義家弘介研究会
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義家弘介研究会
ja
2009-08-14T07:02:43+09:00
1250200963
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年表(1971年3月31日~2008年7月22日)解説
https://w.atwiki.jp/mekemekedash/pages/54.html
*義家弘介年表(1971年3月31日~2008年7月22日)の管理人による解説とつっこみ
(注1)原案者の義家が本名でイケメンキャラ(下図)として登場。ストーリーは問題を抱え高校に転入してきた主人公の担任である義家が、援助交際で美人局をしてトラブルになった主人公を救い、結婚するというもの。
いくらなんでも美化しすぎ(笑)
#image(http://www20.atwiki.jp/mekemekedash/pub/01.jpg,title=ヤンキー愛を誓う,http://www20.atwiki.jp/mekemekedash/pub/01.jpg,center)
(注2)そのポスター(下図)まさにブラックジョーク。
#image(http://www20.atwiki.jp/mekemekedash/pub/02.jpg,width=213,height=286,center)
(注3)義家の応援団長と称する民間の第三者が選挙公示期間中に作ったサイト。http://www.yoshiie4649.com/index.html(現在は閉鎖)
なぜか義家の公式サイトと同じ画像(コピー不可)が使われ、無償なのに業者が取得したドメインで開設。また、マスコミ上に出ていない詳しい立会演説スケジュールやそのレポート、近距離で撮った画像が掲載されていた。
同様の内容のブログも5つ立ち上がったが、選挙終了後に消えた。
(注4)父はタレントの長沢純。芸能コーディネーターをやっていた。義家とは「不良少年の夢」の映画製作で知り合ったらしい。ニッポン放送のラジオ番組のプロデューサーでもあり、企画会社を一緒に立ち上げた。昨年の結婚披露宴には小泉元首相、中川元官房長官ら大物議員が出席。
**《補足》北星余市高校大麻事件について
1回目の事件では9月中旬に処分、10月末に報道されています。警察を介入させなかったため事件にならず、報道されなければこのままバックレたのでしょう。また、1回目は警察を介入させなかったのに、2回目以降は生徒を警察に突き出し逮捕させたのは校長が替わったからだそうです。なんだかなー。
&italic(){同校は昨年、七十九人の生徒の退学を含めて処分した際、処分した生徒の名前を余市署に明かさず、「捜査の必要性は感じていない」(
2009-08-14T07:02:43+09:00
1250200963
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義家弘介年表1971~2008
https://w.atwiki.jp/mekemekedash/pages/53.html
*義家 弘介 年表 1971年3月31日~2008年7月22日
本人や本人にまつわる人々の著作、インタビュー記事、HP、ブログ、マスコミ上での発言等を元に構成しました。
★義家弘介の公式プロフィール
http://www.yoshiie-hiroyuki.com/profile/index.html
★参議院議員HPプロフィール
http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/profile/325.htm
&bold(){1971年}
3月31日 長野県長野市に生まれる。2250グラムの未熟児。
11月 両親が離婚。
一年後、父親が再婚。
1974年 弟誕生。当時の家族構成は、父・義母・姉(1歳8ヶ月上)・弟・祖父・祖母 父は不動産業。
&bold(){1977年}4月 小学校入学(長野市立川田小学校)
6年生 児童会副会長になる。登校拒否始まる。
&bold(){1983年}4月 長野市立若穂中学入学
&bold(){1986年}4月 長野県の県立高校に入学(長野県立東高校説あり)
1年の2学期から登校拒否、喫煙、家庭内暴力が始まる。
喫煙で停学。
秋 担任とのいさかい(担任の頭に着火事件)で停学。
&bold(){1987年}4月 2年進級(就職コース)
暴力事件で自宅待機、進路変更処分になる。
父に児童相談所へ連れて行かれる。
曾根川夫妻に預けられる。(~1988年3月)
&bold(){1988年}4月 北星学園余市高校2年(23期生)に編入
&bold(){1990年}3月 同校卒業
&bold(){1990年}4月 明治学院大学法学部法律学科入学
&bold(){1993年}
10月13日 大学4年、バイク事故で入院
16日 安達先生が来院。
12月9日 退院
&bold(){1994年}4月 大学5年 教職課程を履修
&bold(){1995年}
2月20日 「やりなおさないか 君らしさのままで」(北星学園余市高校編 教育資料出版会)出版
3月 同大学卒業
4月 北海道の大手進学塾レンセイ会の講師となる。
(11月説あり [[首相
2009-08-14T08:05:28+09:00
