おいらの見る月夜 動き始めた時間


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「カオス……」
 殺丸の口から懐かしむような、そして憎しみの深い声が発せられた。
「誰だ?」
 部屋ではない。そこは、一面がガラス張りになっている奇妙な空間。ここからは日本中を眺めることができそうだ。男はその奇妙な空間の中心にある椅子に深く腰をかけ、ただ景色を眺めていた。
「俺だよ、忘れたか?」
「その声……早津か」
 重く、太い声。サングラスをかけ、厚手のコートを着ていた男は振り返り、殺丸を見上げる。
「会いたかった。そして、殺したかった」
「そうか、お前か。まさかとは思ったが、やはりお前か」
 刀はすでに抜かれている。なのに、男は笑みを浮かべ、まだ腰を深く椅子に埋めていた。
「ありがとう、わざわざこんなとこまで殺しにきてくれて」
 手を差し出してきた男の手に殺丸はゆっくりと刀を刺した。
「うん、如何にもお前らしい握手の仕方だ。受け取っておく」
 男は流れる血を気にもとめず、そのまま刀を握り締めた。
 そして、刀は粉々に砕け散る。殺丸はそうなることが分かっていたかのように、物静かにその様子を見ていた。
「俺の触れたものは全て無に帰る」
「そうだったな。お前が触れているこの日本。お前がいる限り、いつか無に帰るだろう」
 カオスはゆっくりと立ち上がり、血の滴り落ちる手を拭いた。
「かもしれない。だけど、それでも俺はこの国を救った」
 殺丸の目が鋭くカオスを睨み付ける。
「お前が救うというのは、こういうことを言うのか? 死体が道に転がり、子供達が死体を踏みつけながら遊んでいる。そんな子供を気まぐれに鈍器で殴る大人がいて、そんな大人は気まぐれで自らの命すら捨ててしまう」
「外国に喰われ物にされている我が国を救うには、多少の犠牲は必要だ」
 おいらと朧月夜は二人の様子を遠くから見守ることしかできなかった。決して入ることが許されない空間。何をしてもいけない。殺丸のためにすることは、何かをすることではなく、何もしないこと。
「亜理もそんな犠牲の一つだったというのか?」
「亜理……そうか、お前はまだあの娘のことを」
「まだ? まだだと?」
 殺丸がカオスに攻め寄るが、カオスは顔色一つ変えずに殺丸の目をじっと見ている。
「ああ、もう忘れろ」
「無理だ! 彼女はお前が!」
「俺か?」
――早津。痛いよ、やめて。
「うぅ!」
 殺丸は頭を抑えて、吐き気を催す。目の前がゆらつき、頭の奥で誰かがハンマーを叩いているかのよう。
「そうだった、亜理のことは関係なかった。亜理は間違いなく、俺が殺したのだから」
 口は笑い、目は無感情だった。
 本当は救いたかった人。本当は一緒にいたかった人。
 だけど、それが許されなかった。どこかで、間違いであって欲しいと願っても、変わるようなことはなかった。
「で、お前は何故俺を殺す」
「気にいらないから」
「そうか」
 朧月夜は殺丸に声をかけたかった。
 そうじゃないだろと、声をかけ、そして気づいてもらいたかった。
 はじめて会った時に言った言葉。それは、殺丸が復讐を誓う言葉であった。だけど
朧月夜は気が付いてしまった。
 殺丸は、この男を憎んでなんかいない。
 そして、この男は死を求めている。
 この戦いの先にあるのは、何もない。
 だから、止めたかった。だけど、止められなかった。もう、二人は動き始めていたから。
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