘に巻き込まれ、行方不明と言う曖昧な死亡宣告に涙も枯れ果てた。
復讐なんて柄じゃない、ただ、一緒になりたくて。君の所へ行けるのなら。
使徒なのかJAなのか、ネルフなのか…それとも戦自なのか。
戦闘に巻き込まれ、行方不明と言う曖昧な死亡宣告に涙も枯れ果てた。
復讐なんて柄じゃない、ただ、一緒になりたくて。君の所へ行けるのなら。
「靖国に行ったら、会えないんスかね…」
ポツリ、と呟いた若い後輩の頭を、立ち上がり様に派手にブッ叩いた。
「ってッ!!!」
「何馬鹿言ってんだ!気合入れて掘りに行け!!待ってんだろが」
「ハイ!!!」
そうだ、彼女は待っている。あの場所で、彼が見つけてくれるのをずっと。
君がどんな姿でも、俺は会いたい。抱き締めたい。
君がどんな姿でも、俺は会いたい。抱き締めたい。