『四堂家物語~いつかのあの日のあの場所で~』


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少女は迷子だった。
たぶん迷子だった。
恐らく迷子だった。
きっと迷子だった。
やはり迷子だった。
少女の母親が猿とも狸とも虎とも蛇とも区別の付かぬ怪しげな着ぐるみを追いかけていったことを除いてではあったが。
いつものことと思い、いつもの待ち合わせの場所へ行く。
手持ち無沙汰になっていたのは最初だけで今では周囲の喧騒を楽しむことを覚えたのもやはりこれまでに母親が迷子
になったのは一度や二度ではなかったからだ。
少女は周囲を見渡す。
威勢のいい八百屋のおじさん、いつも何を延々と話しているのか気になるおばさんたち、
道行くカップル、それを見て影から呪いの言葉を吐き続けるお姉さん、
紙袋を被り下半身を露出して小学生の後をつけるおじさん、
ここは少女にとって未だ知らざる何かを教えてくれるそれはそれは素敵な場所だった。
そしてふと目の端にナニカが見咎めた。
それはボロ雑巾のようだった。
誰が見てもボロ雑巾だった。
最早ボロ雑巾以外の何ものにも見えはしなかった。
それはボロ雑巾だった。
だが1000人の内、999人がそう言ったとしても唯一人は敢えて言うだろう。
クズであると。
そのボロ雑巾が僅かに蠢き音を発する。
「……み……」
「?」
どこからと発せられたかも分からぬ音に恐怖すらせず少女は近づく。
「あの……」
「み……ず……」
「みみず?」
「……パン……」
「えっと……」
「出来ればお肉……」
「……」
「あと、お魚もあれば嬉しいな……うっへっへ……」
ボロ雑巾は最早片足を涅槃へ片足を人類の最底辺へと伸ばしていた。
戸惑いながらも少女は背負っていたバッグの中から水筒を取り出す。
「あの、みみずパンはないですけど、お水で良かったら……」
「へ?」
返答を期待をしていなかったボロ雑巾、改め黒髪の女は顔をあげて素っ頓狂な声をあげた。
「いやー助かったよーありがとうねお嬢ちゃん」
「いえ」
「……ん?」
「あの、どうかしましたか?」
「んーいや、なんかどっかで見たことあるような……」
「はじめまして、だと思いますけど……」
「そうだよね? でもどっかで……ん?」
「はい?」
「お嬢ちゃんも『こっち側』の人間?」
「え?」
「いや私と同じ匂いがするからさ」
「あの、わたし、そんなに臭いですか?」
「ああ違う違う! ていうか私臭いわよね……」
「ごめんなさい」
「それは事実だからいいんだけどさ。んでね、さっきの話だけどお嬢ちゃんも私よりの人間かなってこと」
そういって女は右手をかざす。
瞬間、小さな光が生まれ吸い込まれるように消える。
「分かるんですか? そういうのって」
「ん、長いことこっちで生活してるとね」
「そうなんですか……」
「あとこれ見て驚かなければね」
そういって女は悪戯ぽく笑う。
「でも、お嬢ちゃんってここに居るようで居ないような不思議な感じがするわね
さっきは気付かなかったけどしっかり認識すればなんか妙に力感じるし」
「よく分かりません……」
不明瞭なこと言う女に少女は小首をかしげて答える。
「ああ、ごめんごめん気にしないで。あぁ、そうだ」
「はい?」
「お嬢ちゃんが誰に似てるかやっと分かった。私の友達に似てるんだ」
「お友達ですか?」
「ん? いや、友達ではないか」
自分の言った言葉を思い返し眉を少しだけ顰める。
「でも凄く似てるよ。まあアイツも私と同じ年だからお嬢ちゃんみたいなおっきな子供居る訳ないんだけどね」
「どんな人だったんですか?」
「んーどんな人だろう……」
女は苦々しいようなそれでいてどこか楽しげなことを思い出すように唸る。
「退屈はしなかったかな。私の実家って旧くて結構堅い家でね、
ちょっとどこか息苦しくて、ううん、息苦しくはなかったか。
でもアイツに会って本当の自由とか奔放さに気付かされたと言うべきなのかな。
まあ好きか嫌いかで言われれば好きだし、
今の私を作ったのもソイツのおかげと言えばそうだからある意味では凄く感謝してるって感じかな」
