【雪、乱れ散る夜に】-後編-
冬のアルメキア王国。王国軍総帥ゼメキスの反乱を阻止せんと、シュレッドはゼメキスの妻エスメレーの元を訪れていた。そこに、反乱を推し進める四つ目の骨面の騎士、カドールが現れ、室内の空気はにわかに緊張をはらんだ。
「カドール……!」
かすれた声がシュレッドの喉から洩れた。
カドールは素早い動きで、呆然としているシュレッドを組み伏せた。
カドールは素早い動きで、呆然としているシュレッドを組み伏せた。
「残念だったな」
カドールの仮面の下から嘲笑が響き渡った。その笑い方はどこか不自然で、まるで笑うことを知らぬ者が笑いを真似て喉を震わしているかのようだった。
「裏切り者をとらえることができたのも、あなたの迅速な通報のおかげ。感謝しなければなりますまい」
カドールの声にシュレッドがのろのろと顔を上げると、エスメレーが、扉の影から現れた。
「あなたは……」
弟と戦うというのか、と言おうとしたが声にはならなかった。
エスメレーはうつむいたまま、何も言わない。
エスメレーはうつむいたまま、何も言わない。
「さて、裏切り者にはさっさと死んでもらおうか」
自分の死を告げる声を他人事のように聞き流しながら、シュレッドは、初めてカドールと共に戦場に立ったときの嫌悪感を思い出していた。彼はゼメキスの強さを尊敬していたが、カドールの強さに同じ感情を抱くことはできなかった。
――この男は蛇のように無機的で異質だ。
それが彼が骨面の騎士を嫌悪する理由だった。
カドールは、シュレッドにのしかかったまま剣を抜き、振りかざした。
シュレッドは覚悟を決め、目を閉じた。
しかし、死の刃が振り下ろされることはなかった。目を開くと、カドールの手首をエスメレーが掴んでいた。
カドールは、シュレッドにのしかかったまま剣を抜き、振りかざした。
シュレッドは覚悟を決め、目を閉じた。
しかし、死の刃が振り下ろされることはなかった。目を開くと、カドールの手首をエスメレーが掴んでいた。
「殺しては、なりません。牢にいれればすむことです」
静かだが、反論を許さない口調だった。カドールは無言でエスメレーを凝視したが、それでも彼女がひかぬとみると武器を納め、シュレッドのあごを持ち上げた。
「命拾いをしたな、シュレッド。だが、貴様は一生を牢で過ごすことになる」
シュレッドは縛られ、牢へと向かって連行された。
「……わたくしとあの人は似ているのです。わたくしの身勝手な思い込みかも知れないのだけれど」
すれ違いざまのエスメレーのつぶやきは、うなだれたシュレッドの耳にはほとんど届かなかった。
誰もいなくなった部屋で、エスメレーは窓の外を見た。小雪の舞い散る丘の上にアルメキア王宮が、これから起こる惨劇も知らず静かに浮かび上がっている。
エスメレーがカーテンを閉じると、室内は闇に包まれた。
厚いカーテンは燃え盛る城の火影を通すことはないだろう……。
誰もいなくなった部屋で、エスメレーは窓の外を見た。小雪の舞い散る丘の上にアルメキア王宮が、これから起こる惨劇も知らず静かに浮かび上がっている。
エスメレーがカーテンを閉じると、室内は闇に包まれた。
厚いカーテンは燃え盛る城の火影を通すことはないだろう……。
――幾つもの季節が過ぎた。
理想国家の名を冠して誕生したエストレガレス帝国は疲弊し、戦局は絶望的なものになっていた。帝都ログレスは陥落し、帝国に力を貸していた者たちは皆、夜逃げ同然に都を後にしていた。
そして夜明け前。忘れられていたひとりの男が、幽閉されていた城の地下牢から開放された。その男――シュレッドは、牢から出た後、二度三度と地面を踏みしめその感触を確かめると、彼を牢から出した人物に視線を向けた。
理想国家の名を冠して誕生したエストレガレス帝国は疲弊し、戦局は絶望的なものになっていた。帝都ログレスは陥落し、帝国に力を貸していた者たちは皆、夜逃げ同然に都を後にしていた。
そして夜明け前。忘れられていたひとりの男が、幽閉されていた城の地下牢から開放された。その男――シュレッドは、牢から出た後、二度三度と地面を踏みしめその感触を確かめると、彼を牢から出した人物に視線を向けた。
「俺は……あなたが弟君との戦いを決意するほどにゼメキスを愛していたとは思わなかった」
「……あの人は、わたくしと同じ、運命にそむかれた者なのです」
エスメレーはほんのわずかな沈黙の後、そう言った。
「わたくしは、運命に抗う者の結末がどうなるのかを知りたかっただけなのかもしれません」
エスメレーは、かすかな笑みを浮かべていた。それはいまにも散ろうとしている淡い薔薇の花のような微笑だった。あきらめるのではなく、嘆くのでもなく、すべてを静かに受け入れようとしている表情を目にして、シュレッドはふと思った。エスメレーがゼメキスのもとにとどまっていたのは、物語の結末を知りたかったからではなく、破滅に向かわざるを得ない相似形の魂に、どうしようもなく惹かれたからなのかもしれない。
「あの人は何も言わないけれど、こうなることも覚悟していたはず。あなたは、どこかへお逃げください」
シュレッドは、首を振った。
「行くあてなどない。それに……エストレガレスとは古の理想国家の名。あいつがまだ理想を捨てていないのであれば、俺は共に戦う」
「すでに大勢は決しています。それでも、力を貸していただけるのですか?」
エスメレーが問うた。
シュレッドは、暁闇を追いたてるように昇り始めた朝日をまぶしくみつめた。
シュレッドは、暁闇を追いたてるように昇り始めた朝日をまぶしくみつめた。
「是非もなし」
こうして戦場に立ったシュレッドは、後に四鬼将最後の一人と呼ばれることになる。
-完-
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