「さて、続いての議事は人事案件となっております。傍聴の方、関係部署以外の方は御退席くださいますよう、
お願いいたします」
 教育委員会事務局総務部長の柳沼がよく通る声でそう告げると、傍聴席の市民、記者席の新聞記者、そして
教職員人事課以外の事務局の部課長はそそくさと委員会室を後にした。
残された部屋には、教育委員長、事務方のトップである教育長を含む、六人の教育委員、事務局からは教育次長、
総務部長、そして人事部の部課長の十人が会議テーブルに向き合った。
 「それでは、案件について、人事部長から説明をお願いします」
 「人事部長・奥長です。今回の案件は、あの自殺騒動のあった楠木中で起こった、猥褻事件についてです。
生徒の自殺問題は、大きなニュースにもなりましたので、教育委員の先生もご存知だと思いますが、今回は
その生徒の担任でもあった二宮隆志・三十八歳の処分についてです。つきましては、課長の下平の方から
説明させていただきます」
 「説明させていただきます。二宮隆志は十六年前、本市の中学校教諭として採用され、勤務校は楠木中学で
三校目です。
強化は数学、部活動は吹奏楽部の顧問をしております。さて、今回、お諮りする事件についてですが、七月八日、
受け持ちの教え子に、自らの下半身の画像を送ったり、猥褻な画像を送れと要求するなどしていたことが、
保護者の訴えで判明したものです。この案件は、まず、保護者から生徒の携帯電話と共に、人事課の方に直接
持ち込まれました。被害生徒の氏名は仲村ヨウコです。すぐに学校に事実確認をし、校長、本人を事務局に呼び、
事実確認を行いましたが、二宮は事実を否定しております。しかし、我々としましては、生徒に届いていた
メールは、明らかに二宮の携帯から送られたメールであること、また、同級生の証言からも当該生徒に執拗に
接近しようとしていたことが報告されていることから、懲戒処分に相当すると判断し、今回の委員会にお諮り
させていただきました。人事部の原案としましては、『懲戒免職』です。以上、ご報告を終わらせていただきます」
 六人の教育委員は、眉をひそめながら『秘』という印が右上に押されているA4ペーパーに目を通している。
 「それでは、今の案件について、委員の皆さんから、ご質問、ご意見はありますか?」
 委員長が各委員に質問・意見を求めた。
 まっ先に、教員出身の委員が手を挙げた。
 「当該の教諭は、今はどうしているのですか?」
 「はい。教育委員会での処分が出るまでは、身分が保障されますが、そのまま学校に行かせるわけにも
いきませんので、現在は教育センターで指導力不足と認定された教諭とともに研修を受けております」
 人事課長が事務的に返答した。
 「先ほど、人事課の説明では、生徒たちからも聞き取りをしたというような報告がありましたが、生徒たちは
この件について知っているんですか?」
 会社経営者でもある別の委員が続いた。
 「いえ、知らないと思います。ほとんどの生徒は、あの自殺事件の責任でいなくなったと思っているようです。
情報を寄せてくれたのは、被害生徒の友人で、家族ぐるみで付き合っている生徒です。ちなみに彼女は二宮の
クラスの委員長でもあります」
 「他に質問・意見はありますか?…なければ、原案通り、懲戒免職ということで、よろしいでしょうか?」
 「異議なし」
 ガランとした会議室に乾いた声がこだました。
 「なお、今回は生徒が特定される案件ですので、マスコミに対しても非公開とさせていただきます。
ありがとうございました。以上で、定例の教育委員会は終わります」
 ハー、やっと終わった。さ、ご飯食べに行こっと!

                     ※

 何があっても時は流れていきます。きっと、あの教室の生徒たちも二宮先生のことなんてすっかり忘れて楽しい
毎日を送っているのでしょうね。
 えっ?お前は誰かって。おやおや、私のことまで忘れてしまいましたか?
そりゃそうかもしれませんね。しばらく登場しなかったから、忘れられて当然ですね。
私は新宿歌舞伎町を仕事場とする、蔑みの象徴、サンドイッチマンです。恥ずかしい看板を掲げながらこの街の
路上を泳ぐ世捨て人ですよ。
 どうでした?批判なお話だったでしょう?どんな人間でも、特定の思惑があれば簡単に抹殺できてしまう。
それが今の時代なんです。
 相手が政治家だろうが、社長だろうが、会社員だろうが、主婦であろうが、ね。
 せっかく最後まで聞いてくれたあなたですから、ほんの少しだけサイドストーリーをお話しますね。
 アキラ君のお母さん、彼女、相当なタマですよ。実は、彼女、ある人物に入れ知恵されたんです。
 アキラくんは大麻を公表するって仲間に言って、結果『口なし』にされてしまいましたが、そんな事実、
あるなしにかかわらず、大麻の現物が世に出たら、少なくとも母親はもうあの街に住めませんよね。大麻のことを
知っているのは二宮先生と母親だけ。母親はすぐに大麻と栽培キットを始末して、そして、マスコミを通して
『イジメ』があったと主張した。
 実はイジメを理由に命を絶ったと認定された場合、”災害共済給付制度”っていうのが適用されるんです。
「学校の管理下において運動などの行為が起因、あるいは誘因となって発生した突然死」には二八○○万円の
死亡見舞金が出るんです。
 いじめ自殺の場合、事実が明らかであれば、これが適用される可能性が高い。
まあ、だから多くの教育委員会は、必死に事実を隠蔽するのですけどね。
 二宮が嘆いたように、携帯のフリーメモなんて、誰がいつ書いたかなんてわかりませんよ。
でも、ものは使いよう。入れ知恵通り、自分で書き込んでから、暗証番号を入れなきゃ開かないように、適当な
番号を入れてセキュリティー設定をしちゃうんです。そして今度は、「暗証番号を忘れてしまった」と携帯ショップに
携帯電話を持って行って、身分証明書を見せた上で暗証番号をリセットしてもらう。
未成年の子供を持つ親なら疑われることなく、簡単にできますよ。そして、ショップの記録に、解除してもらった
という証拠も残って一丁上がり!
 あとはマスコミが大々的に取り上げ、何人かの生徒を手の内に入れ、担任を追放したら、もはや障害はゼロ。
彼女はまんまと犯罪者の親から、不幸な親へと変身できたのです。
 え?何でそんなに詳しいのかって?
もう薄々お気づきの方もいらっしゃるでしょう。そう、私が昔、捨ててしまった名前は二宮隆志といいます。
公務員の懲戒免職じゃ、まともな再就職先なんてありませんよ。
この世は能力や情熱じゃなく、経歴ですからね、ケイレキ。会社の面接を受けたって、前歴照会をすれば、
ピッピッピーでパーですよ。
 お笑いになってくれて結構。どうぞ、存分に笑い、蔑んでください。ただ、覚えていますか?
もしも、私の話しを聞いて「希望なんてない」と思ってくれたら、一緒にサンドイッチマンになろうっていう話。
いかがですか?なってくれますか?
 あっ、一応、断っておきますが、もしもあなたが私にここまで話させておいて、嘘をついたり、私を避けようと
するなら、その時はどうぞ覚悟して下さい。
私はもう、あの頃と違って、失うものなど何もないんですから。人としての尊厳を守る最後の砦である『恥』さえ
捨ててしまった蔑みの象徴、サンドイッチマンを侮らない方がいいですよ。
あらゆる手段を使って、あなたを追い詰めてみせましょう。
 どうぞ、覚悟だけはしておいて下さいね。それでは、また、お会いしましょう。
                                          (おわり)

最終更新:2008年04月06日 14:43