「素敵な人だったんですね」
「捉えどころが全くなかったけどね」
苦笑するように女は微笑む。
他愛のない会話を続けているとふと少し離れたところから手を振る人影が見えた。
「あ、ママ!」
「あらお母さん来たの?」
「ごめんねー探したちゃったよー」
少女の母親が小走りに近づく。
「ん?」
「あれ?」
「春風?」
「神楽ちゃんだー!」
「え、え?」
「ちょっと待って、お嬢ちゃんのママって春風のこと!?」
さっきまでの涼しげな表情から一転し驚愕を露にする。
「はい、あのちょっと訳ありというかそのなんと言うか……」
少女――朔は少し語尾を濁らせる。
「神楽ちゃん、久しぶり! 今日は何かのパーティー?」
「違うわよ!」
「そうなんだー。でも神楽ちゃんは何着ても似合うね。それもすっごく良いよー」
「こんなの着こなせるわけないでしょ!」
「そんなことないよーすっごく似合うよー」
屈託のない笑顔で春は褒める。
「あのね朔、神楽ちゃんは私の一番のお友達でね」
「世話係と言っていいわね」
「朝は毎日迎えにきてくれたし」
「いつも遅刻ぎりぎりだったわね」
「お昼のお弁当作ってきてくれたし」
「あなたがHRにお弁当食べててお昼にお腹すいたってうるさかったからね」
「お勉強も教えてくれたし」
「落第されないようにね」
「そしていつも家まで送ってくれてたんだよー」
「どうして通学路で迷子になれるのか一度ちゃんと聞いてみたかったわ」
「学生の頃ってとっても楽しかったよね」
「え え 、 す ご く 退 屈 し な か っ た わ 」
「えへへー」
「あ、あの、ごめんなさい……」
思わず朔は頭を下げた。
それから少しだけ昔の話に花が咲いた。
楽しげに語る春、憎憎しげに答える神楽、謝る朔。
それはどこか重苦しい反面、とても楽しいものに見えた。
その時、18時を知らせる鐘が鳴った。
「あ、そろそろお夕飯の時間だ」
「あんたが作ってるの?」
「ううん、夏が作ってくれるんだよ」
どこか自慢げに春は答える。
「……ああ、そう」
「それじゃそろそろ行くね。じゃあね神楽ちゃん!」
「はいはいサヨナラサヨナラ」
「お姉さん、さようなら」
「うん、さようなら。あ、私のことは神楽で良いわよ。お嬢ちゃ……朔ちゃんで良い?」
「はい」
「それじゃまたね朔ちゃん」
「はい、神楽さんも」
「またねー神楽ちゃん」
「はいはいサヨナラサヨナラ」
手を振る春を見送り、神楽もまたその場所を離れた。
何気なく帰ってきた故郷で思わぬ再会を果たした神楽は少しだけ郷愁とはこう言うものかと感じていた。
「あら姉さん?」
違う世界に思いを馳せていた神楽は呼び止められ我に返る。
「雅?」
「お久しぶりです。今日は何かのパーティーですか?」
「あんた分かってて言ってるでしょ?」
「いえそんなことは。でも姉さんは何を着てもお似合いですわね」
「……それはさっき聞いてわ。皮肉じゃなくて本心の言葉でね」
「あら」
「……」
「……」
「…………」
「今日は家に帰られるんですか?」
「別に公園でも良いわよ。慣れれば都よ」
「公園で都なら家は天国ですわね」
「……」
「……」
「あんたは相変わらずね」
「姉さんも少しも変わっていらっしゃらないですよ?」
「それは喧嘩売ってるのかしら?」
「いえ、大学に進まれる前の顔をしていらっしゃいますから」
「?」
「何か良いことでもありました?」
「あぁ……良いこと、ではないかな。でも……もしかすると良いことだったかもしれないわ」
「そうですか。でもそう思えるならきっと素敵なことだったんでしょうね」
「そうね。……たまには家にも顔出しておこうかな」
「お父様とお母様とお祖父様とお祖母様もきっと喜びますわ」
「こんななりで喜ぶと思う?」
「皆様世間知らずですからきっと何かの衣装かと思いますわ」
「……たまにあんたが怖くなるわ」
やはり微笑む雅を横目に神楽は肩を竦め久しぶりの我が家への帰路へ付いた。


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