1250204728
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義家による元教え子たちのエピソード集
https://w.atwiki.jp/mekemekedash/pages/52.html
<p><font color="#993300"><u><strong>義家による元教え子たちのエピソード集</strong></u></font></p>
<p>義家の著作、インタビュー記事、国会や公的な会議での発言などから<br />
元教え子とのエピソードを集めました。</p>
<p> </p>
<p><strong>義家が唯一担任したクラスについて</strong><br />
●2000年(教職について2年目)4月~2003年3月までもちあがりで<br />
担任したクラス、36期生1年B組「義家組」と呼ぶ。<br />
●入学時は38名、卒業時は30名。<br /><br />
2000年四月。私は初めてクラスを受け持った。北星余市三十六期生の<br />
一年B組の担任である。学年のクラス数は五クラス。(不良少年の夢 p184より)</p>
<p> 2003年三月一日、卒業式当日。(略)<br />
最後に一人ひとりへの思いを綴った三十通の学級通信『義家組・最終号』を手渡した。<br />
(不良少年の夢 p262より)</p>
<p>●二年次の転・編入者数は不明。</p>
<p>●もちあがりで、二年C組、三年C組となる。</p>
<p>●メンヘラ数名(結婚の経緯参照)、自殺者2名、自殺未遂1名。</p>
<p> </p>
<p>○自殺した生徒について</p>
<p>2004年8月7日の講演より<br /><a href="http://www.yomif.jp/News1608/news160807.htm">http://www.yomif.jp/News1608/news160807.htm</a><br /><u>昨年七月</u>、「義家に会えてよかったよ、あいつだってがんばってんだよね」と<br />
親に言い残して自殺した元・生徒の話に触れ、</p>
<p> </p>
<p>義家 寂聴さん、実はたまたま今日なんですが、この九月十二日という日は、<br /><u>俺が初めて教え子を失った日なんです。その子は去年の九月十二日に自殺しました。<br /></u> 俺の教え子で中退した子ですが、今日でちょうど一周忌なんです。一年生のときに<br />
退学して、それから、少年院にずっといて、
2008-08-09T23:22:21+09:00
1218291741
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資料集(その24)公設第2秘書の兼業について
https://w.atwiki.jp/mekemekedash/pages/51.html
<p>日刊ゲンダイ 2008.6.25<br />
ヤンキー先生 事務所ぐるみで当選直後から違法行為<br />
公設秘書が「芸能プロ」役員を無断兼職</p>
<p> 政権をブン投げた安倍前首相をレギュラー出演するラジオ番組に呼んだり、<br />
相変わらずタレント気分が抜けないヤンキー先生こと義家弘介参院議員。<br />
政治家になった重みが分かっていないのか、事務所ぐるみで違法行為を<br />
している。公設第2秘書の長澤純一郎氏(31)が1年近くも国会議員の<br />
秘書の給与等に関する法律」などで禁じられた兼職を続けているのだ。<br />
実は、長澤氏は「スリーファンキーズ」のリーダーだった”長沢純”の<br />
息子。父親が代表取締役を務める芸能事務所「長沢企画」の取締役に少なく<br />
とも5年以上、名を連ねている。<br />
「公設秘書に就く前の長澤氏は、『リチャード長沢』という名前で芸能<br />
コーディネーターのような仕事をしていた。昨年の結婚披露宴には徳光和夫<br />
などの芸能人ばかりでなく、ヤンキー先生やら小泉元首相、中川秀直元自民<br />
党幹事長ら政界重鎮も出席していました」(永田町関係者)<br />
父純氏は政治家のパーティで頻繁に司会をしたり、来賓としてもちょこちょこ<br />
顔を出している。参院選に出馬した過去もある。結構、政界に近いのだ。<br />
一方、ヤンキー先生と長澤氏は2年ほど前、知人の紹介で急接近。<br />
昨年7月の参院選では長澤氏も選挙スタッフとして支援にまわり、当選後に<br />
公設第2秘書におさまった。<br />
長澤氏に事実関係をただすと、「よく分からない」「若い頃に会社を手伝って<br />
いたことはあるが、いまは感知していません」と要領を得ない。<br />
――長沢企画の取締役として登記されています。<br />
「役員になっていること自体知らなかった。一銭ももらっていないし。<br />
まさか社長になっているとか?」<br />
――「秘書給与法」には兼職する場合、所定の手続きを踏んで届け出を出すよう<br />
明記してあります。<br />
「政治のプロじゃないから、そういうことは知らなかった。ひょっとして罰せられ<br />
ち
2008-06-27T13:29:32+09:00
1214540972
