或る貴公子の悲劇-10
一人になった草原で、曹植は大の字になって寝転び、哄笑しながら涙を流していた。
先ほど昂ぶった感情は、転がる蓬のように体を離れ、
どこかへ行ってしまったのかもしれない。
父の葬儀にも顔を見せず、後継の魏王への挨拶もしない。
遂に曹丕は人を差し向け、曹植を縛して王宮に連行させた。
兄と弟は、王と虜囚という立場で相対した。
「曹植。申し開きはあるか」
厳かに問いかける曹丕。事、此処に至っては厳罰は免れない。
王が私情に走っては、臣下への示しがつかない。
それでも、すでに後継が決定した以上は、出来ることならこの弟を庇いたい。
しかし、命を存えたとしても、哀れな弟は政界への復帰はもとより、
安住すらままならないことだろう。
「……。」
黙して語らない曹植。
「貴様の罪を数え上げれば、死罪をもって相当としなければならない」
「……。」
「だが、孤とて弟を慈しむ心を持たぬではない」
「……。」
「貴様は詩文の才をひけらかし、周囲の賞賛を買っておったが、
今この場でその才を見せてみよ。
七歩歩むうちに兄弟を題にとって詩を作らば、罪を一等減じぬでもない。
但し、兄弟の文字を使ってはならぬ」
こう言えば、臣下どもも煩くは言うまい。
曹丕は冷厳な君主の面をして、曹植の詩作を待った。
最終更新:2009年02月07日 17:59