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劉備編 序章1


~時は後漢末~
朝廷は宦官や外戚の台頭で乱れに乱れ、村々には盗賊や強盗が跳梁跋扈し、
田畑は荒れ、民は貧しく、善良な人々はただ嘆くばかりの毎日を送っていた。
そんな先行きの見えない世相の中、ぶつけるあてのない鬱憤を持て余した若者たちは
徒党を組み、愚連隊のような行為に明け暮れていた。
彼らは同じように徒党を組み暴れまわる他の若者らと時に抗争し、
時に打ち倒したそのグループを吸収しさらに大きくなり、
時には気まぐれに盗賊団を征伐し、あるいは逆に盗賊そのものの行為を行ったりして、
先行きの見えない世の中から背を向け、面白おかしく暮らしていた。
そうしたこの時代大陸の各地で見られた愚連隊の一つに、
幽州を拠点とする《犠・雄・軍》というグループがあった。
劉備なる若者をリーダーとする、紛う事なき不良少年たちの集まりである。

劉備「……あーん?漢王朝の腐敗?宦官の跳梁跋扈?んなもんどうでもいいっつーの。
そんなことよりこの幽州で誰が最速か決めようぜ~♪」

この劉備なる若者、「俺はさる高貴な一族の末裔なんだぜ。なんつってw」が口癖の
軽薄でほら吹きとして知られた若者なのだが、
なぜか人を惹き付ける力を持っており、
当初十数名でスタートした《犠・雄・軍》だったが、
他の愚連隊と抗争を続けているうちにアレヨアレヨという間に
100人を超え、200人をも超えて、いつしか幽州の若者らのグループで
最大の勢力へと成り上がっていた。
この結果に劉備自身調子づき、ますますホラの規模も大きくなり、ついには
「へへへ、俺がいつかこの漢の大地の救世主になってやるよ。
もちろん、その時は《犠・雄・軍》にもいっぱい良い目を見させてやるからな♪
だからオメーら、一生俺様についてくるんだぜ」
などと増長する始末であった。