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迷言珍言集(その4:国会編)
https://w.atwiki.jp/mekemekedash/pages/50.html
<p>国会(参議院)での珍言迷言を集めました。</p>
<p>○義家弘介君 子供たちは失敗をすると裁かれます。どんな言い訳をしようとも、駄目なものは駄目という形で切り捨てられていく。<br />
これは当然、昔の私もそうでしたけれども、自ら行ってしまったものには責任を当然取るべきだ。<br />
しかし、一方で、教員が明らかな法律に抵触するような行為、それを三分の一も堂々と行えてしまうという、<br />
このゆゆしき状況の中でめり張りある給与体系をつくっていくと、これはまさに大きな闘いとなっていくことだと思いますけれども。<br />
実は、私の友人でもこの北教組に加入している先生がいます。その先生に、すごくまじめで、そして生徒のために熱心な男なんですけれども、<br />
その先生もここに参加して実は処分されました。そのときに、<font color="#FF0000">何でおまえが部活をほうり出してこんなことをするんだという連絡をしたところ</font>、<br />
彼は、自分だけ参加しないと言ったら逆に大変なことになるんだというふうに、かなり大げさなのかと思われるように言っていたわけですけれども、<br />
そういう縛り自体も存在するということなんですけどね。 それどういうことなのかというと、そんな大変なことになるなんて<br />
大げさなものじゃないだろうと思われる方も多いですけれども、この処分された中には教頭昇進試験に合格して候補者名簿に登録されている教員四十九人、<br />
受験者六十七人もこの中には含まれていて、そして教頭がいなくなる事態を避けるために現状ではそのまま登用には影響させないという方針も出されています。<br />
つまり、そういう人たちも管理職になっていくわけですね。そうすると、その私の友人が言うには、そんなことをした日には四月から始まる校務分掌とか<br />
授業の持ち時間の時間割の部分とかが大変なことになってしまうと、だから結果として、自分は部活やりたかったけれども結局できなかったんだという話でしたけれども。</p>
<p>(注:北教組のスト参加者の処分についての質問)</p>
<p>(第169会国会 <br />
参議院文教科学委員会 平成20年3月25日 第2号<br /><a href="http://www.s
2008-04-17T09:00:10+09:00
1208390410
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資料集(その23)
https://w.atwiki.jp/mekemekedash/pages/49.html
<p><font face="MS Pゴシック">恩師安達俊子先生からのメッセージ</font></p>
<p><font face="MS Pゴシック">青少年自立支援センター ビバハウス 安達俊子(ビバハウス便り 臨時号 <span lang="en-us" xml:lang="en-us">2007.7.3</span> 義家弘介さんの参院選・自民党よりの出馬について から)</font></p>
<p><span style="font-size:11pt;"><font face="MS Pゴシック">義家弘介さん、今回のあなたの自民党からの参院選候補としての出馬に対して、これまであなたを心から支援し、これからのあなたの活動に大きな期待を掛けていただいた多くの方々から、私の見解を求められましたので、私の率直な気持ちをお伝えいたします。 先ずあなたの自民党からの出馬が本当に若者たちの期待に応えるものになるのかについて私は重大な疑問を持ちます。現代の若者たちの苦しみの根源は、まさにあなたが立候補しようとしている、自民党そしてこれと手を組む公明党の政治にあると私は思わざるを得ないからです。大企業の利益ばかりを優先し、若者たちに無権利の、低賃金、長時間の過酷な労働条件を押し付けている現代の日本社会の責任は政権政党である自民党が負うべきものです。この全体的な過酷な若者たちの就労条件が、ビバハウスの若者のように、大きなハンデを負った若者たちの自立に向けた就労を妨げる一番大きな壁であることを、毎日私たちは実感しているからです。</font></span></p>
<p class="MsoNormal" style="background:#ffffff;margin:6pt 0mm 12pt;">
<span style="font-size:11pt;color:#333333;font-family:'MS ゴシック';"> あなたが「教育再生会議</span><span style="font-size:11pt;color:#333333;font-family:'MS ゴシック';">」の委員に就任するとの報道</span><span style="font-size:11pt;color:#333333;font-family:'MS ゴシック';">を
2008-04-06T20:55:48+09:00
1207482948
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資料集(その22)小説・「路上の箴言」後編(その3)
https://w.atwiki.jp/mekemekedash/pages/48.html
<p> 「さて、続いての議事は人事案件となっております。傍聴の方、関係部署以外の方は御退席くださいますよう、<br />
お願いいたします」<br />
教育委員会事務局総務部長の柳沼がよく通る声でそう告げると、傍聴席の市民、記者席の新聞記者、そして<br />
教職員人事課以外の事務局の部課長はそそくさと委員会室を後にした。<br />
残された部屋には、教育委員長、事務方のトップである教育長を含む、六人の教育委員、事務局からは教育次長、<br />
総務部長、そして人事部の部課長の十人が会議テーブルに向き合った。<br />
「それでは、案件について、人事部長から説明をお願いします」<br />
「人事部長・奥長です。今回の案件は、あの自殺騒動のあった楠木中で起こった、猥褻事件についてです。<br />
生徒の自殺問題は、大きなニュースにもなりましたので、教育委員の先生もご存知だと思いますが、今回は<br />
その生徒の担任でもあった二宮隆志・三十八歳の処分についてです。つきましては、課長の下平の方から<br />
説明させていただきます」<br />
「説明させていただきます。二宮隆志は十六年前、本市の中学校教諭として採用され、勤務校は楠木中学で<br />
三校目です。<br />
強化は数学、部活動は吹奏楽部の顧問をしております。さて、今回、お諮りする事件についてですが、七月八日、<br />
受け持ちの教え子に、自らの下半身の画像を送ったり、猥褻な画像を送れと要求するなどしていたことが、<br />
保護者の訴えで判明したものです。この案件は、まず、保護者から生徒の携帯電話と共に、人事課の方に直接<br />
持ち込まれました。被害生徒の氏名は仲村ヨウコです。すぐに学校に事実確認をし、校長、本人を事務局に呼び、<br />
事実確認を行いましたが、二宮は事実を否定しております。しかし、我々としましては、生徒に届いていた<br />
メールは、明らかに二宮の携帯から送られたメールであること、また、同級生の証言からも当該生徒に執拗に<br />
接近しようとしていたことが報告されていることから、懲戒処分に相当すると判断し、今回の委員会にお諮り<br />
させていただきました。人事部の原案としましては、『懲戒免職』です。以上、ご報告を終わらせてい
2008-04-06T14:43:05+09:00
1207460585
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義家語録 『教育とは』
https://w.atwiki.jp/mekemekedash/pages/47.html
<p>
<strong>義家の公式HPの日記、著作、マスコミ上の発言などから『教育とは』について語ったものを集めました。</strong><strong>※()内は出典</strong></p>
<p>・教育とは、まさに『共育』だと思う。(日記)</p>
<p>・教育とは共育。<br />
教育とは今日育。<br />
教育とは響育。<br />
教育とは協育。 (日記)</p>
<p>・教育とは人がするもの。(日記)</p>
<p>・教育は若者たちぬきには成立しない。(日記)</p>
<p>・教育とは、何も学校だけのものではない。(日記)</p>
<p>・教育は、時に非効率的である方が大切だという場面が多々ある。(日記)</p>
<p>・教育とは、新しい自我の誕生を促すものであり、<br />
あいつが言うようにコンドームを被せてポコチンを鈍感にしたら、<br />
早漏は直せても、誕生はありえない。<br />
自らの保身のために、誕生を放棄する。そんな教師にだけはなるものか。(小説路上の箴言)</p>
<p><br />
・教育とは?「愛しかないですよ」。<br />
恋愛は片思いのまま終わることが多いが、教育は違う。<br />
卒業式まで険悪な状態だった教え子が、卒業後学園祭に来た時、<br />
「やっと先生の言っていることがわかった」と言った。<br />
その時は涙が出そうだったと、両思いになった瞬間を感じている。<br />
(<a href="http://www.kknews.co.jp/kenko/interview/051015_1a.html">http://www.kknews.co.jp/kenko/interview/051015_1a.html</a>)</p>
<p><br />
</p>
<p>・義家:「笑顔があったら死のうと思わないですよね。<br />
だからしんどい時に何を探せばいいかといったら<br />
単純であったかいものとか笑顔とかそういうものを探す事・・・<br />
その材料を与えてあげることが教育だと思うし<br />
その材料を与えることが芸人・・・」</p>
<p>・教育は熱の伝達に他ならないと思うんですよね。<br />
それは学問の楽しさを伝えることだったり、生きることの意味を一緒に探すこ
2008-06-27T13:02:26+09:00
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資料集(その21)小説・「路上の箴言」後編(その2)
https://w.atwiki.jp/mekemekedash/pages/46.html
<p> 「さっき、校長先生から話しがあった通り、実は昨日、アキラが自宅で命を絶った。<br />
理由は…まだ分からない。心当たりのある生徒は、今、ここでじゃなくていい。<br />
僕のメールに連絡してほしい。誰からの情報だとかは、誓って絶対に口外しない。<br />
もちろん、他の先生にもだ。人は、何の理由もなく死んだりしない。僕はみんなを<br />
信じているから」<br />
「ちょっと待ってよ先生。それじゃ、まるで、このクラスにイジメがあったとか<br />
言ってるみたいじゃん。俺ら責められてるみたいだよ。なあ、みんなもそう思わねー?」<br />
いつもはヒョウキンなクラスのムードメーカーの一人、ダイチが口を尖らせて抗議した。<br />
「いや、別にそんなつもりじゃないよ。イジメとかでなくても、アキラが悩んでいたとか<br />
こんな話を聞いたことがあるとか、どんな小さな情報でもいいんだ。思い出したことが<br />
あれば教えてほしい。それだけなんだ」<br />
「嘘だよ。いつもは俺らの味方みたいなことばっか言うけど、所詮、あんたも他の教師と<br />
同じ。結局は俺らのことを疑ってるんだよ。俺らがアキラをイジメた、そう言いたいんだろう?」<br />
ダイチの責めるような区長に、多くのクラスメートが賛同している。被害妄想かも知れない。<br />
でも、確かにそう感じる。アキラの幼馴染、トオルも僕を睨んでいる。アキラの彼女、サエコも<br />
睨んでいる。委員長のオリエも、イジメを乗り越えてきたヨウコも…。心が必要以上に疲弊して<br />
いるみたいだ。これ以上、彼らと向き合っていたら本当に僕は壊れてしまう。<br />
「とにかく、どんな情報でもいい。小さなことでもいい。なんか気がついたら、僕に教えて<br />
欲しい。今日はこの後の授業はありません。これで終わりです。最後に、一つだけ気を付けて<br />
ほしいのは、もう声をかけられた人もいると思いますが、校門の外にはマスコミがたくさん<br />
います。インタビューとかには答えずに下校して下さい。みんなが悲しいように、僕だって<br />
悲しい。僕は死んだアキラの姿を見てるんだ。僕だって悲しいんだ…」<br />
涙が溢れて止まらない。僕は教室を飛び出し、
2008-04-06T12:02:28+09:00
1207450948
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資料集(その20)小説・「路上の箴言」後編(その1)
https://w.atwiki.jp/mekemekedash/pages/45.html
<p>「路上の箴言」後編 月刊小説宝石 2008年3月号より</p>
<p> 午前六時から召集された緊急の職員会議は重苦しい雰囲気に包まれていた。<br />
「すでに今日の新聞報道等でご存知の先生も多いかと思いますが、昨日、二年C組、二宮先生のクラスの<br />
大宮明という生徒が自宅で首を吊って自殺しました。遺書などは残されてはおりませんし、原因は今のところ<br />
分かっておりません。とりあえずこの後、全校集会を開いて、生徒たちに話します。今後の対応も含め、<br />
先生方のご意見を聞きたいと思います」<br />
いつもは職員に対して傲慢な校長も、すがるようなまなざしを教師たちに向けている。無理もない。<br />
これから先の学校運営、定年後の天下り人生も風前の灯になってしまっているのだから。<br />
おそらく一睡もしてないであろうその表情は、土蒼色とでもいうのだろうか、とにかくひどい顔色だ。<br />
しかし、校長の問いかけに対し、声をあげる教師はいない。<br />
校長の腰巾着の教頭さえも…。突然の出来事に、誰も、何をどう話せばいいのか見当もつかないのだ。<br />
僕は大きく息を吸い込んでから、意を決してその沈黙を破った。<br />
「昨日の出来事についてご説明します。昨日の午後、大宮明の母親から、僕に電話がありました。<br />
その時、母親はパニック状態だったものですから、僕はすぐに大宮の家に駆けつける判断をしました。<br />
ただ、教頭、及び、校長には止められましたが…。結果、自習監督等で一部の先生にご迷惑をおかけして<br />
済みませんでした」<br />
言いながら、僕はチラッと校長、教頭を見た。彼らは顔を伏せている。<br />
「そして、これは昨晩、警察にも話しましたが、午後二時過ぎ大宮の家に到着し、自室で首を吊っている<br />
大宮を確認しました。先ほど、校長先生がおっしゃったように、遺書等は残されていませんでした。ただ…」<br />
「それで、今後の対応なのですが」<br />
言い終わらないうちに、校長が会話に割り込んできた。<br />
「ちょっと待ってください。重要なことを報告しなければなりません。大宮の部屋にはとんでもないものが<br />
あったのです」<br
2008-04-01T15:21:33+09:00
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